12月24日、クリスマス・イブ。
幽々子様曰く、今日は幻想郷に存在するものは全て自分の愛する人と一緒に過ごしているらしい。
私はもちろん幽々子様と一緒にいる。
そして、なぜか知らないが、私と幽々子様は正座して向かい合っている。
「ねぇ・・・・妖夢?」
「なんですか?」
「今日って・・・クリスマスよね?」
幽々子様がもじもじしている。珍しい。
どうかしたのだろうか。
「そうですが・・・なにか?」
「あの・・・その・・・あれよ・・・・・はい」
幽々子様さまが体の後ろに手を回したかと思うと、きれいに包装された箱を渡された。
「こ、これは・・・?」
「ほら、今日はクリスマス。クリスマスに渡すものといったら決まっているでしょう?」
ということは、これは・・・・幽々子様からのプレゼントっ・・・・!!嬉しいっ!嬉しすぎるっ!
ドキドキと高鳴る心臓。山の木の紅葉が終わり、葉が散ろうと、私の心の高揚は始まったばかりだ。
「あ、ありがとうございます!!」
おっと、いけない。
私からもプレゼントを渡さなければ。
「わ、私からも・・・・はい」
後から渡そうと思っていた箱を手に取って幽々子様に渡す。
「あら、ありがとう」
「・・・開けていい?」
「もちろんです!」
ちなみに私が渡したのは、人間の里へ行ったときに買ったもの。
どんな反応をしてくれるだろうか・・・嫌な顔をされるだろうか。それとも、喜んでくれるだろうか。
不安と期待が混ざって、心臓の鼓動をさらに大きくする。
幽々子様はゆっくり、丁寧に包み紙を取っていく。まったく、変な所だけ几帳面なんだから。
「あっ・・・・!」
幽々子様が声を漏らした。
「・・・どうですか?」
私がプレゼントしたものは、桜が描かれた髪飾り。
幽々子様はいつも帽子をかぶっているので、どうかなと少し考えたが、これを付けた姿を想像すると、もはや買わざるを得なかった。というより、もう買っていた。
「可愛い髪飾りね、ありがとう。・・・・・着けていいかしら?」
「どうぞ・・・お気に召すかは分かりませんが」
幽々子様が帽子をとり、桜の髪飾りを着けた。
「どう?」
「うぇ、は、はい、すごく似合います!」
ついつい見惚れてしまい、いきなり声を掛けられたので、驚いてしまった。
「そう?嬉しいわ。ありがとう」
幽々子様は優しく微笑んでくれた。それだけでなんかもう理性とか何かが壊れかかっている気がする。
気に入って貰えた。という嬉しさと、ありがとう、と言われた事で、少し恥ずかしくなってしまった。
「私のプレゼントも開けて貰えるかしら?」
「あっ、はい!」
幽々子様のプレゼント・・・いったいどんなものだろうか。
どきどきしながら包みを取る。
「あっ・・・!」
私も幽々子様と同じように声を漏らしてしまった。
幽々子様のプレゼント、それは、タンポポを模った髪飾りだった。
黄色の花がとても可愛らしい。
「どう?気に入って貰えたかしら?」
「は、はい!もちろんです!」
気に入らない訳が無い。
まさか2人とも髪飾りをプレゼントするとは思わなかった。
「しかし、こんなに可愛らしいものを私が頂いていいのでしょうか?」
「い~い~の。あなたは可愛いんだから。ほら、付けてみて・・・・いえ、私が付けてあげる。貸して頂戴」
リボンをするっと解き、幽々子様に髪飾りを着けて貰う。
これがどれほど嬉しいものなのか、表現しろというほうが無理だ。
「・・・!」
「どうですか?」
「えぇ・・・すごくよく似合うわ・・・かわいい」
「え、そうですか?ありがとうございます!!」
しかし、1つ疑問がある。
「・・・ところでこれ、いつお買いになっ・・・!」
聞こうとした言葉を途中で切ってしまった。
なぜなら、幽々子様が妖しい笑みを浮かべているからだ。
「よ~う~む~」
突然、幽々子様がすっと近づいて来た。
まずい、この目は危険な目だ。
逃げたいが、幽々子様の妖艶な表情を見ると引き込まれて力が抜けてしまう。
そのままするりと腕を背中に回される。
「もう、何するんですか!?」
顔のすぐ近くに幽々子様の顔がある。
吐息がすぐ近くで聞こえる。
さっきまでの疑問などどうでも良く感じる。
「だって・・・・ほら、妖夢があまりにも可愛いものだから・・・つい」
そう言って幽々子様はニコッと微笑む。
「まったく・・・」
その顔があまりにも愛らしくて、気付くと私も幽々子様の背に腕を回していた。
「あら、今日は珍しく抵抗しないのね」
いつもなら激しく抵抗するだろうが、なぜだろうか、今日はあまり抵抗する気にならない。
それどころか、いつまでもこのままでいたいとさえ思っている。
私自身もなぜ抵抗しないのか分からない。が、きっと今日がクリスマスだからだろう。そう考えよう。
心臓はバクッバクッと大きな音を立てていて、後頭部からその音が聞こえているような気がする。
「妖夢、ドキドキしてるわよ?」
こんなに体が密着していれば私の鼓動は幽々子さまに伝わるのは当然のこと。
「それは・・・・仕方ないじゃありませんか」
そうだ、仕方ない。
愛する人に抱かれてドキドキしないほうがおかしい。
「ねぇ、妖夢?」
「はい?なんでしょうか」
「私って幸せよね?」
そう言って、幽々子様はさっきよりいっそう強く抱きしめてきた。
大きな胸が私のやや平らな胸を飲み込む・・・そんなことはどうでも良い。
「こうやってあなたの鼓動を感じられるのって幸せだと思うのよ」
少し苦しいが、それよりも幽々子様の腕に抱かれている幸せのほうが大きい。
そして、それから10数秒。いや、もっと経っているかもしれない。
「私がこういう事を言うのはおかしいかしら?」
幽々子様はふふっと笑うと、私の体から離れてしまった。
もう少しあのままでいたかった、という気持ちが心の中にあるが、あのままずっといたら私の心臓は持たなかった。
「ねぇ・・・なんだか熱くなってきたわね」
「え、あぁ、確かに」
顔が火照って熱い。
幽々子様も同じように熱くなっているのだろう、手のひらで自分の頬を触っている。
亡霊でも熱くなるのか、と少し関心するが、別にどうでも良い気がしたので放っておいた。
「お外、行ってみない?」
「えぇ、いいですけど・・・」
「じゃあ早く行きましょう・・・ほら、立って」
「はいはい、待って下さいよおっととととっ!」
どてーん
立とうと思った瞬間、急に足が思うように動かず、思いっきりこけてしまった。
「あはは、足が痺れちゃいました」
「あらあら、ずっと正座してたものね」
「すみません、先に外に出ていてください」
「仕方ないわねぇ・・・」
* * * * * * * *
* * * * * * *
「妖夢~!妖夢っ~!」
足をマッサージして、やっと痺れがとれたと思っていると、幽々子様の興奮した声が聞こえてきた。
「はいは~い!只今参ります~!」
すー。 すとん。
障子を開け外に出ると、なにやらにこにこしている幽々子様がいた。
「ほらほら、見て」
幽々子様が空を指差す。
もう夜だというのに空がうっすら明るい。
目を凝らしてみると、空から白い物がふわふわと舞い降りている。
「これは・・・・雪ですか!?」
「そうよ。初雪ね」
庭はすっかりしっかり雪で真っ白に染まっている。
いつから降っていたのだろう。
「ほら妖夢、座って」
今年初めての雪に見惚れていると、幽々子様がいつの間にか縁側に座り、隣をとんとん、と叩きながらちょいちょいと手招きをしていた。
取り敢えず「失礼します」と一声掛けて幽々子様の隣に座る事にした。
縁側の床は冷えていて、座ってみるとお尻の方が冷たかった。
外気は少し冷たいが、火照った体にちょうど良い。
雪は今もしんしんと降り続けている。
幽々子様は何も言わず雪の降る様子を見つめている。
静かに降り続ける雪。
二人だけの静かな空間。
呼吸するたびに出る白い息。
体の火照りも冷めてきた頃、幽々子様が口を開いた。
「ホワイトクリスマスね」
一瞬何のことかと思ったが、すぐ思い出した。
そういえば紫様に教えて貰った言葉だ。
クリスマスに雪が降る事をホワイトクリスマスというのだったか。
「静かね」
「静かですね」
それだけ話してまた沈黙が訪れる。
雪が降っているせいだろうか、或いは、夜だからだろうか、音を立てるものは何も無い。
ほとんど無音といっても過言では無いだろう。
空は白っぽく曇っていて、雪はいまもなお静かに降り続けている。
手を伸ばして雪に触れてみると、一瞬にして解けて水滴になってしまう。
「ねぇ・・・妖夢、こっち向いて?」
暫く空を眺めていると、幽々子様が話しかけてきた。
隣を見ると、すぐ目の前に幽々子様の顔があった。
そして目が合った瞬間、一瞬だけ幽々子様の唇と私の唇が重なった。
「な、なにするんですかあ!?」
「ふふ、ごめんなさい。あなたの横顔を見てたらちょっと・・・したくなっちゃったの」
だからといっていきなり口付けをされるのは困る。
良くある事とはいえ、驚くものは驚く。
目の前の幽々子様の頭には、さっきプレゼントした髪飾りが部屋の明かりをきらきらと反射している。
やっぱりこれを買って間違いなかった。
私の視線の先に気付いたのか、髪飾りを触りながら幽々子様が口を開いた。
「妖夢、プレゼントありがとう。大事にするわね」
「え、あぁ。幽々子さまもありがとうございます」
私も幽々子様に貰った髪飾りを触りながら言った。
この髪飾りは死ぬまで、いや、死んでからも大切にしよう。
「それからね、妖夢。いつも一緒にいてくれてありがとう」
幽々子様はふんわりと優しい笑みを見せながら人差し指で私の鼻の先をつん、とつつく。
「こっ!こちらこそありがとうございますっ!」
ついつい背筋をぴんと伸ばしてしまう。
せっかく冷えてきた顔がまた熱くなってきた。
湯気さえ出ているように感じる。
「あなたは今、幸せかしら?」
「はい。幽々子さまの近くにいられる今が幸せです」
幽々子様とこの時を過ごせることが、幸せであること以外になにがあるだろうか。
「ありがとう。私も、あなたにありがとうと言える今が幸せよ」
きゅう、と手を握られた。
ひんやりと冷たい、滑らかな手が私の手のひらに重なる。
私も感謝の気持ちを込め、しっかりと手を握る。
「妖夢、メリークリスマス」
「幽々子さま、メリークリスマス」
そのまま二人寄り添い、手をつないだまま暫く、神聖な日の雪を眺めていた。
この幸せな時間というプレゼントをくれる幽々子様に感謝しながら。
二人を見守るように、雪は音も立てずにしんしんと降り続ける。
クリスマスにただただ静穏で、幸せそうな二人の姿で、妖夢とゆゆ様がこんな風に平和で素敵なクリスマスを過ごしていたらいいな、と思っていたので自分にとってのプレゼントでした。