「妖夢、久しぶりにお散歩なんてしてみない?」
炬燵に入って蜜柑をもりもりと食べながら幽々子さまが言う。
山の木々は葉を紅や黄に染め、葉が落ちるこの季節。
季節の移り変わりの頃、といった方がいいか。
気温の変化が激しい時期だが、散歩に行くというのか。
「お散歩・・・ですか?」
「そうよ、だめかしら」
「いいですけど・・・どこまで行くのですか?」
「人間の里・・・あたりまで行ってみない?」
人間の里・・・それならそれほど遠くはない。割とすぐ到着するだろう。
幽々子さまがじーっと私の目を見つめながら聞いてくる。
この状態で断れる訳がない。
「・・・行きましょうか」
庭の掃除もすでに終わっているし、今日はまだそれほど寒くない。
散歩するというのなら今のうちだろう。
「あ、幽々子さま」
「なぁに」
「うえに何か羽織りますか?」
「寒くないわ、大丈夫」
「しかし、白玉楼を空けておくのは・・・」
「まったく、心配性なんだから・・・留守番はこの人に頼むわ。出てきなさい」
指を鳴らしたパチン!という音と共に部屋の押入れの襖がすとんと軽い音を立てて開いた。
そして、中から凄まじいスピードで回転しながら出てくる者の姿があった。
「二人の愛は今!宇宙を超え・・・・・」
ゴロゴロゴロゴロゴロ
ガンッ
「おうふっ」
押入れの中から出てきた者は、ローリングしながらの派手な登場の後、柱に激突して止まった。
「・・・なんですかコレ?」
「がんばりすぎたのよ・・・きっと」
私の質問にやや目を逸らしながら答える幽々子さま。
まさかこんなことになるとは思わなかったのだろう。
「大丈夫ですかね?」
「大丈夫でしょうけど・・・確認してみたら?」
取り敢えず近寄って顔を覗き込む。
やや銀色に近い白髪、顎に立派な白い髭を蓄えた、どこかで見覚えのある・・・老人・・・・っておじっ、お師匠様!?
「お、お師匠様!?」
「オッス!オラ妖忌!」
手を上げながら元気に自分の名を名乗るこの人は、私の祖父であり、剣の師匠である魂魄妖忌だ。
お師匠様の顔を見るのは何年ぶりだろうか。
なんにせよ久しぶりの対面、という感動の場面がなんともクレイジーな登場シーンにより全て砕け散ったのは確かだが。
「さぁ、早く行きましょう妖夢」
「そうじゃそうじゃ、早くせい。幽々子様を待たせてはいかん!」
「・・・では、お願いします」
あんたの所為だよ。と突っ込みたくなったが、今は幽々子さまが急かすので取り敢えず留守番を頼む事にした。
▼ ▼ ▼ ▼
「では、私は用意をして来ますので・・・」
「じゃあ先に階段のところで待ってるわね~」
用意というのは財布のこと。幽々子さまの事だ、人間の里に行くのだから、何か食べていきましょう。とか絶対に言うのだろう。
廊下を見やると、お師匠様が「二人の愛は今!うちゅうをおおお!?」と叫びながら雑巾がけをして盛大にこけていた。いったい何なんだ、そのフレーズ。
+ + + +
「お待たせしました」
「遅いわよ~」
「すみません。では、行きましょうか」
「は~い」
長い長い階段を横に並んで一歩一歩下って行く。
遠くに見える山の、色とりどりの木々が美しい。
「きれいね」
「きれいですね」
「でも幽々子さまのほうがもっときれいですよ・・・・なんちゃって」
何を言っているんだ、私は。
途中で恥ずかしくなって幽々子さまのほうを見てみると、まだ遠くに見える山を見ていた。
聞こえてなかった!?
少し小さな声で言っから、聞こえなかったのか?
「ねぇ、妖夢?」
「は、はい」
冷静に、あくまでも冷静に。
ここで目を逸らしたりしたら変に思われる。
「椛饅頭っておいしいわよね?」
「は?」
あぁ、遠くを見ていたのは食べ物のことを考えていたからか。
「今度紫にでも持ってきてもらおうかしら」
「・・・・はぁ」
「あと、さっきのあなたの言葉はありがたく頂いておくわ」
「え゛」
聞こえていたようだ。
早くと言ってくれれば良かったのに・・・・
「ゆゆこさまのいじわる~」
「いや、でも本当に嬉しかったわよ~」
「うぅ・・・そうですか」
「そうよ。ありがとう妖夢」
そんな会話をしていると、いつの間にか階段の一番下に着いていた。
▼ ▼ ▼ ▼
里に向かう道を歩いていると、風が吹いてきた。
ぱりぱり・・・かさかさ・・・と落ち葉が風に流される音が聞こえる。
先ほどまでそれほど寒くなかったのに、風が吹き始めてから急激に寒くなった。
「ねぇ、妖夢」
「ナンですか?」
「カレーでもつけて食べるの?」
「すみません。なんでしょうか」
「寒くなってきたわね」
「そうですね」
きゅっ
「わっ!?」
突然、幽々子さまに手を握られた。
ひんやりとしていて、滑らかな肌触りの手が私の手のひらを包む。
私の鼓動が激しくなっているのが分かる。
「な・・・」
「温めてもらえるかしら?」
こんなに寒いのだから、手のひらは冷たくなる。
それは亡霊である幽々子さまとて同じ事。
「たまにはいいわよね?」
たまには・・・か。
そもそも幽々子さまと散歩に来ることなんてあまり無い。
たまには、たまにはいいだろう。
きゅっ
握られているだけだった手に力を入れ、握り返してみる。
こうするだけでとても恥ずかしい。
私はまだ半人前だ。
「妖夢の手は温かいわね~」
幽々子さまはにっこりと優しく微笑んでくれる。
それだけで冷たい風に吹かれているはずの体が、ほかほかしてくる。
いや、実は体ではなく心が温かいのかもしれない。
視界に白い煙が見えた。人間の里はもうすぐだ。
「・・・ん」
しばらく会話も無く、手をつないだまま歩いていると、何かを燃やしているような匂いがしてきた。
先ほどの煙はこの匂いのものだろう。
この季節だ、きっと集めた落ち葉を燃やしているのだろう。
「かきねの かきねの まがりかど~」
幽々子さまがいきなり歌い始めた。
私も知っている歌だ。
「たきびだ たきびだ おちばたき~」
私も後から続けて歌ってみる。
「あたろうか~」
「あたろうよ~」
「「きたかぜぴいぷう ふいている~」」
歌い終わってから、くすくすと二人で笑ってみる。
「楽しいわ」
「楽しいですね」
「人間の里はもうすぐね」
「はい」
▼ ▼ ▼ ▼
人間の里に到着した。
大人の姿は外にはあまり見かけない。
こんなに寒いのに子供たちは元気に走り回っている。
子供達が集まっている所がある。
近づいてみると、落ち葉焚きだった。
「当たりますか?」
「当たりましょう」
子供達に混ざって焚き火の側に座る。
温かい。
冷たくなった顔がじーんと温まっていくのが分かる。
「温かいですね」
「温かいわぁ」
幽々子さまの顔が今にも蕩けてしまいそうな状態になっている。まぁ、分からないこともないが。
しかし、人前でそんな顔をするのは止めてほしい。
「そうだ、妖夢」
「はい?」
「やきいも食べない?」
「やっぱりですか」
ここに来る時点ですでに言うと思っていた。
そのための財布。そのためのお金。
さっきから近くにいる子供達の視線を感じる。
なにかしただろうか・・・・・・・・。
「あ、手つないでたの忘れてた」
+ + + +
「お~い」
後ろから声が聞こえた。
振り向いてみると、この人間の里で寺子屋の先生をやっている、上白沢 慧音さんが立っていた。
「お久しぶり」
「あ、お久しぶりです」
「あら、お久しぶりね」
慧音さんとは人間の里に来たときにたまに会う。
あの事件の時は本当に大変だった。
「あの、ところでその大きな袋は?」
「あぁ、そうだ。忘れていた・・・・これだよ」
ごそごそと袋を漁り、取り出したのは大きな芋。
「ちょっと生徒の家の家庭訪問へ行ったらたくさん貰ってしまって・・・・いらないと言ったんだが」
「いいから、持っていきなさい、と?」
「まぁ、そういうところかな・・・・ところで、今日は何をしに来たんだ?」
「ちょっと散歩に・・・ついでに焼き芋でもやろうと思って・・・」
「そうか、それなら丁度いい。この芋、いくつかいるか?私だけでは食べきれないからな。これから妹紅の所にでも持っていこうと思うんだが」
「え、いいんですか?」
「もちろん」
「じゃあ・・・いくつ頂きますか?」
幽々子さまに聞いてみると、まさかの答えが返ってきた。
「じゃあ、ひとつ頂こうかしら」
思わず慧音さんと二回も顔を見合わせてしまった。
それはそうだろう。この幽々子さまがひとつ、といったのだから。
てっきり「それをよこせ、全部だ!」的な感じだと思っていたのに。
「ひとつ、といったらどちらか一人食べられないのでは?」
「そうですよ~」
慧音さんの最もな質問に私もうなずく。
「ひとつを二人で食べるのよ」
「あぁ・・・・なるほど・・・がんばれ!妖夢っ!」
慧音さんは納得がいったようだ。
ってかがんばれってなんだ。
びしっと親指を立ててスマイルしている。
「でも、そうしたら幽々子さまが食べる分が・・・」
「いいの、あなたと食べられれば」
「ゆゆこさま・・・///」
「うおぉ、あれ、今は夏だったか・・・?ではこのおアツイ二人にプレゼントだ」
渡されたのは立派な薩摩芋だ。買ったら結構値は張るだろう。
「あ、焼き芋をやるんだったら、寺子屋の近くに落ち葉が集めてあるからそれ使ってくれ。火遊びは絶対にするんじゃないぞ」
「はっはい!ありがとうございます!」
芋をくれたうえ、落ち葉も使わせてくれるとは・・・・。
今度ここに来る時は何か持ってこよう。
+ + + +
「お~い~も~お~い~も~ま~だ~か~し~ら~♪」
「もう少しですから落ち着いてください」
芋を焼き始めてから数分。
焚き火に当たりながらニコニコと笑って歌う幽々子さま。まるで子供のようだ。
見ていると自然と頬が緩むのが分かる。
子供達はほとんどが家に帰ったようで、外にいるのは二、三人程度だ。
焚き火の側には私と幽々子さまだけが座っている。
もうそろそろいいだろうか。
近くに落ちている木の棒を拾って焚き火の中から芋を取り出す。
よし。良い具合に焼けている。
「幽々子さま、焼けましたよ。熱いので気をつけて下さい」
幽々子さまに渡すと、芋の方端の皮をとり、かぷりと一口食べてから「はい」と私にさしだした。
食べて良い、ということだろうか。
しかし、これを食べたら幽々子さまと・・・か、間接キスに・・・・。
いや、そんなことをしては・・・・う~む。
「ほ~ら、何を赤くなってるの?早く食べないと冷えちゃうわよ」
「は、はい・・・すみません」
知らぬ間に顔が赤くなっていたようだ。
仕方あるまい。覚悟を決めろ。私。
ぱくっ
「あ、おいしい」
一口食べてみると、口の中にしっとりとした食感と、芋特有の甘みを感じ、思わず声に出してしまった。
「でしょう?」
幽々子さまはにこにこと幸せそうな顔をしている。
あぁ、こんな顔を見られるなんて私は幸せものだ。
「じゃあ今度は私が食べるわね」
ぱくり
口に入れてすぐ幽々子さまは、はふはふといいながら芋を食べている。
本当に幸せそうだ。
「はい、妖夢」
また芋を差し出された。
食べろというのか。
さっきの一口でもキツかったのに、二口目まで・・・。
「あの~もしかしてかわりばんこだったりします?」
「決まってるじゃない。あなたと私のお芋だもの」
終わった。私終わった。
無理でしょう。普通。こんなの耐えられませんよ。
「どうしたの?食べないの?」
食べたいけど、食べたいけど・・・・。
落ち着け妖夢。深呼吸、深呼吸。
「あぁ・・・分かった、熱いからでしょう?じゃあ冷ましてあげる」
違う。違うのに幽々子さまは芋に息を吹きかけ、冷まし始めた。
ここまでしてもらったらもう食べない訳にはいかない。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございま・・・す・・・?」
語尾に謎の疑問符が付いたがまあいい。
もうどうにでもなれっ。
ぱくっ
+ + + + + +
かわりばんこで食べ続けていくうちに芋は割とすぐ無くなってしまった。
やれやれ、やっと食べ終わった。
食べている間は、まるで天国と地獄の両方をみているようだった。
「妖夢」
「はい?」
「なんか胸につっかえるわよね、お芋って」
「私は別のものがつっかえてますよ・・・」
「えっ、なに?」
「あ、なんでもありません!」
「じゃあ、せっかくだからあのお茶屋さんに寄っていきましょう」
「まだ食べるんですか・・・」
▼ ▼ ▼ ▼
「さて、そろそろ帰りましょうか」
「そうね、そうしましょう」
空はいつの間にか、鮮やかな橙色になっている。
その橙に遠くに見える山の木々の紅が映える。
秋の夕日に照る山紅葉、とはよく言ったものだ。
そろそろ本格的に寒くなってきた。
もうすぐ日も沈むだろうし、夜になったら帰り道に妖怪などに遭遇することも無くは無い。
もしものことがあたったら大変だ。
「幽々子さま、はい」
幽々子さまに手をさしだしてみる。
もちろん離れないように歩くためとためと幽々子さまの手を温めるためだ。
「あら?あなたからなんて珍しいんじゃない?」
「たまにはいいでしょう?」
「そうね、たまにはいいわね」
幽々子さまが、私の手を握ってきた。
それに答えて私も手を握る。
「では、帰りましょうか」
「そうしましょう」
そうして私達は白玉楼への帰路に就いた。
手をつなげば手が温かい。
手をつなげば心も温かい。
そんな散歩をした一日だった。
焼き芋食べたい…
あと、妖w忌wてめぇwww
焼き芋美味しいですよね。今年はまだ食べてないけど、一本くらい食べておきたいなあ…。
それはともかく妖忌は自重しろwww
ところで焚き火で焼き芋を作る場合、1時間はかかります。
ゆゆ様我慢できるのだろうか…
ここ何年もやっていないなぁ。
ほのぼのした感じが出ていてとても良かったです。
あたたかくなっていただけましたか・・・ありがとうございますッ!
>>2. 名前が無い程度の能力 様
ゆゆみょんはいいですよ~。
>>3. ワレモノ中尉 様
焼き芋はやばいです。いろいろと。
食べないともったいないですよ!
>>4. 幻蒼 様
ほのぼのはいいですよねぇ。
妖忌「じじゅう?なんぢゃそりゃあ?」
>>5. 名前が無い程度の能力 様
待っている間はずっと舞っていました。たぶん。
>>6. エクシア 様
焼き芋はやらないときは本当にやりませんからねぇ・・・。
そういえば家庭でも作れるんですよね。たしか。
読んで下さった皆さん、ありがとうございましたッ!!
ああ本当にゆゆみょんっていいなあ。