妖怪の山、天狗達の領分
その一角にある自宅兼事務所で烏天狗、射命丸文は目の前にある機材を見入っていた。
外の世界のビデオカメラとテレビである。
守矢神社に取材に行った際に風祝、東風谷早苗から話を聞く中で外の世界の報道について話を聞くことができた。
話によると、外の世界では、新聞よりもテレビと言うものによる報道が一般的という話であった。
テレビと言う物は簡単に言えば、連続撮影した写真を同じく連続で写し出すことによって絵が動いているように見せる装置らしい。
そう言えば、月の都博覧会で似た様な―紙に書いてある絵が動く―技術を見たことがあった。
自分の新聞にこの技術を取り入れられれば、と思い、薬師、八意永琳さんにその技術について取材したが、まったく理解できない説明をされ諦めてしまっていた。
私が更にその機材についての質問をした時に、『実物を見た方が速いのではないでしょうか?』と言って、早苗さんは実際にビデオカメラを持ってきてくれた。
『神奈子様の持ち物の中では、それほど新しい物ではないのですが……』と言って早苗さんが持って来たカメラは今私が使っているカメラより僅かに大きい程度のものであった。
そのカメラにある曇った小さな鏡―液晶と言うらしい―に映った映像を記録して、後でテレビに映し出すことができるらしい。
因みに、守矢神社では現在、DVDと言う真ん中に穴が開いた薄い鏡のような物に記録する機材を使用しているとのことであった。
何でそんなに沢山の機材があるのかと疑問に思い、早苗さんに尋ねると、守矢の二柱は早苗さんの成長過程を記録する為を理由にかなり高額の機材を購入してきたとのことであった。
それも、最新技術の機材が出れば直ぐに購入するという親バカぶりを発揮してきたらしい。
その為、現在使っていない機材も多くあるとのこと。
以前、撮影した映像を見せて貰ったが、テレビでは確かに写真が動き、音も出るし、使い方は、凄く簡単であった。
必要な電力も昨今の地獄と河童の技術革新によってに賄えるようになったそうだ。
今後、更に幻想郷でも技術革新が進めば遠くない将来、外の世界同様、新聞よりもこのテレビが普及するかもしれない。
ならば、自分も報道に関わる者として先手を打っておいた方が良いのではないだろうか?
そう思い、神奈子さんと交渉した結果、今後発行の文文。新聞の1項を守矢神社の広報用として提供することを代償として、何とか機材一式を手に入れることができた。
ただ、取扱説明書はない。『悪いがなくしたらしい。そんな物なくても、おまえならこんな物は勘で、すぐ使えるだろう。』と豪快に笑う神奈子さんに圧倒されて、それ以上何も言えなかった。
その後、機材の説明として、十数時間に及ぶ早苗さんの特選映像を守矢の二柱による当時の解説付で見せられた時には、洗脳ではないかと思えたが、一通りの使い方は覚えることができた。
しかし、現在、まだこのカメラを使ってはいない。
現状で、いくら撮影しても映像を再生するにこの機材丸ごと運ばなければいけないからである。
ならば、当面、今迄の様に新聞を売るしかないが、何か新聞売り上げに繋げる方法はないか?と考えて思い付いたのは、このテレビで映像を流し、集まった者に新聞を売ることである。
これはいけるのではないか?
そう思い、早速、私は撮影対象について考え始めた。
最初なのだからインパクトが欲しい。そして、人妖関わらず注目が集められる存在。
直ぐに思いついたのが、博麗の巫女、博麗霊夢さん。
しかし、異変の時ならいざ知らず、霊夢さんの日常は一般人の日常以上に暢気な生活である。インパクトの面で弱い。
何より変な映像を流して機嫌を損ねれば何をされるか、わからない。
一時保留。
次いで思い浮かんだのが、普通の魔法使い、霧雨魔理沙さん。
魔理沙さんの破天荒な行動はインパクトがある。
しかし、魔理沙さんには珍しい物を欲しがると言う悪癖がある。
魔理沙さんの言い分では『死ぬまで借りるだけ』と言うものだが、はっきり言えば強奪である。
このカメラも目を付けられれば奪われる恐れがある。
下手に弾幕ごっこになれば、愛用のカメラなら壊れても河童に頼んで直して貰えるだろうが、このカメラは壊れたらそれまでである。
これは却下。
次に思い浮かんだのは、風祝にして現人神、東風谷早苗さん。
彼女なら信仰を広める為と言えば、協力してくれるかもしれないが、守矢の二柱が色々注文を付けてくる確率が高い。
最悪、私が完全に守矢神社の広報カメラマンにされてしまうかも知れない。
これも却下。
次に思い浮かぶのは、瀟洒なメイド、十六夜咲夜さん。
人気でも申し分ないが、生活の殆どを紅魔館の仕事をしている彼女を口説いて撮影させて貰うことは難しい。
今迄の経験上盗撮するにしてもかなり条件が厳しい。
これも一時保留。
次に思い浮かぶのは、紅魔館の主、レミリア・スカーレットさん。
レミリアさんと言うより紅魔館は何かと話題を振りまいてくれる。
何か面白いイベントを開くことも十分考えられる。
悪くないのではないか?
話を聞きに行ってみれば、最悪、記事のネタくらいはあるかも知れない。
そう考えた私は、早速紅魔館に出かけることにした。
紅魔館の門前に着くと、相変わらず、門番、紅美鈴が居眠り中であった。
この姿も見慣れたものになった。
私は門前で地上に降りると深呼吸し、悪意や敵意を持たずにごく自然に歩く。それだけで、簡単に門を通ることができる。
美鈴さんは持ち前の気を操る程度の能力で侵入者に悪意や敵意がなければ起きて来ない。
まぁ、起きていても、しっかりとした理由を言えば通してくれるのだが。
これを知らずに以前は、無理矢理入ろうとして弾幕ごっこになったことが懐かしく思える。
そして、玄関の扉を開き、中にいる適当な妖精メイドにレミリアさんへの面会を求める。
妖精メイドが立ち去るとしばらくして目の前に、咲夜さんが現れた。
どうやら時間を止めて、目の前に移動してきたらしい。相変わらず羨ましい能力だ。
「こんにちは。清く正しい射命丸です。」
「御機嫌よう。今日はお嬢様に何の御用かしら?」
「咲夜さん。実は新聞の記事になりそうなことがないかと思いまして……」
「ありませんわ。」
瞬時にすっぱり答えられた。
「咲夜さんに尋ねているのでなくて、レミリアさんに聞きたいんですよ。」
「私はお嬢様から何も聞いておりませんわ。ですから、新聞の記事になるようなことは何もありませんわ。」
今迄の経験上、咲夜さんがこういう答え方をする時には、何を言っても通用しない。
(あのカメラを使うのはまだまだ先になりそうですね……まだ完全に使いこなせる自信もないけど……)
そう思った時に、図書館のことが頭に浮かんだ。もしかしたら……
「パチュリーさんに会わせて頂けませんか?」
「パチュリー様に?」
「えぇ、最近、変わったカメラを手に入れたんですよ。それで、もしかしたら、その取り扱いに関する本があるんじゃないかと思いまして。」
「そういうことでしたら、どうぞ。」
今度はすんなり通してくれた。
咲夜さんの後について長い廊下を歩き図書館に入る。
幾つかの本棚の間を通り抜けた先に、動かざる図書館、パチュリー・ノーレッジさんがいた。
「読書中、申し訳ありません。パチュリー様にお目にかかりたいと新聞屋が来ています。」
咲夜さんの声にパチュリーさんは読んでいた本から視線上げ、私を見たので、私は早速、話を切り出した。
「毎度お馴染み、清く正しい射命丸です。実は変わったカメラを手に入れたので、取扱説明書はないかと思いまして。」
「……どんなカメラ?」
「外の世界のカメラで動いている写真を撮ることができるんですよ。」
「……最近の物なの?」
「多分そうだと思います。」
「……そんなに新しい物はないわ。」
「あやや、それは残念です。」
あまり期待していなかったがやはりないと知ると残念に思える。
それならば、何か新聞の記事になりそうなことはないかと尋ねようとした時、
「読み終わったわ!!」
そんな大きな声と共にレミリアさんがやってきた。
「何を読み終わったんですか?」
「なんだ、あんた来てたの?まぁ、いいわ。これよ!これ!」
私の質問にレミリアさんはそう答えながら、手に持っていた本を私に突き出した。
「なんですか?」
「外の世界の漫画よ。」
「漫画ですか~絵本みたいものですよね?」
「私も最初そう思ったわ。でも読んでみて考えは変わった。凄く面白かったわ。漫画も十分文学として成り立つものよ。嘘だと思うなら読んでみなさい。」
レミリアさんがそこまで言うとなれば、興味が沸く。
「それでは、読ませて頂きます。」
そう言って、突き出された本を取ろうとすると、レミリアさんはその本を引っ込めてしまった。
「最初から読みなさいよ!そうしないと、この漫画の良さが理解できないわ」
どうやら連続の漫画らしく、レミリアさんが持っていたものは最終巻らしい。
「では、第一巻はどこにあるんですか?」
「ここにありますわ。」
今まで黙っていた咲夜さんが、本棚の一角を指差している。
行って見ると確かに同じような本が並んでいる。外の本にしては保存状態も良くちゃんと全巻揃っているようだ
結構な長編の様だが、物書きである私にかかれば文章が少ない漫画など直ぐに読み終えることもできるだろう。
早速、第一巻から読み始めた。
内容は、さえない青年が年上の女性と恋愛をする物語。それがコメディーに描かれている。
外の世界の時代背景の為に、よくわからない所が多いが、基本的には人間ドラマなので話の内容自体は理解できる。
確かに面白い。思わず時を忘れて読みふけってしまう。
そして、最終巻、今迄の誤解とすれ違いを重ねながらも、漸く結ばれる二人。
心が温かくなり、思わず涙が出る。
レミリアさんの言葉は誇張でも何でもなかった。凄く面白かった。
どうやら、私の感想を気にしたのか、レミリアさんは私が読み終わる迄図書館に留まり、特に面白かった話をまた読み返していたようだ。
レミリアさんは、私が読み終わったことに気付くと早速、感想を聞いてきた。
「どうだった?」
「凄く面白かったです。」
「でしょ?」
「あの最後。本当に心に染みる物がありました。」
「やっぱり?私もあの部分は特に気に入っているのよ。その前のお墓参りの話は?」
「あっ、その話も良いですよね。今迄さえないと思えた主人公の全てを受け入れてくれる強さと言うか、優しさが出ていて。」
「主人公がプロポーズする所はどう?」
「そこも良いですね。今迄の辛さを決して口にしなかったのに、プロポーズされて心にあった不安が思わず出てしまうヒロインとそれを受け止める主人公。」
「わかっているじゃない。」
最初は何度かパチュリーさんが『図書館では静かにしなさい!』と注意していたが、途中で諦めたのか何も言わなくなった。
そして、そんな漫画談義を続けていると突然レミリアさんが大きな声を出した。
「良い事思いついたわ。」
「どうしたんですか?」
「咲夜、出かけるわよ。」
「どちらへでしょうか?」
「霊夢のところよ。準備して。それと、あんたもついて来なさい。」
「わかりました。」
私の質問に答えずに咲夜さんを呼び、博麗神社に出かける旨を宣言するレミリアさん。
それも私について来るように言っている。きっと何か面白いことを思い付いたのだろう。
(面白い新聞記事の為、是非とも面白い話題をお願いします。)
私は心の中でそう願いつつ同行する事をした。
博麗神社に着き、霊夢さんのいる母屋に向かう。
そこには、霊夢さんだけでなく、早苗さんもいた。
「久しぶりね。霊夢、早苗。」
「こんにちは。レミリアさん、咲夜さん、文さん。」
「今日はどうしたの?レミリア」
レミリアさんの挨拶に答える早苗さんと挨拶もせずに要件を尋ねる霊夢さん。
「霊夢、仕事をしない?」
「やだ!めんどくさい!」
レミリアさんの話を速攻で断る霊夢さん。
「そう?残念ね。ちょと働くだけで、博麗神社の半年分のお賽銭と同額の報酬を出そうと思ったんだけど。」
「引き受けたわ!何でも言って!」
そんな霊夢さんの返事を予期していたのかレミリアさんは仕事の報酬額を提示した瞬間に、霊夢さんは仕事を引き受けた。
「この本を見て。」
「あっ、レミリアさん、その本。」
「そうよ。貴方が紅魔館に寄贈してくれた本よ。」
早速、先程持っていた漫画を取り出し、話を始めるレミリアさんに早苗さんが声をかける。
なるほど、外の本なのにかなり綺麗な状態で長編にもかかわらず、全巻揃っているのは凄いと思っていたのですが、早苗さんが持ち込んだ物だったのですか。
「どうでしたか?」
「凄く良かったわ。」
「ですよね~」
「それでこの本がどうしたの?」
早苗さんがレミリアさんに感想を聞いたことで、漫画談義を始まりそうになったが、霊夢さんが声をかけ話を戻した。
「この本のこの部分をお芝居でやって欲しいの。主人公は霊夢、ヒロインは咲夜で。」
「お嬢様、私もやるのですか?」
「そうよ。これは命令よ。」
「わかりました。」
レミリアさんの命令で咲夜さんはあっさりヒロインをやることを引き受けた。
主人公が霊夢さんで、ヒロインが咲夜さん……
確かに、霊夢さんは甲斐性なしの貧乏人で、咲夜さんは綺麗だが嫉妬するようには思えない、漫画の中の主人公達と霊夢さん達ではイメージが合わない気がする。
でも、人気がある二人がこの話をやるのはインパクトはある。
ん?人気とインパクト?最近、同じようなことを考えたことがあった……あぁ、ビデオカメラの被写体の事だ。
この二人がやるお芝居を撮影して放映すれば、かなりの人妖が集まるだろう。
そんなことを考えていると、本に目を通し、内容を確認した霊夢さんが文句を言い出した。
「レミリア、あんた、これプロポーズの場面じゃない!」
「そうよ。」
「こんな恥ずかしいことできるか!!」
「お賽銭一年分!」
「仕方ないわね。」
霊夢さんは断ろうとしたが、レミリアさんが報酬額が上げると、あっさり折れてしまった。貧乏って哀しいですね。
「レ、レ、レ、レ」
「何?うるさいわね。」
「レミリアさん!これを霊夢さんと咲夜さんにやって貰うんですか?」
「そうよ。悪い?」
「素晴らしいです!流石です!もしかしてレミリアさんは神ではないのですか?」
「神じゃなくて悪魔よ。」
「是非!是非、私にお手伝いさせて下さい!」
早苗さんがレミリアさんの話に凄い勢いで飛びついてきた。早苗さんの勢いにレミリアさんが思わず引いてしまっている。
「良いけど、あんた、何ができるの?」
「そうですね……こう言うのはどうですか?文さん、ちょっと貸して下さい。」
「あっ、私の手帳……」
「一寸借りるだけです。このままですと長いですから、霊夢さんと咲夜さん以外の役は削ってしまって、この台詞をこうして、そしてこっちの台詞はこうした方が良くないですか?」
早苗さんは私の愛用の手帳を奪うと、開いてるページに何か書いてレミリアさんに見せている。
「貴方、なかなかやるわね。良いわ。手伝って。」
「喜んで。それと文さん。」
「なんですか?」
「ビデオカメラ使うつもりですね?」
「何故わかったんですか?」
私が密かに考えていたことを言い当てる早苗さん。もしかして心が読めるんですか?
本来ならば、報道に携わる者としては、あくまで第三者でいる方が良いのですが、今回の件は別です。
第三者でいるより当事者の一人になった方が実入りが大きい。
それを見透かされてしまったのならば、嘘をついて追い出されるより、素直に答えて仲間に入れて貰った方が得策。
私はそう判断して、素直に早苗さんに答えた。
「文さんのカメラは使わないで下さい。私が神奈子様から一番良いカメラ借りてきますので、撮影にはそれを使って下さい。」
「私も撮影した映像が欲しいんですが・・・・・・」
「後で、文さんのカメラでも再生できるデーターをお渡しします。」
「ちょっと、そのビデオカメラって何の話?」
「動く写真を撮れるカメラです。」
「そんな物あるなら、私にもそのデーターっての遣しなさいよ!」
「レミリアさんは発案者なんですから、当然お渡しします。」
「それなら良いわ。」
「レミリアさん、データーだけでは見れないんですよ。」
「見れないんじゃ意味ないじゃない!」
「もちろん、再生する機材もお渡しします。それより今から準備に取り掛かりましょう!」
何故かすっかりその場を仕切り話を進める早苗さん。
そして、色々な準備を整え、撮影が始まった。
しかし、所詮は素人。なかなか上手くいかない。
「霊夢さん、表情が硬いですよ!」
「慣れてないんだから仕方ないじゃない!」
「咲夜さんもいつまで笑っているんですか!」
「ごめんなさい……でも、どうしても止まらないのよ……」
その内に、何度も駄目出しされていた霊夢さんがキレた。
「やってられないわよ!」
「駄目ですよ、霊夢さん。既に契約は始まっています。ここでやめるととんでもないことになりますよ。」
「なにがとんでもないことよ。やめるって言ったら、やめるの!」
「そうですか、では契約不履行と言うことで損害賠償を請求しますが良いですか?ここまでやったのにお金が全く貰えないだけでなく、お金を払わなくてはいけなくなりますよ。それにこの話が里の人の耳に入れば、きっともう霊夢さんにツケで物を売ってくれる人はいなくなるかもしれませんよ。」
「……わかったわよ!やれば良いんでしょ!」
その早苗さんの説得(脅迫ではない。)によって、霊夢さんはその後も何度かキレそうになりながらも演技を続けることになった。
そして撮影を続けるうちに、何度も同じ演技をやっていた為か、霊夢さんと咲夜さんの台詞も演技も上達していった。
そうなると、演技以外のところで問題が出始めた。
「文さん、一寸ビデオ見せて下さい。」
「はい。」
「レミリアさん、ここのシーンですが、どう思いますか?」
「ここの霊夢の台詞の時はこのカメラ位置で良いと思うけど、次の咲夜の台詞の時には咲夜の正面からのアップの方が良いんじゃないかしら?」
「そうですよね。。じゃぁ、文さん。霊夢さんのこの台詞が終わったら、直ぐに咲夜さんの正面に回って下さい。」
「一寸待って下さい。霊夢さんの台詞の後って殆ど時間がないじゃないですか!無理ですよ!」
「幻想郷最速なんでしょ?その程度もできないの?」
「なっ!!」
「仕方ないわね。早苗、こいつにはできないみたいだから他の方法を考えましょ。」
「レミリアさん、大丈夫ですよ。文さんなら必ずやってくれます。私は文さんならできるって信じてます。そうですよね、文さん。」
そう言われて、やってみたら、レミリアさんが『できるなら、さっさとやりなさいよ!』と言うくらい簡単にできてしまった。
レミリアさんが私を発奮させるようなことを言い、早苗さんが私のプライドを擽ると言う。この二人は狙ってやっているのかはわからないが見事に鞭と飴の役割分担を行っている。
悪魔と神が手を組めば不可能はないということなのかも知れない。
「レミリアさん、ここのシーンもさっきと同じで良いんでしょうか?」
「ここのシーンは咲夜がもう半歩下がって、ちょっと右を向いてくれれば、同じカメラ位置からで、その後の霊夢のアップに持っていけるんじゃないかしら?文、それでできそう?」
「一寸待って下さい……はい、大丈夫です。レミリアさんの言う通りでできます。」
完全に監督が早苗さん、演出がレミリアさん、カメラマンが私と言うスタンスで撮影は続き、無事撮影は終わった。
なかなか良い映像が撮れて、これを放送した時の周りの反応を色々想像していると、早苗さんが私の所にやって来た。
「文さん、まだバッテリーと記憶容量は大丈夫ですか?」
「えぇ、まだ余裕があると思いますが……」
「そうですか。それでは、すぐに霊夢さんと咲夜さんを撮って下さい。バレない様に私がブラインドになりますから。」
そう言って私の前に立つ早苗さん越しに見ると、霊夢さんは木陰に座り込み、咲夜さんはそんな霊夢さんにお茶を渡している。
そして、そのまま咲夜さんは霊夢さんの隣に座る。
報道に携わる者である私の勘も、これから何かあると言っている。
音声も何とか拾えそうですなので、急ぎカメラを構え、撮影を始める。
「お疲れ様、霊夢。」
「ありがとう、咲夜。それにしても、あんたんとこのお嬢様は直ぐに変なことを思いつくわね。今回は早苗や文まで巻き込んで……あんたも振り回されて大変ね。」
「そうでもないわ。私は楽しかったわよ。それに、相手が霊夢じゃなかったら、幾らお嬢様の命令でも断っていたわ。」
「私だって、相手が咲夜じゃなかったら、やらなかったわよ。」
「本当かしら?」
「あっ、信じてないでしょ?」
「だって、お賽銭一年分で引き受けたじゃない。」
「言ったでしょ。『恥ずかしいからできない』って。嫌なら幾ら積まれたって断ったわよ。わかった?」
「えぇ」
「何笑ってるのよ。わかってないでしょ?」
「そんなことないわよ。」
「それなら良いんだけど……」
そこで会話が止まった。しかし、何故か緊張感が増した気がした。
理由は霊夢さんの顔が真剣になっているから。
「……咲夜」
「どうしたの?霊夢」
「結婚して。」
「……霊夢、もうお芝居をしなくて良いのよ。」
「お芝居じゃないわ……結婚して……私と一緒に残りの人生を歩いて……」
「霊夢……一つだけ約束をして。」
いきなり咲夜さんにプロポーズする霊夢さん。
咲夜さんは思いつめた表情で霊夢さんに条件を出す。いや、あの顔は条件というよりお願い……希求だ。
私は凄いシーンを撮影していることに気が付いた。手に汗が滲むのが判る。
早苗さんは、こうなることがわかっていたのでしょうか?
もしそうなら、私は現人神の力を侮っていました。
「浮気なんか絶対しない。宴会に付き合うのもひかえる。貧乏だけは……どうにもならないけど……」
「そうじゃないの、霊夢……浮気なんかしたら絶対許さないけど、それ以外は仕方がないって諦めているわ。」
「う~~~じゃぁ、なに?」
「……どんな異変が起きても……何があっても必ず帰ってきて……」
そう言った咲夜さんの顔には全く余裕が感じられない。
私には咲夜さんのその表情と言葉に、思い浮かぶことがあった。
妖怪の山に早苗さん達の守矢神社が現れてからしばらくした後、霊夢さんが妖怪の山にやって来た時の事だ。
天狗社会は、今でも閉鎖的で封建的な社会だ。その頂点にいる天魔様がその時に降した決定は、霊夢さんの監視だった。
結局、霊夢さんは全く天狗の社会に干渉しなかった為、監視だけで終わったが、もし天狗の社会に干渉していたならば監視でなく警告、もしくは強制的な排除、最悪……
今でも、その決定に変わりはない。
自分の行動に存在意義を持つ妖怪も多く、そんな妖怪を相手に弾幕ごっこをすれば、形式こそ弾幕ごっこだが、その実、命のやり取りになることがないとは言えない。
何故なら、妖怪にとって存在意義を失うことは死に等しいのだから。そして、自分が生死がかかっている時に幻想郷の存在など考えていられる妖怪など決して多くはないだろう。
当然、そんな相手と異変で出会って霊夢さんが必ず無事である保証はどこにもない。
多分、咲夜さんもレミリアさんの命令か、自分の意思かは判らないが、霊夢さんを殺そうとしたことがあったのだろう。
だから、咲夜さんはかつての自分と同じことをするであろう存在を、そんな存在と霊夢さんが出会う異変を、そして、そんな存在によって万が一にも霊夢さんを失うことを恐れているのだろう。
だが、博麗の巫女である霊夢さんに異変の解決に行かないで欲しいとは言えない。だから咲夜さんは霊夢さんにこう願うしかなかったのだろう。
「大丈夫よ、博麗の巫女は無敵なんだから。それに弾幕ごっこなんだから、ちょっと怪我する事はあっても死ぬわけじゃ……咲夜?」
「お願い……帰ってきて……もう、霊夢がいないと……生きていけないから……」
「咲夜……約束するわ……」
最初は咲夜さんを安心させようとしたのか、おどけて答えた霊夢さんだったが、不安に怯えて霊夢さんに縋る咲夜さんの言葉を聞いて、霊夢さんは咲夜さんを護るように抱き締めてそう答えた。
あの漫画のシーンと同じシーンをまさか本当に見れるとは思いませんでした。
しかし、霊夢さん。その返事はいけません。シーンとしては良い物が撮れましたが、死亡フラグの可能性が高いです。
そんなことを思いながらも、カメラを回していると、厳しい表情をしたレミリアさんが全身から威圧するような魔力を放出し、画面に入って来た。死亡フラグ??
「霊夢、今言ったこと本当でしょうね。」
「レミリア」
「お嬢様」
「答えなさい!霊夢、本気で言ったの?」
「本気よ。」
レミリアさんの質問に全く物怖じせずに答える霊夢さん。今のレミリアさんを前に平然としている貴方は本当に人間ですか?
「早苗、こっちに来て!」
「はいっ!なんですか?」
いきなりレミリアさんに呼ばれ、驚いた早苗さんは慌ててレミリアさんの元に向かうが、その姿はレミリアさんの威圧するような魔力を受けて腰が引けているのがわかる。
霊夢さんは立ち上がると、真剣な顔でレミリアさんと対峙する。今のレミリアさんと対峙できる者は今の幻想郷中を探しても幾人もいないだろう。
咲夜さんも立ち上がるとそんな二人を心配そうに見ている。
そして、尻込みしながらも早苗さんがレミリアさんの隣に並ぶ。私は、そんな4人が綺麗に画面に収まるように、素早く撮影位置を変え、カメラを回し続ける。
思いもしない事態になってしまったが、報道に携わる者として、この一部始終を記録することが私の使命。
「レミリアさん。なんですか?」
「早苗も立ち会って……霊夢、悪魔である私と神である早苗のいるこの場でもう一度、誓いなさい。」
「……私、博麗霊夢は十六夜咲夜を妻とし、いかなる異変が起きようと必ず解決して帰り、決して咲夜を一人にしないと誓います……これで良い?」
「えぇ。」
霊夢さんの淀みのない誓いの言葉に、レミリアさんは魔力の放出を止め、満足げな笑顔をし、早苗さんはレミリアさんの魔力から開放され、腰砕けになりながらも嬉しそうな顔をしている。
咲夜さんは涙を浮かべて喜んでいる。咲夜さんのあんな笑顔は始めて見ました。
そして、その咲夜さんに寄り添い、慈しむ様に支える霊夢さん。
あまりにも素晴らしいシーンを撮影できて私は有頂天になっている。
そんな私にレミリアさんが声をかけてきた。
「文!」
「なんですか?」
「近いうちに最終話のシーンが撮れそうよ。」
レミリアさんのその言葉に私は撮影していることを忘れ万歳をし、霊夢さん、咲夜さん両名が赤面する姿を撮影し損ねてしまった。
その為、後で早苗さんとレミリアさんに無茶苦茶怒られてしまった。