紅魔館の主、レミリア・スカーレットの気紛れで始まった月旅行。
最後まで一人、月に残された博麗霊夢も無事に幻想郷に帰還し、早2ヶ月が過ぎ、いつもの平穏な日々が戻った。
しかし、私、十六夜咲夜だけは、霊夢の様子に違和感を感じていた。
話しかければ返事もするが、それ以外では、まるで抜け殻の様で存在感が希薄になっている気がした。
霧雨魔理沙に訊いても、あまり気にもせず、『前からあんな感じだったぜ。』と、気軽に言っていたが、私の目には霊夢が以前と違っていた。
平時においてのんびり、ゆったり、何も考えず怠けている様に見え、周囲のことにもあまり関心を示さない反面、喜怒哀楽の激しい霊夢が、今迄以上に、ぼぅっとしている。
最初の内は月に行く為、多大な霊力を使い、神々の力を借りた為、疲れているだけと思いもした。
しかし、月から帰還し、2ヶ月が過ぎた今でも霊夢は変わらず存在が希薄なままだった。
『そんなに心配なら、景気付けに宴会でもしようぜ。そうすりゃ、直ぐ元気になるぜ。』と言う魔理沙の発案で、月旅行の慰労会と言う名目で宴会を博麗神社で行なうことになった。
ただ、月での話をすることを嫌ったお嬢様に配慮し、参加者はお嬢様と私、霊夢と魔理沙だけの宴会となった。
宴会も進むにつれ、魔理沙はいつも以上に饒舌になり、話は月での弾幕ごっこの話になった。
「それにしてもあいつは、強かったよな~」
「そうですわね。でも、もう弾幕ごっこをすることはないと思いますわ。」
「だからって、負けっぱなしは気に入らない。やっぱり弾幕はパワーなんだから、もっとパワーを上げないと!」
「そんなこと言っているから、負けたのよ。」
「一発でやられたレミリアには言われたくないぜ。」
「相手が一発も撃っていないのに負けを認めた魔理沙よりはマシよ。霊夢もそう思うでしょ?」
「ん?何か言った?」
「なんだよ、霊夢!人の話はちゃんと聞くもんだぜ。そんなだから負けるんだぞ!」
「誰に負けたって?」
「月で負けた時のことですわ。」
「あぁ、あれね。あの時も言ったでしょ。悪い方が負けるの。あいつらが異変を起こしていたなら負けなかったわよ。」
「余裕の発言だな~。それじゃ、今から勝負しようぜ!」
「魔理沙じゃ相手にならないでしょ。私がやるわよ。]
「めんどくさいわね。」
「なんだ。逃げるのかよ。」
「仕方ないわね、相手してあげるわよ。で、どっちから?」
「じゃぁ、私からだぜ!」
面倒臭そうな霊夢の言葉に、魔理沙が勢いよく立ち上がると愛用の箒に乗り、空中に陣取る。
霊夢はやる気なさそうにに、ふわふわと魔理沙に続いて空中に浮かぶ。
そして始まる弾幕ごっこ。
やる気はないようでも見事な身のこなしで霊夢は魔理沙の放つ弾幕を次々に避けていく。
「流石だぜ。じゃぁ、とっておきだぜ!恋心 ダブルスパーク!」
魔理沙は月で使ったスペルカードを使った。
「石凝姥命の 八咫鏡」
やる気のなさそうな霊夢の声とともに霊夢のスペルカードが鏡を形成した。月の姫が使った物と同じ神々の力を使うスペル。
「なっ!」
鏡によってダブルスパークは反射され、それを慌てて避ける魔理沙の隙を付き、霊夢は魔理沙の額にお札を張る。
「はい。おしまい。」
全くやる気のない言葉を残し、霊夢は地上に降りてきた。
「するいぞ!そんなスペルカードが使えるなんて知らなかったぞ!」
魔理沙も地上に降りてくると、霊夢に文句を言い始めた。
「勝手に使えないと思っていたあんたが悪い。で、次はレミリア?」
相変わらずのやる気のない霊夢の声。
「……私の前に咲夜を倒してからね。」
「お嬢様。私ですか?」
「そうよ。どんな手段を使ってでも勝ちなさい。」
「……できるだけのことはします。」
いきなりお嬢様に無茶振りをされた挙句、必勝を命じられてしまった。
「誰でも良いわよ。」
全くやる気も興味もなさそうに言う霊夢の声には、いつもの親しみがまるで感じられない。今迄聞いたこともない霊夢の冷たい物言いに、少し腹が立ち、私は覚悟を決めた。
「悪いけど、どんな手段を使ってでも勝たせて貰うわよ、霊夢。」
「はいはい」
まるで私など眼中にないような霊夢は気のない返事を残し、空中に浮かぶ。
そんな霊夢を追う様に私も空中に浮かび、作戦を練る。
先程の弾幕ごっこで霊夢が月の姫と同じ神々の力を使うことは判った。
多分、私のナイフも月の姫と戦った時のように無効化されるだろう。ならばそれを逆手に取るまでのこと……
そして弾幕ごっこが始まった。
この作戦では、スペルを連続で放つ必要がある。
その為、霊力を温存しておく必要がある。それを霊夢に気取られないよう細心の注意を払いながら、私はいつものようにナイフを投げていく。
当然のように霊夢は軽々と避けていく。
徐々に霊力を温存している為にいつも以上に単調な私の弾幕に合わせ、霊夢の回避行動も単調になってきた。
(狙うなら今。)
私は作戦を実行に移した。
「時符 イマジナリバーチカルタイム」
私の展開したスペルカードを軽々と避けていく霊夢。
「速符 ルミネスリコシェ」
その避ける隙を潰すように更に私はスペルカードを重ねる。ここまでは月の姫との弾幕ごっこと同じ。
「金山彦命」
霊夢は焦ることなく月の姫と同じスペルを使った。
(計画通り。待っていたわ、このスペルを。)
「咲夜の世界」
霊夢のスペルが発動した直後を狙い、更に私はスペルを重ね、時間を止める。そして、霊夢の後ろに回り込み、ナイフのホルスターを投げる。
月の姫との弾幕ごっこでは、このスペルカードによって私のナイフは消された。後で調べてわかったことだが、この神は鉱山、鍛冶、そして金属の技工に関する神。
皮製のホルスターなら消す事はできない……はず。
ただ、霊夢は持ち前の運と勘でこれも避けてしまうだろう。
その為、霊夢の運と勘を無効化するもう一手が必要なのだ。だから、私は霊夢に近付くと口付けをする。そして、そのまま時間停止を解除。
いきなり私が目の前に現れ、口付けをされている事に驚いた霊夢は慌てて後ろに飛んだ。
「!!あんた!!」
霊夢がその言葉を発すると同時に、霊夢に私の投げたホルスターが当たった。
「私の勝ちね。」
「……今のは、ちょっとズルいんじゃない?」
「最初に言ったでしょ。『どんな手段を使ってでも勝たせて貰う。』って。」
「……そうね。私の負けよ、咲夜。」
しばらく沈黙をした後、私の名前を呼んだ霊夢の声に以前と同じ親しみを感じホッとする。
地上に降りると、お嬢様と、魔理沙が冷やかしの言葉をかけてきたが、そこは適当に答えておいた。
霊夢も地上に降りて、少しの間、以前のような笑顔を見せていたが、また直ぐにぼぅっとしてしまった。
その雰囲気が伝染したのか、誰言うともなく宴会はそこで終わりになった。
霊夢は『疲れているみたい』とだけ言い残し、自室に引き上げてしまった。
お嬢様は私に後片付けを命じ、一人で紅魔館に帰ってしまったので、私は魔理沙に片付けを手伝わせようと思い、魔理沙の方を見た時には、既に魔理沙は姿を消していた。
たかだか4人の宴会の直ぐに片付くだろうと思い、気を取り直して、改めで会場を見回すと、いつの間にか、八雲紫が一人でお酒を飲んでいた。
「呼びもしないのに、姿を現すなんて相変わらずね。でも、宴会はもう終わりよ。帰って頂けないかしら?」
呆れながらもそう言った私に、紫は僅かに視線を上げてこちらを見た。
その顔は、いつもの胡散臭いものではなく、何か思いつめたような雰囲気があった。しかし、そんなことは私の知ったことではない。
「少しいいかしら?」
「何かしら?」
早々にお帰り頂こうと言葉を続けようとした私だが、今迄、聞いたことがない重い響きを持つ紫の言葉に動揺し、用意した言葉と違う言葉を口にすることとなった。
「霊夢のことだけど、さっきの弾幕ごっこで、貴方は何か感じなかった?」
「霊夢が強くなっていたわ。お嬢様が起こした異変の頃より遥かに。」
「霊夢の力が強くなっているの。能力も使える術も全てね。」
「それがどうしたの?私も霊夢程ではないけど強くなっているわ。」
いくつかの異変に関わるうちに、間違いなく私も強くなっている。
「えぇ、知っているわ。でも、貴方から見て霊夢の強くなり方はどう思う?」
「……桁違いね。」
「多分これからもっと強くなっていくと思うわ。」
「それで?」
「霊夢の能力って知っているでしょ。」
「確か、空を飛ぶ程度の能力。」
「そのとおりよ。つまりは無重力。霊夢には、如何なる重圧も脅しも、全く無意味。そして、霊夢が人里で何て呼ばれているか知っている?」
「博麗の巫女、幻想郷の守護者。」
「博麗霊夢でなく、霊夢自身の事は?」
「ぐうたら巫女、頭の中が万年春、全てに対して浮いている存在。」
「最後に言った評価が問題なのよ。全てに対して浮いた存在……言換えれば、霊夢の性格も無重力って言えるでしょ?でも、それは霊夢の精神が能力に強い影響を受けているからなの。貴方から見て、最近の霊夢の性格ってどう?」
「以前に比べて冷たくなった……と言うより今迄以上に全てに対して無関心になった気がするわ。それだけでなく、存在自体が希薄になった気がするわ。」
私は素直に最近の霊夢に対する感想を答えた。
「そのとおりよ。霊夢は能力が強まった影響を精神面にも強く受けてしまっているの。その結果として存在が希薄になってしまっているの。そして、このまま強くなった能力の影響を精神が受け続けてしまうと、霊夢を束縛できるものがなくなってしまうわ。」
「束縛って……」
「人間は……いえ、人間だけでなく、妖怪も妖精も全て、何かしらに束縛されているものなのよ。それが使命や運命、友情、愛情、欲望……物理法則だってそう。枷と言換えても構わないわ。私には境界を司る能力があるから、その枷がかなり小さいのだけど、それでも枷があるわ。貴方のように時間を操る能力があっても枷があるでしょ?」
その言い方で言えば確かに枷はある。いや、枷が持たない存在などないだろう。
「人間として異常と思える程の力を持っていても霊夢は人間なの。だから、私なんかより枷が大きいのだけど、力の成長につれてその枷が小さくなっていってるの。そして、力の成長に精神が影響を受けてしまって、精神的にも束縛されるものが少なくなってきているの。その結果として、周囲に関して無関心になり、周りからは更に浮いた存在になってしまっている。だから、存在が希薄になってきてしまっているの。今はまだ幻想郷を守護する使命に束縛されているけれど、その枷もいつ外れてしまうかわからない。そして、その枷がなくなった時、……霊夢は……多分消えてしまうわ。」
霊夢が消える……紫の言葉に、胸が締め付けられる、いや、心臓が軋むような気がした。
今迄考えた事がなかった。
「そんなこと……」
「ないと言える?」
思わずこぼれた私の言葉に、紫が言葉を重ねてきた。私は紫の言葉を否定しようと考えたが、否定できる要素が全く思い浮かばない。
「何とかならないの?」
「そのことで、お願いがあるの。今迄、霊夢は異変を解決して、その度に多くの人、妖怪、神と知り合っているけれど、霊夢にとっては里人も異変を起こした妖怪も皆同じ扱いでしょ?もっと、霊夢にとって特別な存在……霊夢と言う風船が際限なく飛んでいってしまっても必ず繋ぎ止めてくれる強い糸が欲しいの。そしてその糸に貴方がなって欲しいの。」
「何故、私に?貴方がなれば良いのではないの。それに、私なんかより霊夢と付き合いの長い魔理沙の方が良いのではないの?」
(私に霊夢を繫ぎ止めることができる存在になる事ができるの?)
そんな事を考えながら私は紫に答える。
「私では駄目なのよ。私だけではないわ。貴方の主も、幽々子でも、宇宙人でも、神でも。霊夢の気持ちが理解できるくらいの能力を持ちながら、霊夢と同じ時を生きる事ができる存在でないと。魔理沙も駄目。あの子が糸だと風船と一緒にどこかに飛んで行ってしまうわ。だから、貴方にお願いしたいの。」
紫にそう言われて、改めて霊夢の事を考える。
霊夢……幻想郷の守護者、博麗大結界の要、異変を解決する博麗の巫女。
私とは、お嬢様が起こした紅霧の異変で始めて出会い、お嬢様や妹様だけでなく、本気で霊夢を殺そうとした私さえもにも受け入れてくれた人間。
私を異能を持つ人間としてでなく、ただの十六夜咲夜として見てくれる親友。
幾つかの異変を共に解決してきた仲間。
(……私にとって霊夢は本当にそれだけなの?)
改めて自問する。
先程の弾幕ごっこで、私は何故、霊夢に口付けをしたのか?
霊夢の動揺を誘うだけなら他にも幾らでも方法があったはずなのに、それ以外の方法を全く考えずに、口付けをしてしまった。霊夢以外に対しては、こんな方法を選ばなかっただろう。
そして先程の紫葉『霊夢が消えてしまう。』と聞いた時の胸の苦しみ。
深呼吸をし、改めて冷静に自分の気持ちを整理しようとする。
でも、わからない。
ただ、私が霊夢に友情以上の感情を持っていることだけはわかる。
そして、霊夢を失ってしまうことにとてつもない恐怖を感じている事も。
「具体的にどうすれば良いのかしら?」
「それを考える事も含めて貴方にお願いしたいの。」
「簡単に言うのね。」
「簡単にはいかないと思っているわ。だから、このくらい簡単に言わないとバランスが取れないと思ったのよ。」
私の問いかけに酷い理屈を返す紫。本当に妖怪の賢者と言われているのだろうか?
そんな事を思う私をよそに紫は言葉を続ける。
「ただ何故か霊夢も貴方には気を許している時があったみたいだから。」
「私に気を許してくれているのかしら?」
「今はわからないけど、以前の霊夢は間違いなく貴方に気を許していたと思うわ。そして、貴方も霊夢の事をよく見ているじゃない。私以外では貴方だけよ。最近の霊夢がおかしいと気が付いたのは……取り合えず、霊夢と話をしてから考えてはどう?私の勘だけど、貴方になら、私に……いえ、誰にも話していない事を話てくれると思うわ。」
そう言うと、紫はコップを置くと隙間を開き、そのままその中に消えていった。
私は紫の言葉にどうすれば良いのか考えながら、片付けを続ける。
そんな私の視界の隅に人影が見えた。
人影は、疲れているといって自室に戻ったはずの霊夢だった。
月の光を浴び。何かに憑かれる様に月を見上げている霊夢は幻想的でとても綺麗だった。
思わず見とれていると、霊夢の体がふらふらと宙に浮く。まるで月に吸い込まれるように……
『霊夢は……多分消えてしまうわ。』
紫の言った言葉が頭に浮かぶ。心臓が悲鳴を上げたんじゃないかと思う程、胸が苦しくなる。
霊夢がいなくなる事が怖くなり、私は急いで空を飛び、霊夢を抱き締め、名を呼んだ。
「霊夢!」
「……咲夜……どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ!いきなり出かけるから驚いたじゃない!」
「出かける?何言って……えっ?何で私こんなとこにいるの?」
「覚えてないの?」
「……ごめん。寝ぼけていたみたい……寝直すわ。」
私の問いかけに、霊夢はバツの悪い顔して、そう答えると私の腕を振り解き、地上に降りていった。
「本当に大丈夫?」
霊夢に続いて私も地上に降りると霊夢に再度問いかけた。
「気にしないで。」
自室に向かう霊夢は振り返りもせずにそう答える。霊夢との間に今迄に感じた事のない壁のような物を感じる。
「霊夢!」
「なに?」
「霊夢にとって私って何?」
「……なんだろうね……」
霊夢は相変わらずこちらに顔を向けずに寂しい言葉を返した。それは、これ以上干渉しないで欲しいという意味なのだろう。
でも、ここで話を終わらせてしまっては、本当にこの先ずっと何も話せなくなってしまう気がする。だから、私は言葉を続ける。
「私は、霊夢のことを大切な友達と思っているわ。その友達の様子がおかしいのなら、心配するのは当たり前じゃない。」
私のその言葉を聞いて、ようやく霊夢は私の方を向いてくれた。
「……ごめん……話……聞いてくれる?」
そうと答える霊夢の顔は、このまま消えてしまうのではないかと思えるほど儚いものだった。
二人で並んで縁側に座ると、霊夢はボツボツと話を始めた。
「私には、小さい頃から一つの想いがあったの。どこまでも高く空を飛びたいって……想いと言うより、衝動と言った方が良いのかも知れない。空が飛べるようになった時は嬉しくて、とにかく高く、高く飛んだわ。他のことなんかまるで考えないで。でも、どんなに高く飛んでも、満たされる事はなかったの。博麗の巫女を継いで幻想郷を守らなくてはいけなくなっても、その想いは消えなかったわ。妖怪の存在意義を薄れてしまわないように、スペルカードのルールを作って直ぐに、レミリアや幽々子が異変を起こして……そして、永遠亭の連中が起こした異変の時に気付いたの。私は……月に行きたいんだって。だから高く飛ぼうと思っていたんだって。なんでなのかは判らないのだけど……でも、私の力では月までなんて飛ぶ事はできない。結局、私のこの想いは決して叶う事がないんだって、そう思っていたの。そしたら、レミリアが月に行く計画を立てて、そして、その為に私の力が必要なんだって知った時に、私は直ぐ協力する事にしたの……そして、月に着いた時に、何故月に行きたかったか理由もわかったの……私は月に会いたい人が居るんだって……」
「誰なの?」
「それが誰だかわからないの。そして、何の為なのかも。」
「どういうこと?」
「わからないわ……咲夜達が月から帰された後、私は神々を呼ぶことができる事ををあちこちで見せることになって、その時に何人かの月の人に会ったの。でも、全然知らない人ばかりだった。だから、豊姫って私達が弾幕ごっこをした依姫のお姉さんに頼んだの。『名前も顔もわからないのだけど私は月で会いたい人が居るから会わせて欲しい。』って。それでその姉妹に、なんで私がそんな事を言うのか訊かれたから、本当の事を言ったわ。私は子供の頃から月にいる誰かに会いたいって想いあったんだって。意外だったんだけども、その姉妹は協力的で、直接は無理だけどって、写真でだけど月の住人の顔を全部見せてくれたわ。でも駄目だった……知らない人ばかりだった。結局、誰に会いたいのか、何で会いたいのかまるでわからず仕舞いで……そして、そのまま月から帰ってきたの……帰ってきてからも、いろいろ考えていたら……もしかしたら、私のこの想いが全て嘘なんじゃないかって……そしてこんな嘘の想いをずっと抱えていたのかって思て……でも、未だこの想いは私の中にあるの……だからきっと、本当の筈……でも、もうこれ以上どうにもできない……きっと、この想いは一生叶わないんだって……そんな風に考えていたら、頭の中がぐちゃぐちゃになって、なんだか全部どうでもよくなって来ちゃったの……」
そう言って静かに涙を流す霊夢は博麗の巫女でも幻想郷の守護者でもなく、ただの少女のように思えた。
なにより、私には霊夢の気持ちがよくわかる。叶わない想い。私にもそれがあるのだから。
私には紅魔館で働く前の記憶がない。気付いた時には紅魔館で働いていた。働き始めたばかりでメイドとしての仕事を満足にこなせずにいた頃は、記憶がないことが不安で何度も夜に一人で泣いたことがあった。しかし、そんな私をお嬢様や妹様、パチュリー様や美鈴、小悪魔、多くの妖精メイド達が紅魔館……いや、家族の一員として私を受け入れて支えてくれた。今は、記憶がない事を気にしていないと言えば嘘になるが、あまり気にならなくなっている。しかし、霊夢は誰にも頼ることができず、一人でその想いと向き合い続けてきた。そして、この先、誰にも頼ることもできずに一人でその想いと向き合い続けなくてはいけない。
そう思うとあまりに霊夢が不憫に思える。
それと同時に、こんなに霊夢に想われている人物に腹を立ってしまう。
……なぜ、腹が立つ?
こんなに想ってくれている霊夢を一人ぼっちにしているから?違う。霊夢の想いがその誰ともわからない人物に向いているから。
認めるしかない。私は霊夢に愛情と言っても過言でない感情を持っている事を。
同性だからという理由が些細な問題と思える程、霊夢に恋焦がれているから、霊夢の想い人に嫉妬しているのだ。
今も隣で声を殺し涙を流す霊夢。その顔を見ると霊夢には、そんな顔していて欲しくないと思う。
ならば、霊夢の想い人が誰であろうと関係ない。私は霊夢の為にできる事をするだけ。
「捜しましょ、霊夢。」
私は霊夢をそっと抱き締め、そう言った。
「……咲夜……」
「私も協力するわ。だから捜しましょ。その霊夢が捜している人を。」
「ありがとう。でも無理よ。誰なのか?どこにいるのか、なんで会いたいのか……本当にいるのかさえわからないのだから……」
「霊夢が思い出せないだけなのかも知れないわよ。さとりに聞いてみたら?」
「聞いたわ。だけど、だめだって。私の記憶の中には、私のこの想いと関係していそうな人は居ないんだって。」
「永琳に聞いてみたら?」
「永琳に?」
私は永琳があまり好きではない。まるで全てを知っているような態度を見せるところが気に入らない。しかし、霊夢の事を考えれば私の個人的な感情は後回しだ。
「えぇ、医者の真似事をしているようだし、元は月の民なのだから何か知っているかもしれないわよ。私も一緒に行くから。ね?」
「……うん。ありがとう、咲夜。」
霊夢は私に礼を言うと、今迄胸の内に秘めていた想いを吐き出して安心した為か、私の腕の中で静かに寝息を立て始めた。
翌朝、私は霊夢と永遠亭を尋ねた。
未だ早い時間の為か私達以外には誰も診察に来ていなかったので、直ぐに永琳に会うことができた。
そして昨夜霊夢から聞いた話を永琳に説明する。
「多分、前世の記憶だと思うわ。」
「前世の記憶?」
「えぇ。貴方のその想いは前世の想いが現世にまで残ってしまった為よ。簡単に言えば、貴方のその想いは貴方の物ではなくて、前世の貴方の物ってことよ。」
「前世の私の想い……」
「そうよ。それで、どうしたいの?私から言わせて貰えば、前世は前世。今を大事にした方が良いと思うわよ。」
「……それでも……それでも知りたい。一体誰に会いたいのか。何で会いたいのか。そうしないと……」
「そうしないと?」
「私はもう何もできなくなってしまう……こんな私なんかの為に力を貸してくれる人がいるから……」
永琳の言葉に霊夢は悲痛な声で答え返しながらも、不安げに私の手を握ってきた。私はそんな霊夢の手を握り返すことしかできずに、不甲斐ない自分に苛立ちを感じた。
「そう。でも、前世の記憶となると私の管轄外よ。閻魔にでも相談した方が良いわね。」
「……わかったわ。ありがとう、永琳。」
「それで、診察料だけど……」
「霊夢がこんな苦しんでいるのにろくに診察もしないでお金だけは取るつもり?」
苦しむ霊夢を目の前に平然とお金の話を始める永琳の無神経な言葉に私は憤りを感じ、永琳に文句を言う。
「こちらはこれが仕事なのよ。」
「貴方ね!」
「いいよ、咲夜。ごめん、永琳。あまり手持ちないの。」
そんな私の文句を全く気にせず、言葉を続ける永琳に更に文句を言おうとした私を霊夢は止め、永琳に申し訳なさそうにそう言った。
「お金は要らないわ。その代わり、閻魔の所に行くつもりなんでしょ?それなら、手紙を届けて欲しいのだけど、頼めるかしら?」
「うん。それでいいなら、私も助かるわ。」
「今から手紙を書くから、待合室で待っていて貰えるかしら。」
「判ったわ。ありがとう。」
霊夢は永琳にそう返事をすると診察室から出て行った。
「咲夜。」
私も霊夢について診察室を出ようとしたところで、手紙を書き始めた永琳に呼び止められた。
「この先、どんな事があっても霊夢を支えてあげなさい。」
「当たり前じゃない!」
また、全てを知っているような事を言う永琳に返事を叩きつけ、霊夢の後を追った。
力なく椅子に座る霊夢に私は何か言いたいのだけど何を言って良いかわからず、結局、待合室では無言の時間だけが過ぎていった。
しばらく待つと永琳は手紙を持ってきて、閻魔に直接渡して直ぐに読むように伝えるよう言われた。
私と霊夢は空を飛び、次の目的地である三途の川に急いだ。
無事に三途の川に着くと、小野塚小町を探す。
小町は直ぐに見つかった。暢気に渡し舟に寄りかかり居眠りをしている。
「起きなさい!」
安穏としたその寝顔に腹が立ち、思わず大声が出てしまう。
「うん?あぁ、あんたらか。こんなところまでどうしたのさ。」
「ちょっと、映姫に会いたいのだけど。」
「四季様に?駄目に決まってるじゃないか。」
「永琳から手紙を預かっているから会わせて欲しいんだけど……」
「四季様に手紙??私が預かるよ。」
「直接渡すように言われているの。だから貴方には渡せないわ。だから、勝手に会いに行かせて貰うわ。ついでに、貴方がサボって居眠りしていた事も伝えておいてあげるわ。」
「なら、余計に行かせられないね。」
そう答えながら、鎌を構える小町に、私はナイフを抜き、相手の動きに注意をはらう。
「咲夜、やめなよ。」
「いつもの博麗の巫女の横暴さがないけど、どうしたのさ?あまりに貧乏過ぎてメイドに飼いならされてしまったのかい?」
霊夢を馬鹿にする小町に対して殺意が沸く。
「貴方、死神から死体に転職させるわよ。」
「人間風情が死神に勝てると思ってるのかい?」
「その人間風情にやられて、何人も仙人にしているって噂じゃない。」
「面白い事言うじゃないか!」
「何を騒いでいるのですか?」
お互い挑発しながら、相手の出方を伺っているその場に、幻想狂の閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥが現れた。
「映姫様。いえ、この二人が映姫様に会いたいって言ってるものですから。」
「そうですか。私に会いたい人間が来るなんて珍しい事もあるものですね。それより、小町。本日来る筈の霊魂が3つほど未だ来ていませんよ。ちゃんと仕事をしていたのですか?」
「モチロン、シテイマシタヨ。」
「本当ですか?」
「直ぐ、探してきます。」
映姫の確認の言葉を聞くと、小町はその言葉を残し、慌てて霊魂を探しに行った。
「まったく、小町にも困ったものです。帰って来たら、お仕置きですね。それで、貴方達は何の用ですか?」
「八意永琳から手紙を預かっているわ。」
「そうですか。私に手紙とは珍しいですね。」
「永琳から直ぐ読むように言付かっているわ。」
「そうですか。それでは、早速読ませて貰います。」
映姫は手紙を受け取ると封を切り、手紙を読み始めた。
内容は短かったのか、直ぐに手紙を読み終えると映姫は私達に話しかけてきた。
「この手紙には貴方達が私を尋ねてきた理由が書いてありました。」
永琳がそんなことしてくれるとは思わなかったので、映姫のその答えに少し驚いた。
あんな変な頼み方をせずに、最初からそう言ってくれたら良かったのに……
でも、これで説明の手間が省けた。
「それなら、話が早いわ。早速、霊夢の前世について教えて貰えないかしら。」
「駄目です。」
「何故?」
「人が前世の記憶を持たずに生まれるにはそれなりの意味があるのです。」
「その前世の記憶を中途半端に持って生まれて霊夢は苦しんでいるのに?」
「それにも意味があるはずです。前世を教える事には繋がりません。早々に帰って善行を積むことを心がけて生活しなさい。」
「人との繋がりを強くもつこと。それが今の私に積める善行……でしたわね。大切な友達を助けたいと思って力を貸す事は善行ではないのかしら?」
「以前、私が貴方に言った言葉ですね。友人を助ける事は確かに善行です。しかし、その為に法を犯す事は善行と言えません。」
「貴方は!」
「もういいよ。咲夜……映姫、無理を言って、ごめん。」
「わかってくれましたか。それにしても小町は遅いですね。どこでサボっているのでしょう?私は小町を探してきます。申し訳ありませんが、私が帰って来るまで、これを預かっていて貰えませんか?」
「手鏡?」
「大事な物なので大切に扱って下さいよ。」
そう言うと映姫は私に鏡を押し付け、小町が走って行った方角に歩いていった。
「何もしてくれないのに、頼み事はするし、押し付けた挙句『大事な物だから大切に扱え』なんて、どういう言い草よ。」
「咲夜、これ……」
私に渡された鏡を横からぼんやりと見ていた霊夢がいきなり声を上げる。鏡を覗き込むと、銀髪の少女が映し出されていた。
この少女……私?でも、私にこんな記憶はない……
意識を集中すると声が聞こえ、意識も流れ込んできた。
傍系とは言え、月夜見に連なる家系と月の名家として知られる八意家の双方の血を引く私は、幼い頃からの英才教育を施されていた。
やがて、月の頭脳と呼ばれる八意永琳以来の天才と言われるまでになった。
しかし、どんな成果を残そうとも、『月夜見様に連なる者』、『八意家の血縁者』、この言葉で全てが終わってしまった。
どんなに私が努力を重ねても誰もそれを見てくれない。まだ精神的に幼かった私はそのことがとても哀しく、辛かった。
そして、どうにか月夜見様、八意家と関係なく私を評価して貰える方法はないかを考えていた時に、地上の調査計画があることを知った。
月夜見様ですら地上の穢れを嫌うあまり月へ移住して来たのならば、この調査をやり遂げることができれば、血縁等を関係なく私を見てくれるのではないか?
そんな思いから私はこの計画に志願した。
しかし、地上は私の思っていたよりも遥かに厳しい場所であった。月の都で何不自由なく生きてきた私には、耐え難いものであったが、私はそれに耐えて調査を続けた。
そんな状態にも拘らず、功を焦るあまりに寝食を忘れ、調査を続けた私は極度の疲労で起き上がることもできなくなってしまった。
薄れゆく意識の中、私は死を覚悟したが、そんな私を一人の巫女が助けてくれた。
巫女は私が何者であるかも聞かず、看病をしてくれた。
やがて体調もある程度回復した私は巫女に礼を言い、自分の本当の身分を隠し、調査の協力を頼んだ。
「めんどくさい」と答えた巫女だが、所々で、文句を言いつつも私のに協力してくれた。
月の都の民とは異なる物の考え方をする地上の民を知る上で巫女の助言は適切であり、、調査は順調に進んでいった。
なにより、月の都では月夜見様、八意家との血縁関係の為、友人がいなかった私には巫女は始めての、そして掛替えのない存在になっていた。
そして、調査期間も後数日となった時に、その事件は起こった。
巫女が病に犯されたのだ。月の薬を飲んでいる私には疲労による体調不良はあるが、病に冒されることがない。
私は必死に看病していたが日々衰弱していく巫女。
私はそんな巫女の姿を見ることに耐えられなくなった。
だから、私は月での禁忌―地上及び地上人への必要以上の不干渉―を破り、月の薬を使うことにした。
次の日から、巫女は顔色が悪いながらも起き上がり、歩きまわる様になっていた。
やがて調査期間が終了し、帰還しなくてはいけなくなったが、完全に病が直っていない巫女をそのまま残すことができず、私は調査期間の延長を申請し残ろうと思っていた。
しかし、私の帰還する日を覚えていた巫女は『もう大丈夫だから。」と、明るく笑いながらも強硬に主張した。
私も、『これなら万が一の事もないだろう』と思い、帰還することを決意した。
帰還する直前に巫女は、『無事に着いたら開けて』と言って小さな包みをお土産にくれた。
月の禁忌の為、何も残すことが許されない私は、巫女と再会を約束し、月に帰還した。
無事帰還した私は今迄書き溜めた調査報告書の最後に”継続して調査を要す”とまとめ、提出した。
勿論、継続調査には私が又志願するつもりでいた。
そして、巫女からのお土産の包みを開けた私はそこに存在する筈のない物―巫女に渡した月の薬―が入っていた。
医術の知識がない私でも、薬を飲まずに病が治る見込みがないことぐらいはわかる。巫女の安否を気にするあまり私は、無許可で地上に降り、ただ、巫女の無事だけを祈り、巫女と共に過ごした家に向かった。
しかし、私はその家で巫女の亡骸と手紙を見つける事になった。
手紙には、身分を隠している私が月の都の住人であることに気付いてしまったにも拘らず、気付かない振りをしていたこと、禁忌を破ってまで病を直そうとした好意を無にしてしまったこと、病が治っていないにも拘らず治った振りをし騙してしまったこと、そしてに再会の約束をしたにも拘らず、その約束が守れないことに対する謝罪が書かれていた。
私はただ泣きながら巫女との思い出をなぞる事しかできなかった。
地上に降りて、数日は経ったであろうか、月の都から私の捜索に来た者達によって私は発見され、月に強制的に帰還させられた。
帰還後、審議会が開かれ、私はその場で全ての事を語った。そして、罰が下された。
地上に住む者の中から私の存在が消える迄、冷凍睡眠させた後に、私の記憶を封印し、地上に追放することに決まった。
ただ一人の真友が寄せてくれた好意にすら気付けずに、死なせてしまった私にはそんな罰などどうでも良かった。
そんな私に、記憶の封印の施術をすることになった永琳が『殆どゼロにと言って過言ではないのだけど、』と付け加えながら一つの可能性を与えてくれた。
それは、巫女が転生する迄地上の人々に紛れて生きる施術を受けるとと言う物であった。私はそんな無謀としか言えない可能性に縋り、施術を受けることにした。
そして、長い冷凍睡眠の後に地上に追放された私は、お嬢様に拾われ、施術によって繰り返される時間の中でしか成長できないながらも紅魔館の皆に家族の一員として受け入れられて大切にされながら生活を続け、幻想郷に渡ってきた。
そして、過去が現在に追いついた。
「ありがとうございました。」
呆然としている私に声が懸けられた。見ると、映姫と小町が帰ってきたのだ。
「その鏡はいったい……」
「これは浄玻璃鏡と言って、今迄の人生が映し出す鏡です。」
手を差し出す映姫に鏡を返しながら問う私に映姫は簡単な説明をした。
「映姫、一つだけ教えて。」
同じく呆然としながら鏡を覗いていた霊夢が映姫に話しかけた。
「なんですか?」
「なんで、咲夜と一緒にいた巫女の考えていることが私にわかったの?」
霊夢の意外な言葉。私には巫女の意識は流れ込んで来なかった。もしかしたら……
「そんなことはありえません。」
「でも、私にはわかったの。あの巫女が何を考えていることが……咲夜のことをとても大切に思っていたことが……」
映姫の否定の言葉に尚、言葉を続ける霊夢。
「もしあるとすれば、魂に刻まれた記憶が共鳴したのでしょう。」
「それって、あの巫女が私の前世って言うこと?」
「教えて欲しいと言ったことは一つだけの筈です。これ以上は私は答えません。」
「良いじゃないですか、四季様。ここまで言っちゃたんですから、『そうだ』って言っちゃえば。大体その鏡だって見せる為に預けたんでしょ?」
「小町、余計な事を言うのではありません。」
「本当なの?本当にあの巫女が霊夢の……」
「前世の事は答えられないと言った筈です。これ以上は貴方達がどう思うかの問題です。小町、貴方にはこれからお説教です。行きますよ。」
「うっ……わかりました。」
そう言って三途の川の渡し船に乗る映姫と小町に、私と霊夢は無理を通そうとした行為を謝罪し、浄玻璃鏡を預けてくれたことに礼を言った。
そんな私に、映姫は『別に生者が浄玻璃鏡を見せてはいけないという決まりはありません。私が貴方に鏡を預けたことが、偶然、貴方の願いと一致しただけです。ただ、それでも感謝してくるのなら、私の言ったことを忘れずに善行に励んで下さい。』と笑顔で言ってくれた。
「……ごめんね、咲夜……」
「どうしたの?霊夢」
「ごめん……約束したのに、約束を守れなくて……それに、咲夜は今迄、色々無理をして私を待ってくれていたのに、私は咲夜のこと全然覚えていなかったから……」
「霊夢、私こそごめんなさい。貴方を助けることができないだけでなく、貴方のことを覚えていなくて。」
「咲夜は記憶を封印されていたから仕方がないじゃない。」
「それなら、霊夢が覚えていない事だって仕方がなかった事でしょ?」
「でも……」
「霊夢、また会えて嬉しいわ。」
そう言って、私は霊夢の手を両手で握る。
「本当にごめん。覚えていなくて……」
「それでも、霊夢は小さい頃から私に会おうとしてくれた。そして、月まで会いに行ってくれたじゃない。ありがとう。」
「咲夜だって、約束を守れなかった私の為に無理をしてくれて……今もいっぱい無理をしてくれて、ありがと。」
「好きな人の為にならこれくらいのことは無理なんかじゃないわよ。」
「好きな人?」
「そうよ。」
「私のこと?」
「当たり前じゃない。」
「私で良いの?」
「霊夢じゃなければダメよ。」
「……ありがとう、咲夜。」
二人並んで帰途に着く私達。でも、なんだか霊夢が不機嫌に見える。
「どうしたの?霊夢。」
「なんでもないわよ。」
「そう?でも、機嫌悪そうだから。」
「……ごめん、そういうのじゃなくて、嫉妬しているの。」
「嫉妬?誰に?」
「前世の私に。」
「……霊夢……」
「だって、咲夜は前世の私のことが好きなんでしょ?」
「えぇ、大好きだったわ。」
「だから……」
「でも、今の霊夢のことは愛しているわ。」
「……なんか、その答えって、ずるい。」
「そうかしら?でも、前世の事を覚えていなかったけれど、私は今の霊夢のことを好きになっていたわよ。」
霊夢は私の答えに顔を赤くして困っている。だから私はそのまま言葉を続けた。
「それに、嫉妬する相手を間違っているわよ。霊夢が嫉妬しなくてはいけないのは未来の霊夢よ。」
「未来の私?」
「そうよ。この先、私は霊夢の事がもっと好きになるもの。」
「……やっぱりずるい。」
「嫌いになった?」
そう答えながら霊夢を抱き寄せる。
「それもずるい……嫌いになんてなれないもの。」
そう言うと霊夢は私に抱きしめてくれた。
おまけ
後日、永遠亭にて
「師匠。紅魔館のメイドが来ているのですが……」
「通しなさい。」
「失礼するわ。」
「今日は、なんの用?」
「知らなかった事とはいえ、色々、力を貸して貰っていたことのお礼と、そうとは知らずに酷い物言いをしてしまったことの謝罪に来たのよ。」
「酷い物言い?あんなの酷いとは言わないわね。負け犬の遠吠え以下よ。」
「なんですって!」
「それで良いの。貴方は負け犬なんかじゃなく、運命を勝ち取ったのだから。違うかしら?」
「……そうね。でも、ごめんなさい。そして、ありがとう、永琳。」
「どういたしまして。他に用事はあるの?」
「えぇ……私にかけられている術を解除して貰えないかしら?」
「……もう解けているわよ。あの術は、ある一定条件が揃うと発動しなくなるの。そして、その条件は貴方の封印された記憶を貴方が知ること。」
「そこまで考えていてくれていたのね。本当にありがとう、永琳。」
「気にすることないわよ。それで、他に用はあるの?こう見えても忙しいのよ。用が済んだら、帰って頂けるかしら?貴方も忙しい身なんでしょ?」
「そうさせて貰うわ。」
そう答え、診察室から出て行こうと思った矢先、
「結婚式には呼びなさい。唯一の親族なんだから、お祝いくらい言いに行ってあげるわよ。」
いきなりの永琳の言葉で顔が赤くなるのがわかる。
きっと、永琳には、この先も勝てないのだろう。
それでも構わないと思えるのは、きっと今の私が幸せだからなのだろう。
同刻、紅魔館にて
「だから、咲夜をお嫁に欲しいのよ。」
「何言ってるの?咲夜が結婚なんて未だ早いわよ。」
「咲夜の実年齢はレミリアより上なんだから、良いじゃない。」
「駄目って言ったら、駄目!歳なんて関係ないの。咲夜は私の娘なの。」
「親なら、娘の幸せを考えなさいよ!」
「考えているわよ!だから貧乏神社なんかに嫁に出さないのよ。」
「それなら、大丈夫よ。早苗のとこに通って、信者獲得の勉強しているから。」
「咲夜という者がいながら、他の女の所に通っているの?」
「勉強の為よ!」
「パチュリー様。止めなくて良いんですか?」
「構わないわよ。レミィは儀式をやって、遊んでいるだけなんだから。」
「儀式ですか?」
「そうよ。あれは親が娘の結婚相手に難癖をつけると言う儀式なの。見てなさい。もうじき終わるから。」
「しつこいわね!そんなに咲夜が欲しいなら、私を倒してからにしなさい!」
「なら、簡単じゃない。」
”ピチューン!”
「ほらね。こうなる事が判っていて、レミィは遊んでいたのよ。」
「そうですね。お嬢様が弾幕ごっこで霊夢さんにに敵うわけがないですからね。」
とても儚げな霊夢と瀟洒を捨てて想い人の為に必死になる人間味に溢れた素敵な咲夜さんとの
世代を超えた浪漫溢れる咲霊物語、ご馳走様でした。
個人的には解決後の紫との会話も気になりますが、咲夜さんと霊夢が幸せそうで満足です
咲夜の過去や霊夢の前世って謎だらけだから、そこを上手く利用して、咲霊に持って行く伏狗さんの文章力がうらやましいです
これからも応援してます
頑張ってください
今度こそ結ばれたふたりの現世での幸せを願わずにいられない、素敵なお話でした