山の中にぽつんと佇む庵に紅葉の神 秋静葉が帰ってきたとき、庵には静葉の妹の穣子がいた。
穣子は、静葉の鞄から顔をのぞかせる一升瓶を見て、うげ、と声を漏らした。
「お姉ちゃんお帰りー。…ところでその瓶ってさ………」
静葉はそんな妹の姿に軽く苦笑しながらも、紛う事なき大吟醸を手に涼やかに言った。
「ええ。もうそんな季節よ。」
紅葉は既に見ごろを迎えて、艶やかに散りだしていた。
空を染める赤は少しずつくすみはじめ、静かな予感を漂わせていた。
見計らったかのように、
「こんにちは」
と、庭の方から訪問者が現れた。
木枯らしが視えそうなほどに白の映える彼女は、静葉たちににこやかに手を振った。
日は立冬の前日。明日からは冬――冬妖怪 レティ・ホワイトロックの季節だ。
「新月だなんて残念ねぇ。」
そう言いながら、レティは盃を手に空を仰いだ。
まだ空には青が残っているが、レティと静葉は縁側に座って酒を酌み交わしていた。
ひとり調理場で料理をしていた穣子が、
「季節外れのお月見するために来たわけでもないでしょうに。」
とはさんで、肴の小鉢を置いていった。
レティと知り合ったきっかけは何なのか、静葉たちは今でも分からない。
暦だけで言えば特段何と言う日でもなく、何をする風習もない。
だけれど立冬の前の日に必ずレティは静葉たちのもとに現れて、そして静かに呑んでいく。
考えるより先にこの会合は、彼女たちの年中行事になっていた。
三人の会合が彼女たちにとって当たり前になったある年のこと。
その年も三人で呑んでいたら、なぜか向日葵畑の妖怪――風見幽香のことだが――が現れた。
幽香はそのまま空いていたレティの隣に座り込んで、図々しくも酒と食べ物を要求し、結局そのまま最後まで居座ったのだった。
幽香はレティと知り合いではあったのだが、レティは一切幽香に話などもしておらず、つまりどこからか嗅ぎ付けて勝ってに参加して来た、らしい。真相は分からない。
そして、この年から毎年欠かさず幽香は参加している。図々しいったらありゃしないわね~、とは、いつかの年にレティが語った弁であるけれど。
さらに数える事数回の後の年。
幽香はアリスやメディスンとともにテーブルを持ち込んで、時間としては遅いアフタヌーンティーを楽しみ始めたのだった。
もう静葉たちは、幽香が何をしても動じなくなっていた。
他人の家の庭で優雅にティータイムを楽しむ幽香とアリス、そしてメディスン。かたや縁側で酒を呑むレティと静葉と穣子。
我が物顔の幽香に、むしろ静葉たちの方が遠慮しているようでもあった。
もうどうにでもなれ、と穣子は言いながらグラスの酒をあおった。
余談だけれど、その後テーブルは幽香が「まかせたわ」と言って放置して行ったので、それからずっと庵の脇の物置小屋にしまわれている。
毎年この日になるとアリスが引っ張り出してきて、アフタヌーンティーを行っているのだ。
それはつまりアリスもこの年から毎年来ているということだけれども。
静葉たちは考える事をもはや放棄していた。
もうどうにでもなれ、と言ったせいかどうかは知らないが、次の年にはチルノを筆頭にこどものような妖精妖怪が遊びに来はじめてしまい、さらに次の年には博霊神社で行う宴会とだいたい同じ顔が揃っていた。
にぎやかになってしまった庭先を見遣りつつ、苦笑いとも取れる顔で酒を呑むレティと静葉、そして穣子。
いちばん苦い顔をしているのは穣子だった。
「やっぱり今年もこうなるのね……」
「もうなってしまった事なのだから、もう諦めなさいな。」
静葉は穣子の背中を撫でて言った。
よよよと泣きまねをしながら嘆きの言葉を吐くあたり、穣子もとっくの昔に諦めているのかもしれないけど。
それでも穣子は嘆きの言を、少し大げさに言うのだった。
レティはというと、
「きっかけさえあればこんな集まりでもいつかは宴会になっちゃうのね。勉強になったわ~」
と気にしていない風である。
「結局どうして私たちのところに来たの?」
と静葉は尋ねた。
レティは、んー、と口元に指を当てて考えるそぶりをした後、
「引き継がれにきた、かな?」
とだけ、言った。
「何よそれ。私たちへのあてつけ?」
笑って静葉が答える。顔に怒りの表情などはないようだった。
レティも笑って言った。
「違うわよ。そんなんじゃないけど、」
と何かを言おうとして、途中でやめてしまった。
「けど?」
静葉が訊いても、レティは宙を見ていた。
その方を見遣ると、人や妖の喧騒の向こうには、灯に照らされた紅葉。
もうすぐ冬が来るのだと思うからか、新月の夜だからか、他の何かのせいか、どこか渋い色合いを醸しているようにも見える。
レティの方を見遣ると、何か嬉しそうな、悦ばしいような、そんな表情でやはり何かを見つめていた。
白い肌に頬の紅が艶やかにさして、物思いに耽っている。
ふっ、と、笑ったかのような息を漏らして目を伏せた。
ようやく静葉が静寂を破る。
「レティ?」
レティは静葉の方を向いて
「………なんでもないわ~。ちょっと思い出し笑い~。」
と言い、盃に残っていた少しの酒を飲み干した。
「そうなの?」
そして静葉はそれだけ聞いた。
「そうなの。」
するとレティはそれだけ答えた。
宴の後には木枯らしが吹き、今は庵の灯も消えにけり。
秋から冬へと季節を繋ぐ、少女たちの物語。
穣子は、静葉の鞄から顔をのぞかせる一升瓶を見て、うげ、と声を漏らした。
「お姉ちゃんお帰りー。…ところでその瓶ってさ………」
静葉はそんな妹の姿に軽く苦笑しながらも、紛う事なき大吟醸を手に涼やかに言った。
「ええ。もうそんな季節よ。」
紅葉は既に見ごろを迎えて、艶やかに散りだしていた。
空を染める赤は少しずつくすみはじめ、静かな予感を漂わせていた。
見計らったかのように、
「こんにちは」
と、庭の方から訪問者が現れた。
木枯らしが視えそうなほどに白の映える彼女は、静葉たちににこやかに手を振った。
日は立冬の前日。明日からは冬――冬妖怪 レティ・ホワイトロックの季節だ。
「新月だなんて残念ねぇ。」
そう言いながら、レティは盃を手に空を仰いだ。
まだ空には青が残っているが、レティと静葉は縁側に座って酒を酌み交わしていた。
ひとり調理場で料理をしていた穣子が、
「季節外れのお月見するために来たわけでもないでしょうに。」
とはさんで、肴の小鉢を置いていった。
レティと知り合ったきっかけは何なのか、静葉たちは今でも分からない。
暦だけで言えば特段何と言う日でもなく、何をする風習もない。
だけれど立冬の前の日に必ずレティは静葉たちのもとに現れて、そして静かに呑んでいく。
考えるより先にこの会合は、彼女たちの年中行事になっていた。
三人の会合が彼女たちにとって当たり前になったある年のこと。
その年も三人で呑んでいたら、なぜか向日葵畑の妖怪――風見幽香のことだが――が現れた。
幽香はそのまま空いていたレティの隣に座り込んで、図々しくも酒と食べ物を要求し、結局そのまま最後まで居座ったのだった。
幽香はレティと知り合いではあったのだが、レティは一切幽香に話などもしておらず、つまりどこからか嗅ぎ付けて勝ってに参加して来た、らしい。真相は分からない。
そして、この年から毎年欠かさず幽香は参加している。図々しいったらありゃしないわね~、とは、いつかの年にレティが語った弁であるけれど。
さらに数える事数回の後の年。
幽香はアリスやメディスンとともにテーブルを持ち込んで、時間としては遅いアフタヌーンティーを楽しみ始めたのだった。
もう静葉たちは、幽香が何をしても動じなくなっていた。
他人の家の庭で優雅にティータイムを楽しむ幽香とアリス、そしてメディスン。かたや縁側で酒を呑むレティと静葉と穣子。
我が物顔の幽香に、むしろ静葉たちの方が遠慮しているようでもあった。
もうどうにでもなれ、と穣子は言いながらグラスの酒をあおった。
余談だけれど、その後テーブルは幽香が「まかせたわ」と言って放置して行ったので、それからずっと庵の脇の物置小屋にしまわれている。
毎年この日になるとアリスが引っ張り出してきて、アフタヌーンティーを行っているのだ。
それはつまりアリスもこの年から毎年来ているということだけれども。
静葉たちは考える事をもはや放棄していた。
もうどうにでもなれ、と言ったせいかどうかは知らないが、次の年にはチルノを筆頭にこどものような妖精妖怪が遊びに来はじめてしまい、さらに次の年には博霊神社で行う宴会とだいたい同じ顔が揃っていた。
にぎやかになってしまった庭先を見遣りつつ、苦笑いとも取れる顔で酒を呑むレティと静葉、そして穣子。
いちばん苦い顔をしているのは穣子だった。
「やっぱり今年もこうなるのね……」
「もうなってしまった事なのだから、もう諦めなさいな。」
静葉は穣子の背中を撫でて言った。
よよよと泣きまねをしながら嘆きの言葉を吐くあたり、穣子もとっくの昔に諦めているのかもしれないけど。
それでも穣子は嘆きの言を、少し大げさに言うのだった。
レティはというと、
「きっかけさえあればこんな集まりでもいつかは宴会になっちゃうのね。勉強になったわ~」
と気にしていない風である。
「結局どうして私たちのところに来たの?」
と静葉は尋ねた。
レティは、んー、と口元に指を当てて考えるそぶりをした後、
「引き継がれにきた、かな?」
とだけ、言った。
「何よそれ。私たちへのあてつけ?」
笑って静葉が答える。顔に怒りの表情などはないようだった。
レティも笑って言った。
「違うわよ。そんなんじゃないけど、」
と何かを言おうとして、途中でやめてしまった。
「けど?」
静葉が訊いても、レティは宙を見ていた。
その方を見遣ると、人や妖の喧騒の向こうには、灯に照らされた紅葉。
もうすぐ冬が来るのだと思うからか、新月の夜だからか、他の何かのせいか、どこか渋い色合いを醸しているようにも見える。
レティの方を見遣ると、何か嬉しそうな、悦ばしいような、そんな表情でやはり何かを見つめていた。
白い肌に頬の紅が艶やかにさして、物思いに耽っている。
ふっ、と、笑ったかのような息を漏らして目を伏せた。
ようやく静葉が静寂を破る。
「レティ?」
レティは静葉の方を向いて
「………なんでもないわ~。ちょっと思い出し笑い~。」
と言い、盃に残っていた少しの酒を飲み干した。
「そうなの?」
そして静葉はそれだけ聞いた。
「そうなの。」
するとレティはそれだけ答えた。
宴の後には木枯らしが吹き、今は庵の灯も消えにけり。
秋から冬へと季節を繋ぐ、少女たちの物語。
秋姉妹とレティが仲良いお話は良いです!
紅葉なんてなかったんや……
今年はこの話の秋姉妹たちのようにバタバタと慌ただしく季節が過ぎていったような気がします