※オリジナルキャラ注意。
昔、昔、あるところに。
子猫のダイと小鳥のチックがおりました。
ダイは賢い猫で、チックはお馬鹿な鳥でした。
ある日、ダイがチックの元にやってきて、
「やあ、チック。実はあっちでとても美味しそうな果物を見つけたんだけど、きみも一緒に取りにいくかい?」
と、しっぽをふりふり言いました。
「やあ、ダイ。そうだね、ぜひともいただきたいよ」
それを聞いたチックは嬉しそうに口ばしを鳴らし、ダイの後についていきました。
ダイとチックが辿り着いたのは、大きな大きなりんごの木でした。
その枝にはところどころ、赤い大きな実がついていました。
チックはその小さくてくりくりとした目を輝かせて、さっそく枝の上に止まります。
「おや、ダイ。きみは行かないのかい?」
チックはすぐにでも赤い実をつつこうとしましたが、こちらを見上げるだけで登ろうとして来ないダイのことが気になりました。
「ぼくはまだ小さくて木に登れないから、りんごが落ちてくるのを待っているのさ。だからきみは先に食べてなよ」
「そうかい。でもそれじゃあきみは、いつまで経っても食べられないよ。よし。ぼくがきみの分も取ってあげる」
ダイの悲しげな一言に、チックは小枝をつついて、りんごを下に落としてあげました。
その時です。
りんごが下に落ちた音を聞いて、大きな鳥がチックの元にやって来ました。
そしてチックはその鳥に頭をつつかれて、赤い実と同じように、木の下に落ちて行きました。
地面の上には落ちたりんごと動かない小鳥。
猫は笑いながらその二つを小さな胃袋に収めました。
賢いダイは知っていたのです。
木の上におっかない大きな鳥がいることも、チックがどうしようもなくお人好しなことも。
「な、なんて可哀想なの!」
遠くの方から聞きなれた叫び声が響いて来る。
その声にあたいは、大きな図体をぶるぶる震わせて泣き喚く親友の姿を簡単に想像することが出来た。
「ちょ、ちょっと、空さん?本を握りつぶさな……わあ!」
本棚の間からちらりと奥を覗くと、わんわん泣きながら暴れているお空が見えた。
そんな彼女の腕には図書館の主の傍らに控えていた小悪魔さんががっちりと捕まっている。
二人のちょっとした取っ組み合いによって、先ほどまで静かだった図書館の一角はにわかに騒がしくなっていた。
「ちょっとお空、何してんのさ」
さすがにいつまでも傍観しているわけにはいかず、あたいは小悪魔さんの身体が絞められ始めたあたりで本棚の陰から身を乗り出して言った。
ああ、お願いだからお空。そんな驚いた顔であたいの方を見ないで。
「あら、目的のものは見つかったのね」
「あ、はい。見つかりました」
お空たちがいる机の方からもう一人の声がした。図書館の主、パチュリーさんだ。
彼女の視線はあたいが手に抱えている一冊の本に注がれていた。
本の背表紙には角ばった文字で『エネルギー産業革命』と書かれている。
そう、あたいたちがはるばる地底から地上の図書館に来た理由はこの本にあった。
小悪魔さんを羽交い絞めにしながら暴れているお空。彼女は一応、山のエネルギー産業の一役を担っていた。
しかし彼女は残念なことに(あまりはっきりとは言いたくないが)、そんなに賢い妖怪ではなかった。
別に知識を理解出来ないわけではない。覚えたとしても、次の日の朝食には忘れてしまうのだ。
だからこそ仕事において大事なことは、何度でも読み直せるようにどこかに書いておかなければならなかった。もしくはすでに書かれているものでなくてはならなかった。
そんな折、記録された知識のたまり場である図書館が地上にあることを知ったのは、お空の世話を任せられているあたいにとっては僥倖なことだった。
しかも幸いなことに、本を探しているという旨を図書館の主に告げると、何とその本を譲ってもらえることになった。
こうしてあたいたちは、わざわざ地底の最奥から地上の悪魔の館にまでやって来たのだ。
「それにしても、本当に貰っちゃっていいんですか?」
この本、見た目や手触りからして新品に違いない。それなのに、まだ知り合って間もないあたいたちにタダでくれるというのだから驚きだ。
失礼な話だけど、あたいはここまでパチュリーさんが気前の良い性格だとは思っていなかった。
「別にいいわよ。元はと言えば咲夜がどっかの道具屋で見つけてきたものだし」
書いてある情報も取るに足らないものだから構わないわ、とパチュリーさんは手元の本から一切視線を動かさずに言った。
出版日とか見ると、外の世界でも比較的新しい本だと思うのだが、幻想郷ではもう古いものなのだろうか。
「お燐、大変よ、小鳥ちゃんが……!」
「ぱ、ぱちゅりーさま……助けてください……」
「貴女たち、まだやってたの?」
瞳をギラギラさせ興奮した様子のお空が突然会話に入り込んで来る。
机の反対側ではまだプロレスごっこが続いているようだ。
「お空。早くお姉さんを離してあげな。苦しそうだよ?」
「え?あ、ごめんなさい」
あたいの言葉に素直に応えると、ようやくお空は腕の中の小悪魔さんに気付いたのか、身体に回していた腕を慌てて緩めた。
顔を真っ赤にした小悪魔さんは目尻を濡らし咳こんでいる。
力加減を知らないというのはお空の悪いところだ。あとでちゃんと叱っておかなきゃ。
でも時にはその馬鹿力に救われる時もあるのよね、とあたいは誰にも気づかれないように小さく笑った。
あたいは片手に本、もう片方の手にお空の手を握って、急いで図書館から館外へとお暇することにした。
これ以上あそこにいたら小悪魔さんの精神衛生上よくない気がする。
だだっ広いエントランスから外へ躍り出る。慣れない太陽の光が目に沁みてくらくらした。妖怪の山の巫女様に教えてもらったサングラスというものが本気で欲しくなってくる。
取っ組み合いで体力を消耗したのか、後ろのお空は眠気を隠さずに目をこすっていた。
繋いだ手から伝わる熱が温かい。お空は子供みたいにいつも体温が高かった。
それは不思議と安心感のあるぬくもりで、さとり様がもたらしてくれるものよりも少し刺激が強いけど、あたいはこのぬくもりがとても好きだった。
自然と握る力が強くなる。
「うにゅ?」
「ごめん、強く握り過ぎちゃった?」
「ううん、痛くないから大丈夫」
振り返るとお空が眠たそうに、しかし幸せそうな顔でこちらを見ていた。
何だか気恥ずかしくなって、慌てて顔を正面に戻す。
本当に子供っぽいのはあたいの方じゃないか。
「ああ、もう、何だかむしゃくしゃするわ!」
門番さんとの挨拶をすませ正門をくぐったところで、また突然お空が興奮したように忌々しく叫んだ。
先ほどまであんなに(門番さんに心配されるくらい)眠たそうにしていたのに、いつのまにか眠気はふっとんでいるようだ。
「何?あの本のこと?」
「うん」
「フィクションなんだから、そんなに熱くならなくても」
いつもややこしいことや嫌なことはすぐに忘れてしまう娘なのに、今回はまだ根に持っているらしい。
何か、気になることでもあったんだろうか?
手を繋ぎ合って帰路を歩きながらあたいは考えた。
「だってあの鳥、すごく可哀相なんだもの」
「まあ、確かに可哀相だったけどさ」
お空からかいつまんで聞かされた物語の端々を思い出してみる。
どこにでもよくある、子供に話すには少し残酷な昔話。
「それに」
「え?」
「猫はあんなに意地悪じゃない」
急に何を言ってるんだ、この娘は。
ええっと、それってつまり、どういうこと?
「お燐の仲間があんなに意地悪なわけない。いつかあの本書いた人をとっ捕まえて、そう言ってやるわ!」
お空が珍しく真剣な顔で力説している。
なんだ、そういうことか。
「馬鹿お空、何考えてんだい」
ぴょんと背伸びしてぽかりと優しくお空の頭を叩いてやる。
怒った顔をしようとしても、口元が緩んでしまうのはしょうがない。
「あいた!」
オーバーなリアクションでお空が頭を抑えた。何するのよう、と頬を膨らませぶうぶう文句を垂れている。それはこっちの台詞だ。
「信じてくれるのは素直に嬉しいけどねえ。世の中そんなにいい猫ばかりじゃないよ」
あたいだって本当はそんなにいい猫じゃない。あの異変の時みたいに、親友のためだったら狡くなる時だってあるんだ。
「そ、そうかもしれないけど」
立ち止まり俯いたまま、まだ何かもごもごと言っているお空だったが、あたいが彼女の手を振り切って先に進むと慌てて腕にすがりついてきた。
目元を濡らして不安そうにこちらを見つめてくるお空。
そんな表情されたら顔をそらしてしまいたくなるじゃないか。
「まあ、でも」
「お燐?」
「あたいは絶対に最期までお空を裏切ったりしないからね」
顔をそらす代わりに手を一杯に伸ばして、お空の頭をゆっくりと撫でる。
「本当に?」
「当たり前だよ」
騙しちゃうことはあるかもしれないけれど、と心の中でひっそり付け足す。
あたいは狡い猫だから、これくらいは許してね、お空。
「じゃあ、私も絶対に裏切らない」
そう言うと思ったよ。
お空はあの小鳥みたいに素直な娘だから。
悪い奴に悪いことされないようにしっかり手を繋いでおかなきゃ、ね。
地霊殿に帰るまでの間、あたいたちはもう手を離すことはなかった。
後日、地霊殿にさとり様の知り合いの鬼がお空宛ての小包を持って来てくれた。
びりびりと汚く包装紙を破いて、届け物を取り出すお空。
不作法をゆるく注意しながら、あたいは彼女の肩口からその中身を覗き込んだ。
そこには一冊の本が入っていた。
題名は『ダイとチックの小さな冒険』。
「これって……」
あたいの呟きとともに、お空は恐る恐るその本を開いてみた。
昔、昔、あるところに。
子猫のダイと小鳥のチックがおりました。
ダイは賢い猫で、チックはお馬鹿な鳥でした。
ある日、ダイがチックの元にやってきて、
「やあ、チック。実はあっちでとても美味しそうな果物を見つけたんだけど、きみも一緒に取りに行くかい?」
と、しっぽをふりふり言いました。
「やあ、ダイ。そうだね、ぜひともいただきたいよ」
それを聞いたチックは嬉しそうに口ばしを鳴らし、ダイの後についていきました。
ダイとチックが辿り着いたのは、大きな大きなりんごの木でした。
その枝にはところどころ、赤い大きな実がついていました。
チックはその小さくてくりくりとした目を輝かせて、さっそく枝の上に登ろうとしました、が。
「おや、ダイ。きみは行かないのかい?」
チックは木を見つめるだけで登ろうとしないダイのことが気になりました。
「ぼくはまだ小さくて木に登れないから、りんごが落ちて来るのを待っているのさ。だからきみは先に行きなよ」
「そうかい。でもそれじゃあ、きみはいつまで経っても食べられないよ」
そのとき、チックは小さな頭で閃きました。
「そうだ、ダイ。ぼくが落ちないように助けてあげるから、一緒に木を登って行こうよ!」
チックはそう言うとダイの背中を優しくつつき、そしてゆっくりと木を登って行きました。
飛んで行けば速いのに、チックはダイから目を離さずに、細い足と小さな翼でちょんちょんと木を登って行きます。
ダイは短い爪を木に引っ掛けながらも、急いでチックの後について登って行きました。
りんごの実った枝まで辿り着くと、チックはりんごを切り落とし、それをダイが落ちないように拾い上げました。
チックとダイがせっせとりんごを取っている内に、突然、大きな鳥がやって来ました。
鳥はチックに襲い掛かろうとしましたが、二匹の間にダイが飛び出すと、そのまま彼は木の下へ落ちて行きました。
チックは慌てて落ちて行くダイの後を追い掛けました。しかしその短い翼は彼には届きません。
小さな体が地面に落ちるその瞬間、ダイはくるりと体を回して上手く着地しました。
ダイは子供でも立派な猫だったのです。
「大丈夫かい?ダイ」
羽ばたきながらチックも下りてきました。
「うん」
「ごめんね。あんな大きな鳥がいるなんて」
「ううん、本当は、ほんとはね」
ダイは悲しそうな顔でチックに言いました。
「知っていたんだ。あの鳥がいて危ないってことは」
しっぽは不安げに揺れ、耳はしゅんと垂れています。
「ぼくの方こそごめんね。ぼくはきみを利用してりんごを楽に取ろうとしたんだ」
震える子猫はとうとう目から涙を流してしまいました。
チックは俯くダイの顔を覗くと言いました。
「それでもきみはぼくを守ってくれたじゃないか」
小鳥はにっこりと笑って、その短い翼で子猫の頭を撫でました。
いつの間にか子猫の方にも明るい笑顔が戻っていました。
それから二匹は、落ちて潰れたりんごを仲良く分け合いました。
「うう~よかったね、猫ちゃん、鳥ちゃん」
お空がわんわん涙を流している。それを横目に、あたいは開いたままの本をペラペラとめくる。
本の奥書には見知った図書館の主の名前があった。
本当にあの魔女には頭が上がらない。
お空があの本の結末に心を痛めていたのを気にしてくれていたんだ。
この本があれば、もうお空がお馬鹿なことで頭を悩ますこともないだろう。
あたいは無愛想だけど粋な魔女のプレゼントを大切に大切に閉じた。
お礼のためにいつかまた本を借りに行こう。
ついでに道具屋にもサングラスが置いてないか見に行ってみようかな。
「ねえ、お空はどこか行きたいところないかい?」
「行きたい、というより欲しいものがあるんだけど……」
「お、何さ」
「大きくて美味しいりんご!」
「パチュリー様、いつの間にあんな本を」
「元々、前の本も私が書いたものだからね。評判悪いから書き直してみただけよ」
「なるほど。いやいやそれにしても、前のは少しオチが酷すぎると思いますよ。愛鳥団体に訴えられちゃいます」
「仕方ないじゃない。妹様の情操教育には必要だったんだから」
「悪魔的な情操教育ですね……」
「パチェ、貴女ね。フランに変な知識を埋め込んだのは」
「レミィ、いつの間に!ちょっと、何を――!」
「成敗する!くすぐり地獄だ!」
「あ、そこは……弱いから……やめて!」
「お嬢様!喘息患者にそれはやめてあげてください!」
昔、昔、あるところに。
子猫のダイと小鳥のチックがおりました。
ダイは賢い猫で、チックはお馬鹿な鳥でした。
ある日、ダイがチックの元にやってきて、
「やあ、チック。実はあっちでとても美味しそうな果物を見つけたんだけど、きみも一緒に取りにいくかい?」
と、しっぽをふりふり言いました。
「やあ、ダイ。そうだね、ぜひともいただきたいよ」
それを聞いたチックは嬉しそうに口ばしを鳴らし、ダイの後についていきました。
ダイとチックが辿り着いたのは、大きな大きなりんごの木でした。
その枝にはところどころ、赤い大きな実がついていました。
チックはその小さくてくりくりとした目を輝かせて、さっそく枝の上に止まります。
「おや、ダイ。きみは行かないのかい?」
チックはすぐにでも赤い実をつつこうとしましたが、こちらを見上げるだけで登ろうとして来ないダイのことが気になりました。
「ぼくはまだ小さくて木に登れないから、りんごが落ちてくるのを待っているのさ。だからきみは先に食べてなよ」
「そうかい。でもそれじゃあきみは、いつまで経っても食べられないよ。よし。ぼくがきみの分も取ってあげる」
ダイの悲しげな一言に、チックは小枝をつついて、りんごを下に落としてあげました。
その時です。
りんごが下に落ちた音を聞いて、大きな鳥がチックの元にやって来ました。
そしてチックはその鳥に頭をつつかれて、赤い実と同じように、木の下に落ちて行きました。
地面の上には落ちたりんごと動かない小鳥。
猫は笑いながらその二つを小さな胃袋に収めました。
賢いダイは知っていたのです。
木の上におっかない大きな鳥がいることも、チックがどうしようもなくお人好しなことも。
「な、なんて可哀想なの!」
遠くの方から聞きなれた叫び声が響いて来る。
その声にあたいは、大きな図体をぶるぶる震わせて泣き喚く親友の姿を簡単に想像することが出来た。
「ちょ、ちょっと、空さん?本を握りつぶさな……わあ!」
本棚の間からちらりと奥を覗くと、わんわん泣きながら暴れているお空が見えた。
そんな彼女の腕には図書館の主の傍らに控えていた小悪魔さんががっちりと捕まっている。
二人のちょっとした取っ組み合いによって、先ほどまで静かだった図書館の一角はにわかに騒がしくなっていた。
「ちょっとお空、何してんのさ」
さすがにいつまでも傍観しているわけにはいかず、あたいは小悪魔さんの身体が絞められ始めたあたりで本棚の陰から身を乗り出して言った。
ああ、お願いだからお空。そんな驚いた顔であたいの方を見ないで。
「あら、目的のものは見つかったのね」
「あ、はい。見つかりました」
お空たちがいる机の方からもう一人の声がした。図書館の主、パチュリーさんだ。
彼女の視線はあたいが手に抱えている一冊の本に注がれていた。
本の背表紙には角ばった文字で『エネルギー産業革命』と書かれている。
そう、あたいたちがはるばる地底から地上の図書館に来た理由はこの本にあった。
小悪魔さんを羽交い絞めにしながら暴れているお空。彼女は一応、山のエネルギー産業の一役を担っていた。
しかし彼女は残念なことに(あまりはっきりとは言いたくないが)、そんなに賢い妖怪ではなかった。
別に知識を理解出来ないわけではない。覚えたとしても、次の日の朝食には忘れてしまうのだ。
だからこそ仕事において大事なことは、何度でも読み直せるようにどこかに書いておかなければならなかった。もしくはすでに書かれているものでなくてはならなかった。
そんな折、記録された知識のたまり場である図書館が地上にあることを知ったのは、お空の世話を任せられているあたいにとっては僥倖なことだった。
しかも幸いなことに、本を探しているという旨を図書館の主に告げると、何とその本を譲ってもらえることになった。
こうしてあたいたちは、わざわざ地底の最奥から地上の悪魔の館にまでやって来たのだ。
「それにしても、本当に貰っちゃっていいんですか?」
この本、見た目や手触りからして新品に違いない。それなのに、まだ知り合って間もないあたいたちにタダでくれるというのだから驚きだ。
失礼な話だけど、あたいはここまでパチュリーさんが気前の良い性格だとは思っていなかった。
「別にいいわよ。元はと言えば咲夜がどっかの道具屋で見つけてきたものだし」
書いてある情報も取るに足らないものだから構わないわ、とパチュリーさんは手元の本から一切視線を動かさずに言った。
出版日とか見ると、外の世界でも比較的新しい本だと思うのだが、幻想郷ではもう古いものなのだろうか。
「お燐、大変よ、小鳥ちゃんが……!」
「ぱ、ぱちゅりーさま……助けてください……」
「貴女たち、まだやってたの?」
瞳をギラギラさせ興奮した様子のお空が突然会話に入り込んで来る。
机の反対側ではまだプロレスごっこが続いているようだ。
「お空。早くお姉さんを離してあげな。苦しそうだよ?」
「え?あ、ごめんなさい」
あたいの言葉に素直に応えると、ようやくお空は腕の中の小悪魔さんに気付いたのか、身体に回していた腕を慌てて緩めた。
顔を真っ赤にした小悪魔さんは目尻を濡らし咳こんでいる。
力加減を知らないというのはお空の悪いところだ。あとでちゃんと叱っておかなきゃ。
でも時にはその馬鹿力に救われる時もあるのよね、とあたいは誰にも気づかれないように小さく笑った。
あたいは片手に本、もう片方の手にお空の手を握って、急いで図書館から館外へとお暇することにした。
これ以上あそこにいたら小悪魔さんの精神衛生上よくない気がする。
だだっ広いエントランスから外へ躍り出る。慣れない太陽の光が目に沁みてくらくらした。妖怪の山の巫女様に教えてもらったサングラスというものが本気で欲しくなってくる。
取っ組み合いで体力を消耗したのか、後ろのお空は眠気を隠さずに目をこすっていた。
繋いだ手から伝わる熱が温かい。お空は子供みたいにいつも体温が高かった。
それは不思議と安心感のあるぬくもりで、さとり様がもたらしてくれるものよりも少し刺激が強いけど、あたいはこのぬくもりがとても好きだった。
自然と握る力が強くなる。
「うにゅ?」
「ごめん、強く握り過ぎちゃった?」
「ううん、痛くないから大丈夫」
振り返るとお空が眠たそうに、しかし幸せそうな顔でこちらを見ていた。
何だか気恥ずかしくなって、慌てて顔を正面に戻す。
本当に子供っぽいのはあたいの方じゃないか。
「ああ、もう、何だかむしゃくしゃするわ!」
門番さんとの挨拶をすませ正門をくぐったところで、また突然お空が興奮したように忌々しく叫んだ。
先ほどまであんなに(門番さんに心配されるくらい)眠たそうにしていたのに、いつのまにか眠気はふっとんでいるようだ。
「何?あの本のこと?」
「うん」
「フィクションなんだから、そんなに熱くならなくても」
いつもややこしいことや嫌なことはすぐに忘れてしまう娘なのに、今回はまだ根に持っているらしい。
何か、気になることでもあったんだろうか?
手を繋ぎ合って帰路を歩きながらあたいは考えた。
「だってあの鳥、すごく可哀相なんだもの」
「まあ、確かに可哀相だったけどさ」
お空からかいつまんで聞かされた物語の端々を思い出してみる。
どこにでもよくある、子供に話すには少し残酷な昔話。
「それに」
「え?」
「猫はあんなに意地悪じゃない」
急に何を言ってるんだ、この娘は。
ええっと、それってつまり、どういうこと?
「お燐の仲間があんなに意地悪なわけない。いつかあの本書いた人をとっ捕まえて、そう言ってやるわ!」
お空が珍しく真剣な顔で力説している。
なんだ、そういうことか。
「馬鹿お空、何考えてんだい」
ぴょんと背伸びしてぽかりと優しくお空の頭を叩いてやる。
怒った顔をしようとしても、口元が緩んでしまうのはしょうがない。
「あいた!」
オーバーなリアクションでお空が頭を抑えた。何するのよう、と頬を膨らませぶうぶう文句を垂れている。それはこっちの台詞だ。
「信じてくれるのは素直に嬉しいけどねえ。世の中そんなにいい猫ばかりじゃないよ」
あたいだって本当はそんなにいい猫じゃない。あの異変の時みたいに、親友のためだったら狡くなる時だってあるんだ。
「そ、そうかもしれないけど」
立ち止まり俯いたまま、まだ何かもごもごと言っているお空だったが、あたいが彼女の手を振り切って先に進むと慌てて腕にすがりついてきた。
目元を濡らして不安そうにこちらを見つめてくるお空。
そんな表情されたら顔をそらしてしまいたくなるじゃないか。
「まあ、でも」
「お燐?」
「あたいは絶対に最期までお空を裏切ったりしないからね」
顔をそらす代わりに手を一杯に伸ばして、お空の頭をゆっくりと撫でる。
「本当に?」
「当たり前だよ」
騙しちゃうことはあるかもしれないけれど、と心の中でひっそり付け足す。
あたいは狡い猫だから、これくらいは許してね、お空。
「じゃあ、私も絶対に裏切らない」
そう言うと思ったよ。
お空はあの小鳥みたいに素直な娘だから。
悪い奴に悪いことされないようにしっかり手を繋いでおかなきゃ、ね。
地霊殿に帰るまでの間、あたいたちはもう手を離すことはなかった。
後日、地霊殿にさとり様の知り合いの鬼がお空宛ての小包を持って来てくれた。
びりびりと汚く包装紙を破いて、届け物を取り出すお空。
不作法をゆるく注意しながら、あたいは彼女の肩口からその中身を覗き込んだ。
そこには一冊の本が入っていた。
題名は『ダイとチックの小さな冒険』。
「これって……」
あたいの呟きとともに、お空は恐る恐るその本を開いてみた。
昔、昔、あるところに。
子猫のダイと小鳥のチックがおりました。
ダイは賢い猫で、チックはお馬鹿な鳥でした。
ある日、ダイがチックの元にやってきて、
「やあ、チック。実はあっちでとても美味しそうな果物を見つけたんだけど、きみも一緒に取りに行くかい?」
と、しっぽをふりふり言いました。
「やあ、ダイ。そうだね、ぜひともいただきたいよ」
それを聞いたチックは嬉しそうに口ばしを鳴らし、ダイの後についていきました。
ダイとチックが辿り着いたのは、大きな大きなりんごの木でした。
その枝にはところどころ、赤い大きな実がついていました。
チックはその小さくてくりくりとした目を輝かせて、さっそく枝の上に登ろうとしました、が。
「おや、ダイ。きみは行かないのかい?」
チックは木を見つめるだけで登ろうとしないダイのことが気になりました。
「ぼくはまだ小さくて木に登れないから、りんごが落ちて来るのを待っているのさ。だからきみは先に行きなよ」
「そうかい。でもそれじゃあ、きみはいつまで経っても食べられないよ」
そのとき、チックは小さな頭で閃きました。
「そうだ、ダイ。ぼくが落ちないように助けてあげるから、一緒に木を登って行こうよ!」
チックはそう言うとダイの背中を優しくつつき、そしてゆっくりと木を登って行きました。
飛んで行けば速いのに、チックはダイから目を離さずに、細い足と小さな翼でちょんちょんと木を登って行きます。
ダイは短い爪を木に引っ掛けながらも、急いでチックの後について登って行きました。
りんごの実った枝まで辿り着くと、チックはりんごを切り落とし、それをダイが落ちないように拾い上げました。
チックとダイがせっせとりんごを取っている内に、突然、大きな鳥がやって来ました。
鳥はチックに襲い掛かろうとしましたが、二匹の間にダイが飛び出すと、そのまま彼は木の下へ落ちて行きました。
チックは慌てて落ちて行くダイの後を追い掛けました。しかしその短い翼は彼には届きません。
小さな体が地面に落ちるその瞬間、ダイはくるりと体を回して上手く着地しました。
ダイは子供でも立派な猫だったのです。
「大丈夫かい?ダイ」
羽ばたきながらチックも下りてきました。
「うん」
「ごめんね。あんな大きな鳥がいるなんて」
「ううん、本当は、ほんとはね」
ダイは悲しそうな顔でチックに言いました。
「知っていたんだ。あの鳥がいて危ないってことは」
しっぽは不安げに揺れ、耳はしゅんと垂れています。
「ぼくの方こそごめんね。ぼくはきみを利用してりんごを楽に取ろうとしたんだ」
震える子猫はとうとう目から涙を流してしまいました。
チックは俯くダイの顔を覗くと言いました。
「それでもきみはぼくを守ってくれたじゃないか」
小鳥はにっこりと笑って、その短い翼で子猫の頭を撫でました。
いつの間にか子猫の方にも明るい笑顔が戻っていました。
それから二匹は、落ちて潰れたりんごを仲良く分け合いました。
「うう~よかったね、猫ちゃん、鳥ちゃん」
お空がわんわん涙を流している。それを横目に、あたいは開いたままの本をペラペラとめくる。
本の奥書には見知った図書館の主の名前があった。
本当にあの魔女には頭が上がらない。
お空があの本の結末に心を痛めていたのを気にしてくれていたんだ。
この本があれば、もうお空がお馬鹿なことで頭を悩ますこともないだろう。
あたいは無愛想だけど粋な魔女のプレゼントを大切に大切に閉じた。
お礼のためにいつかまた本を借りに行こう。
ついでに道具屋にもサングラスが置いてないか見に行ってみようかな。
「ねえ、お空はどこか行きたいところないかい?」
「行きたい、というより欲しいものがあるんだけど……」
「お、何さ」
「大きくて美味しいりんご!」
「パチュリー様、いつの間にあんな本を」
「元々、前の本も私が書いたものだからね。評判悪いから書き直してみただけよ」
「なるほど。いやいやそれにしても、前のは少しオチが酷すぎると思いますよ。愛鳥団体に訴えられちゃいます」
「仕方ないじゃない。妹様の情操教育には必要だったんだから」
「悪魔的な情操教育ですね……」
「パチェ、貴女ね。フランに変な知識を埋め込んだのは」
「レミィ、いつの間に!ちょっと、何を――!」
「成敗する!くすぐり地獄だ!」
「あ、そこは……弱いから……やめて!」
「お嬢様!喘息患者にそれはやめてあげてください!」
後、パチュリーさん良い人!