美鈴に子守唄を歌ってもらった翌日。
ずいぶんと目覚めのいい朝になった。
「…晴れた」
コンコン
ふいにドアをノックする音が聞こえた。
「今起きた。お前は仕事に行きな、咲夜」
「おはようございますお嬢様。私が起こす前に起きていられるとは驚きです。それでは朝食の準備をしてまいります」
ドアの向こうで咲夜はきっとクスクスと笑っているのだろう。
そんなことを考えながら私は着替える。
「というか、いつの間にあんなに生意気になったのかしら? ま、飼い主に似るとは言うけど…」
自分で言っておいてなんだが、私はそんなに生意気だったのか?
「…考えるのはやめるか」
着替え終わったところで外から元気な声が聞こえてきた。
毎朝恒例の美鈴の体操が始まった。
私はこれを毎朝聞いて一日の始めとしている。
「相変わらず元気がいいな、美鈴は」
さて、着替えも済んだし朝食でも食べるか。
「食べ終わったら美鈴のところにでも行くか…。うん、そうしよう」
そうと決まれば早く食べて行こう。
咲夜にあいさつをして席についた。
朝からウキウキだ。
咲夜に「ご機嫌ですね、なにか良いことでもありましたか?」と言われてしまうほどに。
「ああ、そうですね。今日は天気がいいですからお外にも出られますし」
「なんだ? その顔キモイぞ。ニヤニヤするな」
「いえ。お嬢様は一途ですね」
「なんの話だ!」
「大丈夫ですよお嬢様。私ならいつでも相談に乗りますから」
「いらん世話だ! だいたい全部知ってるような口ぶりでしゃべるな!」
「あら、お顔が真っ赤ですわお嬢様?」
「ぐっ…。覚えてろよ~」
「上手くいくといいですね」
咲夜は今度はニコニコしていた。
まあ、私も本気で怒ってるわけじゃないから少しふて腐れたような顔をしながら「…うん」とだけ答えた。
「じゃあ、外に出る」
「あ、それならこれを持って行ってください」
「…?」
「美鈴の朝食です。あの子昨日夕飯食べてないみたいですから少し多めに作ったんですが」
「夕飯を、食べてない?」
「はい。ですからこれを持って行ってあげてください」
「…分かった」
咲夜からお弁当を受け取り、私は日傘を持って外に出た。
相変わらず眩しいな。
美鈴には敵わないが…。
「いや、それより夕飯を食べてないってどういうことだ?」
昨日は私に子守唄を歌って、それから私は寝てしまったから記憶にないが…。
食べずに仕事を続けていたのか?
「…なんでだ?」
疑問に思いながらも、門まで着いた。
そこには汗だくになりながらも勢いよく体を動かしている美鈴がいた。
(…やっぱりいい体してるな)
って、なに考えてるんだ私!?
これじゃヘンタイじゃないか!
「あれ? お嬢様じゃなですか!」
「へ? あ、うん」
「…どうかしました?」
「なんでもないわよ! アンタがいきなり声かけるのが悪い!」
「ええ~? すみません…」
なんでそこでそんなにへこむのよ。
捨てられた犬みたいな顔しないでよ。
あ、駄目だ。
今私ビジョンだとすごく可愛い犬が一匹いる…!
「ちょ、お嬢様!? 日傘落としてますよ!!」
「えッ? あ、うわ、熱ッ!?」
「お嬢様!」
バサッ
なにが起こったのか、最初は理解できなかった。
でも、今なら分かる。
――美鈴に抱きつかれてる!?
なんでそんなことが起きているんだ。
美鈴はまるで太陽の光から私を守ってくれているのようにしている。
…ん?
光?
ああ、そういえば私日傘を落として…。
「大丈夫ですか?」
「……ええ」
「よかったです。すみませんお嬢様」
「どうして美鈴が謝るのよ?」
美鈴はいきなり謝ってきた。
なにも悪いことはしていないのに。
「日傘が落ちるのを見ていたのに、体が動かなかった。毎朝鍛えてるのに、これじゃ意味ないです」
呆れた。
そんなことは今はどうでもいい。
確かに美鈴からしてみれば情けないと思ってしまうこともあるだろう。
でも私はそんなのどうでもよくて。
「いいよ。今、こうやって私を守ってくれてるじゃない」
「…お嬢様」
「それに日傘を落としたのは私の責任。貴方のせいじゃないわ」
「でも…!」
「いいって言ってるでしょ? 傘は落としても、貴方は自分の身で私を守っている。名誉なことよ?」
「…そう、ですか」
「そうよ。貴方は昨日私のためにわざわざ部屋まで来てくれた。それだって立派なことよ」
「それは、あまり関係ない気が…」
「私がそう思ってるんだから細かい事は気にしないの!」
美鈴は少しだけ笑いながら「なら、私はお嬢様のお役に立てて光栄です」そう言って日傘を拾って私に渡してくれた。
もう少しだけあのままでもよかったなぁ、とか思ったけど駄目だ。
私の心臓がもたない。
ずっとバクバクいってて、美鈴に聞こえてないかなとかヒヤヒヤしていたんだから。
「おや? その袋はなんですか?」
「ん? あ、これ弁当よ」
「わぁ! ありがとうございます!」
「そういえば美鈴。昨日夕飯を食べてないそうじゃない」
「へ? ああ、そういえば食べてませんね」
「どうして食べなかった?」
「いや、ちょっとですね…」
「体調でも悪いの?」
もしそうだとしたら一大事だ。
すぐに永遠亭に連れて行かないと!
「大丈夫です! 元気ですから」
「じゃあなんで?」
「えーっとですね。昨日のお嬢様の寝顔を見ていたらなんだかそれだけで幸せな気分になって、お腹一杯になっちゃったんですよ」
「…は?」
「咲夜さんには心配かけちゃいましたかね? 今日はガッツリ食べますよ!」
「いやいや! なにサラっととんでもないこと言ってるのよ!」
「私なにか変なこと言いましたか?」
「ッ~~!! もういい!」
「え、ちょ、お嬢様!?」
顔が熱い。
朝からこんなことになるなんて思わなかった。
どれだけ天然なのよあいつは!
心臓が悲鳴をあげてる。
これはきっと夜まで収まることはないだろう。
「おじょうさまー!」
「…!?」
館に戻ろうとダッシュで玄関まで走っていった後ろから美鈴が呼んだ。
私はクルっと振り返って何事かとその場に止まった。
「お弁当! わざわざ持って来ていただいてありがとうございまーす!!」
「ッ!? ばか美鈴!」
「ええッ!?」
そんな捨て台詞を吐いて館の中に入った。
妖精メイドたちはビクッと体を震わせて驚いていた。
まあ、無理もない。
自分たちの主が真っ赤な顔して戻ってきたらそりゃ誰でも驚くだろう。
「お嬢様」
「…咲夜?」
「朝から大変ですね」
「んなっ!? ほっとけ!」
「ふふっ。紅茶の準備でも致します」
「むぅ~。…ありがとう」
今日は晴れ。
晴れ過ぎてなんだかムカつくけど、この天気が私は好きだ。