毎日見えていた入道雲の消えた秋空。
そろそろ縁側でお茶をするのも肌寒くなってきた。
そうここの住人に言ってみたところで、まだ大丈夫でしょと流されるのは目に見えている。
おとなしく、秋空を見上げて待ってみる。
今日の手土産はお団子にしてみたから、きっと今ごろ熱いお茶を入れているに違いない。
「お待たせ」
振り向けば、おぼんに湯呑をふたつと熱い湯気を立てる急須、それから私が持ってきたお団子を乗せた霊夢が立っていた。
霊夢は私の隣におぼんを置くと、よっこいせと呟いて腰を下ろす。
「お持たせで悪いけど」
「ありがとうって、いつもじゃないのよ」
「ばれたか」
霊夢はけろりとわびれもなく言ってのける。
ふざけながらも、熱いお茶をとぽとぽ注いでいく。
すると、ふわりとした緑茶のいい香りが広がった。
「お茶の葉いつもと違うみたいだけど?」
「さすがアリスね。前まで使ってたのが切れちゃって、ちょうど貰ったのがあったから」
「それで。いつものよりはいい葉みたいね」
「悪かったわね、いつも安物で」
冗談を言い合いながら、入ったばかりのお茶を受けとる。
少し秋風で冷えた指が、熱い湯呑みでじんわり温まる。
霊夢も同じなのか、湯呑を握ったまま動かない。
「さすがに冬に縁側は無理そうね」
「あー、ここももう少しかしら。そろそろこたつ出さないと」
「足元から暖まれていいわよね、こたつって」
「出すの手伝ってく?」
「お断りよ」
会話はそれっきり途切れて、霊夢はぼんやり空を眺め始めた。
私は持ってきた人形のメンテナンスを始める。
手休めに持ってきたお団子を食べながら、のんびり作業を進めていく。
不思議と、家にいるときよりも作業が進む。
だからつい、ここまで来てしまう。
「ん、おいし」
「ありがと。作ったかいがあったわ」
「ああ、やっぱり手作りか」
「気付いたの?」
「里のお団子屋さんにこんなお団子売ってないもの」
まさか里のお団子屋さんをすべて知ってるわけでもないでしょうに。
……まぁ、霊夢のことだから、ありえないことでもないか。
おいしそうに頬張る霊夢を見て、自分も一口食べてみる。
「うん、我ながら上出来ね」
「自分で言う?」
「でもおいしいでしょ?」
「まぁね」
二人ともおやつを食べ終えて、私はまた作業に戻る。
霊夢はきっと、また空を見上げるだろう。
と、そう思ったのに、声がかかった。
「ねぇ」
「何?」
「今度教えてよ」
「え?」
「作り方」
意外な発言に、開いた口が塞がらず、瞬きも忘れた。
「なんか文句ある?」
「え、あ、その、珍しいなって……」
睨みつけてくる霊夢に、なんとかそうとだけ返す。
今まで何度か手作りでお菓子を持ってきたことはあるけれど、教えてくれだなんてことは一度もなかった。
お茶を飲むときの私と霊夢の距離は、いつもおぼんひとつぶんで、それを超えることはない。
教えるということは、隣に並ぶということになる。
座った場所の距離は、心の距離だと書物で読んだことがある。
間に何かがあれば、それは壁だとも。
だから……。
「れい……」
「おー、珍しいな!」
上空から聞こえた声にはっとして見上げる。
逆行で姿は見えないけれど、あの声と喋り方でそれが誰かだなんてことはすぐにわかった。
隣では、霊夢がやかましいのがきたと呟いて苦々しい表情を隠しもせず出している。
と、私と霊夢の思った通り、白黒な魔法使いが降り立った。
「いよっ、うまそうなもん食ってたみたいだな」
「あんたのはないわよ」
「なんでだよ」
「もう全部食べたもの。ねぇ、アリス」
「ええ」
ずるいずるいと騒ぎたてながら、魔理沙はひょいっと霊夢の隣に座った。
霊夢にぴったりくっついて、お茶とお菓子を強請る。
しつこいだのうざいだの、なんだかんだ言いつつも、霊夢はすっと立ち上がって湯呑みを取りに行ってしまった。
「ん?どうかしたか?」
「別に」
思ったよりもじっと眺めてしまっていたらしい。
不思議そうな顔をした魔理沙と目が合った。
「珍しいな、お前がここにいるの」
「研究が押してないときは大体きてるわよ」
「そうなのか?」
「ええ」
人形のメンテナンスを再開させて、たわいもない会話を交わす。
「私が来てる時に滅多に会わないのはどうしてだ?」
「さぁ、タイミングじゃない?」
霊夢によれば、魔理沙はよく神社に入り浸っているらしい。
最近は紅魔館のほうにも入り浸るようになってその頻度は減ったらしいけど。
魔理沙は午前中にくることが多くて、私はお昼過ぎにくることが多いから、鉢合わせすることは確かにあまりなかった。
「はい、お茶」
「お、さんきゅ」
霊夢はもといた場所に、またよっこいせと腰を下ろした。
魔理沙はお茶を片手に上機嫌で霊夢に絡んでいく。
静かだった空間は、一気に騒がしくなった。
けれども、不思議とそこまで嫌じゃない。
魔理沙の話を霊夢は半分聞き流してるだろうし、私も人形を相手にして聞き流している。
それでも魔理沙はかまわないらしい。
たまに相槌を求め、それに返されるだけで満足そうだった。
「それで、今日の要件は?」
「さすが霊夢、わかったか」
魔理沙の話が一区切りしたとき、それまで黙っていた霊夢が突然問いかけた。
魔理沙もそれに笑って答えるけど、私にはさっぱりわからない。
さっきまでの魔理沙の言動は、たいしていつもと変わらない。
それなのに、霊夢は何かあると見抜いていた。
これも巫女としての勘なのか、距離感の問題なのか。
「さすがに何かまではわからないわよ。で?」
「ああ、今日泊めてくれ」
「よし、帰れ」
霊夢の即答に対し、魔理沙はすぐ腕に縋りついた。
この反応はどちらも想像ついただろうに。
「なんでだよー」
「なんであんたを泊めなくちゃならないのよ」
「魔法に失敗して家がめちゃくちゃで寝る場所がないんだよ」
「自業自得、野宿でもなさい」
「妖怪に襲われたらどうしてくれる」
「あんたを襲うばかもいないでしょ」
必死な声と淡々とした声の掛け合いをBGMに、私は黙々と人形のメンテナンスを続けた。
ここに私の入る隙はないから、落ち着くまで放置しておくに限る。
変な飛び火がかかっても困るし。
「ったく、友達だろー」
「誰がよ、あんたはただの腐れ縁」
「ちぇー」
友達、ね。
霊夢は否定したけど、はたから見るとふたりは友達、いや、親友と呼べる関係だと思う。
ふたりをそういう関係だと位置づけると、私はなんだろう。
魔理沙とはご近所さん、同業者、いったところだろうか。
壁をぶち破ってくる性格で気付けば隣にいるような奴だから、距離というものを感じたこともない。
それなら、霊夢はなんだろうか。
私がここにきてお茶を飲むくらいだし、あまりべたべたする関係でもない。
こういった関係に名前をつけるとしたらなにがあるだろう。
そう思って視線を向けると、はたと霊夢と目があった。
「アリスは? ご近所さんでしょ」
急な飛び火に思い切り顔をしかめてやる。
「勘弁して頂戴。寝て起きたら家のものがなくなってそうだもの」
「それもそうね」
「おいお前ら……」
ひどいぜひどいぜ、と繰り返す魔理沙をそのままに、霊夢はよいしょと立ち上がった。
「さて、夕飯の支度してくるわ。アリスも食べてくでしょ?」
「え、いいの?」
「ええ、お団子のお礼」
「アリスばっかりずるいぜ」
「うっさい、ただ飯食らいと呼ばれたくなかったらおとなしく風呂掃除でもしてきなさい」
「さっすが霊夢だぜ」
魔理沙はひゃほい、と嬉しそうにお風呂場のあるであろう場所まで走っていってしまった。
お風呂掃除を命じたということは、泊めることを許可したのだろう。
なんだかんだ言いつつ霊夢は魔理沙に甘い。
これも、距離の問題だろうか。
「霊夢」
「ん?」
「手伝うわ」
「いいわよ」
「ふたりして働いてるのに落ち着かないわ」
「まったく、その辺り魔理沙に見習ってほしいわ」
「ありがとう」
仕方ないわね、と笑う霊夢の表情に、魔理沙へ向けたような甘さを少しばかり感じた。
「ねぇ」
「ん?」
「霊夢と魔理沙の関係を表すとしたら、やっぱり腐れ縁?」
黙々と料理をするのもなんだので、さっき考えていたことを聞いてみる。
無視されるかはぐらかされると思っていたけど、意外と答えはすんなりと返ってきた。
「そうね。魔理沙は友達だとか仲間だとか言ってくるけど、正直そういうのあまり好きじゃないのよね」
「そうなの?」
「ええ、もしそういう風に認識しちゃったら魔理沙が異変を起こした時、退治するのに躊躇しそうじゃない」
それは、博麗の巫女という立場故に仕方がないのかもしれないけど、どこか淋しい。
「それに、そんな肩書とかどうでもいいって思うのよ。はい、これ切って」
「ん。肩書き?」
「友達とか仲間とか親友とかって、肩書きみたいなもんじゃない? そういうのに拘ったりしてたらいちいち揉めたりして面倒じゃない。さっきの魔理沙じゃないけど、何かあったとき友達だと思ってたのに、とか」
「……昔、なにかあったの?」
「博麗の巫女を就任したときにね、まぁいろいろと」
そう言って笑った表情に、少しだけ影が見えた気がしたけど、あえて気付かなかった振りをする。
「まぁそれ以来、そういうことは考えないようにしてるわ」
「そういうこと。はい、できたわよ」
「ありがと。でも、あんたもそういうところあるんじゃないの?」
言われてぐるりと思考を巡らせる。
友達や仲間といった分類に入りそうな人物も妖怪も、思い当たらない。
「言われてみればそうね」
「でしょ? 適度な距離があるのが一番よ」
「なるほど、それがおぼんね」
「おぼん?」
「ん、なんでもないわ」
「おーい、風呂掃除終わったぜ」
タイミング良く魔理沙が来たことで、それまでの会話はおしまいとなった。
つまみ食いをしようとする魔理沙を霊夢とふたりで叱りつつも、最後の仕上げをしていく。
ふたりとふざけあっていると、不思議とお茶をしていた時の距離感が気にならなくなっていった。
「あんた、私を友達とか言ったけどアリスはどうなのよ」
「んぁ?」
三人でちゃぶ台を囲った食事中、急に霊夢が先ほどの話を再開させた。
驚いて、私と魔理沙の箸が止まる。
「アリスは友達だろ」
「それは初耳ね」
「おいおい」
いつも顔を合わせれば憎まれ口ばかりだから、そんなこと思ってもないって思ってたんだけど。
意外な答えに、正直驚いた。
「なんだよ、アリスも私のこと友達と思ってないとか言うのかよ」
「正直に言えばそうね」
見てわかる勢いで、魔理沙はがくりと肩を落とした。
「なんだよふたりしてよー」
「だってほんとのことだもの」
「だったらアリスにとっての私ってなんだよ」
「同業者ってところかしら。パチュリーと同じ感じね」
ふーん、と面白くなさそうな表情でお味噌汁をすする。
「だったら霊夢はどうなんだ?」
「え?」
「ん?」
「あ、いや、アリスにとっての霊夢だよ。まぁ霊夢にとってのアリスも聞いてみたいがな」
にしし、と笑う。
友達じゃないといわれたことが悔しいのか、少し意地の悪い笑みを浮かべている。
お互いショックを受けろってところかしら。
「んー、アリスねー……参拝客?」
「おいおい、なんだよそれ」
「いや、ちゃんとお賽銭いれてくし」
ねぇ、と同意を求められても少し困る。
参拝をしようと思ってきてるわけではないのだから。
「じゃあアリスはどうだ?」
「それがしっくりくる表現がないのよ」
「何かあるだろ、巫女とか知り合いとか、あとはお前らが否定した友達とか」
「どれもしっくりこないんだってば。だって、霊夢は霊夢じゃない」
途端、ふたりしてきょとんとした表情をしたと思えば、噴き出して笑いだした。
「ちょ、どうしてふたりして笑うのよ!」
「あははは、悪い悪い」
「ごめ、、ふふ、あはは」
どうしてこんなにも笑われなければならないのか。
むっとしたまま睨みつけてやる。
ひいひい言って笑って、ようやく落ち着いてきたのか魔理沙が口を開いた。
「あー笑った笑った、にしても確かにそれには違いないな、くくくっ」
「何がよ」
「霊夢は霊夢ってやつだ」
「そうね、それを言ったら、魔理沙は魔理沙だし、アリスはアリスだものね」
「無理に関係性に名前を付ける必要はないってことだな」
さっきまで友達に拘ってた奴がなに言ってるんだか。
まぁでも、距離感に拘ってた私も同じ、かしらね。
「ま、ようは楽しければいいんだよ」
「魔理沙らしい結論ね」
「どこかずれてる気がしなくもないけど」
「さて、結論もでたところで飲もうぜ」
魔理沙はどこからともなく酒瓶を取り出してきたから、霊夢と一緒に呆れ顔で、苦笑する。
でも、すぐに三人ともが箸を置いてグラスを持った。
と、今になってふたりとの関係性を表すのにいいものが浮かんだ。
飲み仲間。
宴会以外で飲むとなったらこの三人ですることが多いし、神社や私のうちで会えば、誰かが欠けていても必ずお茶をする。
友達でもただの仲間でもなく、お酒やお茶を一緒に楽しむ仲間という意味を込めて、飲み仲間。
近すぎず、遠すぎずな距離。
思った以上にしっくりくる関係だと、軽口を叩きながら楽しげに飲むふたりを眺めて自分もお酒を一気に呷った。
おしまい。
そろそろ縁側でお茶をするのも肌寒くなってきた。
そうここの住人に言ってみたところで、まだ大丈夫でしょと流されるのは目に見えている。
おとなしく、秋空を見上げて待ってみる。
今日の手土産はお団子にしてみたから、きっと今ごろ熱いお茶を入れているに違いない。
「お待たせ」
振り向けば、おぼんに湯呑をふたつと熱い湯気を立てる急須、それから私が持ってきたお団子を乗せた霊夢が立っていた。
霊夢は私の隣におぼんを置くと、よっこいせと呟いて腰を下ろす。
「お持たせで悪いけど」
「ありがとうって、いつもじゃないのよ」
「ばれたか」
霊夢はけろりとわびれもなく言ってのける。
ふざけながらも、熱いお茶をとぽとぽ注いでいく。
すると、ふわりとした緑茶のいい香りが広がった。
「お茶の葉いつもと違うみたいだけど?」
「さすがアリスね。前まで使ってたのが切れちゃって、ちょうど貰ったのがあったから」
「それで。いつものよりはいい葉みたいね」
「悪かったわね、いつも安物で」
冗談を言い合いながら、入ったばかりのお茶を受けとる。
少し秋風で冷えた指が、熱い湯呑みでじんわり温まる。
霊夢も同じなのか、湯呑を握ったまま動かない。
「さすがに冬に縁側は無理そうね」
「あー、ここももう少しかしら。そろそろこたつ出さないと」
「足元から暖まれていいわよね、こたつって」
「出すの手伝ってく?」
「お断りよ」
会話はそれっきり途切れて、霊夢はぼんやり空を眺め始めた。
私は持ってきた人形のメンテナンスを始める。
手休めに持ってきたお団子を食べながら、のんびり作業を進めていく。
不思議と、家にいるときよりも作業が進む。
だからつい、ここまで来てしまう。
「ん、おいし」
「ありがと。作ったかいがあったわ」
「ああ、やっぱり手作りか」
「気付いたの?」
「里のお団子屋さんにこんなお団子売ってないもの」
まさか里のお団子屋さんをすべて知ってるわけでもないでしょうに。
……まぁ、霊夢のことだから、ありえないことでもないか。
おいしそうに頬張る霊夢を見て、自分も一口食べてみる。
「うん、我ながら上出来ね」
「自分で言う?」
「でもおいしいでしょ?」
「まぁね」
二人ともおやつを食べ終えて、私はまた作業に戻る。
霊夢はきっと、また空を見上げるだろう。
と、そう思ったのに、声がかかった。
「ねぇ」
「何?」
「今度教えてよ」
「え?」
「作り方」
意外な発言に、開いた口が塞がらず、瞬きも忘れた。
「なんか文句ある?」
「え、あ、その、珍しいなって……」
睨みつけてくる霊夢に、なんとかそうとだけ返す。
今まで何度か手作りでお菓子を持ってきたことはあるけれど、教えてくれだなんてことは一度もなかった。
お茶を飲むときの私と霊夢の距離は、いつもおぼんひとつぶんで、それを超えることはない。
教えるということは、隣に並ぶということになる。
座った場所の距離は、心の距離だと書物で読んだことがある。
間に何かがあれば、それは壁だとも。
だから……。
「れい……」
「おー、珍しいな!」
上空から聞こえた声にはっとして見上げる。
逆行で姿は見えないけれど、あの声と喋り方でそれが誰かだなんてことはすぐにわかった。
隣では、霊夢がやかましいのがきたと呟いて苦々しい表情を隠しもせず出している。
と、私と霊夢の思った通り、白黒な魔法使いが降り立った。
「いよっ、うまそうなもん食ってたみたいだな」
「あんたのはないわよ」
「なんでだよ」
「もう全部食べたもの。ねぇ、アリス」
「ええ」
ずるいずるいと騒ぎたてながら、魔理沙はひょいっと霊夢の隣に座った。
霊夢にぴったりくっついて、お茶とお菓子を強請る。
しつこいだのうざいだの、なんだかんだ言いつつも、霊夢はすっと立ち上がって湯呑みを取りに行ってしまった。
「ん?どうかしたか?」
「別に」
思ったよりもじっと眺めてしまっていたらしい。
不思議そうな顔をした魔理沙と目が合った。
「珍しいな、お前がここにいるの」
「研究が押してないときは大体きてるわよ」
「そうなのか?」
「ええ」
人形のメンテナンスを再開させて、たわいもない会話を交わす。
「私が来てる時に滅多に会わないのはどうしてだ?」
「さぁ、タイミングじゃない?」
霊夢によれば、魔理沙はよく神社に入り浸っているらしい。
最近は紅魔館のほうにも入り浸るようになってその頻度は減ったらしいけど。
魔理沙は午前中にくることが多くて、私はお昼過ぎにくることが多いから、鉢合わせすることは確かにあまりなかった。
「はい、お茶」
「お、さんきゅ」
霊夢はもといた場所に、またよっこいせと腰を下ろした。
魔理沙はお茶を片手に上機嫌で霊夢に絡んでいく。
静かだった空間は、一気に騒がしくなった。
けれども、不思議とそこまで嫌じゃない。
魔理沙の話を霊夢は半分聞き流してるだろうし、私も人形を相手にして聞き流している。
それでも魔理沙はかまわないらしい。
たまに相槌を求め、それに返されるだけで満足そうだった。
「それで、今日の要件は?」
「さすが霊夢、わかったか」
魔理沙の話が一区切りしたとき、それまで黙っていた霊夢が突然問いかけた。
魔理沙もそれに笑って答えるけど、私にはさっぱりわからない。
さっきまでの魔理沙の言動は、たいしていつもと変わらない。
それなのに、霊夢は何かあると見抜いていた。
これも巫女としての勘なのか、距離感の問題なのか。
「さすがに何かまではわからないわよ。で?」
「ああ、今日泊めてくれ」
「よし、帰れ」
霊夢の即答に対し、魔理沙はすぐ腕に縋りついた。
この反応はどちらも想像ついただろうに。
「なんでだよー」
「なんであんたを泊めなくちゃならないのよ」
「魔法に失敗して家がめちゃくちゃで寝る場所がないんだよ」
「自業自得、野宿でもなさい」
「妖怪に襲われたらどうしてくれる」
「あんたを襲うばかもいないでしょ」
必死な声と淡々とした声の掛け合いをBGMに、私は黙々と人形のメンテナンスを続けた。
ここに私の入る隙はないから、落ち着くまで放置しておくに限る。
変な飛び火がかかっても困るし。
「ったく、友達だろー」
「誰がよ、あんたはただの腐れ縁」
「ちぇー」
友達、ね。
霊夢は否定したけど、はたから見るとふたりは友達、いや、親友と呼べる関係だと思う。
ふたりをそういう関係だと位置づけると、私はなんだろう。
魔理沙とはご近所さん、同業者、いったところだろうか。
壁をぶち破ってくる性格で気付けば隣にいるような奴だから、距離というものを感じたこともない。
それなら、霊夢はなんだろうか。
私がここにきてお茶を飲むくらいだし、あまりべたべたする関係でもない。
こういった関係に名前をつけるとしたらなにがあるだろう。
そう思って視線を向けると、はたと霊夢と目があった。
「アリスは? ご近所さんでしょ」
急な飛び火に思い切り顔をしかめてやる。
「勘弁して頂戴。寝て起きたら家のものがなくなってそうだもの」
「それもそうね」
「おいお前ら……」
ひどいぜひどいぜ、と繰り返す魔理沙をそのままに、霊夢はよいしょと立ち上がった。
「さて、夕飯の支度してくるわ。アリスも食べてくでしょ?」
「え、いいの?」
「ええ、お団子のお礼」
「アリスばっかりずるいぜ」
「うっさい、ただ飯食らいと呼ばれたくなかったらおとなしく風呂掃除でもしてきなさい」
「さっすが霊夢だぜ」
魔理沙はひゃほい、と嬉しそうにお風呂場のあるであろう場所まで走っていってしまった。
お風呂掃除を命じたということは、泊めることを許可したのだろう。
なんだかんだ言いつつ霊夢は魔理沙に甘い。
これも、距離の問題だろうか。
「霊夢」
「ん?」
「手伝うわ」
「いいわよ」
「ふたりして働いてるのに落ち着かないわ」
「まったく、その辺り魔理沙に見習ってほしいわ」
「ありがとう」
仕方ないわね、と笑う霊夢の表情に、魔理沙へ向けたような甘さを少しばかり感じた。
「ねぇ」
「ん?」
「霊夢と魔理沙の関係を表すとしたら、やっぱり腐れ縁?」
黙々と料理をするのもなんだので、さっき考えていたことを聞いてみる。
無視されるかはぐらかされると思っていたけど、意外と答えはすんなりと返ってきた。
「そうね。魔理沙は友達だとか仲間だとか言ってくるけど、正直そういうのあまり好きじゃないのよね」
「そうなの?」
「ええ、もしそういう風に認識しちゃったら魔理沙が異変を起こした時、退治するのに躊躇しそうじゃない」
それは、博麗の巫女という立場故に仕方がないのかもしれないけど、どこか淋しい。
「それに、そんな肩書とかどうでもいいって思うのよ。はい、これ切って」
「ん。肩書き?」
「友達とか仲間とか親友とかって、肩書きみたいなもんじゃない? そういうのに拘ったりしてたらいちいち揉めたりして面倒じゃない。さっきの魔理沙じゃないけど、何かあったとき友達だと思ってたのに、とか」
「……昔、なにかあったの?」
「博麗の巫女を就任したときにね、まぁいろいろと」
そう言って笑った表情に、少しだけ影が見えた気がしたけど、あえて気付かなかった振りをする。
「まぁそれ以来、そういうことは考えないようにしてるわ」
「そういうこと。はい、できたわよ」
「ありがと。でも、あんたもそういうところあるんじゃないの?」
言われてぐるりと思考を巡らせる。
友達や仲間といった分類に入りそうな人物も妖怪も、思い当たらない。
「言われてみればそうね」
「でしょ? 適度な距離があるのが一番よ」
「なるほど、それがおぼんね」
「おぼん?」
「ん、なんでもないわ」
「おーい、風呂掃除終わったぜ」
タイミング良く魔理沙が来たことで、それまでの会話はおしまいとなった。
つまみ食いをしようとする魔理沙を霊夢とふたりで叱りつつも、最後の仕上げをしていく。
ふたりとふざけあっていると、不思議とお茶をしていた時の距離感が気にならなくなっていった。
「あんた、私を友達とか言ったけどアリスはどうなのよ」
「んぁ?」
三人でちゃぶ台を囲った食事中、急に霊夢が先ほどの話を再開させた。
驚いて、私と魔理沙の箸が止まる。
「アリスは友達だろ」
「それは初耳ね」
「おいおい」
いつも顔を合わせれば憎まれ口ばかりだから、そんなこと思ってもないって思ってたんだけど。
意外な答えに、正直驚いた。
「なんだよ、アリスも私のこと友達と思ってないとか言うのかよ」
「正直に言えばそうね」
見てわかる勢いで、魔理沙はがくりと肩を落とした。
「なんだよふたりしてよー」
「だってほんとのことだもの」
「だったらアリスにとっての私ってなんだよ」
「同業者ってところかしら。パチュリーと同じ感じね」
ふーん、と面白くなさそうな表情でお味噌汁をすする。
「だったら霊夢はどうなんだ?」
「え?」
「ん?」
「あ、いや、アリスにとっての霊夢だよ。まぁ霊夢にとってのアリスも聞いてみたいがな」
にしし、と笑う。
友達じゃないといわれたことが悔しいのか、少し意地の悪い笑みを浮かべている。
お互いショックを受けろってところかしら。
「んー、アリスねー……参拝客?」
「おいおい、なんだよそれ」
「いや、ちゃんとお賽銭いれてくし」
ねぇ、と同意を求められても少し困る。
参拝をしようと思ってきてるわけではないのだから。
「じゃあアリスはどうだ?」
「それがしっくりくる表現がないのよ」
「何かあるだろ、巫女とか知り合いとか、あとはお前らが否定した友達とか」
「どれもしっくりこないんだってば。だって、霊夢は霊夢じゃない」
途端、ふたりしてきょとんとした表情をしたと思えば、噴き出して笑いだした。
「ちょ、どうしてふたりして笑うのよ!」
「あははは、悪い悪い」
「ごめ、、ふふ、あはは」
どうしてこんなにも笑われなければならないのか。
むっとしたまま睨みつけてやる。
ひいひい言って笑って、ようやく落ち着いてきたのか魔理沙が口を開いた。
「あー笑った笑った、にしても確かにそれには違いないな、くくくっ」
「何がよ」
「霊夢は霊夢ってやつだ」
「そうね、それを言ったら、魔理沙は魔理沙だし、アリスはアリスだものね」
「無理に関係性に名前を付ける必要はないってことだな」
さっきまで友達に拘ってた奴がなに言ってるんだか。
まぁでも、距離感に拘ってた私も同じ、かしらね。
「ま、ようは楽しければいいんだよ」
「魔理沙らしい結論ね」
「どこかずれてる気がしなくもないけど」
「さて、結論もでたところで飲もうぜ」
魔理沙はどこからともなく酒瓶を取り出してきたから、霊夢と一緒に呆れ顔で、苦笑する。
でも、すぐに三人ともが箸を置いてグラスを持った。
と、今になってふたりとの関係性を表すのにいいものが浮かんだ。
飲み仲間。
宴会以外で飲むとなったらこの三人ですることが多いし、神社や私のうちで会えば、誰かが欠けていても必ずお茶をする。
友達でもただの仲間でもなく、お酒やお茶を一緒に楽しむ仲間という意味を込めて、飲み仲間。
近すぎず、遠すぎずな距離。
思った以上にしっくりくる関係だと、軽口を叩きながら楽しげに飲むふたりを眺めて自分もお酒を一気に呷った。
おしまい。
思わず和みましたー。