「おね~えちゃんっ♪」
「きゃっ」
いきなり、後ろから抱きつかれる。
振り向けば、そこには、いつもと変わらない笑顔があった。
「ただいま」
「おかえり。
今回は新記録ね。一週間も、どこをふらついてきたの?」
わたしの質問に、彼女――こいし(この頃、他人に自分のことを『ちゃん』づけで呼ぶように言っているらしいのだが、あまり気にしないことにしている)は、『えっとねぇ』と笑いながら、すすと手を前に回してくる。
「色んなところ」
「そう」
「一緒に遊びに行かない?」
「わたしはいいわ。仕事があるから」
「そんなのサボっちゃおうよ。あ、ほら、お燐とかにやらせて」
「あなたは……こう言うのは、あの子達がかわいそうだけど、この山のような書類をあの子達がきれいに整理できると思う?」
「あ、そりゃ無理だ」
あっさりと言ってのける辺りは、やはり、我が妹か。
ある意味、歯に衣を着せず、口にチャックが出来ないのが彼女だ。
「ねぇ、お姉ちゃん。おなかすいた」
「その前に、ちゃんと手は洗った? うがいはした? この頃、外は寒くなってきてるから、風邪を引いてしまうわよ」
「もう。私、もうそんな子供じゃないよ」
「姉にとって、妹なんて、いつまででも子供だわ」
「むぅ。私より背が低いくせに」
言うな。それは。色々気にしてるんだから。
ちなみに、本当に、妹の方がわたしよりも視線が頭半分は高い。そのせいか、わたしと彼女のことを知らない人に会うと、『あら、かわいい妹さんね』と言われるのだ(その視線がわたしを向いているのは言うまでもない)。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、おなかすいたよー」
「冷蔵室にチョコレートのケーキがあったわ」
「やった、ケーキ、ケーキ♪」
「ただし、お燐とお空のだけど」
「えー」
「あの子達も楽しみにしている奴だから、勝手に掠め取ったら大喧嘩になるわよ」
「じゃ、私のは?」
「ありません。放蕩娘にはお仕置きです」
「ちぇー」
ふてくされる彼女は、『何してるの?』と顔を寄せてくる。
人の肩に顎を乗せて、ねぇねぇ、なんて尋ねて来る彼女に書類を突きつけて、
「血の池地獄の血が足りないの」
「じゃあ、温泉にしちゃおうよ。そういう温泉、見たことあるよ」
……地獄に落とされて温泉で出迎えられるって、何そのいい旅夢気分。
「それに、ほら。地上にも、『地獄谷』ってあるらしいよ。ね? いいじゃん、面白そうで」
「その地獄とここの地獄は違うでしょう」
「えー? 違わないよー。
あ、そうだ。温泉入りに行こう、温泉!」
全く、この子は。
今話していた話題をすぐにころころと変える癖は、どうやら治っていないらしい。これだから、他人と話をする時に、『誰も私の話についてきてくれないんだ』なんて愚痴を言うはめになるのだ。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「今度は何?」
「お姉ちゃんは、私のこと、好き?」
「また唐突ね」
「ねーねー、好き? ねぇ、好き?」
「そうね。好きよ」
「やった」
わたしの顔にほっぺたくっつけ、『すりすり』なんて楽しそうにやってくれる我が妹。
あなた、いくつなの。もう。
「もしもさ、私とお姉ちゃんが結婚したらどうなるのかな」
「わたしは、そんなこと、あなたと望んでないわ」
「そんなこと、なんてひどいよ。結婚って大変なことなんだよ?」
「知ってるわ。
だから、あなたと結婚なんてしないって言ってるの」
「……お姉ちゃん、私のこと、嫌いなの?」
ふぅ、とわたしは書き物をする手を止めて、後ろの妹に視線をやる。
彼女の目は、ちょっぴりうるうるしていた。
「わたしはね、こいし。あなたのことを『家族』として好きなのであって、『恋人』とか『夫婦』として好きではないの。
それはとても大きな壁であることはわかっているわ。あなたが、そんな顔をしてしまうのも、よくわかる。
けどね、こいし。家族って最強なのよ」
「最強?」
「そう。
恋人も夫婦も、極論を言ってしまえば、血のつながらない他人でしょ? 信頼や愛情という言葉でつながってはいても、本当の意味で同一の存在ではない。
けれど、家族はそうじゃない。わたしとあなたは血のつながったもの。加えて、姉と妹。とても近しい存在でしょ?
ほら、最強じゃない。わたし達」
「……そっか」
「いきなりどうしたの?」
「……んとね」
今回、あちこちふらふらしてきて、彼女は『恋の秋』という言葉を聴いたのだそうな。
そうして、またあちこちふらふらしていると、確かに仲むつまじいカップルがたくさんいて、そのどれもがとても幸せそうな顔をしていたから、自分もそんな幸せを味わってみたいと思ったらしい。
「わたしと、こういう風に一緒になれていて、あなた、幸せじゃないの?」
「ううん。すっごく幸せ」
「じゃあ、わたしとあなたが、もしも『恋人』だったとしたら、その恋人としての幸せと、今の家族としての幸せと、どっちが欲しい?」
「……う~ん……」
両方、とか言い出すだろう。この娘なら。
そう言われた時の切り返し方を考えていると、
「……今」
なんて、意外なことを言ってくれた。
「そうだね。
私、お姉ちゃんと、ずっと家族でいたい。家族でいて、姉妹でいて、ずっとずっと幸せでいたい」
「そうね」
「ごめんね」
「いいのよ」
「えへへ」
「はいはい」
「おなかすいた」
「あとでクッキー焼いてあげる」
「今!」
「もう」
なんて、結局、わたしも妹に甘いのかもしれない。
腰を浮かしたわたしの後を、カルガモの赤ちゃんよろしくひょこひょこついてくる彼女を振り返る。
「家族でよかったでしょ?」
「うん!」
そんな風に、幸せに笑う彼女の笑顔を見ていると、『ああ、やっぱり、わたしはこの子の姉でよかったな』なんて思えてしまうのだ。
「ところでこいし」
「なぁに? お姉ちゃん」
「離れて。危ないわ」
「やだ。お姉ちゃんとくっついているように、って私の無意識がささやくんだもん」
「そう。無意識なら仕方ないわね」
「でしょ?」
「ところでこいし」
「なぁに? お姉ちゃん」
「さっきから、何でわたしの胸に手を回しているのかしら」
「うん。これも私の無意識がささやくの。お姉ちゃんのおっぱいをもめ、って。
決して、『柔らかいなぁ』とか『お姉ちゃん、かわいいなぁ』なんて思ってないよ。無意識だもん」
「そう。無意識なら仕方ないわね」
「きゃっ」
いきなり、後ろから抱きつかれる。
振り向けば、そこには、いつもと変わらない笑顔があった。
「ただいま」
「おかえり。
今回は新記録ね。一週間も、どこをふらついてきたの?」
わたしの質問に、彼女――こいし(この頃、他人に自分のことを『ちゃん』づけで呼ぶように言っているらしいのだが、あまり気にしないことにしている)は、『えっとねぇ』と笑いながら、すすと手を前に回してくる。
「色んなところ」
「そう」
「一緒に遊びに行かない?」
「わたしはいいわ。仕事があるから」
「そんなのサボっちゃおうよ。あ、ほら、お燐とかにやらせて」
「あなたは……こう言うのは、あの子達がかわいそうだけど、この山のような書類をあの子達がきれいに整理できると思う?」
「あ、そりゃ無理だ」
あっさりと言ってのける辺りは、やはり、我が妹か。
ある意味、歯に衣を着せず、口にチャックが出来ないのが彼女だ。
「ねぇ、お姉ちゃん。おなかすいた」
「その前に、ちゃんと手は洗った? うがいはした? この頃、外は寒くなってきてるから、風邪を引いてしまうわよ」
「もう。私、もうそんな子供じゃないよ」
「姉にとって、妹なんて、いつまででも子供だわ」
「むぅ。私より背が低いくせに」
言うな。それは。色々気にしてるんだから。
ちなみに、本当に、妹の方がわたしよりも視線が頭半分は高い。そのせいか、わたしと彼女のことを知らない人に会うと、『あら、かわいい妹さんね』と言われるのだ(その視線がわたしを向いているのは言うまでもない)。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、おなかすいたよー」
「冷蔵室にチョコレートのケーキがあったわ」
「やった、ケーキ、ケーキ♪」
「ただし、お燐とお空のだけど」
「えー」
「あの子達も楽しみにしている奴だから、勝手に掠め取ったら大喧嘩になるわよ」
「じゃ、私のは?」
「ありません。放蕩娘にはお仕置きです」
「ちぇー」
ふてくされる彼女は、『何してるの?』と顔を寄せてくる。
人の肩に顎を乗せて、ねぇねぇ、なんて尋ねて来る彼女に書類を突きつけて、
「血の池地獄の血が足りないの」
「じゃあ、温泉にしちゃおうよ。そういう温泉、見たことあるよ」
……地獄に落とされて温泉で出迎えられるって、何そのいい旅夢気分。
「それに、ほら。地上にも、『地獄谷』ってあるらしいよ。ね? いいじゃん、面白そうで」
「その地獄とここの地獄は違うでしょう」
「えー? 違わないよー。
あ、そうだ。温泉入りに行こう、温泉!」
全く、この子は。
今話していた話題をすぐにころころと変える癖は、どうやら治っていないらしい。これだから、他人と話をする時に、『誰も私の話についてきてくれないんだ』なんて愚痴を言うはめになるのだ。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「今度は何?」
「お姉ちゃんは、私のこと、好き?」
「また唐突ね」
「ねーねー、好き? ねぇ、好き?」
「そうね。好きよ」
「やった」
わたしの顔にほっぺたくっつけ、『すりすり』なんて楽しそうにやってくれる我が妹。
あなた、いくつなの。もう。
「もしもさ、私とお姉ちゃんが結婚したらどうなるのかな」
「わたしは、そんなこと、あなたと望んでないわ」
「そんなこと、なんてひどいよ。結婚って大変なことなんだよ?」
「知ってるわ。
だから、あなたと結婚なんてしないって言ってるの」
「……お姉ちゃん、私のこと、嫌いなの?」
ふぅ、とわたしは書き物をする手を止めて、後ろの妹に視線をやる。
彼女の目は、ちょっぴりうるうるしていた。
「わたしはね、こいし。あなたのことを『家族』として好きなのであって、『恋人』とか『夫婦』として好きではないの。
それはとても大きな壁であることはわかっているわ。あなたが、そんな顔をしてしまうのも、よくわかる。
けどね、こいし。家族って最強なのよ」
「最強?」
「そう。
恋人も夫婦も、極論を言ってしまえば、血のつながらない他人でしょ? 信頼や愛情という言葉でつながってはいても、本当の意味で同一の存在ではない。
けれど、家族はそうじゃない。わたしとあなたは血のつながったもの。加えて、姉と妹。とても近しい存在でしょ?
ほら、最強じゃない。わたし達」
「……そっか」
「いきなりどうしたの?」
「……んとね」
今回、あちこちふらふらしてきて、彼女は『恋の秋』という言葉を聴いたのだそうな。
そうして、またあちこちふらふらしていると、確かに仲むつまじいカップルがたくさんいて、そのどれもがとても幸せそうな顔をしていたから、自分もそんな幸せを味わってみたいと思ったらしい。
「わたしと、こういう風に一緒になれていて、あなた、幸せじゃないの?」
「ううん。すっごく幸せ」
「じゃあ、わたしとあなたが、もしも『恋人』だったとしたら、その恋人としての幸せと、今の家族としての幸せと、どっちが欲しい?」
「……う~ん……」
両方、とか言い出すだろう。この娘なら。
そう言われた時の切り返し方を考えていると、
「……今」
なんて、意外なことを言ってくれた。
「そうだね。
私、お姉ちゃんと、ずっと家族でいたい。家族でいて、姉妹でいて、ずっとずっと幸せでいたい」
「そうね」
「ごめんね」
「いいのよ」
「えへへ」
「はいはい」
「おなかすいた」
「あとでクッキー焼いてあげる」
「今!」
「もう」
なんて、結局、わたしも妹に甘いのかもしれない。
腰を浮かしたわたしの後を、カルガモの赤ちゃんよろしくひょこひょこついてくる彼女を振り返る。
「家族でよかったでしょ?」
「うん!」
そんな風に、幸せに笑う彼女の笑顔を見ていると、『ああ、やっぱり、わたしはこの子の姉でよかったな』なんて思えてしまうのだ。
「ところでこいし」
「なぁに? お姉ちゃん」
「離れて。危ないわ」
「やだ。お姉ちゃんとくっついているように、って私の無意識がささやくんだもん」
「そう。無意識なら仕方ないわね」
「でしょ?」
「ところでこいし」
「なぁに? お姉ちゃん」
「さっきから、何でわたしの胸に手を回しているのかしら」
「うん。これも私の無意識がささやくの。お姉ちゃんのおっぱいをもめ、って。
決して、『柔らかいなぁ』とか『お姉ちゃん、かわいいなぁ』なんて思ってないよ。無意識だもん」
「そう。無意識なら仕方ないわね」