日射し豊か、麗らかな秋の午後。猫はこたつで丸くなるのはまだ早い、と橙は外に遊びに行き、藍は家事をし、紫はごろごろとしていた。
――暇だ。
紫はそう思った。そう思った紫は式を使って暇つぶしをすることにした。
「ら~ん?」
紫はさっそく自分の式を呼ぶ。
ぱたぱたという足音が紫の耳に届く。
「なんでしょう、紫様」
できた式は主を待たせることなくやってきた。
皿洗いでもしていたのだろう、藍は狐のアップリケがついた可愛らしいエプロンに身を包んでいた。
「うん、今日も頑張って働いてるわね。偉い偉い」
「……誰かさんが働いてくれないからです」
ぷい、と顔を逸らす藍。しかし、その耳が真っ赤になっていることを紫は見逃さなかった。
「ふふ……」
「……もうっ、なんですかっ」
「可愛い~」
紫はわしわしと藍の頭を撫でた。
「あぅ……やめてくださいよ。恥ずかしい……」
「そう言うわりには、避けないのね」
意地悪く紫は言う。
「式ですから。嫌でも我慢するんです」
「あらそう。じゃあそんな偉い式にはご褒美を上げなくちゃね」
ピッ、とスキマを開け、腕を突っ込む紫。引き抜いた腕に持つのは一枚のあぶらあげだった。
帽子の下で藍の耳がぴこんと動く。
「はい、どうぞ」
笑顔で藍にそれを渡そうとする紫。藍としても自分の好物をくれるというのなら断る手はない。
「あ、ありがとうござ……」
「ひょい」
「…………」
あぶらあげは掴もうとする藍の手をすり抜け、頭上までその高度を上げた。
「あーげた。なんちゃって」
「…………」
「なによ。そんな顔しなくたっていいじゃない」
「いえ、すみません。少し呆れてしまいました。紫様は自由な方ですね」
「ありがと」
「褒めてません」
「むー」
ぷくーと頬を膨らませる紫。
「可愛くありません」
「え、可愛くない……?」
瞬間、紫は泣きそうな表情になる。
「そっか……私って可愛くなかったんだ……。ごめんね、藍。不細工な主人で……」
「え、あ、あの、紫様……?」
ぽたぽたと涙を流しながら、紫は続ける。
「迷惑……だったわよね。可愛くもないのに、こんなふりふりの服なんて着ちゃって、藍も恥ずかしかったわよね……」
藍はおろおろとしながらそれを否定する。
「あ、あの! そ、そんなことないです! つい心にもないことを言っちゃって、その……ごめんなさい紫様!」
紫は目を擦りながら、鼻を啜りながら言う。
「無理しなくていいのよ、藍……。私、可愛くないんだもの」
「あ、う……ごめんなさい、私が変に捻くれてるせいで、紫様を傷付けちゃって……。紫様は可愛いです。これは紛れもない本心です」
「ひっく……本当? 私、可愛い?」
藍は力強く頷いた。
「可愛いです! 紫様はとっても可愛いです!」
「だよねー」
「あれぇ!?」
「知ってた知ってた」
藍はorz←こんな感じになった。
「遊ばれた……また遊ばれた……」
「遊んでなんかいないわよぉ。全力でからかっただけよう」
「なお悪いわ!」
んがー! と紫に詰め寄る藍。
「はいはい、これ上げるから許してちょうだいな」
「またどうせ上にとか言うんでしょ!」
「捻くれちゃって」
「誰のせいですか!」
紫は再びスキマに手を入れると、今度は皿を取り出した。そしてそれをちゃぶ台に置き、あぶらあげを乗せる。
「そう疑わなくても、今度は本当に上げるわよ。はい、どうぞ」
「はぁ、なんか異常に疲れた……」
あぶらあげに手を伸ばす藍に向かって、紫は声をかける。
「待て! なーんてね、ふふふ。それじゃあ私はぶらぶらしてくるから、お夕飯の準備はお願いね」
「え、紫様!? ちょっと待――」
「ばぁい」
止める藍を無視して紫はスキマでどこかへ消えていった。
数時間後、神社でのんびりとお茶を飲み、時間を潰した紫は八雲家へと戻ってきた。
「たっだいま~……んん?」
居間へ入った紫が目にしたものは、耳をぺたんのへにょらせ、物悲しく正座をしている藍の姿。
藍は紫の姿を確認すると、涙ながらに訴えた。
「うぇぇ……ゆかりさまぁ~……」
「ちょ、ちょっと藍、どうしたの?」
さすがの紫も慌てる。いつも冷静でしっかりものの藍がマジ泣きなのだ。よほどのことがあったのだろう。
「ひどいですよ、ゆかりさまのばかぁ~……」
「え、私が何かしたの?」
身に覚えが…………ありすぎる。紫は早々に思い出すことを諦めた。
「ごめんなさい、藍。私は何をしたのかしら? 教えてちょうだい?」
「……あぶらあげ」
「あぶらあげ?」
はて、あぶらあげなら昼間に上げたはずだが。
紫の記憶では確かにそうしたはずだった。
「えぇと……上げたわよね? あら、まだ残ってるじゃない。なんで食べなかったの?」
質問する紫に対し、藍は恨みがましく答える。
「待てって……」
「え?」
「待てって言ったじゃないですか……」
「…………え」
「よしって言ってくださいよぉ~!」
「…………」
目に涙を浮かべる藍。対して、紫はぷるぷると震えていた。
「紫様?」
「か…………」
「か?」
「可愛い!」
「きゃあ!?」
紫は思い切り藍に抱きついた!
「あーもう、なんて可愛いの私の式は! 犬じゃないのに! 犬じゃないのに! 冗談で言った一言をきちんと守っちゃって! んー、可愛い!」
「わぷ、ちょ、ちょっと紫様!?」
「えぇ~い、尻尾わしゃわしゃわしゃー!」
「あっ……ああぁぁ~……」
一方、玄関では遊びから帰ってきた橙が居間のどたばたに驚き、慌てて靴を脱いでいるところだった。
「ど、泥棒……? あ、でも紫様と藍様の声だ。どうしたんだろう……」
不思議に思いながらも、橙はそーっと居間へと向かう。
そこには(橙の目には)仲睦まじくじゃれ合っている二人の姿があった。
「……あは」
――いいなぁ。
いつもよりちょっとはじけた紫と、いつもよりちょっと感情が暴走している藍を見て、橙はそれでも羨ましそうに微笑むのであった。
終わり
ほんわかしました
さすが藍しゃまかわいいぜ!
あと
私が変に捻くてるせいで→私が変に捻くれてるせいで
ではないかと
藍様かわいすぎるだろ……
藍様は正義!
>2
ありがとうございました!
>3
そんなあぶらあげと隙間妖怪で大丈夫か?
>4
狐だけに? やりますね。
>5
ありがとうございました~。
>6
修正しました。
ご指摘ありがとうございます~。
>7
こんな八雲家が好きです。
>8
そう、藍様は可愛いんです。
お姉さんだって可愛いのです。綺麗なだけじゃないんです。
>9
可愛いさすが八雲可愛いな。
やべぇ、電車でニヤニヤしそうになりましたw