目の前に広がるこの光景は、
「あーそーんーでーよー」
一体なんなんだ?
―――八時間程前
私、七色の人形使い、アリス・マーガトロイドは我が家でお茶会をしていた。
相手は紅魔館のメイド長、十六夜咲夜。
私が、絶賛片思い中の人間だ。
「まさか来てくれるなんてね。」
「あなたから誘ったのは初めてですもの。それぐらい当然よ。」
「仕事は?」
「全て終わらせてきたわよ」
と、いうことは。
彼女は今日一日自由、って訳になる。
「まあ、上がって」
「そうさせてもらうわ」
普段どおりを装ってはいるが、私は心の中でかなり喜んでいた。
ガッツポーズを無意識で人形たちと交し合うぐらい。
あれ、装えてないじゃん。蓬莱が笑っていた。
そんなこんなで紅茶とクッキーが出来上がった。
「はい、どうぞ。砂糖は自分で入れてね」
「あらありがとう」
人形たちが運んできた砂糖を一つつまみ紅茶の中に入れる咲夜。
私はなんとなくそのままが良かったから砂糖は入れなかった。
「おいしいわ。これ」
「お粗末さまで。咲夜には敵わないけどね」
そんなことないわよ、と笑う咲夜。
本当に味は及ばないのだが、おいしい、と笑ってくれるのは嬉しかった。
チチチ、とオーブンでタルトが焼けたようでいいにおいが部屋中に漂い始めた。
「あ、タルト焼けたみたいだからちょっとオーブンから出してくるわね」
「私も手伝うわ」
手伝うことなんてないけどね、と軽口を言いながらゆっくりと体を浮かす。
トスッ、と急に上から何かが覆いかぶさってきた感覚が私を襲った。
覆いかぶさったもの。
「へ?ちょ、咲夜?ど、どうしたの!?」
それは、咲夜だった。
「…ねみゅい………」
混乱する私とは打って変わって、咲夜はぼんやりとした口調で話す。
というか「ねみゅい」って言った。可愛いなぁ…。
じゃなくて。
一度深呼吸。吸って、吐いて、吸って、吐いて……
よし。復活。
「どうしたのよ、いきなり」
ところがどっこい、返事はなく変わりに規則的な寝息が聞こえ始めた。
あ、寝ちゃった。と冷静になった頭で思う。
とりあえず、と咲夜をベッドの上に移す。
それにしても、彼女は美しかった。
羽のように軽い体。
水のように指を通り抜ける銀髪。
枝のように細く繊細な腕や指。
どこをとっても完璧だった。
しばらく彼女を見つめていたら、少しからだが動き出した。
「もうそろそろ起きるかな…」
私は冷めた紅茶とクッキーをしまう。
「う……んぅ……」
「おはよう咲夜。あのタイミングで寝るなんてよっぽど疲れてたのかしら?」
「……?にゃんのこと…?」
寝ぼけてるせいか「にゃん」って言った。「にゃん」って。
今度猫耳を生やす魔法考えよっかな……
じゃなくて。
今日何回目かも分からない脱線をしかけたが強制ストップ。
「いきなり立ったと思ったら寝ちゃってたの。覚えてない?」
「おぼえてない。さくやはしらないよ?」
は?
「さ、咲夜。今なんて?」
「だーかーら。さくやはいつねちゃってたのかおぼえてないの」
はぁ?
「そ、そ、そこじゃなくて…その……」
「?どうしたの?」
はあぁ?
「その言葉遣いは……?」
「なんのこと?」
はあああああああああああああああああああ!!!!!?????
一発Ko。完膚なきまでに。
ああ、これは夢か。そうだ悪い夢だ。
だって咲夜がいきなり寝たと思ったらいきなり子供みたいな口調になってて。
一人頭を抱えて悩んでいると、咲夜が服のすそを掴んでいた。
「どうしたの?ありすおねーちゃん」
おねーちゃん。おねえちゃん。お姉ちゃん。
やばい。これはやばい。
私がこの可愛さで悶え死ぬのと襲わないようにすることを防ぐために。
私は必死でこの原因を探すことにした
瞬間。
「おーす!アリス。なんか食わしてくれー」
バンッ、と勢いよく白黒鼠、魔理沙が扉を開けた。
「なんだ。咲夜もいたのか」
「ま、魔理沙。悪いけど今日は……」
「あー、まりさだーー!!」
咲夜が魔理沙に抱きつく。
「むぐっ!!な、何だよ!やめっ!死ぬっ!!」
魔理沙は咲夜の胸で窒息死しそうになっていたが、咲夜は関係なく抱きしめる。
「あー、咲夜。魔理沙死んじゃうから離しなさい」
「うりゅ?」
可愛らしい声とともに抱擁がとかれる。
魔理沙の顔は赤くなっているのか青ざめているのか分からなかった。
ああ、霊夢怒るかな。
なんて事を考える当たり、私はこの空間に慣れてきたらしい。
「あ、アリス!こいつどうしちまったんだよ!?」
魔理沙もようやく元の調子に戻ったようだ。
とりあえず、私は紅茶を入れに台所まで向かう。
くいっ、と服が引っ張られる。
「いかないで……ここにいて…」
もう死ぬかもしれない。てか死んでもいい。
潤んだ瞳+上目遣い+咲夜+子供言葉=こうかは ばつぐんだ!
ああ。上海と蓬莱が幸せそうに微笑みあってるよ。あはは。
「とっとと帰って来ーい!」
魔理沙の箒が頭に直撃した。痛い。
「早く説明してくれ。何があったんだ?」
「わかんな………………」
私は少し前に慧音に頼まれたことを思い出す。
―すまないんだが、こんな薬をつくってくれないか?
「え?もしかして……!!!」
私は砂糖が入っていた箱を開ける。
そして、気付く。
「これ精神退化の魔法薬だわ………」
二人の間に沈黙が走る。
「お前は何てものを作ってんだーー!!!」
「仕方ないじゃない!!頼まれたんだもの!!」
「誰に!!」
「里の半獣とか現人神とか狼とかによ!」
なんじゃそら。
魔理沙は呆れて椅子に座り込む。
「それで?解毒薬は?」
「…作れないわ。もうあの草は生えていないもの」
尚一層椅子にもたれかかる。
「…じゃあどうすんだよ。これ」
いつの間にか私の膝で寝てしまった咲夜を指差す。
「…半日したら解けると思うから、そのままね。」
「じゃ、がんばれよ☆」
「ちょっと待ちなさい」
すごくいい笑顔で扉をでていこうとする魔理沙を引き止める。
「私は早く神社に行きたいんだぜ☆」
「あら。少しぐらいは協力してくれないかしら?」
お互い満面の笑み。ただし青筋が浮かんでいるが。
「屋根が吹き飛ぶのとお菓子を盗まれるのと静かに帰るのとどれがいいんだ?」
「どれも拒否するわ」
話していても両方力は緩めない。
一歩も引かない、全く動かない綱引き。
「んむぅ……?」
ピタッ、と私の体が一度止まる。
「しめた!!」
「あっ!しまった!」
その隙を狙って魔理沙が外に出る。
窓を見上げると何かが飛んでいく所が見えた。
やられた。
箒に跨られたらもう追いつけない。
私は大きなため息をつく。
「んぅ…。どうしたの…?」
膝の上の咲夜が眼を開いていた。
おそらく動かない綱引きをしている時に起きてしまったのだろう。
「なんでもないわ」
「そう?じゃあいいや」
私の膝の上を転がる咲夜。
子供っぽい仕草に笑いながら髪を撫でてやったら、嬉しそうな顔で笑ってくれた。
そういえば、咲夜とこんな風にゆっくり過ごすのははじめてかも知れない。
いつもある時間になると「仕事があるから」と言って帰ってしまうのだ。
…紅魔館は大丈夫かしら
かなり前に咲夜が帰る時間は過ぎている。
送り届けるべきなのだろうか。
…いや止めておこう。
この咲夜を送り届けたら紅魔館がもっと紅くなってしまうだろう。
それに。
私は猫のように背中を丸めて人形を弄くっている咲夜を見る。
こんな純粋な笑みを誰かに向けて欲しくないから。
ぎゅっ、と背後から咲夜を抱きしめる。
以前なら臆病になって出来なかっただろう。
でも、今なら。
卑怯だと自分でも分かる。臆病だとも分かる。
だってそうじゃなければこんな状況では絶対に言わないから。
「…好き。愛してる……」
そっと耳元で呟く。
今の彼女に届いても、あの彼女に届かないと分かっているから。
「わたしもありすのことだいすきだよ…」
彼女の声でその言葉を聞けた。
それなのに、私の眼からは涙があふれていた。
嬉しさ?悲しさ?いいや違う。
ただの虚しさ。虚しい虚しい自己満足。
後ろから抱き付いていたから涙は見えてなかったと思う。
そうであってほしい。
こんな情けないところ見られたくないから。
「わたしも、わたしじゃないわたしもありすのこと、すきだから……」
ふらり、と彼女のからだが揺れ、私にもたれかかる。
どうやら薬の効果がきれたようだ。
私は咲夜を抱いたままパタリとベットに倒れる。
しばらく嗚咽は鳴り止まなかった。
「………ん…」
一日が終わりそうな時間、咲夜は目を覚ました。
「おはよう。って言ってももう夜だけどね」
「…あれ?私…」
「寝ちゃってたのよ。いきなりね」
私は笑う。
実際笑えているか分からなかった。
目の前の彼女は笑ってくれなかった。
「あなたはどうしてそんなに泣きそうなの?」
真剣に。純粋に心配する表情を浮かべて。
やめて
そんな顔でこんな私を見ないで。
勘違いしちゃうから。
そして、それはとてもとても怖いことだから。
だからそんな眼で私を見ないで。
壊れちゃうから。
ふわり、と私を柔らかな感覚が包む。
「何があなたをそんなにしてるか知らないけど、大丈夫よ。」
咲夜の腕が私を包んで。
咲夜の顔が私のすぐ傍にあって。
咲夜の体が私の心を温めていって。
「私がここにいるから」
すぐに、私の涙腺は崩壊した。
「落ち着いた?」
嗚咽はもう聞こえなくなり、今は冷静になったといえる。
咲夜は泣き始めたときからずっと私を抱きしめていてくれた。
服が濡れるのも、時間も、貞操も気にせずに。ずっと。
「…ありがとう」
「好きな人が泣いていたら抱きしめるのは当然でしょ」
・・・・・・・・・・・・・・・・___?
「今、なんて…?」
「?好きな人が泣いてたら抱きしめるのは当然でしょ」
・・・・・・・・・・・・・・・・?????
「え…?どういうこと…?」
「だから、私は好きな人を今抱きしめてるの」
・・・・・・・・・・・・????????????
「…………はぁ?」
「…そこまで言わすの?私はあなたの事を愛してるって言ってるの」
・・・・・・??????????????????????
「はぁあああああ!!!???」
「うるさい。耳元で叫ばないでよ」
「あ、ごめん。じゃなくて!!」
混乱状態でもしっかり、聞こえた。
「愛してる…って、私を…?」
「それ以外に誰が居るの?人形?」
「…本当に?咲夜が?」
「そうよ。現実で、ね。」
なんだそれは。
じゃあ、私が泣いた意味は何だったんだ。
私が子供のような彼女に言った事はなんだったんだ。
全部、無駄だったんじゃないか。
自然と頬が緩む。
今までの陰鬱さなど、何処かへ飛んでいってしまった。
私は、咲夜に正面から抱きつく。
嬉しさと、恥ずかしさで幸せな気持ちで呟く。
「私も、咲夜の事が大好きよ」
そういって私からキスをした。
ぐはぁ!
甘いぜー…甘いのぜ、でもとても良かったです!
元の状態に戻るのを感情が拒んだ結果の涙だったのかなと思いました。
いい咲アリ。