山の紅葉が散り始め、冬の色へと移行し始める神無月の末。僕は朝から里にある物を買いに来ていた。
ある物とは、数個の南瓜。これの中身をくり抜き、外郭に目と鼻と口を形作る。そして、中に蝋燭を入れ玄関口に飾る。所謂「ジャック・オー・ランタン」だ。
今日はハロウィン。子供が様々な妖怪に仮装し、家を訪ね菓子を貰う異国の祭である。
元々幻想郷には無かった文化だが、紅魔館のレミリアや外界からやって来た早苗君が広め、今では普通に行われている。今日は寺子屋も休みになるので、子供達は何も気にする事無く菓子を貰いに行けるという訳だ。
だがそれは里の中だけであり、僕が住む森の方まで菓子を貰いに来ようとする酔狂な子供はいない。なら、何故僕がハロウィンに参加するのか。答えは単純、いるのだ。酔狂な巫女や魔法使い、暇潰しに来るスキマ妖怪や花の大妖等が。
まぁ、菓子を配れば特に何をされるという事も無いから、ある意味では数ある祭の中では楽かもしれない。
そんな事を考えながら、僕は店へと歩みを進めた。
***
店に帰り、南瓜の中身をくり抜き種と中身を分ける。種は天日に干して酒の肴にする。
ランタンを二つほど作り、残りの南瓜は冬の食料になる。
「さて、後はこれを飾るだけか……」
言って、席を立つ。そして、それと同時に扉の鈴が鳴った。
「うん?」
霊夢か魔理沙が来るには早すぎる。誰かと思い目を向けると、そこには良客の姿があった。
「やぁ、アリス」
僕と同じ魔法の森に住む魔法使い、アリスだ。その手には大きな紙袋を持っている。
作ったランタンを傍らに置き、勘定台に着いて彼女に向き直る。
「さて、今日は何の用かな?」
「用がある事にはあるんだけど……随分と準備が早いわね。もうランタン作ったの?」
「あぁ、後は飾るだけさ」
言って、手元のランタンを軽く持ち上げる。
「話が逸れたね。で、何の用だい?」
「えぇ、単刀直入に言うわ。ちょっと台所借りていいかしら?」
「台所?」
「そう。オーブンの調子が悪くて」
「……成程。それでは使おうにも使えないな」
「でしょ? だからハロウィーン用のクッキーも焼けないわ」
「それで家のオーブンを貸してほしい、という訳か」
「そ。対価は焼きたてのクッキーじゃ駄目かしら?」
「フム……」
考える。
彼女の洋食の腕は魔理沙から聞いている。それにオーブンを貸すぐらい、僕としては何の損も無い。
損無く得が出来るならそれに越した事は無いし、アリスはしっかりと料金を払う良客だ。それぐらいのサービスがあってもいいだろう。
「壊したりしなければ別に構わないよ」
「ふふ、アリガト。じゃあ借りるわね」
言って、アリスは奥へと向かう。僕は先程までアリスがいた方へ向かい、扉の鈴を鳴らし店から消える。そして玄関にジャック・オー・ランタンを吊るす。
店に戻り勘定台に座って本を開く。それと同時に、横からアリスの声が掛かった。
「ねぇ霖之助さん、このカボチャの中身使って大丈夫かしら?」
アリスが指差すのは、ランタン作りの過程で出た南瓜の中身。
「あぁ。別に構わないよ」
「本当? アリガト。いい物作るから期待してて頂戴」
「そう言われては、期待する他ないな」
「ふふ」
クスリと笑い、アリスは南瓜を持って奥へと引っ込んだ。
料理上手な彼女が「期待していてくれ」と言う程だ。出てくる物はさぞ良質な菓子なのだろう。
そんな事を考えながら、僕は本を開いた。
***
「霖之助さん、出来たからちょっと来てもらえるかしら?」
「うん? あぁ」
本を半分程読み終わった時、厨房からアリスの呼び出しがあった。
厨房に行くと、持参していたであろう花柄のエプロンに身を包んだアリスがいた。
「完成よ。どうぞ?」
言って、アリスは籠に入れたクッキーを差し出す。彼女の傍らに同じ様な籠があるが……恐らく自分の分なのだろう。
「あぁ、それじゃあ頂くよ」
告げ、焼きたてのクッキーを一枚手に取り口へと運ぶ。
「ん、これは……南瓜を練りこんであるのかい?」
「えぇ。ハロウィーンだし」
本当は普通のクッキーにするつもりだったんだけどとアリスは続け、自分も一枚クッキーを口へと運んだ。
成程、謀らずも僕の南瓜が有効利用されたという訳か。
「ん、美味し。我ながら良く出来たわ」
「あぁ、確かに良く出来ている」
これなら里で売れるのではないだろうか? そう思ったが、僕がそう言うのは上から言っている様で言えなかった。
そんな事を考えながらもう一枚と籠に手を伸ばすと、アリスの手が目に入った。
「……アリス、その手はどうしたんだい?」
「へ? ……あぁ、コレ?」
言ってアリスは籠を片手に持ち代え、もう片方の手を上に上げた。
「魔理沙ならこんなヘマしないんでしょうけどね。台所の造りが違うからちょっと火傷しちゃったわ」
そう言う彼女の言葉通り、上げられた手には火傷の後があった。
彼女は妖怪だし、放っておいても治るだろう……が、診ておくに越した事は無いだろう。
「ちょっと診せてくれ」
言って、アリスの手を取る。
「すぐ水に浸けたから大丈夫だとは思うけ……ど?」
彼女の言葉を遮って手を取った為に、アリスの言葉の語尾が疑問系になった。
「フム……」
「な、い、いいい、いきなり、何してるのよ!?」
「ん? いや、ちょっと診ておこうと思ってね」
自然治癒に関しては心配してないが、後が残る可能性もある。
「み、水に浸けたから、大丈夫よ!」
「そうかい? ならいいが……ん?」
見ると、アリスの顔は外の夕焼けの様に赤く染まっている。
「も、もういいでしょ! ほら!」
「あ、あぁ」
アリスに手を振り解かれ、それと同時に籠を渡される。
「じ、じゃあ!」
そう言い放ち、アリスはエプロンを脱ぎ籠を取って店の方へと歩いていった。
何故怒られたのかは分からない。が、せめて見送っておこうか。思い、アリスの後を追う。
「じゃあね、アリス」
僕が店の中に入りそう言った時、アリスは既に扉の前にいた。
「……最後に一つだけ、言っておくわ」
「?」
「……心配してくれて、アリガト」
言って、アリスは店を出て行った。店の中に鈴の音が響く。
「……まぁ、悪く思われてないだけ、マシかな?」
そう言った後、再び扉の鈴が働いた。
「よう香霖、今アリスが飛んでったけど何かあったのか?」
「さぁ、ね。さて魔理沙、今日は何の用だい?」
「ふふ、香霖。とりっく・おあ・とりーとだぜ!」
「やれやれ、悪戯は勘弁だね。お菓子をあげるから許しておくれ」
言って、魔理沙に籠の中のクッキーを渡す。
「む、香霖がこんな洒落た菓子を出すとはな。ぁむ……お、かぼちゃ味か。美味いぜ」
「それは良かった」
「だがこれは香霖が作ったんじゃないな。里かどっかで買って来たのか?」
「まぁ、そんな所だね」
「むぐむぐ」
日も沈む頃、そんな感じで僕のハロウィンが始まった。
***
――カラン、カラン。
「トリック・オア・トリートよ霖之助さん!」
「霊夢か。何時から巫女服は仮装になったんだい?」
「紫が言ってたわ。外の世界じゃ巫女服は仮装の一種だって」
「……随分と、変わっているね」
「別にどうでもいいわよ」
◆◆◆
「トリック・オア・トリートですわ霖之助さん。お菓子はいいから悪戯させて下さいな」
「出口は君の後ろだよ、紫。歩いてお帰り」
「ふふ、冗談ですわよ」
「分かってるよ」
◆◆◆
――カランカラン。
「りんのすけー! びーふ・おあ・ふぃっしゅ!」
「チルノ、『トリック・オア・トリート』だよ。肉か魚か聞いてどうするのさ。後何処でそんな言葉覚えたの?」
「あはは……こんばんは、香霖堂さん」
「店主さんこんばんは~♪」
「お菓子なのかー」
「やれやれ、騒がしい事だ……」
◆◆◆
――カランカラン。
「霖之助、トリック・アンド・トリート」
「幽香、アンドではなくオアだ。毎年言ってるだろう」
「知ってるわよ。『無駄な抵抗はするな』って意味よ」
「これも毎年言っているが、僕に拒否権は無いのかい?」
「無いわ。さぁ、悪戯させなさい。フフフ……」
「いやちょっと待ってくれって何だその手の動きはというか何故僕の服を持ってうわなにをするやめ」
***
「……ふぅ」
本を閉じ、一息つく。魔理沙が帰った後、霊夢に外の世界での巫女の概念を知らされたり、紫が突然現れて意味不明な事を言ったり、チルノとルーミアが菓子を寄越せと僕に詰めかかるのを他の三人が押さえていたり、幽香に悪戯と称して抱きしめられたり……と色々な事があった。
「もう、誰も来ないかな?」
呟き、籠に残った最後のクッキーを頬張る。南瓜の優しい味が口の中に広がり、矢張りアリスの腕は素晴らしい物だと認識する。
今日はもう店仕舞いをしよう。思い、席を立った。
――カラン、カラン。
「ん?」
本日最後の来客があったのと同時に、だ。
「………………」
その客は魔理沙の様な魔女帽に黒のローブと、如何にも『魔女』といった風貌だった。恐らくハロウィンの仮装だろう。帽子のつばで顔は見えないが、帽子の隅からちらりと顔を覗かせる髪の毛は、魔理沙と同じ様な金髪だ。
背丈も魔理沙と同じぐらいだし、そこまで考えれば魔理沙の様な気もするのだが……一つ、気になる事があった。
傍らに浮かぶ、二つのジャック・オー・ランタンだ。
中に入っている蝋燭が怪しく揺らめき、それと呼応するかの様にランタンは左右に軽く揺れる。
「………………」
「………………」
互いに無言の時間が続き、やがて向こうが口を開いた。
「Trick or Treat?」
そう言って、また目の前の人物は黙ってしまった。恐らく返答を求めているのだろう。
突然誰か分からない様な人物が来訪し、菓子か悪戯かと問い掛ける。普通に考えれば菓子を渡すのだが、用意していた菓子は昼間アリスが作ってくれたクッキーのみ。そのクッキーも今し方無くなってしまった。
どうしたものかと考えていると、先程とは違う声色で声が発せられた。
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
「………………」
「………………」
その声で眼前の人物が誰かわかったが、念の為に確認しておこう。
「……アリスかい?」
そう問うと、目の前の人物は無言で帽子を取った。
「……ばれちゃったわね。何時気付くかと思ったけど、まさかこんな事で気付かれるなんて」
僕の読み通り、帽子の下から現れた顔はアリスのそれだった。
「何故、仮装を?」
「毎年作る側だったから、今年は貰う側に参加してみようと思って。でもまぁお菓子は用意しておかなきゃだし、客人の相手をしていたら来るのが遅れちゃったわ」
言って、アリスはローブを脱ぐ。下にあったのは何時もの服装だ。
「家でクッキー焼いてそれから衣装作ろうと思ってたからこんな衣装になっちゃったしね」
あぁ、上海と蓬莱はコレね。そう言って、アリスはランタンを掴み上に動かす。
すると、中から蝋燭を持った上海人形が現れた。
「トリック・オア・トリートー!」
「オカシクレナキャイタズラスルゾー!」
ランタンを被ったままの蓬莱人形も続ける。
「……らしいわよ?霖之助さん」
「やれやれ……菓子は残念ながら切れてしまってね。僕に残された選択肢は悪戯しかない」
「あら、そうなの? 随分人が来たのね」
「来たのは少ないよ。僕が食べたのもあるからね」
「あら、そう……ふふ、あげた分も含めてとはいえ、完食されると作った側としては嬉しいわね」
「あぁ。全部美味しく頂かせてもらったよ」
言って、籠を少し持ち上げる。
「ふふ……でもま、お菓子が無いなら悪戯するしかないわね」
「やれやれ……ルールだから仕方ないが、余り過度な事は止めてくれよ?」
「分かってるわよ。さて、それじゃ……どうしようかしら」
そう言うとアリスは暫く俯いて考え込み、やがて口を開いた。
「それじゃ、夕食でも頂こうかしら」
「……そんな事でいいのかい?」
「えぇ。一人分で済む筈の食料が二人分消えるんだから、十分な悪戯だと思うけど?」
「……まぁ、考えようによってはそうかもしれないね」
「でしょ?」
「あぁ、ハロウィンに十分な菓子を準備してなかった僕が悪いわけだしね」
「そうよ」
言って、何となく二人とも笑った。
「さて、じゃあ準備をしよう。少し時間が掛かるが、平気かい?」
「えぇ。大丈夫よ」
少ない言葉を交わし、僕は勝手場へ、アリスは居間へと足を進めた。
***
「ほら、鰤大根だ」
「うわ、よく外の魚なんて手に入ったわね」
「紫だよ」
「あぁ」
「僕が知る限り彼女以外で外の鮮魚を仕入れる事が出来る人妖は存在しないしね。……頂きます」
「それもそうね……頂きます」
「ん、美味しい。流石いい腕してるわね」
「一人暮らしが長いからね。君も似たようなものだろう」
「まぁそうだけど……私、和食はさっぱりだから」
「僕も洋食は全然だね」
「ふふ、じゃあ私達が合わされば大丈夫ね」
「あぁ、そうかもしれないね。今度レシピを教えて貰えるかい?」
「えぇ……別に良いわよ。……お嫁さんじゃないのが残念だけど」
「ん、何か言ったかい?」
「え、ななな何でも無いわ!」
「? そうか。なら早く食べた方がいい、冷めるよ?」
***
「「ご馳走様」」
食事が終わり、食器を纏めていく。
アリスも満足したらしく、椅子の上でくつろいでいる。
「ふぅ、美味しかったわ。ご馳走様」
「それは重畳」
返し、アリスの食器も纏める。
流し場に持っていこうとした時、アリスの方から声が発せられた。
「んっ……くぁ……」
声、と言うにはか細いが、息と言うには大きすぎる。まぁ、簡単に言えばあくびだった。
「ん……眠いのかい?」
「あ……えぇ、ちょっと。お腹一杯になったら、ね」
平和ねー、とアリスは笑う。
「フム、今日はもう遅い。今日は泊まっていくかい?」
夜の森は安全とは到底かけ離れている。いくら彼女がその森に住んでいて、更に魔法使いであろうともそれは揺ぎ無い事だ。
僕としても別に彼女が襲われるという事は心配していないが、万一襲われでもすると夢見が悪い。
そう言う意味で言ったのだが。
「え? えと、その、それは、つまり……」
何故、彼女は顔を赤くしてうろたえているのだろうか。
「……どうしたんだい?」
「え、だ、だって、御飯食べて、それで、泊まってけって……」
「……?」
彼女が何を言っているのかは不明だが、どうやら泊まる事には肯定らしい。
「……取り敢えず、布団を敷いてくるよ」
「あ、え、も、もう寝るの!? こ、心の準備が……」
……君が眠いと言ったんだろうに。
それはあえて口に出さず、喉の奥に仕舞いこんだ。それなりに常識のある彼女の事だ、僕が言わずともそのうち思い出すだろう。というか、眠るのに何の心の準備が必要だと言うのだろうか。
思い、布団を敷きに寝室へと足を進めた。
***
「……さて、こんなものか」
布団を二組並べて敷き、僕は一人呟いた。
家には時々魔理沙や霊夢が泊まる。その為に布団は他の一人暮らしの家に比べては少し多いだろう。
「アリス、来てくれ」
布団の準備が出来たので、アリスを呼ぶ。
「え、えぇ」
少し控えめな声が聞こえ、数秒後にアリスの姿が寝室に現れた。
「……ハァ」
寝室に着くなり、アリスは溜息を吐いた。この短時間に何か疲れる様な事でもあったのだろうか。
「……まぁ、こんな事だろうと思ったわ」
「? ほら、早く寝るといい。眠いのだろう?」
「えぇ、そうさせて貰いたいんだけど……」
そこまで言うと、アリスは自分の服の肩あたりを摘んだ。
それだけで大体分かる。恐らく「この服じゃ寝るに寝れない」とでも言いたいのだろう。
勝手に解釈し、近くの箪笥から一着の服を取り出す。
「魔理沙の寝巻きだが、君は背丈も近いから入るだろう」
「えぇ、そうね」
「じゃあ、僕は外で待っているから、着替えたら言ってくれ」
「分かったわ」
そう言って、僕は言葉通り部屋の外へと姿を消す。部屋の中からシュルシュルと衣擦れの音が聞こえてくる。その後パサリと布を落とす音が聞こえ、再びシュルシュルと聞こえる衣擦れの音。
「良いわよ」
アリスに入室の許可を貰い、僕は再び寝室へと入る。
入室の許可を出したアリスの服装は、魔理沙が泊まりに来た時の寝巻きだ。
魔理沙で見慣れた柄だが、違う人物が着るとこうも違うものなのかと少し驚いた。
「どうかしら? 変じゃない?」
「いや、よく似合っているよ」
「ふふ、アリガト」
言って、アリスは少し頬を染める。大方、褒められて照れているのだろう。
「さて、夜も遅い。今日はもう床に就くとしようか」
「えぇ、そうね」
それだけ言い、僕とアリスは布団に潜る。
「お休みなさい、霖之助さん」
「あぁ、お休み」
挨拶を交わし、眼鏡を外して目を閉じる。
自分自身気付いてはいなかったが、今日一日多くの人妖の相手をして結構疲れていたらしい。
羊を数えるまでもなく、僕の意識は睡魔に呑まれた。
***
「………………」
眠れない。先程まであんなに眠かったのが嘘の様。
理由は分かっている。私の隣りですうすうと安らかに寝息を立てる彼だ。
「(……馬鹿)」
彼は分かっているのだろうか。女性を家に止めると言う行為が、当人にとってどれだけの意味を持つのか。
しかも彼の場合、下心など欠片も無い純粋な好意から言っているだけに余計にたちが悪い。
「………………」
壁に立てかけた時計に目を向ける。
十一時五十五分、まだハロウィーンは続いている。
「……霖之助、さん」
「………………」
返事は無い。当然だ、既に彼は夢の中。返事をしろと言うのも無理な話だ。
ならば、好都合。
「……Trick or Treat?」
今日は、ハロウィーン。
お菓子を与えなければ、悪戯されてしまう日なのだ。
「……む」
「………………」
拙い、眠くなってきた。
「………………」
「………………」
矢張り、返って来るのは規則正しい寝息だけ。
彼はお菓子かイタズラかと問われ、それに無言と言う形で返答した。
だから私は、ハロウィーンの最後に悪戯するのだ。
「霖之助さん……」
「………………」
ほんの小さな悪戯を。
乙女心を全く分かっていない、隣りで眠る愛しい彼に。
何時か一緒になってくれると願いながら。
***
「ん、んん~……」
朝、窓から入る光に顔を照らされ目が覚めた。
起きたばかりなので身体を動かすのがだるい。まぁ、布団の中にいても誰も怒らないだろう。
「眩しいな……ん?」
顔を横に逸らすと、ある物が視界に映った。
それは、朝日を受け綺麗に輝く金色の髪。そして、その持ち主の顔だった。
「……あぁ、昨日はアリスを泊めたんだったか」
少し考え、思い出した。何とも気持ち良さそうに眠っている。
「……朝食でも作っておこうかな」
朝起きてすぐ食事があったほうがいいだろう。和食だが、それは仕方ない。
思い、身体を起こす。
「さて……ん?」
味噌汁の具は何にしようか、そんな事を考えながら起きようとすると、右腕が何かに引っ張られた。
「……やれやれ」
右手に目を向けると、その正体に気が付いた。
「困ったな。これでは朝食を作るに作れない」
「んむぅ……くぅ」
違和感の正体は、僕の右手を離すまいと握り締めるアリスの左手だった。
ある物とは、数個の南瓜。これの中身をくり抜き、外郭に目と鼻と口を形作る。そして、中に蝋燭を入れ玄関口に飾る。所謂「ジャック・オー・ランタン」だ。
今日はハロウィン。子供が様々な妖怪に仮装し、家を訪ね菓子を貰う異国の祭である。
元々幻想郷には無かった文化だが、紅魔館のレミリアや外界からやって来た早苗君が広め、今では普通に行われている。今日は寺子屋も休みになるので、子供達は何も気にする事無く菓子を貰いに行けるという訳だ。
だがそれは里の中だけであり、僕が住む森の方まで菓子を貰いに来ようとする酔狂な子供はいない。なら、何故僕がハロウィンに参加するのか。答えは単純、いるのだ。酔狂な巫女や魔法使い、暇潰しに来るスキマ妖怪や花の大妖等が。
まぁ、菓子を配れば特に何をされるという事も無いから、ある意味では数ある祭の中では楽かもしれない。
そんな事を考えながら、僕は店へと歩みを進めた。
***
店に帰り、南瓜の中身をくり抜き種と中身を分ける。種は天日に干して酒の肴にする。
ランタンを二つほど作り、残りの南瓜は冬の食料になる。
「さて、後はこれを飾るだけか……」
言って、席を立つ。そして、それと同時に扉の鈴が鳴った。
「うん?」
霊夢か魔理沙が来るには早すぎる。誰かと思い目を向けると、そこには良客の姿があった。
「やぁ、アリス」
僕と同じ魔法の森に住む魔法使い、アリスだ。その手には大きな紙袋を持っている。
作ったランタンを傍らに置き、勘定台に着いて彼女に向き直る。
「さて、今日は何の用かな?」
「用がある事にはあるんだけど……随分と準備が早いわね。もうランタン作ったの?」
「あぁ、後は飾るだけさ」
言って、手元のランタンを軽く持ち上げる。
「話が逸れたね。で、何の用だい?」
「えぇ、単刀直入に言うわ。ちょっと台所借りていいかしら?」
「台所?」
「そう。オーブンの調子が悪くて」
「……成程。それでは使おうにも使えないな」
「でしょ? だからハロウィーン用のクッキーも焼けないわ」
「それで家のオーブンを貸してほしい、という訳か」
「そ。対価は焼きたてのクッキーじゃ駄目かしら?」
「フム……」
考える。
彼女の洋食の腕は魔理沙から聞いている。それにオーブンを貸すぐらい、僕としては何の損も無い。
損無く得が出来るならそれに越した事は無いし、アリスはしっかりと料金を払う良客だ。それぐらいのサービスがあってもいいだろう。
「壊したりしなければ別に構わないよ」
「ふふ、アリガト。じゃあ借りるわね」
言って、アリスは奥へと向かう。僕は先程までアリスがいた方へ向かい、扉の鈴を鳴らし店から消える。そして玄関にジャック・オー・ランタンを吊るす。
店に戻り勘定台に座って本を開く。それと同時に、横からアリスの声が掛かった。
「ねぇ霖之助さん、このカボチャの中身使って大丈夫かしら?」
アリスが指差すのは、ランタン作りの過程で出た南瓜の中身。
「あぁ。別に構わないよ」
「本当? アリガト。いい物作るから期待してて頂戴」
「そう言われては、期待する他ないな」
「ふふ」
クスリと笑い、アリスは南瓜を持って奥へと引っ込んだ。
料理上手な彼女が「期待していてくれ」と言う程だ。出てくる物はさぞ良質な菓子なのだろう。
そんな事を考えながら、僕は本を開いた。
***
「霖之助さん、出来たからちょっと来てもらえるかしら?」
「うん? あぁ」
本を半分程読み終わった時、厨房からアリスの呼び出しがあった。
厨房に行くと、持参していたであろう花柄のエプロンに身を包んだアリスがいた。
「完成よ。どうぞ?」
言って、アリスは籠に入れたクッキーを差し出す。彼女の傍らに同じ様な籠があるが……恐らく自分の分なのだろう。
「あぁ、それじゃあ頂くよ」
告げ、焼きたてのクッキーを一枚手に取り口へと運ぶ。
「ん、これは……南瓜を練りこんであるのかい?」
「えぇ。ハロウィーンだし」
本当は普通のクッキーにするつもりだったんだけどとアリスは続け、自分も一枚クッキーを口へと運んだ。
成程、謀らずも僕の南瓜が有効利用されたという訳か。
「ん、美味し。我ながら良く出来たわ」
「あぁ、確かに良く出来ている」
これなら里で売れるのではないだろうか? そう思ったが、僕がそう言うのは上から言っている様で言えなかった。
そんな事を考えながらもう一枚と籠に手を伸ばすと、アリスの手が目に入った。
「……アリス、その手はどうしたんだい?」
「へ? ……あぁ、コレ?」
言ってアリスは籠を片手に持ち代え、もう片方の手を上に上げた。
「魔理沙ならこんなヘマしないんでしょうけどね。台所の造りが違うからちょっと火傷しちゃったわ」
そう言う彼女の言葉通り、上げられた手には火傷の後があった。
彼女は妖怪だし、放っておいても治るだろう……が、診ておくに越した事は無いだろう。
「ちょっと診せてくれ」
言って、アリスの手を取る。
「すぐ水に浸けたから大丈夫だとは思うけ……ど?」
彼女の言葉を遮って手を取った為に、アリスの言葉の語尾が疑問系になった。
「フム……」
「な、い、いいい、いきなり、何してるのよ!?」
「ん? いや、ちょっと診ておこうと思ってね」
自然治癒に関しては心配してないが、後が残る可能性もある。
「み、水に浸けたから、大丈夫よ!」
「そうかい? ならいいが……ん?」
見ると、アリスの顔は外の夕焼けの様に赤く染まっている。
「も、もういいでしょ! ほら!」
「あ、あぁ」
アリスに手を振り解かれ、それと同時に籠を渡される。
「じ、じゃあ!」
そう言い放ち、アリスはエプロンを脱ぎ籠を取って店の方へと歩いていった。
何故怒られたのかは分からない。が、せめて見送っておこうか。思い、アリスの後を追う。
「じゃあね、アリス」
僕が店の中に入りそう言った時、アリスは既に扉の前にいた。
「……最後に一つだけ、言っておくわ」
「?」
「……心配してくれて、アリガト」
言って、アリスは店を出て行った。店の中に鈴の音が響く。
「……まぁ、悪く思われてないだけ、マシかな?」
そう言った後、再び扉の鈴が働いた。
「よう香霖、今アリスが飛んでったけど何かあったのか?」
「さぁ、ね。さて魔理沙、今日は何の用だい?」
「ふふ、香霖。とりっく・おあ・とりーとだぜ!」
「やれやれ、悪戯は勘弁だね。お菓子をあげるから許しておくれ」
言って、魔理沙に籠の中のクッキーを渡す。
「む、香霖がこんな洒落た菓子を出すとはな。ぁむ……お、かぼちゃ味か。美味いぜ」
「それは良かった」
「だがこれは香霖が作ったんじゃないな。里かどっかで買って来たのか?」
「まぁ、そんな所だね」
「むぐむぐ」
日も沈む頃、そんな感じで僕のハロウィンが始まった。
***
――カラン、カラン。
「トリック・オア・トリートよ霖之助さん!」
「霊夢か。何時から巫女服は仮装になったんだい?」
「紫が言ってたわ。外の世界じゃ巫女服は仮装の一種だって」
「……随分と、変わっているね」
「別にどうでもいいわよ」
◆◆◆
「トリック・オア・トリートですわ霖之助さん。お菓子はいいから悪戯させて下さいな」
「出口は君の後ろだよ、紫。歩いてお帰り」
「ふふ、冗談ですわよ」
「分かってるよ」
◆◆◆
――カランカラン。
「りんのすけー! びーふ・おあ・ふぃっしゅ!」
「チルノ、『トリック・オア・トリート』だよ。肉か魚か聞いてどうするのさ。後何処でそんな言葉覚えたの?」
「あはは……こんばんは、香霖堂さん」
「店主さんこんばんは~♪」
「お菓子なのかー」
「やれやれ、騒がしい事だ……」
◆◆◆
――カランカラン。
「霖之助、トリック・アンド・トリート」
「幽香、アンドではなくオアだ。毎年言ってるだろう」
「知ってるわよ。『無駄な抵抗はするな』って意味よ」
「これも毎年言っているが、僕に拒否権は無いのかい?」
「無いわ。さぁ、悪戯させなさい。フフフ……」
「いやちょっと待ってくれって何だその手の動きはというか何故僕の服を持ってうわなにをするやめ」
***
「……ふぅ」
本を閉じ、一息つく。魔理沙が帰った後、霊夢に外の世界での巫女の概念を知らされたり、紫が突然現れて意味不明な事を言ったり、チルノとルーミアが菓子を寄越せと僕に詰めかかるのを他の三人が押さえていたり、幽香に悪戯と称して抱きしめられたり……と色々な事があった。
「もう、誰も来ないかな?」
呟き、籠に残った最後のクッキーを頬張る。南瓜の優しい味が口の中に広がり、矢張りアリスの腕は素晴らしい物だと認識する。
今日はもう店仕舞いをしよう。思い、席を立った。
――カラン、カラン。
「ん?」
本日最後の来客があったのと同時に、だ。
「………………」
その客は魔理沙の様な魔女帽に黒のローブと、如何にも『魔女』といった風貌だった。恐らくハロウィンの仮装だろう。帽子のつばで顔は見えないが、帽子の隅からちらりと顔を覗かせる髪の毛は、魔理沙と同じ様な金髪だ。
背丈も魔理沙と同じぐらいだし、そこまで考えれば魔理沙の様な気もするのだが……一つ、気になる事があった。
傍らに浮かぶ、二つのジャック・オー・ランタンだ。
中に入っている蝋燭が怪しく揺らめき、それと呼応するかの様にランタンは左右に軽く揺れる。
「………………」
「………………」
互いに無言の時間が続き、やがて向こうが口を開いた。
「Trick or Treat?」
そう言って、また目の前の人物は黙ってしまった。恐らく返答を求めているのだろう。
突然誰か分からない様な人物が来訪し、菓子か悪戯かと問い掛ける。普通に考えれば菓子を渡すのだが、用意していた菓子は昼間アリスが作ってくれたクッキーのみ。そのクッキーも今し方無くなってしまった。
どうしたものかと考えていると、先程とは違う声色で声が発せられた。
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
「………………」
「………………」
その声で眼前の人物が誰かわかったが、念の為に確認しておこう。
「……アリスかい?」
そう問うと、目の前の人物は無言で帽子を取った。
「……ばれちゃったわね。何時気付くかと思ったけど、まさかこんな事で気付かれるなんて」
僕の読み通り、帽子の下から現れた顔はアリスのそれだった。
「何故、仮装を?」
「毎年作る側だったから、今年は貰う側に参加してみようと思って。でもまぁお菓子は用意しておかなきゃだし、客人の相手をしていたら来るのが遅れちゃったわ」
言って、アリスはローブを脱ぐ。下にあったのは何時もの服装だ。
「家でクッキー焼いてそれから衣装作ろうと思ってたからこんな衣装になっちゃったしね」
あぁ、上海と蓬莱はコレね。そう言って、アリスはランタンを掴み上に動かす。
すると、中から蝋燭を持った上海人形が現れた。
「トリック・オア・トリートー!」
「オカシクレナキャイタズラスルゾー!」
ランタンを被ったままの蓬莱人形も続ける。
「……らしいわよ?霖之助さん」
「やれやれ……菓子は残念ながら切れてしまってね。僕に残された選択肢は悪戯しかない」
「あら、そうなの? 随分人が来たのね」
「来たのは少ないよ。僕が食べたのもあるからね」
「あら、そう……ふふ、あげた分も含めてとはいえ、完食されると作った側としては嬉しいわね」
「あぁ。全部美味しく頂かせてもらったよ」
言って、籠を少し持ち上げる。
「ふふ……でもま、お菓子が無いなら悪戯するしかないわね」
「やれやれ……ルールだから仕方ないが、余り過度な事は止めてくれよ?」
「分かってるわよ。さて、それじゃ……どうしようかしら」
そう言うとアリスは暫く俯いて考え込み、やがて口を開いた。
「それじゃ、夕食でも頂こうかしら」
「……そんな事でいいのかい?」
「えぇ。一人分で済む筈の食料が二人分消えるんだから、十分な悪戯だと思うけど?」
「……まぁ、考えようによってはそうかもしれないね」
「でしょ?」
「あぁ、ハロウィンに十分な菓子を準備してなかった僕が悪いわけだしね」
「そうよ」
言って、何となく二人とも笑った。
「さて、じゃあ準備をしよう。少し時間が掛かるが、平気かい?」
「えぇ。大丈夫よ」
少ない言葉を交わし、僕は勝手場へ、アリスは居間へと足を進めた。
***
「ほら、鰤大根だ」
「うわ、よく外の魚なんて手に入ったわね」
「紫だよ」
「あぁ」
「僕が知る限り彼女以外で外の鮮魚を仕入れる事が出来る人妖は存在しないしね。……頂きます」
「それもそうね……頂きます」
「ん、美味しい。流石いい腕してるわね」
「一人暮らしが長いからね。君も似たようなものだろう」
「まぁそうだけど……私、和食はさっぱりだから」
「僕も洋食は全然だね」
「ふふ、じゃあ私達が合わされば大丈夫ね」
「あぁ、そうかもしれないね。今度レシピを教えて貰えるかい?」
「えぇ……別に良いわよ。……お嫁さんじゃないのが残念だけど」
「ん、何か言ったかい?」
「え、ななな何でも無いわ!」
「? そうか。なら早く食べた方がいい、冷めるよ?」
***
「「ご馳走様」」
食事が終わり、食器を纏めていく。
アリスも満足したらしく、椅子の上でくつろいでいる。
「ふぅ、美味しかったわ。ご馳走様」
「それは重畳」
返し、アリスの食器も纏める。
流し場に持っていこうとした時、アリスの方から声が発せられた。
「んっ……くぁ……」
声、と言うにはか細いが、息と言うには大きすぎる。まぁ、簡単に言えばあくびだった。
「ん……眠いのかい?」
「あ……えぇ、ちょっと。お腹一杯になったら、ね」
平和ねー、とアリスは笑う。
「フム、今日はもう遅い。今日は泊まっていくかい?」
夜の森は安全とは到底かけ離れている。いくら彼女がその森に住んでいて、更に魔法使いであろうともそれは揺ぎ無い事だ。
僕としても別に彼女が襲われるという事は心配していないが、万一襲われでもすると夢見が悪い。
そう言う意味で言ったのだが。
「え? えと、その、それは、つまり……」
何故、彼女は顔を赤くしてうろたえているのだろうか。
「……どうしたんだい?」
「え、だ、だって、御飯食べて、それで、泊まってけって……」
「……?」
彼女が何を言っているのかは不明だが、どうやら泊まる事には肯定らしい。
「……取り敢えず、布団を敷いてくるよ」
「あ、え、も、もう寝るの!? こ、心の準備が……」
……君が眠いと言ったんだろうに。
それはあえて口に出さず、喉の奥に仕舞いこんだ。それなりに常識のある彼女の事だ、僕が言わずともそのうち思い出すだろう。というか、眠るのに何の心の準備が必要だと言うのだろうか。
思い、布団を敷きに寝室へと足を進めた。
***
「……さて、こんなものか」
布団を二組並べて敷き、僕は一人呟いた。
家には時々魔理沙や霊夢が泊まる。その為に布団は他の一人暮らしの家に比べては少し多いだろう。
「アリス、来てくれ」
布団の準備が出来たので、アリスを呼ぶ。
「え、えぇ」
少し控えめな声が聞こえ、数秒後にアリスの姿が寝室に現れた。
「……ハァ」
寝室に着くなり、アリスは溜息を吐いた。この短時間に何か疲れる様な事でもあったのだろうか。
「……まぁ、こんな事だろうと思ったわ」
「? ほら、早く寝るといい。眠いのだろう?」
「えぇ、そうさせて貰いたいんだけど……」
そこまで言うと、アリスは自分の服の肩あたりを摘んだ。
それだけで大体分かる。恐らく「この服じゃ寝るに寝れない」とでも言いたいのだろう。
勝手に解釈し、近くの箪笥から一着の服を取り出す。
「魔理沙の寝巻きだが、君は背丈も近いから入るだろう」
「えぇ、そうね」
「じゃあ、僕は外で待っているから、着替えたら言ってくれ」
「分かったわ」
そう言って、僕は言葉通り部屋の外へと姿を消す。部屋の中からシュルシュルと衣擦れの音が聞こえてくる。その後パサリと布を落とす音が聞こえ、再びシュルシュルと聞こえる衣擦れの音。
「良いわよ」
アリスに入室の許可を貰い、僕は再び寝室へと入る。
入室の許可を出したアリスの服装は、魔理沙が泊まりに来た時の寝巻きだ。
魔理沙で見慣れた柄だが、違う人物が着るとこうも違うものなのかと少し驚いた。
「どうかしら? 変じゃない?」
「いや、よく似合っているよ」
「ふふ、アリガト」
言って、アリスは少し頬を染める。大方、褒められて照れているのだろう。
「さて、夜も遅い。今日はもう床に就くとしようか」
「えぇ、そうね」
それだけ言い、僕とアリスは布団に潜る。
「お休みなさい、霖之助さん」
「あぁ、お休み」
挨拶を交わし、眼鏡を外して目を閉じる。
自分自身気付いてはいなかったが、今日一日多くの人妖の相手をして結構疲れていたらしい。
羊を数えるまでもなく、僕の意識は睡魔に呑まれた。
***
「………………」
眠れない。先程まであんなに眠かったのが嘘の様。
理由は分かっている。私の隣りですうすうと安らかに寝息を立てる彼だ。
「(……馬鹿)」
彼は分かっているのだろうか。女性を家に止めると言う行為が、当人にとってどれだけの意味を持つのか。
しかも彼の場合、下心など欠片も無い純粋な好意から言っているだけに余計にたちが悪い。
「………………」
壁に立てかけた時計に目を向ける。
十一時五十五分、まだハロウィーンは続いている。
「……霖之助、さん」
「………………」
返事は無い。当然だ、既に彼は夢の中。返事をしろと言うのも無理な話だ。
ならば、好都合。
「……Trick or Treat?」
今日は、ハロウィーン。
お菓子を与えなければ、悪戯されてしまう日なのだ。
「……む」
「………………」
拙い、眠くなってきた。
「………………」
「………………」
矢張り、返って来るのは規則正しい寝息だけ。
彼はお菓子かイタズラかと問われ、それに無言と言う形で返答した。
だから私は、ハロウィーンの最後に悪戯するのだ。
「霖之助さん……」
「………………」
ほんの小さな悪戯を。
乙女心を全く分かっていない、隣りで眠る愛しい彼に。
何時か一緒になってくれると願いながら。
***
「ん、んん~……」
朝、窓から入る光に顔を照らされ目が覚めた。
起きたばかりなので身体を動かすのがだるい。まぁ、布団の中にいても誰も怒らないだろう。
「眩しいな……ん?」
顔を横に逸らすと、ある物が視界に映った。
それは、朝日を受け綺麗に輝く金色の髪。そして、その持ち主の顔だった。
「……あぁ、昨日はアリスを泊めたんだったか」
少し考え、思い出した。何とも気持ち良さそうに眠っている。
「……朝食でも作っておこうかな」
朝起きてすぐ食事があったほうがいいだろう。和食だが、それは仕方ない。
思い、身体を起こす。
「さて……ん?」
味噌汁の具は何にしようか、そんな事を考えながら起きようとすると、右腕が何かに引っ張られた。
「……やれやれ」
右手に目を向けると、その正体に気が付いた。
「困ったな。これでは朝食を作るに作れない」
「んむぅ……くぅ」
違和感の正体は、僕の右手を離すまいと握り締めるアリスの左手だった。
…そう言えばジャック・オ・ランタン、結構可哀想な逸話があるんですよね
ガワだけ違えばいいってもんじゃないかなーと
おそらくアリスを全部魔理沙とか霊夢に変えても成立しそう
やっぱり、アリスって素直になれない感じが見てて可愛いですよね。
普段は大人な態度が崩れる時なんか、それはもう…
あぁ、確かありましたね……
>>奇声を発する程度の能力 様
ホントー? アリガトー!
>>3 様
有難う御座います!
>>4 様
そう言っていただけると嬉しいです!
>>5 様
むぅ、上海や洋食で区別化をしたつもりでしたが、成立しますか……
貴重なご意見、有難う御座います。今後の参考にさせていただきます。
>>けやっきー 様
お待たせしてすいませんでした。
アリスはもう見てるだけで可愛いですよね!
>>7 様
アリスの可愛さに気付いていただけて嬉しいです!
読んでくれた全ての方に感謝!