「霊夢。今日はお土産を持ってきてやったぜ」
そう言って魔理沙が取り出したのは、きのこの形をしたチョコレートのお菓子だった。
「トリック・オア・トリートって奴だな」
「……」
私はそう言ったイベントに詳しい訳ではない。
だが、ハロウィンと言うイベントがこういう形式でない事は分かる。
「あんた、何の雑誌からこのイベントの事を知ったのかしら」
「失敬な! 外界のイベントについては、外界の書物からきちんと情報を得てるんだぜ」
魔理沙はそう言って、スカートのフリルをごそごそ。
取り出したのは、なにやら小さな本。
表紙が焼けていて、何の本かは分からない。
「ちゃんとこの本に書いてあったんだ。確か、ハーレク……なんとか文庫だ」
「文庫本を情報源にするのは感心しないわ。あと、解読方法を間違えてる気がする」
魔理沙からお菓子を受け取り、お茶を入れるために台所へ向かう。
……チョコにお茶って合うのかしら。
「うぅむ……。確かに、ちょっと違う気もしてたんだよな」
「まぁ私もよく分かっている方ではないけれど。……とりあえず、はい」
お湯を沸かす隙に、豆おかきの皿を魔理沙の横に置いてやる。
「おお、さんきゅ」
「まったく、人の家に勝手に上がりこんで、お菓子を要求するのがお祭りなんてね」
「私は要求してないがな。まぁ良くは知らないけど、そんなお祭りでない事は確かだ」
そう言って、魔理沙は豆おかきに手を伸ばした。
「湿気ってるぜ……」
「挙句、文句まで言うなんてね」
恨めしげに魔理沙を一瞥し、豆おかきを一口。
本当……。
湿気ってるわ。
「今日はどうしたんだ? イライラしてるなら、にぼしがいいぜ」
「あら。にぼしが食べたかったのなら、先に言ってくれれば良かったのに」
「今日の霊夢は意地悪だぜ……」
そう。
今日は、10月31日。
ハロウィンというお祭りが行われる日だ。
そして、私にとっては決戦の日でもある……。
思えば。
いつから、彼女の事を好きだったのだろうか。
そして。
いつから、この気持ちを隠していたのだろうか。
今になって。
今となっては、どうでもいい疑問ばかりが頭の中を渦巻いている。
そんなこんなで、さっき帰った魔理沙には悪い事をしてしまった。
「後でちゃんと謝っておかなきゃね……」
魔理沙の言うとおり、今日の私はちょっと苛立っている。
最近、あいつがウチにやって来ないからだ。
恐らくは、今日のために力を溜めているのだろう。
あいつが今日のイベントを楽しみにしているのは、以前話したので分かっている。
だが、それ自体はさほど気にしていない。
今日は訪問してくるだろうという事が、想像出来るからだ。
問題は……。
「それより前に、やる事があるんだけどね……」
今日。
訪問してくるあいつに。
私が告白をしようと考えている事なのだ。
10月31日が日曜日なのは、日めくりの24日が日曜日だった事で分かった。
日曜日は、出来る限り仕事を休む事に決めている。
告白するなら、その日しかないと思った。
恐らくは、あいつがウチにやってくる日であり、なおかつイベントに心が上擦っている。
告白するなら、日曜日しかない。
私の心のモヤモヤを払うために。
あいつに心を乱されないために。
そして願わくば、あいつとの関係を先に進める為に。
……そう思ってしまったのが、運のつきだった。
この一週間、巫女の仕事も手に付かなかったし、来客の対応も満足に出来なかった。
つまるところ、告白したいという思いが、私から一切の余裕を奪ってしまったのだ。
今まで、こんな気持ちになった事はなかった。
自分で言うのもなんだが、私はとてもすれている。
いつでも、物事を一歩引いて見る事。
それが自分の特技であり、特徴だと思っていた。
いつも一歩引いてみているのだから、当事者になってもうまく立ち回れるだろう、とも。
そして、そんな考えは甘かったのだと、当事者になってから思い知らされた。
自分の考えに、胸が高鳴り。
高鳴りに呼応するように、こみ上げる不安。
そしてその一切が去った後に湧き上がる、一握りの希望。
浮かんだ希望は、再び沸き立つ胸の高鳴りにかき消され。
胸の高鳴り新たな不安を呼び込み。
なんとか不安を振り払うと、希望が顔を出す。
まるで、自分の心が自分の物でなくなった気分だった。
私の心が、私をからかって、あざ笑っているようで。
もう、何も信じられなくなって。
そんな時、あいつの顔が思い浮かんで……。
「あぁ! もう! なんでこんな事で悩まなきゃいけないのよ!」
吐き捨てるように言って、魔理沙が持ってきたお菓子を口に放り込む。
甘すぎて、やっぱりお茶には合いそうにない。
「それもこれも……全部あいつが悪いのよ……」
口に出してみたら、心が晴れるはずだった。
実際はその逆。
そんな風にしか考えられない自分に、むしろ腹が立つ。
(こんなんじゃ、あいつは受け入れてくれないでしょうね……)
受け入れてくれないなら、それでもいい。
少なくとも、私の心があいつに乱される事は無くなるのだから。
そう、それでもいいはずなのだ。
だったら、何を悩む事があろうか。
「そう、悩む事なんてなかったのよ! すべてはあいつのせいなんだから……」
「何やら不穏な事言ってるわね。何が誰のせいなのかしら?」
「……!」
その声は、縁側からかけられた。
今、一番聞きたくなかった声。
今、一番聞きたかった声。
「アリス! あんたねぇ! 驚かすんじゃないわよ!」
そこには、いつもとは違う格好をした、七色の魔法使いがいた。
いつもの青いドレスではない、黒を基調としたドレス。
胸にかぼちゃのペンダントをあしらった、清楚な装い。
よく見ると、スカートがかぼちゃのお化けのモチーフになっている。
なんというか、いつものアリスとは違って……。
(か、可愛い!)
……いや、いつものアリスが可愛くない訳ではなく……。
「……?! ご、ごめんなさい……」
「あっ……! いや、こちらこそごめんなさい……」
やってしまった。
つい、いつもの勢いで声をかけてしまった。
今日は。
今日こそはアリスに優しく声をかけてあげるはずだったのに。
「あら? 私は怒ってないわ。霊夢は謝らなくてもいいのよ?」
「え? あ! ごめん……」
「フフッ……。変な霊夢」
不幸中の幸いと言うか、なんと言うか。
やはりアリスはイベントに浮かれている。
ぎこちない私の様子に、疑問を抱いていないようだ。
「あ、えっと……」
「霊夢? 何かしら」
「今日は、その……」
可愛いわね。
「随分めかしこんでるじゃない」
なんて気の利いたことが言えればいいのに……。
私って本当に駄目だわ。
「今日はハロウィンだもの。お祭りには正装というものがあるわ」
アリスの言葉が、右から入って左に抜けていく。
後悔と自己嫌悪に足をとられ、心が段々としぼんでいく。
まずい。
気を抜いたら泣いちゃいそう。
「と言うわけで、お祭りのときはお祭りの礼儀に従うの。霊夢」
「ひゃい!」
「トリック・オア・トリートよ」
アリスはそう言って、恭しく右手を差し出してくる。
事ここに至って、私は自分が重大なミスを犯していた事に気が付いた。
「どうしたの? お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうわよ?」
(お菓子……)
そう、私はハロウィンというイベントに関して、碌すっぽ調べなかった。
そんなわけで、私の手元には、アリスに上げられるようなお菓子などない。
あるのは、湿気ったおかきぐらいだ。
アリスがどれほどこのお祭りを楽しみにしていたのか知っていたのに。
そんな時のアリスが、お祭りを楽しもうとしないはずが無いのに。
そんな当たり前の事も忘れて、私は自分の事しか考えていなかった。
ハロウィンの事など忘れて、お菓子など用意しなかった。
そんな事で、何が決戦だ。
ちゃんちゃらおかしくて、涙が出てくる……。
「……ぐすっ」
「!? ちょ、ちょっと! 何で泣くのよ?!」
情けなかった。
申し訳なかった。
涙が止まらなかった。
「ふ……ふぇぇ……」
「ちょ……ちょっと……霊夢どうしたのよ?」
ごめんなさいアリス。
貴女が楽しみにしていたお祭りに、早々にケチをつけてしまって……。
どうか、私の事、嫌いにならないで……。
「そんな事で泣いてたわけ? 呆れた」
涙も収まった夕暮れ時。
私とアリスは、山向こうに消えていく夕日を眺めながら、縁側に腰掛けていた。
「ごめんなさい……。でも、私も色々あったのよ」
「お祭りなんだもの。湿気ったおかき貰って、怒るはずないじゃない」
「で、でも……」
「それがお祭りのいいところでしょ。そういうお祭りなんだから」
アリスはそう言って、私の頭をなでてくれる。
嬉しいが、今は喜んでいる場合ではない。
早く、謝らないと。
私のせいで、アリスのハロウィンは台無しになってしまったのだから。
「ごめんなさい。アリス、このお祭りを楽しみにしていたのに……」
「本当よ」
冗談めかして、アリスは笑う。
でも、今はその笑顔が痛い。
「本来夜に始まるお祭りなのに、気合入れて昼から回ったせいで、バチがあたったのね」
「え……?」
「まぁでも、良かったかな。霊夢の珍しい姿も見れ……」
「ちょっと待って! ハロウィンって、夜のお祭りなの!?」
「霊夢のところだって、夜にお祭りを始めるじゃない」
「でも、アリスは昼間にウチに来て……」
「言ってるでしょう? 気合を入れすぎたんだって」
笑いながら、アリスは語る。
笑みに満ちたその顔には、夕日のそれとは明らかに違う。
熱を帯びた朱が混じっていて。
「だから、本当のお祭りは、まだ始まってもいないの」
アリスの言葉が、遠く響いた。
恐らくは、私を安心させようと意図した言葉。
私の事を思って、アリスがかけてくれた言葉。
しかし、その言葉を聞いた時。
私の胸に湧き上がったのは、安堵ではなかった。
ひりつくような焦燥と、焼け爛れるような恋慕。
……今しかない。
たとえ、自己嫌悪にとらわれようとも。
たとえ、失敗したとしても。
たとえ、勝算がゼロに近かったとしても。
言ってしまえ。
すべてをさらけ出して、楽になってしまえ。
私の中の誰かが、私に語りかける。
まるで悪魔のような、甘美な響き。
どうせ祭りは始まっていなかった。
ならば、お前がアリスに迷惑をかけたというのも、お前の幻想だったんだよ。
どうした。
今日こそすべてを終わらせるつもりだったんだろう。
だったら早く告白すべきだ。
本当に告白するなら、今しかないのだから。
「ねぇ、アリス……」
「ん? どうしたの?」
今日のアリスは、妙に優しい。
いきなりあんな姿を、見せてしまったからだろうか。
何故か、私をとても気遣ってくれる。
だから今も、こんな醜い葛藤をしている私に、彼女は……
「今日のお祭り、私も一緒に回っていいかしら?」
「……フフッ。ええ。勿論!」
笑いかけてくれたのだ。
「しかし、泣いたカラスがなんとやらとは、よく言ったものだわ」
「いいでしょ? 幸い、貴女からハロウィンのいろはを教えて貰ったんだし」
だから私は。
彼女の笑顔を、守りたくなってしまうのだ。
この笑顔を。
ずっと近くで見ていたいと願ってしまう。
いつから私は。
こんなに臆病になってしまったのだろうか。
「……」
私は、アリスに見えないように。
少しだけ、涙を流した。
「トリック・オア・トリート!」
「魔理沙! 出てきなさい! お菓子をくれなきゃいたずらするわよ!」
「ななな……なんだなんだ?」
こうして、アリスと一緒にお祭りを楽しんでいると、少しだけ。
ほんの少しだけ後悔も薄れてきたように思える。
けれど、アリスが私との距離を今のまま保とうとするのならきっと。
私の中の悪魔は、もう一度私を惑わせるだろう。
「ふぅ。あらかた回り終わったわね」
「流石に紅魔館。さっとお菓子を出されてしまったわ」
「おまけに『これ持ってとっとと帰れ』だって。ひどいものよね」
「そう言う割に、楽しそうじゃない?」
「だって、あそこの連中らしくって」
その時は、割合早く訪れるかも知れない。
そしてそうなったら。
今度は、アリスを泣かせてしまうかも知れない。
「……ねぇ。アリス」
「?」
「そのときは、ごめんなさいね」
「え?」
「でも、それが今の私の気持ちだから」
「ちょ……霊夢? 何言ってるの?」
なんでもない。
そう言って首を振った。
いつか。
いつの日か。
私も貴女に、お菓子をねだれるだろうか。
甘い甘い、かぼちゃのお菓子。
いつか貴女と、ご一緒できたら。
「そういえば、まだ言っていなかったわね」
「ハロウィンの礼儀の事?」
「ええ。ハロウィンのときはね。特別な挨拶をするのよ」
「へぇ。どんな挨拶?」
「ハッピーハロウィン! よいハロウィンを! ってね」
どうしようもない気持ちに締め付けられる葛藤がよく出ていたと思います。
レイアリはやはりいいものですねぇ。
不安がる必要などどこにありましょうか!レイアリはよいものです!
もっともっと広がれレイアリの輪!とても良かったです!
その前の葛藤も、その後の葛藤も、甘苦くて・・・まるでハロウィンで貰うお菓子のチョコレートですね。
次回作も楽しみにしています。
もっと広がれ! レイアリの輪!
初投稿とは思えないぐらい、霊夢の感情描写が上手いです。
いつの日かの甘い展開も読んでみたいですね。
レイアリはとても素晴らしいもの!!