「暑いですね……」
団扇で扇ぎ、涼を求めがらそう呟いた少女には申し訳程度に小さな翼がついている。
この少女は人間ではない。彼女のことを日本では天狗と呼び、1000年以上生きることができ、神とも妖怪ともいわれる空想の生物、即ち幻想の生物である。
しかしここ幻想郷では天狗の様な幻想の生物は珍しいわけでもない。幻想郷は外の世界で忘れられた、絶滅した生物が跋扈している世界である。彼女は天狗の中でも鴉天狗という種族で嘘八百の新聞を配って押し付けて回ったりするので、迷惑がる人間もいるが、逆にその新聞を楽しみにして、定期的に購読している人間や人間でない者もいる。
この暑い中、少女――鴉天狗の射命丸文――は新聞記事の案を考えていた。しかしこの暑さなので、頭も茹で上がってしまい、良い案が浮かぶはずもなかった。
外の世界では冬でも寒くなることはないといわれている。それは夏の暑さもきついものになるということだ。
「この暑さですし、記事にするなら……そうですね、霧の湖は涼しいですし、涼を取りながらネタ探しをするというのは魅力的ですね」
そう言い、彼女は立ち上がり、霧の湖に向かった。
霧の湖は昼間になるといつも深い霧に包まれているため大きい湖のように思われているが、実際は湖の一周を歩くのに一時間もかからないほどの大きさである。
「やはり湖は涼しいですね。それにしても……どこかに良いネタありませんかねえ」
文は周りに取材対象になるようなものがないか周りを見回した。
「文だー。何してるの?」
そこに文よりも幼く見える少女が歩いてきた。
「チルノさん。何をしていたのですか?」
「えーとねー、いつものように蛙を凍らして遊んでたの。そしたらね……」
この幼く見える少女はチルノといい、彼女も人間ではない。妖精という種族である。彼女たち妖精は自然が無ければ存在する事はできない。自然が多く残っている幻想郷では、命を失うことは無く、ほとんどの場合は不死身といってもいいだろう。またチルノは氷の妖精なので夏場には重宝されている。
「ねえ、文聞いてるの?」
「あ、はい勿論聞いていましたよ。それにしてもチルノさんは夏にはいいですね。涼しいし……そういえばチルノさん、ここらで面白い事ありませんでしたか? チルノさん自身の話でもいいですけど」
「そういえば紅魔館が昨日くらいからうるさいよ。何かあるのかなあ」
「紅魔館ですか……ありがとうございます。行ってみますかね。ああチルノさんありがとうございました。ではまた」
「あ、うん。文またねー」
チルノと別れ、文は朝から何事かしているという紅魔館に向かうのだった。
紅魔館は悪魔とその従者が住む洋館である。この館の主人――吸血鬼のレミリア・スカーレット――が見た目もその内面も「子供」の為、館を管理しているのは彼女の従者である十六夜咲夜である。
「紅魔館といえば門番がいたはずですよね。まあすんなり入れるとは思いますが……」
文の予想通り紅魔館の門番、紅美鈴は昼寝をしていた。平和な幻想郷では紅魔館を襲撃するような者もいないと考えているのだろう。
そうして潜入取材を行うことにした文だが、悪魔の従者はそれを見逃してはいなかった。
「何をしているのかしら」
「咲夜さんでしたか。門番さんが寝ていらっしゃったので勝手に取材しています」
「美鈴……まあいいわ、美鈴には後でこちらからおしおきしておきましょう。もう一度聞くわ、何の為に紅魔館に来たの?」
「それはそうと今日は騒がしいですね。何かするのですか?」
「だから……まあいいわ。お嬢様がこの暑い夏の中働いているメイド達を労いたいとおっしゃったので、今はその準備ですわ。本当に働いているのか怪しいところではありますが……」
「その会に私も参加してもいいのでしょうか。折角の機会ですので取材したいと思うのですが」
「たぶん大丈夫だとは思うけれど、お嬢様の許可が無いと絶対とは言いきれないわね。どうしてもと言うのなら直接許可をもらってくださいね」
「分かりました。ではレミリアさんに会いに行きますね」
そうして文はお嬢様――レミリア・スカーレット――の元へ向かった。
「相変わらず広いですね。少しは客のことも考えて欲しいものです。
……おや何か騒がしいですね。何でしょうか」
そうして立ち止まった部屋は紅魔館の図書館だった。
「いつも勝手に本を持ってかないでって言ってるじゃない」
「そんなの関係ないぜ。私が欲しいから持っていくんだぜ」
「いい加減にしてよね。面倒だからできればおとなしくすませたいのだけれど」
「本なんてここにはいくらでもあるし一つくらいなら持っていってもいいじゃないか」
「そういう事じゃないのよ。私にとっては全部大事な本なの。それを分かってよ……」
図書館の中では動かない大図書館、パチュリー・ノーレッジと普通の魔法使い、霧雨魔理沙が激しく言葉を交わしてしていた。
「相変わらずパチュリーさんも甘いですね。本当に来て欲しくないなら、いくらでも対策できるのでしょうに。素直じゃないですね」
文はこの現場の写真を数枚撮り、その場を去り、レミリアの元へ向かった。
「確かここでしたよね」
文は一際大きな、扉の前に立っていた。ここが紅魔館の主人、レミリア・スカーレットの部屋なのだ。
「ここまで見栄を張る意味があるのでしょうか。まあ入りましょうか」
そして文はその大きな扉を開けた。
「いらっしゃい。待っていたよ。咲夜から聞いてるよ。今夜のメイドたちのねぎらいに記者として参加したいんでしょ? いいよ。その代わり目立つ様にばっと一面に今日の記事を書く事、それなら今日の催しへの参加を許可するよ」
レミリアは腕を広げながらそう言った。
「ええ勿論です。今日のことは記事にしますよ。大きくするかは分かりませんが……」
「それでも構わないよ。最悪でも記事になれば少しは目立つだろうし」
「ではそういうことで。それでいつから始まるのですか?」
「日が暮れてからの予定だよ。まだ時間があるからそれまでゆっくりしておけばいいよ」
「分かりました。ありがとうございます。それにしてもどうして突然メイドたちを労おうと思ったのでしょうか。過去にも何回か今回のような事をしていたみたいですが」
「今回で何回目だったかな……覚えてないね。メイドたちはよくやってくれているからね。少しは褒美を与えてやりたいと思ってたまにこういう事をしているの」
「なるほど一応考えてあったのですね。いつぞやの異変の様に考えもなしにしているのかと思っていました。流石、ひとつの館の主なだけはありますね」
「何か馬鹿にされているような気がする……」
「気のせいですよ。勿論馬鹿にするわけないじゃないですか……」
取り留めのないような事を話しているとやがて日が暮れて夜になった。文は何人かのメイド妖精に話しを聞いたが面白い事を聞き出すことができなかった。彼女らのほとんどは既に酒に酔っていて話せる状態ではなく、酔ってなくとも妖精たちで話し込んでいて、とても入り込める状態ではなかったためだ。
「これじゃ来た意味がないですね。妖精の視点からの紅魔館が聞けると思ったのですが……おやあそこにいるのは」
「……何で此処にあなた達がいるのかしら。お呼びではないはずよ。いつも勝手に潜り込んで……お嬢様に許可を取ってから参加してくれないかしら」
「また異変でも起こしてもらったら私が面倒だから何かしないか見張ってるのよ。あ、このお酒美味しいわね」
「相変わらず人の話しを聞かないわね……あなたも食べてばかりではなくて言い訳の一つでもしたらいかが?」
「食べながら話すなんて行儀が悪いぜ。本を借りに来たら何か面白いそうな事してるから霊夢も誘ってやってきたぜ」
「また勝手な。パチュリー様も何でこんな奴を許してるのかしら。パチュリー様の考えている事が分からないわね」
「こんにちは。霊夢さん、魔理沙さん。どうやって侵入したんですか」
「射命丸か。ここで何をしてるんだ。私たちは呼ばれたから来てるんだがお前も呼ばれたのか?」
「また嘘ついて。射命丸さんはお嬢様に許可を取ったからここにいるのですよ。あなた方とは違ってね」
「またそんな堅い事言って。そんな事ばかり言っていると老けるわよ」
「そうだぜ。素直になるといいぜ。折角いい酒が用意してあるんだ、お前の飲めばいいじゃないか」
「私が飲んでしまうと今日は給仕をする者がいなくなるのでやめておきますわ」
「また堅い事言ってる。気にしないで飲みなさいよ」
「霊夢さん、酔ってきてますね」
「ほらあんたも飲みないよ。私の酒が飲めないっていうの」
「あややや。出来れば飲まないでおきたかったですが。仕方ないですね。私も飲みましょう」
「お。いいじゃないその意気よ。ほら咲夜あんたも飲みなさいよ。この場で飲んでないのあんただけよ」
「霊夢がやけに絡んで怖いぜ。凄い酔ってるな」
「だから私は……お酒を押し付けないでくれる。今日は本当に飲めないんだから……」
「またそんな事いって……いい加減にしないと無理やり飲ますわよ」
「……仕方ないわね。なら一杯だけよ。それ以上は飲まないわよ」
「よしやっとのってきたわね。注いであげるからありがたく飲みなさいよ」
「盛り上がってきましたね。魔理沙さんも飲んでくださいよ」
「そろそろきついから少し休ませてほしいんだぜ」
「そんな事いったって夜は長いんですから。ほらどんどん飲んでいきましょう……」
そうしていくらかの時間がたち、妖精メイドたちの殆どは酒に酔い潰れて寝ている。それは人間の少女たちも同様であった。その様子を見ながら文はゆったりとした様子で酒を飲んでいた。
「あややや。皆さん寝てしまいましたか。皆さんまだまだですね」
「咲夜寝てるじゃないか。一緒にお酒を飲んで欲しかったのに」
「レミリアさんじゃないですか。まだ大丈夫そうですね。これからまた飲みませんか?」
「いや今日はもうやめておくよ。このメイドを連れて帰らないといけないからね」
「そうですか。残念です。咲夜さんはいつも頑張ってますからね。たまにはこういう風に気を抜くのも大事だと思いますね」
「そうだね。妖精メイドたちは所詮数合わせに過ぎないから実際咲夜がほとんどの雑務をこなしてくれる。だからこういう機会を作ってガス抜きをしてやらないとね。人間はいくら気丈に振舞っていても脆い。何かのきっかけで壊れてしまったら取り返しがつかないからね。」
「そこまで大事に思っているのなら、もう少し甘やかしてもいいのではないでしょうか」
「私が言っても咲夜は聞きいれてくれないよ。だからこのような機会を作ってやらないといけない。紅魔館の中にいる者たちには咲夜も気を遣ってしまうから部外者を入れないとならないんだよ。今回はその役をあなたや霊夢、魔理沙にしてもらったのよ」
「あややや。私は担がされていたのですね」
「気付いていたでしょうに。いちいち癪だねその言い方は」
「それは申し訳ありませんでした」
「悪いとも思っていないくせに。私の機嫌が悪くならない内に帰ることだね。出来れば霊夢と魔理沙も持っていってくれるとありがたいね。ここで寝られても邪魔なだけだし」
「これはまた無理難題を。このかよわい乙女に二人の少女を担いでいけだなんて」
「またそんな事を言う。それくらいなら出来るでしょうあなたなら」
「また怒らせてしまいましたか。分かりました。二人は責任を持って私、射命丸文が預からせていただきますね」
「頼むよ。私はこれからこのメイドを連れて帰るから」
「はい。では私は行く事にしましょう。速く帰って今日の事を記事にしないといけませんしね」
文はそうして紅魔館を後にした。
霊夢と魔理沙は神社に置いておくことにした。魔理沙もその方が何かと楽だろうという文の判断からだ。
そして自宅に帰った文はすぐ原稿に取り掛かった。今は夜がまだ明けていないので昼間の様に暑くないので記事をするする書く事ができた。
日が昇ってくる頃、文は背伸びをした。記事が完成したのだ。
「やっと終わりましたね。後はこれを印刷してもらうだけですね。印刷してもらう前にまずは腹ごしらえをしますか」
そう言うと文は席を立った。朝食を作るためだ。
机に置かれた新聞の原稿に書かれていた見出しはこうだった。
『記者は見た。幻想郷の一日――紅魔館の主の素顔――』
団扇で扇ぎ、涼を求めがらそう呟いた少女には申し訳程度に小さな翼がついている。
この少女は人間ではない。彼女のことを日本では天狗と呼び、1000年以上生きることができ、神とも妖怪ともいわれる空想の生物、即ち幻想の生物である。
しかしここ幻想郷では天狗の様な幻想の生物は珍しいわけでもない。幻想郷は外の世界で忘れられた、絶滅した生物が跋扈している世界である。彼女は天狗の中でも鴉天狗という種族で嘘八百の新聞を配って押し付けて回ったりするので、迷惑がる人間もいるが、逆にその新聞を楽しみにして、定期的に購読している人間や人間でない者もいる。
この暑い中、少女――鴉天狗の射命丸文――は新聞記事の案を考えていた。しかしこの暑さなので、頭も茹で上がってしまい、良い案が浮かぶはずもなかった。
外の世界では冬でも寒くなることはないといわれている。それは夏の暑さもきついものになるということだ。
「この暑さですし、記事にするなら……そうですね、霧の湖は涼しいですし、涼を取りながらネタ探しをするというのは魅力的ですね」
そう言い、彼女は立ち上がり、霧の湖に向かった。
霧の湖は昼間になるといつも深い霧に包まれているため大きい湖のように思われているが、実際は湖の一周を歩くのに一時間もかからないほどの大きさである。
「やはり湖は涼しいですね。それにしても……どこかに良いネタありませんかねえ」
文は周りに取材対象になるようなものがないか周りを見回した。
「文だー。何してるの?」
そこに文よりも幼く見える少女が歩いてきた。
「チルノさん。何をしていたのですか?」
「えーとねー、いつものように蛙を凍らして遊んでたの。そしたらね……」
この幼く見える少女はチルノといい、彼女も人間ではない。妖精という種族である。彼女たち妖精は自然が無ければ存在する事はできない。自然が多く残っている幻想郷では、命を失うことは無く、ほとんどの場合は不死身といってもいいだろう。またチルノは氷の妖精なので夏場には重宝されている。
「ねえ、文聞いてるの?」
「あ、はい勿論聞いていましたよ。それにしてもチルノさんは夏にはいいですね。涼しいし……そういえばチルノさん、ここらで面白い事ありませんでしたか? チルノさん自身の話でもいいですけど」
「そういえば紅魔館が昨日くらいからうるさいよ。何かあるのかなあ」
「紅魔館ですか……ありがとうございます。行ってみますかね。ああチルノさんありがとうございました。ではまた」
「あ、うん。文またねー」
チルノと別れ、文は朝から何事かしているという紅魔館に向かうのだった。
紅魔館は悪魔とその従者が住む洋館である。この館の主人――吸血鬼のレミリア・スカーレット――が見た目もその内面も「子供」の為、館を管理しているのは彼女の従者である十六夜咲夜である。
「紅魔館といえば門番がいたはずですよね。まあすんなり入れるとは思いますが……」
文の予想通り紅魔館の門番、紅美鈴は昼寝をしていた。平和な幻想郷では紅魔館を襲撃するような者もいないと考えているのだろう。
そうして潜入取材を行うことにした文だが、悪魔の従者はそれを見逃してはいなかった。
「何をしているのかしら」
「咲夜さんでしたか。門番さんが寝ていらっしゃったので勝手に取材しています」
「美鈴……まあいいわ、美鈴には後でこちらからおしおきしておきましょう。もう一度聞くわ、何の為に紅魔館に来たの?」
「それはそうと今日は騒がしいですね。何かするのですか?」
「だから……まあいいわ。お嬢様がこの暑い夏の中働いているメイド達を労いたいとおっしゃったので、今はその準備ですわ。本当に働いているのか怪しいところではありますが……」
「その会に私も参加してもいいのでしょうか。折角の機会ですので取材したいと思うのですが」
「たぶん大丈夫だとは思うけれど、お嬢様の許可が無いと絶対とは言いきれないわね。どうしてもと言うのなら直接許可をもらってくださいね」
「分かりました。ではレミリアさんに会いに行きますね」
そうして文はお嬢様――レミリア・スカーレット――の元へ向かった。
「相変わらず広いですね。少しは客のことも考えて欲しいものです。
……おや何か騒がしいですね。何でしょうか」
そうして立ち止まった部屋は紅魔館の図書館だった。
「いつも勝手に本を持ってかないでって言ってるじゃない」
「そんなの関係ないぜ。私が欲しいから持っていくんだぜ」
「いい加減にしてよね。面倒だからできればおとなしくすませたいのだけれど」
「本なんてここにはいくらでもあるし一つくらいなら持っていってもいいじゃないか」
「そういう事じゃないのよ。私にとっては全部大事な本なの。それを分かってよ……」
図書館の中では動かない大図書館、パチュリー・ノーレッジと普通の魔法使い、霧雨魔理沙が激しく言葉を交わしてしていた。
「相変わらずパチュリーさんも甘いですね。本当に来て欲しくないなら、いくらでも対策できるのでしょうに。素直じゃないですね」
文はこの現場の写真を数枚撮り、その場を去り、レミリアの元へ向かった。
「確かここでしたよね」
文は一際大きな、扉の前に立っていた。ここが紅魔館の主人、レミリア・スカーレットの部屋なのだ。
「ここまで見栄を張る意味があるのでしょうか。まあ入りましょうか」
そして文はその大きな扉を開けた。
「いらっしゃい。待っていたよ。咲夜から聞いてるよ。今夜のメイドたちのねぎらいに記者として参加したいんでしょ? いいよ。その代わり目立つ様にばっと一面に今日の記事を書く事、それなら今日の催しへの参加を許可するよ」
レミリアは腕を広げながらそう言った。
「ええ勿論です。今日のことは記事にしますよ。大きくするかは分かりませんが……」
「それでも構わないよ。最悪でも記事になれば少しは目立つだろうし」
「ではそういうことで。それでいつから始まるのですか?」
「日が暮れてからの予定だよ。まだ時間があるからそれまでゆっくりしておけばいいよ」
「分かりました。ありがとうございます。それにしてもどうして突然メイドたちを労おうと思ったのでしょうか。過去にも何回か今回のような事をしていたみたいですが」
「今回で何回目だったかな……覚えてないね。メイドたちはよくやってくれているからね。少しは褒美を与えてやりたいと思ってたまにこういう事をしているの」
「なるほど一応考えてあったのですね。いつぞやの異変の様に考えもなしにしているのかと思っていました。流石、ひとつの館の主なだけはありますね」
「何か馬鹿にされているような気がする……」
「気のせいですよ。勿論馬鹿にするわけないじゃないですか……」
取り留めのないような事を話しているとやがて日が暮れて夜になった。文は何人かのメイド妖精に話しを聞いたが面白い事を聞き出すことができなかった。彼女らのほとんどは既に酒に酔っていて話せる状態ではなく、酔ってなくとも妖精たちで話し込んでいて、とても入り込める状態ではなかったためだ。
「これじゃ来た意味がないですね。妖精の視点からの紅魔館が聞けると思ったのですが……おやあそこにいるのは」
「……何で此処にあなた達がいるのかしら。お呼びではないはずよ。いつも勝手に潜り込んで……お嬢様に許可を取ってから参加してくれないかしら」
「また異変でも起こしてもらったら私が面倒だから何かしないか見張ってるのよ。あ、このお酒美味しいわね」
「相変わらず人の話しを聞かないわね……あなたも食べてばかりではなくて言い訳の一つでもしたらいかが?」
「食べながら話すなんて行儀が悪いぜ。本を借りに来たら何か面白いそうな事してるから霊夢も誘ってやってきたぜ」
「また勝手な。パチュリー様も何でこんな奴を許してるのかしら。パチュリー様の考えている事が分からないわね」
「こんにちは。霊夢さん、魔理沙さん。どうやって侵入したんですか」
「射命丸か。ここで何をしてるんだ。私たちは呼ばれたから来てるんだがお前も呼ばれたのか?」
「また嘘ついて。射命丸さんはお嬢様に許可を取ったからここにいるのですよ。あなた方とは違ってね」
「またそんな堅い事言って。そんな事ばかり言っていると老けるわよ」
「そうだぜ。素直になるといいぜ。折角いい酒が用意してあるんだ、お前の飲めばいいじゃないか」
「私が飲んでしまうと今日は給仕をする者がいなくなるのでやめておきますわ」
「また堅い事言ってる。気にしないで飲みなさいよ」
「霊夢さん、酔ってきてますね」
「ほらあんたも飲みないよ。私の酒が飲めないっていうの」
「あややや。出来れば飲まないでおきたかったですが。仕方ないですね。私も飲みましょう」
「お。いいじゃないその意気よ。ほら咲夜あんたも飲みなさいよ。この場で飲んでないのあんただけよ」
「霊夢がやけに絡んで怖いぜ。凄い酔ってるな」
「だから私は……お酒を押し付けないでくれる。今日は本当に飲めないんだから……」
「またそんな事いって……いい加減にしないと無理やり飲ますわよ」
「……仕方ないわね。なら一杯だけよ。それ以上は飲まないわよ」
「よしやっとのってきたわね。注いであげるからありがたく飲みなさいよ」
「盛り上がってきましたね。魔理沙さんも飲んでくださいよ」
「そろそろきついから少し休ませてほしいんだぜ」
「そんな事いったって夜は長いんですから。ほらどんどん飲んでいきましょう……」
そうしていくらかの時間がたち、妖精メイドたちの殆どは酒に酔い潰れて寝ている。それは人間の少女たちも同様であった。その様子を見ながら文はゆったりとした様子で酒を飲んでいた。
「あややや。皆さん寝てしまいましたか。皆さんまだまだですね」
「咲夜寝てるじゃないか。一緒にお酒を飲んで欲しかったのに」
「レミリアさんじゃないですか。まだ大丈夫そうですね。これからまた飲みませんか?」
「いや今日はもうやめておくよ。このメイドを連れて帰らないといけないからね」
「そうですか。残念です。咲夜さんはいつも頑張ってますからね。たまにはこういう風に気を抜くのも大事だと思いますね」
「そうだね。妖精メイドたちは所詮数合わせに過ぎないから実際咲夜がほとんどの雑務をこなしてくれる。だからこういう機会を作ってガス抜きをしてやらないとね。人間はいくら気丈に振舞っていても脆い。何かのきっかけで壊れてしまったら取り返しがつかないからね。」
「そこまで大事に思っているのなら、もう少し甘やかしてもいいのではないでしょうか」
「私が言っても咲夜は聞きいれてくれないよ。だからこのような機会を作ってやらないといけない。紅魔館の中にいる者たちには咲夜も気を遣ってしまうから部外者を入れないとならないんだよ。今回はその役をあなたや霊夢、魔理沙にしてもらったのよ」
「あややや。私は担がされていたのですね」
「気付いていたでしょうに。いちいち癪だねその言い方は」
「それは申し訳ありませんでした」
「悪いとも思っていないくせに。私の機嫌が悪くならない内に帰ることだね。出来れば霊夢と魔理沙も持っていってくれるとありがたいね。ここで寝られても邪魔なだけだし」
「これはまた無理難題を。このかよわい乙女に二人の少女を担いでいけだなんて」
「またそんな事を言う。それくらいなら出来るでしょうあなたなら」
「また怒らせてしまいましたか。分かりました。二人は責任を持って私、射命丸文が預からせていただきますね」
「頼むよ。私はこれからこのメイドを連れて帰るから」
「はい。では私は行く事にしましょう。速く帰って今日の事を記事にしないといけませんしね」
文はそうして紅魔館を後にした。
霊夢と魔理沙は神社に置いておくことにした。魔理沙もその方が何かと楽だろうという文の判断からだ。
そして自宅に帰った文はすぐ原稿に取り掛かった。今は夜がまだ明けていないので昼間の様に暑くないので記事をするする書く事ができた。
日が昇ってくる頃、文は背伸びをした。記事が完成したのだ。
「やっと終わりましたね。後はこれを印刷してもらうだけですね。印刷してもらう前にまずは腹ごしらえをしますか」
そう言うと文は席を立った。朝食を作るためだ。
机に置かれた新聞の原稿に書かれていた見出しはこうだった。
『記者は見た。幻想郷の一日――紅魔館の主の素顔――』