Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

巻いて、巻いて、『かっぱ』巻き!

2010/10/31 00:46:22
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≪読む前に≫
この作品は、拙作「外界仕込みの防犯システム」の話が僅かに出てきます。
また、この幻想郷では海産物が手に入りにくいという独自解釈を含みます。



とある秋の幻想郷、昼下がりの魔法の森で普通の魔法使い、霧雨魔理沙が悩んでいた。

「かっぱ巻きって・・・なんだ?」

そう言って、魔理沙は年季の入った民俗学の本をそっと横に置いた。そして、思考を巡らせる。

我々の世界であれば、このかっぱ巻きはありふれた物に違いないが、外界・・・とりわけ海から隔絶された幻想郷においてこうした寿司・・・もとい巻き寿司の文化はあんまり無い。理由は、海が幻想郷に無いため、海産物である海苔がスキマ妖怪の気まぐれでもないと入手不可能であるが故の事。当然、この魔理沙も寿司についての知識には疎い。今一つイメージが掴めない魔理沙は、かっぱまき・・・かっぱまきとまるで呪文のように呟きながら窓から遠くを眺める。

「河童を巻くのか?」

呪文はか~っぱ、かっぱかっぱっぱ・・・と言う物に変わったが、ふと脳裏に、河童のエンジニア・河城にとりの顔が思い浮かぶ。そして、魔理沙の思考は、しごく単純な所へ落ち着いた。

「うん、きっとかっぱ巻きだから、河童に関係するものに違いない。」

そう考えた魔理沙は、箒を掴んでにとりの作業場に向かう事にした。


「にとりー、巻かせてくれー」
「ひゅいぃいい!!」

何とも言えない鳴き声と共ににとりは、腰かけていた椅子から転がり落ちた。挨拶云々より先に、巻かせろなんて言われてびっくりしない奴の方がおかしいとは思うが、にとりの予想を超えたオーバーリアクションに魔理沙は唖然とした。

「何もそこまで驚かなくても・・・」
「挨拶より先に巻かせろっていきなり言われて、びっくりしない河童はいないよ!」

両手を組んで、ふくれっ面をするにとり。それを見た魔理沙は、頭を掻きながらとりあえず謝る。そんなにとりもしばらくの間はご機嫌斜めな素振りを見せていたものの、徐々に魔理沙の話を聞く体制に入る。

「それにしても、巻かせてくれって。どうしたのさ?」
「いやぁ、私の読んでいた本にかっぱ巻きって書いてあってね。」
「そもそも、かっぱ巻きって私に関係あるの?」

本を開いて、該当箇所を指でなぞる魔理沙。にとりもそれに倣い、該当箇所を目で追う。

「その時の流行りがかっぱ巻きって書いてあるだろう?私が推測するに、河童を巻いてしまう物である事だと考えられるんだが。」
「本当かな~」
「それは分からない。だけど、河童でこんな事頼めるのはにとりしかいない。だから、ここまで来たんだ。」
「頼りにされているのは嬉しいね。」

ご機嫌は完全に直ったかな?そう考えながら魔理沙は笑顔をにとりに向ける。しかしながら、にとりは何かを考えている様子。

「仮にそうだとしても・・・私を巻いてどうするんだい?」

しばらくして、にとりがおずおずと尋ねるが、魔理沙の返答はしごくあっさりしたものであった。

「とりあえず実験だ、巻いたら何かが起こるのかもしれないし。」
「うーん。」

しばらくの後、意を決したにとりは魔理沙に、そっとこう告げた。

「他ならぬ盟友の頼みだしね、優しくしてよ・・・?」
「分かってるって。とりあえず、実際にやってみるか。」

にとりの同意を得られた所で、巻く物を探す魔理沙。しばらく作業場を見渡すが、にとりを巻くのに十分な長さのある物は見当たらない。そうこうしていると、にとりは魔理沙の肩を叩いてこう告げた。

「私を巻くなら、そこの布団がサイズ的にも丁度良いと思うんだけど。」
「おお、そいつはいい。」
「だけど、巻く物も考えとかないといけないんじゃない?巻くってったって、何でもいいとは書いて無かったでしょ?」
「それは、何も起きなかった時に考えよう。行動しないと、結果は出ないぜ。」

いそいそと布団を敷く魔理沙、敷けた所でにとりを寝かせる。そこで、魔理沙とにとりの目が合って、しばらく止まる。時間が止まったような何とも言えない感覚が彼女らの間を埋めていく。その膠着を打ち砕いたのは、にとりであった。

「何するかは分かってるけど、ちょっとドキドキするな。」
「まぁ、ただぐるぐる巻きにするだけだから、ちょっとだけ窮屈な思いをするかもしれないが・・・我慢してほしい。」
「分かった、じゃあ、実験開始ね。」

おう。短い返事とともに、布団の端をギュっギュっと握って感覚を確かめる魔理沙。そして、ゆっくりゆっくり布団ごと、にとりを押して巻き始めて行った。

ちょうどその時、にとりの作業場を訪ねようとしていた人がいた。

「さて、電気スタンドの改良は完了したのでしょうかねー」

呑気に鼻歌交じりに向かってくるのは、風祝・東風谷早苗である。彼女は、外の世界から持ってきた電気スタンドを幻想郷でも使えるようにしてもらうべく、技術屋であるにとりに依頼していたのである。

「こんにちはー、早苗です。」

返事は無い。変わりに、ドアのノックをやや激しくしてみる。

「留守ですか?お昼寝中ですかー?」

右手のノックをさらに激しくしながら左手でドアノブを回すと、軽い手応えが返ってきた。

「開いてる?」

留守ならカギをかける物だし、昼寝ならこれだけのノックをすれば多分気がつくはずだろう。不審に思った早苗はそう考え、袖にしまってある御幣を確認してから中に入る。万が一、賊か泥棒に遭遇して何かあった時の備えだ。普段の表情からは想像もつかない位にこわばった表情を浮かべながら慎重に歩を進める早苗。

その時、作業場の奥から物音がしたのを早苗は見逃さなかった。何が起こっているか分からない事への恐怖から足がすくみそうになったが、もしにとりに何かあったら助けなくてはいけないという使命感を思いっきり感情の前面に出して、前への一歩を踏み出す。

音のした方へ、一歩一歩確実に歩を進めていく。

「・・・にとりさんの自室、ですか」
作業場の主の部屋の前に早苗はいた。音の発生源はどうやらここだ、早苗はもう一度だけ御幣を確認してから、部屋の障子に耳を当てて様子を窺う。

「ちょっとぉ、強すぎ!」
「悪い、加減がわかんなかったから・・・どうしたらいいかな?」
「もっと優しくして欲しいね。」
「おう、じゃこうか!?」
「うん、良い感じ。魔理沙、上手だよ。」
「ありがとう、それはそれで・・・可愛いぜ。」
「こ、こんな時に何言ってるのさ!!」

「・・・こ、これは!!」
部屋から聞こえる声に早苗は我を失った。声の感じから推測すると・・・あんなことやこんなことを友人たちがしている。それを考えた早苗は顔面から煙が出そうな位赤くなった。
 「た、確かに・・・魔理沙さんとにとりさんは親交があると聞いていましたが、まさかそこまでの!!」
頭に登った血が、早苗の思考回路をショートさせるのにはそんなに時間はかからなかった。何が何だか分からなくなってきたが、とりあえず止めるのが最善の選択だという答えを頭の中ではじき出し、行動に出る。

「魔理沙さん、にとりさん、女同士でそんな事はいけません!!」

パーンという小気味良い音を立てて、勢いよく障子が開け放たれた。

「早苗?」
「何やってんだよ、顔真っ赤にして?」

早苗の視界には、布団で巻かれて頭だけぴょこっと飛び出したにとりとどこか満足そうな魔理沙が映る。

「なん・・・・ですって?」

か細い声と共に、緊張から解放された早苗はヘナヘナとその場に崩れ落ち、頭を床にぶつけてうずくまった。



「あの、これは、何をなさろうとしていたのでありますのでしょうか?」
「いやぁ、河童巻きを作ろうとしていただけなんだが。」

頭にたんこぶを作った早苗が正座のまま、向かい合って正座する魔理沙に説明を求める。盛大に勘違いをしていた早苗はかなりテンぱっており言動がおかしかったが、実験のつもりで真剣に巻いていた二人は、いたって冷静である。

「この本に書いてあった、かっぱ巻きを再現しようとしていたんだよ。」

早苗はにとりが差しだした本を手に取り、パラパラとめくる。そして、しおりが挟んであったページを熟読する。しばらくの沈黙の後、ため息交じりに早苗が魔理沙とにとりに語りかけた。

「かっぱ巻きだけに、河童巻いて見たとか・・・そんな感じですかね?」
「ああ、その通りだ。何か起こるんじゃないかと期待していたんだが。」

真顔で言う魔理沙に早苗は呆れた。知らないという事が、かくもまぁこんな間抜けな行動に人間を突き動かすのかと。常識に囚われてはいけないのを信条とする早苗でも、河童を布団でスマキにして河童巻きとするその発想を「はい、そうですか。」と理解するのには苦しんでしまった。苦虫を噛み潰したような顔を敢えてしながら、早苗はこう話をする。

「そりゃ、何も起こりませんよ。かっぱ巻きは元来そんな物じゃありませんから。」

―少女説明中。

「そうか、きゅうりを酢飯と海苔で巻いた料理の事を差すのか。」
「そうです。外の世界ではかなりポピュラーな巻き寿司ですね。多少の手持ちがあれば、それこそお腹一杯になる程度の量を買う事ができます。」

ほうほうと頷く魔理沙とにとり。盛大に勘違いしていた事に少しばかりの羞恥を覚えながら、話を聞く。ある程度説明が終わった所で魔理沙が早苗にこう告げた。

「海が無い幻想郷じゃ、海苔が貴重品でね。あんまり巻き寿司は食べられないんだよな。」
「ですよねぇ。外から持ってきた物も、ちびちび食べてるって感じですし。」

そんな事をいいながら早苗も頷く。対して、にとりは好物のきゅうりの話をされた事で、テンションが上がってきているようで・・・

「でも、きゅうりを酢飯と海苔で食べるのかい?河童的にはすごく興味があるんだけどなー」
目を輝かせながら早苗に言うにとり、すると魔理沙も。
「だが、海苔が貴重品であるという話を差し引いてもかっぱ巻きには興味がある。きゅうりはあるか、にとり?」
「そこの籠にたくさんあるよ。」

指さす先には緑の山。形の良いきゅうりが、こんもりと盛られている。魔理沙は満足そうに頷いた後、早苗にこう語りかける。

「飯は炊けば良いし、海苔は早苗の所にあるって話だよな?」
「ありますけど?海苔はその・・・・・貴重品ですのでー」

その言葉を聞いた魔理沙は、ぽんっと手を打った。そして、早苗にこう告げる。

「よし、そうと決まればすぐに行動だ!行くぜぇ!!」

勇ましい返事を言うか言わずか、きゅうりの入った籠を抱えて魔理沙は飛び立った。空に浮かぶ魔法の残滓が美しい軌跡を描き、守矢神社の方へと一直線に伸びていく。

「魔理沙さーん、ちょっと待って下さい。」
「せっかちだねぇ、魔理沙は。とりあえず守矢神社に向かえばいいのかな?」

ため息交じりに頷く早苗、にとりはやれやれと言う顔をしている。複雑な表情をしながら早苗が、飛ぶための精神統一を図ろうとしたところで。

「お前さんが頼んでた奴は、そこに置いてる。忘れずに持って帰ってよ。」
「は~い。」

にとりの一言を聞いた早苗は傍にあった電球を大事に抱えてから地面を蹴る。にとりも愛用のリュックをしょってから空を飛び、魔理沙の後を追い始めた。



「そろそろご飯が出来る頃だけど・・・早苗、遅いな。」

守矢神社の二柱の一柱、八坂神奈子は守矢神社の炊事場から視線を外して空を見上げた。オレンジに染まる夕焼けが視界に入る。カラスの声がそろそろ聞こえてくるかなぁと思いを馳せ、愛する風祝の帰りを待っていた。

「まだ、電球の改良が終わってないんじゃない?」

もう一柱である洩矢諏訪子がお気に入りの帽子を被りなおしながら、神奈子に言った。神奈子は腕組みをしてから思案の表情を浮かべ、再び空を眺めた。しばらくして、視界の端に高速でこちらに向かってくる物体を二柱は捉えた。

「おや、あれは・・・早苗かな?」
「いや、早苗の気は感じないよ。それに凄く速い。」
「万が一の事も無いとはいえないから、構えておくか。」

御柱を呼び寄せ迎撃態勢に入る神奈子。諏訪子も鉄の輪を装備し弾幕を展開できるように備えるが、高速で接近する物体が誰であるか理解した二柱はすぐに表情を緩めた。

「何だ、魔理沙じゃあないか。どうしたんだい?」
「ちょいと作りたい物があってね。」

豪快に着地を決めた魔理沙がパチンとウインク。箒から降りて、籠を差しだす。

「全長3メーター位あって動いたりする、お化けキノコの制作ならやめてね。」
「それは非常に魅力的な提案だが今日はそんな物騒なもんを作るつもりはない。」

少しだけもったいぶってから、もそもそと籠の中身を開けようとする魔理沙。すると、上空から追いついた早苗が。

「かっぱ巻きを作るんですよ。神奈子様~」
「おお、早苗。お帰り。」

早苗が慎重に着地を決める。セリフを取られた魔理沙が抗議しているが、軽くスルーしながら二柱に帰宅のあいさつを済ませる。その姿を見ていたにとりも、着地態勢に入る。

「にとりも来たのかい?」
「かっぱ巻きに惹かれちゃって。」

諏訪子と談笑するにとり。その光景を見ていた魔理沙は、ちょっとだけ拗ねた口ぶりで

「早く、かっぱ巻きを作ろうぜ。時間と腹の虫は待ってくれないんだぜ。」

と、皆を催促する。早苗はやれやれと言わんばかりの表情で、魔理沙とにとりを厨房に案内した。

「肝心の海苔はどこにあるんだ?」
「海苔は冷蔵庫に入れてあるんですよ。」
「ちなみに、私がここでも使えるように改造したんだ、具合はどうだい。」
「一度だけ冷却温度調節ダイヤルをうっかりルナティックにして、台所が冬眠どころか永眠まで可能な程度の銀世界になりましたけど、それ以外は特に問題は。」

―大アリじゃないか。魔理沙は苦笑した。だが、自分も冷気の魔法は使えるので、こうした箱を探してきて、冷凍保存できる装置を作るのも悪くは無さそうだ、そんな事を考える。そうこうしている内に早苗が冷凍室のドアを開けて、容器に入っていた黒い板状の物体を取り出してにとりに差しだしてから説明を始めた。

「海苔は凍らせておけば、長持ちしますし、風味が落ちないんですよ。」
「へぇ~」

掌に伝わる凍った海苔の冷気に、にとりの背中が少しだけぞくりとする。魔理沙もこの事を始めて知ったのか、興味津々の様子。早苗はこのままでは、先に進まないなと察知したので、にとりにこう言う。

「にとりさんは、海苔を解凍して、火であぶって下さい。焦がしてはいけませんよ。」
「了解!!」
「どれ、私も手伝うとしよう。早苗は、酢飯ときゅうりの支度に専念したらいい」
「はい。」

にとりと神奈子が囲炉裏で海苔の解凍作業にかかり始めたのを確認してから、早苗は魔理沙にエプロンを渡した。かわいらしい蛙のイラストが書かれた早苗とお揃いのエプロンを付けた魔理沙は、きゅうりを前にして早苗の指示を待つ。

「きゅうりは両端を切って、塩振って板ずりしてください。」
「それは他の料理でもやった事あるぜ。和食の基本だぜ。」

包丁を取ると素早くきゅうりのヘタを取る魔理沙。そのまま、板ずりを行う。その横顔は楽しそう。頃合いを見て、早苗は魔理沙に次の指示を出した。

「そろそろ水洗いしてから、縦長に8等分してください。」
「種は取った方がいいか?」
「そうですね。」

手つきを見れば、本当に慣れている事が早苗にも分かった。瞬く間に、種を取られて美しく切りそろえられたきゅうりが皿の上に載せられた。それを見るか見ないかの絶妙なタイミングで諏訪子が台所の障子を開けて入ってきた。

「ご飯、タライに入れてきたよ~」
「諏訪子様、すみません。」
「い~よ。久しぶりのかっぱ巻きだしね~」

諏訪子から差しだされたタライを受け取った早苗は、慎重に魔理沙の横に置く。すると、魔理沙は言葉やリアクション無きまま、タライを凝視していた。

「外の世界では、よく頭の上に落としたりしますけどね。お笑いのネタで。」
それを聞いた魔理沙の脳裏に、随分前に図書館で受けたトラップの事がよぎる。
「・・・ドリ符とかいう奴だろ?」
「そうですそうです。ご存じでしたか。」
「痛いほどにな。」

再び苦笑する魔理沙、そうか、やっぱり早苗は外の世界の人間だったんだなと考える。だが、そんな事に思いを馳せる暇は無い。目の前にある、艶々に炊けた白米をどうするのかを聞かなくてはならない。早苗の肩を叩き、調理を進めて良い旨の意思を伝える。

「お酢と、塩、砂糖を合わせて、寿司飯を作ります。」
「ちらし寿司と同じ感じだな。」
「基本は一緒ですからね。」

早苗が寿司酢の材料を升に入れて合わせると、流れ作業で熱々炊きたてのご飯に混ぜ込む魔理沙。湯気と共に立ち上るふんわりと甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐった。

「では、団扇を使ってこれを冷ますんですけど・・・ここは私に任せて下さい。」
「どうするつもりだ?」
早苗は目を閉じて素早く印を切り、団扇であおぐ程度の程良い風を発生させる。
「流石だな。早苗をお嫁さんにした奴は、酢飯を待たずに食えるぜ。」
「これは、幻想郷だから出来る事ですね。外の世界ではとてもとても。」

瞬く間に余分な水分が飛び、寿司飯の甘酸っぱい香りが台所に広がる。ぐぅ、というお腹の音がしたのを慌てて魔理沙が照れ隠ししながら。

「体は正直なんだぜ。」

出来たての寿司飯をちょっとだけつまむ。舌の上に甘酸っぱさが広がると同時に、魔理沙の顔がほころんだ。美味しく仕上がった事を確信した早苗は嬉しそうな表情を見せる。そこで再び厨房のふすまが開き、にとりが入ってきた。手には解凍された海苔が盛られたお皿があった。

「海苔、乾かしたよ。こんな感じでいいかな?」
「良いですよ。では、巻きに入りましょうか。」

早苗は戸棚から巻きすを取り出して広げ、香ばしさ漂う海苔を敷いてから、寿司飯、きゅうりの順に乗せていく。

「では、魔理沙さん、お願いします。」
「おう、まかしとけ。」

喜び勇んで巻き始める魔理沙。だが、力加減が分からずに、思い切り巻いてしまったものだから、かっぱ巻きはあっさりと崩れてしまう。

「あ、崩れた。」
「魔理沙さん、強すぎです。」
「巻き物はパワーじゃないのか?」
「丁寧に、ゆっくり巻いて下さい。それこそ、にとりさんを巻くみたいに優しく。」
「何かひっかかかる言い方だが・・・まあいいか。ほれっ。」

早苗のアドバイス通りに、優しく丁寧に巻く魔理沙。頃合いを見て、巻きすを外すとそこには、綺麗に巻きあがったかっぱ巻きが鎮座していた。

「上手に巻けましたー!」

早苗が元気よく言いながら拍手を送る。魔理沙も満足そうに自分の巻いたかっぱ巻きを眺めた。黒と白と緑のコントラストがとても美しいかっぱ巻きである。気を良くした魔理沙は次々にかっぱ巻きを巻いていき、数本のかっぱ巻きを拵えた。

「後は、一口大に切って、盛りつければ完成ってとこか?」
「はい。切る時に形を崩さないようお願いします。」

再び包丁を握り、かっぱ巻きに刃を入れる魔理沙。ザスッ、ザスッというきゅうりと海苔が切れる音がリズムよく聞こえてくる。そのリズムをぶった切って居間にいた神奈子が厨房に向けて。

「囲炉裏でお味噌汁、あっため直してるから。それと、今晩のおかずが冷蔵庫に入ってるよ。」
「ありがとうございます神奈子様、私はそちらの準備にかかります。魔理沙さんは、かっぱ巻きを居間に持っていって頂けますか?」
「分かった。」

魔理沙は大皿に盛られた大量のかっぱ巻きを卓袱台に置いて、にとりと並んで座る。その光景を眺めていた神奈子と諏訪子もやがてそれに続く。外を眺めるとすっかり日も傾き、夜の帳が下り始めていた。

「美味しそうだねぇ~。」

にとりのテンションはクライマックス。好物が美味しそうに料理されているのに嬉しい顔をしない方がどうかしている。

「なつかしいわ・・・お寿司屋さん早苗が小さい時によく行ってたよね。」

まだ外の世界にいた頃、幼かった早苗がお寿司さんにいったよ~と目をキラキラと輝かせて言っていた時の記憶が思い出され、諏訪子はすごく懐かしい気持ちになっていた。

「そうですね。ちっちゃい頃は、お寿司より、プリンとかデザートに目が行きがちでしたねー」

席を外していた早苗が返事をしながらお盆に、野沢菜漬と鯉の洗いを乗せて戻ってきた。その組み合わせに魔理沙はご機嫌になり、思わず口笛を吹いてから会話を続けた。

「外の世界の寿司屋というのは、デザートも作るのか?」
「いえ、出来あいの物ですけどね。」

魔理沙が感嘆の声を上げると同時に、本日二回目の腹の虫が鳴った。魔理沙は再び照れ隠しをしながら笑う。早苗もクスリと笑ってからそっと皆にこう言った。

「では、頂きましょうか。」

手を合わせる音と、いただきますの唱和。楽しい食事の始まりである。

「旨い!!」
「こんな美味しい食べ方始めてだよぉ~」
「がっつかなくても、まだ沢山ありますよ。喉に詰めたら大変ですからね。」

早苗の前で、次々にかっぱ巻きを平らげる魔理沙とにとり。その表情は嬉しさに溢れていた。早苗も、注意はしたものの穏やかな表情で魔理沙とにとりに負けぬようにかっぱ巻きを食べる。その様子を見ていた二柱は満足そうにしばらく見ていたが、ふと神奈子が

「ねえ、諏訪子。かっぱ巻きってさ、外の世界ではありふれた料理だったけど・・・」

そう、しんみりとした口調に語りかける。諏訪子はコリコリとかっぱ巻きをかじりながら、神奈子の方を向く。

「かっぱ巻き食べて、こうして幸せを共有できる事は、幻想の中だけの事ではあって欲しくないわね。」
「そうだね、神奈子。」

ぱりっ、シャクシャク・・・かっぱ巻きを食べる小気味よい音と団欒の喧騒が、幻想郷の秋の夜空に静かに、静かに染み入るように消えていった。

秋の静かな雰囲気が、守矢神社をゆっくりと包んだ時のなんでもない日常。

―幻想郷は今日も平和である。



このお話からしばらく後、河童主導の元で海苔の研究が開始され、スキマ妖怪の協力により海苔の養殖施設が妖怪の山に出来たり、かっぱ巻きが河童の間に大流行したりとかするのだが、それはまた別の話。
×→河童巻き(幻想郷に済む河童を何か適当な物で巻くジョーク)
○→かっぱ巻き(きゅうりを酢飯と海苔で巻いたお寿司の一種)

かっぱ巻きでググってみると、例の歌が早々にヒットしたのは御愛嬌かなぁと。

多分始めまして。タナバン=ダルサラームと申します。
色々あって、4年ぶりの東方SS執筆活動再開でございます。もし、久しぶりと言ってくれる人がいたら、凄くうれしいです。

リハビリに奇妙なテーマ(幻想郷に海は無い→海苔が手に入らないから、かっぱ巻きでちょっとした騒動が起きる)を選んでしまったので、なんかいろいろおかしな事になったけどにとりを布団で巻けたので後悔など微塵もございません。
後、おかずに野沢菜漬と鯉の洗いが出てきますが、これは長野県の郷土料理です。早苗達が長野県出身である解釈は、不思議としっくり来ますね。

誤字、脱字の指摘、感想などお待ちしております
タナバン=ダルサラーム
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