紅魔館 バルコニー。
庇の影の中でティーカップに注がれた紅茶を、館の主であるレミリア・スカーレットが適度な威厳とにじみ出る優雅さを醸し出しつつ口に含む。
注ぐのはもちろん、瀟洒なメイド長こと十六夜咲夜その人である。
天候は晴れ。吸血鬼にとっては文字通り天敵の日光が降り注ぐが、麗らかな陽気に映える門番自慢の庭園を眺めながらのティータイムも中々悪くない。
そんな高邁で気品あふれる時を堪能していると、ふとレミリアは気になった。
別にきっかけがあったわけではない。
ただ、ほんの些細なことが気になってしまった。
以前から薄々思ってはいたものの、何となく放置していた疑問。
それを今解決しようか、という気分になってきたのだ。
そして知らなければそれまでの真実を暴くべく、レミリアはそばの従者に声をかける。
「ねぇ、咲夜。ちょっと聞きたいんだけど」
「はい、お嬢様。なんなりと」
凛として、本当に何でも聞いたら答えてくれそうな雰囲気の返答。
レミリアは当然ながら遠慮なく質問を始める。
「あなた、弾幕張ったりする時ナイフを使っているわね」
「はい。銀製のナイフを使っています」
「でもそのナイフは私やパチェみたいに、魔力で具現化して飛ばしているわけではないのよね?」
「ええ。私にそのような能力はありませんから、普通のナイフで攻撃する外ありません。
ですから普段は狩りや料理にも使えますし、実際に使っていますわ」
前置きはここまで。レミリアはいよいよ核心に迫る。
「じゃあ一回の攻撃であんなにあんなにバンバン投げてたらいずれ無くなっちゃうじゃない。
どこからナイフを調達してるのよ?」
そう、これこそレミリアが館の中や隣で弾幕を展開する咲夜を見る度に、ずーっと引っかかっていたことなのだ。
普通のナイフなら、数は有限である。
あの銀色の滝のごとく大量に消費したら、あっという間に底をつくだろう。
では、手持ちが無くなったらどうするのか?
香霖堂で仕入れているのだろうか? 一本一本手作りしているのか?
まさか……館のどこかにナイフのストックがぎっしり詰まった広―い部屋があるとか――
「え、拾っていますけど」
「……は?」
サラリと、今晩の献立でも言うかのような咲夜のあっけない発言に、レミリアの紅茶が口元まで中途半端な高さでピタリと止まる。
そのまま目を細め、眉間にしわを寄せ、空いている方の手で帽子をくしゅくしゅいじる。
その態度を言葉で表すのなら、こうだ。
…………うそぉ?
「……ちょっと混乱しているわ。わかりやすく説明して貰えるかしら」
「はい。攻撃時はナイフを持てるだけ投げつけて乗り切ります。
で、対戦が一段落したら、大抵は地面に刺さっていたり落ちていたりするナイフを全て拾い集めているんです」
単純、そして明快。
投げたら拾う。至極道理にかなった話であるが、この予想を斜め上に横切られた感覚は何なのだろう、とレミリアは思う。
「それは、知らなかったわ」
「無理もありません。お嬢様と共に月の異変を解決した際は時間を止めた後、竹からナイフを引っこ抜いていました。
このような私事に、お嬢様を待たせる訳にはまいりませんから」
なるほど、気が付かないわけだ。
「屋内戦だと全部壁や床に刺さっているから楽なのですが、屋外での戦闘後に探すのは辟易します。
特に春を取り戻しに行った時など、一面の銀世界に刺さった銀のナイフを延々探し回ったのには心が折れかけましたわ」
「そ、そうなの。大変そうね……」
適当な相づちを打つレミリアは、ちょっとの好奇心で物凄い事実を知ってしまったな、と何ともいえない高揚感を覚えた。
こうして咲夜の底知れないポテンシャルについてまた一つ学び、レミリアは残りの紅茶を飲み干した。
そんな、どこまでも麗らかな午後のひと時であった。
【終】
へえ!初めて知った!
小町の銭投げは知らないけど宵越しの銭ってくらいだから拾ってないんじゃ
勉強不足ってのもそうですが自分の解釈が公式設定と同じっていうのは
喜べる事じゃないかなぁと思ったり