薄暗い図書館に、コツコツと響く足音。
急ぐでもなく遅過ぎもせず、歩幅も大きくも、かと言って小さくも無いだろう。
都会派は歩く事にさえ気を遣うらしい。否、遣わずとも優雅に振舞えるからこその都会派か。
私-パチュリー・ノーレッジ-は、本に視線を落としたままでその足音に耳を傾けていた。
一定のリズムを刻んでいた足音が、ピタリと止まる。私の許まではまだ遠い。
何かを考えているのか、何かを探しているのか。
ともかく、止まってしまった足音に思考を走らせながら、冷めてしまった紅茶を口に含む。
再び響く足音。段々と近付いて、やがて止まる。
「Trick or treat」
頭上から投げられた声に顔を上げれば、そこには七色の人形遣い-アリス・マーガトロイド-の姿が。
珍しく、恥ずかしそうに頬を朱に染めている。
「……頭でも打ったの?」
「わ、私だって別にこんな事言いたくなかったんだけど、魔理沙が」
「ああ、また下らない言い争いでもしたのね」
私の言葉に、アリスは無言で眉根を寄せた。
アリスと黒白-霧雨魔理沙-は犬猿の仲である。と周りには言うが、アレは喧嘩する程仲が良いの間違いではないかと思う。
でなければ、異変解決に行動を共にするなんて有り得ない。
その仲の良さに多少の羨ましさはあっても嫉妬にまで及ばないのは、きっと二人のじゃれ合う様が子猫のそれに見えるからだろう。
「それで、どうなの?」
「何が?」
「だから、お菓子か悪戯かって話」
少しばかりプリプリと怒った顔をして(それが恥ずかしいのを誤魔化す為だと判っているのでこちらとしては猶おかしいのだが)、アリスはテーブルの上に持っていたバスケットを置いた。
いつもよりも重量のありそうな音。香るバター。中身はパウンドケーキかもしれない。
「お菓子ならそこにありそうだけど?」
「私が持って来た物を貰ってどうするのよ」
人形が三体、バスケットの縁を持つ。そんな風に警戒しなくても、中身を取ったりはしないのに。
そんな事、アリスにだって判っている筈だ。だったら単純に手持ち無沙汰なのか、ああ、違う、やっぱり恥ずかしいだけか。
きっと何かしていないと落ち着かないのだろう。
そんなに恥ずかしいのならば、こんな事しなければ良いのに。
すぐ傍にある椅子に座りもせずに立ったままのアリスは、答えを聞くまでは動かないのかもしれない。
面倒臭い子。でも、それはそれで面白いと思ってしまう。
「そうね。ここにはお菓子は無いわ。咲夜を呼べば出て来るかもしれないけど。咲……」
親友-レミリア・スカーレット-の従者である十六夜咲夜を呼ぼうと発した彼女の名前は、けれど最後まで言い終わる事は無かった。
鼻先を掠めた金の髪。唇に柔らかい感触。
一瞬の、本当に一瞬の事だった。
「……じゃあ、悪戯しないとね」
反射的に口許に手を当てた私に、アリスのしたり顔。
目の前の蒼い瞳が少しだけ細められて、緩く笑う。
それは随分と楽しそうで嬉しそう。普段は冷静沈着を装うアリスも、変な所で子供っぽい。
机の上に手を乗せて、私の顔を覗くようにして見るアリスに私は溜め息を一つ零した。
この程度で私を驚かせようなどと、百年早い。
「ありきたりね」
「お遊びのようなものでしょ?」
「そうだとしても、魔法使いたる者、オリジナリティの欠如はいただけないわ」
「ぅぐぅ……」
言葉を詰まらせたアリスに、私は手を伸ばす。
指先が頬に触れた。
いつもならば温度の高い筈の私の指は、冷えたのだろうか、アリスの頬を温かいと感じた。
前髪をかき分けるようにして、こめかみから耳の外郭をゆっくりとなぞる。
「それはそれとして……」
「パ、パチュリー?」
戸惑いを含むアリスの声は少しばかり震えている。
「ねぇ、アリス。当然、続きは期待しても良いのよね?」
頬から顎へと指を滑らせて笑うと、目に見えてアリスの顔が赤く染まった。
「え、あ、あの、え、えぇ?」
自分から仕掛けておいて、いざ誘惑されたら困惑するだなんてどういう事なのだろう。
ああ、可愛くておかしな子。
慌てふためくアリスを尻目に、私はくつくつと笑った。
「か、からかったのね!」
「あら、心外ね。私は本気で言ったわよ。貴方の反応がおかしかっただけ」
顔を真っ赤にしたアリスは、更に顔を赤くした。耳まで赤くなっている。
それがどのような意味を持っていたのかはアリス以外に知りようの無い事ではあるが、私を笑わせた事は確かだった。
危うく咳が出そうになるところまで笑って、少し堪えた。ちょっと苦しい。
暫くは無言で俯いて、ただ息を整える。
ふと顔を上げると、まだ頬に朱を乗せたまま何かを言いたげな顔でアリスが私に視線を投げていた。
「何?」と訊こうとしたところで、轟音。
「Trick or treatだぜ!」
ドカーンと、扉が開いただけでは済まされない音がして、陽気な声と共に件の黒白が現れた。
箒に乗った魔理沙はいつもと変わらぬ様相で、箒以外の荷物は無いように見えた。
「ちょっと魔理沙、あんたねえ!」
魔理沙へと顔を向けたアリスのそれは普段の表情に戻っていて、その変わり身の早さに少しばかり驚かされる。
伊達に人里で人形劇などやっている訳ではないといったところだろうか。
二人の間ではすぐさまいつも通りの皮肉の応酬が開始されたようだった。
喧喧とした空気はここに似つかわしくないと、何度言えば学習するのか。
テーブルの上の人形達もアリスの加勢へと向かったようだった。
いや、一体はテーブルの上に取り残されている。
バスケットの傍をウロウロと、まるで何をして良いのか判らないように。
きっと、判らないのだろう。アリスからの命令が上手く伝わっていない。もしくは伝え忘れているのか。
手を伸ばして、その小さな肩に触れる。
嫌がる様子も無く、人形は私の手の中で大人しくしていた。
「こういう所が未熟だというのにね」
小さな頭をそっと撫でると、両手を上げて喜ぶような仕種をしてみせる。
自律はしていない筈なのに。そういった動作を予め組んであるのか。それとも……。
「パチュリー様ぁ……」
随分とくたびれた様子の小悪魔がフラフラとこちらへ歩いて来た。
大方、魔理沙にやられたのだろう。服のあちこちが汚れていた。弾幕ごっこの一つでも交わして来たのかもしれない。
「お茶を淹れてちょうだい」
「お茶、ですか?」
「そう、人数分。勿論、貴方の分もね」
普段の私ならば小言の一つでも零しただろうか。
被害報告でもしに来たのだろう小悪魔にそう頼むと、小悪魔はううんと首を傾げた。
「良いのよ。今日はハロウィンですもの」
そう言って、私は小さな人形と向き合う。
大人びて見えて青臭い貴方の主人が随分と面白い事をしてくれたから機嫌が良いなどと、口に出すつもりもないけれど。
で、結局、続きはあるのかしら?
思って私は小さく笑うのだった。
大人ですなぁ
とっても良かったです。
大好きすぎて鼻血が止まらないぜww
多分そっちの方はアリスのが上手っすよ~?
treat→アリスを食べる事
こういうことですねわかります
もっともっと増えないかなぁ…パチュアリ。
>アリスと黒白-霧雨魔理沙-は犬猿の中である。
犬猿の仲、ですか?
パチュアリもっと流行れ!