「漢字というものは、常に正しいのよ。パチェ」
「それは興味深い話ね、レミィ」
雨や雪や雹がまとめて降り、霊夢が上空を飛び回るテラスにてお茶をしている最中、レミィは唐突に言った。
彼女の発言はいつも、今のように突然だから困る。
それと、こんな悪天候の中でお茶を飲んでいるのは、レミィが「この最悪の天候の中、平然と外でお茶を飲めてこそのカリスマでしょ?」と言い出したからだ。
実際のところは、「こんな変な天気は異変に違いない」と解決へ向け躍起になる霊夢を、間近で見たいだけだろうが。
「ふむ。それで、その発言に、何か根拠はあるのかしら?」
「もちろん。例えば美鈴の『美』という漢字。あれは『大』きい『羊』は皆で分け合って食べられるから美しい、という所から来てるのよ」
「へえ」
あくまでも優雅に、そう答えるレミィ。
頭に雹がガシガシ激突しているのだが、痛くないのだろうか。
……いや、痛いんだろう。よく見れば涙目だ。
素直に、部屋へ入ればいいのに。
言わないけど。
ちなみに、私が平気な顔をしているのは、魔法を使っているからだ。こんなとき、魔法使いという種族はありがたい。
「他にも、『困』という漢字は『口』の中に『木』が入っているわ。そんな状況、たしかに『困』るでしょう?」
「まあ、そうね。でも、たった2例だけで証明と言えるかしら」
「ふふ、パチェならそう言うと思ったわ」
そう言うと、自信満々に「あれを見なさい!」と空飛ぶ巫女を指すレミィ。
まあ、何と見事な赤ドロワ。流石紅白巫女の名は伊達ではない。
「間違えた。あっち」
あふれ出す鼻血を抑えようともせずに、レミィはさっきと全く別の方向を指差す。
そこには、氷精と愉快な仲間たちが、この天気にも関わらず、元気に飛び跳ねているのが見えた。
単に、必死になって降り注ぐ雹を避けているようにも見えるが。それは私の気のせいというものだろう。
でも、どうしてあれが漢字と関係あるのだろうか。
「ふふ、その秘密はあの木よ」
「木?」
言われて、木の上を見れば、そこには最強の妖獣こと八雲藍が、心配そうに自らの式である橙を眺めている様子が見えた。
「なるほど。『木』の上に『立』って『見』るから、『親』というわけね」
「ええ、そうよ。ふふ、どう?私の言った通り、漢字は常に正しほぅふ!?」
特大の雹が脳天に直撃らしく、とうとうレミィは気絶した。
ピクピクと体を震わし、泡まで吹いている。
しかしそれに構っている暇はない。
私には、やらなければならないことがある。
『本当に、漢字は常に正しいのか?』
これを証明するため、私は辞書をひっくり返してあらゆる漢字を調べ上げ、実験へと繰り出した。
レミィによれば、漢字は常に正しいのだという。
本当だろうか。
『交』という字は、なべぶたに『父』という漢字をあてる。
つまり、父親……誰か、適当な子供を持つ男性の頭に鍋のふたを乗せれば、それが『交』わっている状態というわけだ。
しかし、残念な事に、私の身近な知り合いの中には『父』と呼べる存在がいない。
というか、男性の知り合いなんか殆どいないのだから仕方ない。
そこで、私は『父』を『乳』で代用する事を試みた。
この館で乳といえば、何といっても美鈴だ。
早速、私はこの天候の元昼寝をしている美鈴の乳に、なべぶたを挟んでみた。
「……おお。これは中々」
思いがけず素晴らしい光景を鑑賞していると、即座に咲夜がやって来て「お持ち帰りぃ!」と叫びながら美鈴を連れ去って行った。
今頃、寝室では、二人の『交』わりというネチョい光景が繰り広げられているのだろう。
なるほど。たしかに『交』という字は正しい。
レミィによれば、漢字は常に正しいのだという。
本当だろうか。
『絶』という字は、『糸』に『色』という漢字をあてる。
糸といえば、まず思いつくのはやはり蜘蛛。つまり、この漢字が正しい事を証明するには、土蜘蛛である黒谷ヤマメの元を訪れるのが適切だろう。
そんな訳で私は、蜘蛛の糸を求めて地底世界へと降り立った。
「貴女、誰?見ない顔ね」
目的の蜘蛛妖怪とは、すぐに出会う事ができた。
まあ、そもそも1ボスだし、そこまで苦労するとも思っていなかったが。
「初めまして、私はパチュリー・ノーレッジ。悪いんだけど、ちょっとばかり実験に付き合って欲しいの」
「実験?悪いんだけど、嫌よ。流石に、見ず知らずの相手の言う事をほいほい聞く訳にはいかないもの」
警戒心をむき出しにして、私に接してくる彼女。
いきなり『実験』などという不穏な単語を聞かされれば、それも当然というものだろう。
しかし、こちらとしてもその程度は予想済みだ。
「まあ、そう言うと思っていたわ。でも残念。魔女の好奇心は、貴女の想像以上に強いのよ」
そう言うと、私はヤマメのぶら下がる糸に向かって飛びつく。
要は強攻策。世の中、やったもん勝ちである。
作戦通りに、私は手早くさっさと彼女の糸に色を塗り始めた。
黒に茶、黄土、灰色。
あっという間に、糸は色鮮やかに染まっていく。
「ちょ、ちょっと!何してるのよ!」
「言ったでしょう?実験だって」
「私の糸に色を塗るのが!?そんなことして何になるって言うのよ!それに、塗るにしても何でそんな汚い色ばかり選ぶの!」
「汚いとは心外ね。黒は全ての色の波長を吸収する重要な意味合いのある色だし、茶は大地の象徴。万物を生成する土性の色で……」
「うるさいわ!って、あ、あれ!?何か、糸の調子が……」
言うや否や、ぷつりと糸が切れ、彼女は「ひああぁ!?」と悲鳴を上げながら落下していく。
私の予想していた通り、糸がペンキを塗られる事で濡れて弱くなって、切れてしまったようだ。
実験は大成功である。
これにより、『糸』に『色』を塗ると、その糸は『絶たれる』という事実がたしかに証明された。
なるほど。たしかに『絶』という字は正しい。
レミィによれば、漢字は常に正しいのだという。
本当だろうか。
『仲』という字は『人』に『中』という漢字をあてる。
これをそのまま解釈するなら、仲とは人の体の中、つまり内臓やら何やらということになってしまう。
魔理沙辺りを解剖してみようかとも思ったが、はたして中がどうなっていれば『仲』という字と繋がるのか分からないし、後々化けて出られても正直困る。
そこで、私はこの字を『人』に『中る(あたる)』と解釈する事にした。
まずは地下に行った際に連れてきたキスメと、おとり用の蛙を一匹用意する。
そして、目的地である霧の湖周辺の物陰へと待ち伏せる。
都合の良い事に、丁度、ターゲットであるチルノもやってきたようだ。
手近な木の後ろに隠れ、チルノがこちらに近づいてくる隙を伺う。
(そろそろいいかしら)
充分にチルノが近づいてきたところを見計らって、私は蛙を離した。
すると、チルノは計画通り「おぉ、いいものはっけーん!」と叫びながら、一目散に飛んでくる。
(今ね!)
私は、木の陰から桶を持ち上げると、チルノの正面に向かって差し出した。
計算通り、ごすん!と鈍い音が響き渡り、ぶつかり合ったチルノとキスメがお互いにひっくり返る。
「いぃ……いったいなあ……!もう!誰だか知らないけど、いきなり飛び出さないでよ!」
「……!(ビクビク)」
「あれ?あんた、本当に誰だか知らない子だ。初めましてだよね?」
「……(こくこく)」
「うんうん。やっぱりそうだ。ようし!じゃあ、一緒に遊ぼう!」
「……(?)」
「二人で遊ぶのかって?んーん!あたいだけじゃなくて、他の友達も一緒だよ!皆で遊んだ方が楽しいでしょ?」
「……(こくこく!)」
「決まり!案内するから、ついて来て!」
そんな会話を交わした後、二人は仲良く飛んでいった。
やはり『人』に『中る』と、その二人は『仲』が良くなるのだろう。
なるほど。たしかに『仲』という字は正しい。
その後も、私は再び地下に戻り、実験を続けていった。
古明地さとりの前でひたすら破廉恥な妄想をして、『心』に『耳』を傾けさせると『恥』ずかしがる、ということを証明したり。
霊烏路空に「貴女はバカよ。それも、幻想郷で1、2を争う程の大バカ」と1時間囁き続けて泣かせ、『酉(とり)』に真実を『告』げることが『酷』であることを証明したり。
星熊勇儀の胸の谷間を魔法で失くし、「返せぇ!私の胸返せぇ!」と言わせることで、『谷』を『欠』けさせると相手はそれを『欲』する、ということを証明したり。
もちろん、全てが順調にいくわけではなく。
さとりに「な、何というものを見せるんですか!このえろえろ魔法使い!」と、ぽかぽか殴られたり。
勇儀に凄まじい勢いで追いかけ回されて、一瞬本気で殺されるかと思ったりはしたものの。
概ね満足のいく結果を得られた私は、うきうき気分でスキップなどしながら家路に着くのだった。
「……以上の成果から、これらの漢字の成り立ちが、たしかに正しいという確証を得ることが出来た。今後の課題としては……」
カリカリとペンを走らせつつ、私は今日の実験で得られた成果をノートにまとめる。
別段どこかに発表したりする訳でもないが、これは魔女としての癖のようなものだ。
「……これらにの点に留意しつつ、これからも研究を続けたいと思う、と」
そこまで書くと、私はうーんと伸びをする。
珍しく一日アクティブに動き回っていたせいか、ひどく身体が重い。
書くべきことは全て書いてしまったし、少し早いが、今日はもう寝ることにしようか。
そう思い、私が立ち上がると同時。
突然、勢いよく図書館の扉を開け放つ者の姿があった。
「ちょっと!あんたね!?地底の連中に無茶苦茶してくれたの!」
入ってきたのは、こみ上げる怒りを隠そうともせずに、大声を上げる少女。
西洋風の出で立ちに、綺麗な金髪をしたその少女の姿には、私も憶えがあった。
「あら、入ってくるなり随分とご挨拶ね。えっと……三橋さんだったかしら?」
「水橋よ!水橋パルスィ!」
私のお約束のボケに対してつっこみを入れると、彼女はキッとした目でこちらを睨みつける。
「あんたのせいで、ヤマメは怪我するしキスメも地上で遊び呆けてるしさとりはやたら顔赤くして部屋から出ないし、どうしてくれるのよ!」
「妖怪ならその程度の怪我大したことないでしょうし、友達が増えたのはいいことじゃないかしら?」
「う、うぐっ。でもあんた、絶対もっと何かやってるでしょ」
「まあ、たしかにさとりには悪い事したし、結局勇儀の胸も、ぺったんこのままにしてきちゃったけど」
「あれもあんたの仕業か!勇儀が『こ、こんな私を見るなあ!』って恥ずかしがってて、私萌えすぎて大変だったのよ!」
怒鳴りながらも、怒りとは別の意味で顔を真っ赤にするパルスィ。
とりあえず、鼻からポタポタ垂れている血を何とかして欲しい。床汚れるし。
「あーもう、何か色々面倒くさくなってきたわ!」
「奇遇ね。私もよ」
「とりあえず、これでもくらえっ!」
そう言って彼女が放ったのは、野球ボール大の石ころ。
時速にして145キロはあるだろうか。とても避け切るのは難しい、どう対処すれば……などと考えている間に、石ころは、見事私の眉間にヒットした。
あまりの痛みに声も出せないまま、私はゆっくりと床へ倒れ伏せる。
「ざまあ見なさい!皆だけ構って私に何もしないから、そんなことになるのよ!」
……突然の暴行の理由は、完璧に逆恨みだった。
というか、何もされない事に対してすらも嫉妬するのか、この橋姫は。面倒な。
(嫉妬……?ああ、そうか。だから、弾幕じゃなくて石なのね)
パルスィの高笑いを遠くに聞きながら。
慌てて駆け寄ってくる小悪魔に一言「今までありがとう。さよなら」と言い残し、段々と薄れゆく意識の中で、私は一つ大事な事に気付く。
『女』が『疾』風の如く現われて『石』をぶつけること、これ即ち『嫉妬』なのだと。
やはり、レミィの言った通り、漢字というものは常に正しい……。
だがさとり様にした事に対してはGJと言っておく
て言うか死んだ!?
パチュリー様ぁー!?
アグレッシブなパチェさん面白かったですww