パチュリー・ノーレッジが管理する図書館の出入り口にほど近い場所。そこには、読書用のスペースとして大きなテーブルといくつかの椅子が置かれている。
その椅子の一つに紅魔館の主の妹であるフランドール・スカーレットが座っている。
一冊の本を開いたまま、椅子にもたれ掛かるようにしてすやすや、と。
そう、本を読まずに眠ってしまっていた。心地よい寝息を立てている。
図書館自体は薄暗く少し寒いくらいの温度しかない。しかし、読書スペースだけは季節に合った温度に調節されている。
葉が落ち始める今の季節は、少し暖かいくらいの温度となっている。
フランドールはその暖かさがもたらす眠気に負けてしまったのだ。本を読んでいて、少し眠いなぁ、と思って背伸びをした後に。
彼女は今、とても穏やかな表情をしている。誰も確かめようがないが、胎内の赤ん坊はこのような表情を浮かべているのではないだろうか。
彼女の姿を見た誰もがそう思ってしまいそうなくらいに、無防備な表情を浮かべているのだ。
けど、今は彼女以外に誰もいない。この図書館の主は広大な図書館の中で本を探しているし、司書のようなことをしている小悪魔もその手伝いで離れてしまっている。
ひどく、もったいない。
けど、そんな感情を持つ者は誰もいない。
見えてない、ということはそんなものなかった、というのと同等の意味であるのだから。
……
フランドール・スカーレットだけの静かで、穏やかな時間が過ぎていく。
邪魔者はいないが、物足りなくもある。
だけど、そんなことを気にする者はいない。
この空間にただ唯一存在するフランドールは眠っているのだから。そんなことを思う余地もない。
……ばたん。
不意に響く音。
それは、来訪者を告げる音。
それが、何者であるか、と疑問に思う者はいない。
その音は誰の耳に届かなかったか、認知されなかったのだから。それに、その来訪者はこの館に住む者ならば誰もが知っている者だから。
レミリア・スカーレット。紅魔館の主にして、図書館の主の友人にして、椅子に座って眠る少女の姉であった。
彼女はフランドールの姿に気づくと、出来るだけ足音を立てないようにしながら近づいていく。
いつも堂々と歩いているから、その姿は少々滑稽に映る。
けど、その姿は誰にも見られていない。彼女の最愛である妹は眠っているし、それ以外には誰もいなかった。
フランドールの傍まで寄ったレミリア。彼女は、妹の寝顔を瞳に映して笑みをこぼす。
それから、静かに椅子を引くと隣に腰掛け、フランドールの読んでいた本を手に取る。
妹の存在を感じていたいから傍に座った。
妹の読んでいる物を読んでみたかったから本を手に取った。
おおかた、そんなところだろう。
身体は少しフランドールの方へと傾いているし、眉をひそめながらもなんとか本を読み進めていっている。
ぱらり。
しばらくして、またぱらり。
だけど、その間隔も少しずつ大きくなっていく。それだけでなく、レミリアの瞼も次第に落ちてくる。
眠気に抗おうとするも、抗いきることは出来ない。
今日の睡魔はどこの悪魔よりも強い。
彼らは暖かさ、穏やかさと共になることで無敵となるのだ。
そして、ついにレミリアも陥落してしまう。せめてもの抵抗に、とフランドールに寄り添うようにして目を閉じた。
◆
「あら、フランにレミィまで寝てしまってるわね」
「そうですね-」
目的の本を見つけたらしいパチュリーと小悪魔の二人が読書スペースへと戻ってくる。二人とも、両手で抱えるほどの本を持っている。
「それにしても、二人とも幸せそうに寝てますねぇ」
小悪魔は出来るだけ音を立てないように静かに本を下ろす。そうしながらも、視線は二人の幼い吸血鬼姉妹へと向いていた。
一度起きたのか、それとも無意識的にその存在に気づいたのか、フランドールの表情は最初に眠っていたとき以上に幸せそうなものとなっている。
パチュリーも小悪魔も最初の寝顔を見ていないのだから気づきようもないのだが。
「全く持ってそうね。ここは、昼寝スペースじゃない、ってのに」
「そう言いながらも、口元が緩んでますよ」
小悪魔が小さく笑うと、パチュリーはバツの悪そうな表情を浮かべる。それから、誤魔化すように小さく咳払い。
「こあ、二人に毛布でも掛けてあげときなさい」
「はいはーい」
からかうような笑みを浮かべながら小悪魔は静かに駆け出していく。そんな司書の姿を見送りながら、パチュリーは二人の対面に座って本を置く。
それから静かに、彼女は読書を始めたのだった。
けど、彼女もまた睡魔に襲われる。
普段は滅多に眠るようなことなどしない。だが、今日は暖かさ穏やかさ共に睡魔が活発になるのに絶好の状態だった。だから、眠気が彼女を包み込む。
今日の睡魔は無敵である。
◆
二枚の毛布を手に小悪魔が戻ってくると、パチュリーは眠っていた。
最後まで負けじと頑張っていたのか、机に突っ伏してしまっている。けれど、ただで負けるつもりはなかったようで本はしっかりと閉じられていた。
そんなパチュリーの姿に小悪魔は苦笑を漏らしながら近づいていく。
手には二枚の毛布。けれど、眠っているのは三人。
悩む時間は零だった。
小悪魔は一枚の毛布を仲良く寄り添って眠るスカーレット姉妹へと掛ける。
それから、パチュリーの隣に座り、毛布を自分の肩と主の肩へと掛けた。
彼女は睡魔に抗うようなことはしなかった。
幸せそうな笑みを浮かべ、机に突っ伏すと静かに目を閉じた。
Fin
>あらかた、そんなところだろう
ここではあらかたではなくおおかたを使うべきでは?
間違っていたらすみません
私も段々眠気が……zzz
あったかくなるお話ですな
暖かい講義室に、教授の子守唄まで加わると、もう勝ち目はありません。
今から昼寝しようかなぁ…
気持ちよさそうだなあ。
とっても和みました。
こういうのふえるといいな…