「紫といい藍といい橙といい。
八雲姓の子はみぃんな、美味しそうよねえ」
うふふー、といつも通りどこか抜けたような笑顔で。幽々子様は私には理解でき
ないようなことを宣うのでした。
……と、いうよりは理解したくなかったという方が正しかったりします。
それにしても、さっき背筋に走ったのはなんだったのかな。
そういえば今日は夕飯時にお客様が来るって話だった。早く買い出しに行かない
と!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人里にて。
「あっ」
「おお、妖夢じゃないか。久しぶりだな。油揚げは渡さないからな」
お豆腐屋さんで藍さんと鉢合わせ。
いきなり臨戦体勢なのは止めてください。最強の妖獣はひとにらみですら人を殺
す(と紅魔館の知識人さんに聞きました)というのですから、半分死んでいる私は
どうなのでしょうか。あ、やだ、怖い。なんかこのお狐様本当に怖い。南無三。
こっちの心情を知ってか知らずか藍さんは涼しい顔でお勘定を済ませてしまって
いたようです。颯爽と豊かな金色に艶めくもふもふ…いえしっぽを揺らしながら
その場を去ろうとします。
「ら、藍さん、ちょっと待ってください!」
慌てて私は藍さんを呼び止めます。
不思議そうに藍さんは足を止めて振り返ります。私は品定めもそこそこに藍さん
に近寄って続きを話しました。
帰りたそうでしたし、手短に。
幽々子様に気をつけてください、と。
なんのこっちゃと首を傾げましたが、藍さんは頷いて帰っていきました。
私は満足して白玉楼へ帰りました。
そして幽々子様にお叱りを受けました。
人里に出向きながら、おゆはんの材料を買い忘れていたのです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
再び人里。もとい人里入口の寺子屋。
もう一度人里へとやってくると、寺子屋が終いの時間とちょうど重なりました。
せんせいさよーなら!またあした!
元気に、子供達はそれぞれの家へと帰っていきます。
そんな中に混じりふらりと揺れた、二本の黒いしっぽ。
橙ちゃんでした。
見たところ橙ちゃんはここの先生、慧音さんに教えをこうている、というよりは
おゆはんをせびっているようにとれました。
困ったように笑いながら寺子屋に戻る慧音さん。
しょぼんとうなだれた橙ちゃん、見るからに哀れっぽそうですが、生憎私は何も
持っていません。
仕方なくその場を後にして、買い物へ向かいました。
しばらくすると私の持ってきた買い物袋は、おゆはんの材料で一杯になりました。
さっき買いそびれたお豆腐(店主さんにおまけしてもらったがんもどきつき)、葱
にほうれん草に鶏肉、人参とかとにかく色々。今日は揚げ出し豆腐にしよう。あ
とはほうれん草のお浸しとか蒸し鶏とかつけといたらいいかな。うん、完璧。
われながら美味しそうな想像をしてしまって思わず唾を飲み込んでしまいました。
そんな私の横を誰かが横切ります。
振り返るとその誰かは橙ちゃんでした。
私は彼女を呼び止めます。橙ちゃんは私に気づいて近寄ってきてくれました。
些か満足げに見えるのは気のせいではなさそうです。どうやら慧音さんにおゆは
んを頂いたみたいで、ご飯粒がほっぺたについていました。
そのご飯粒を取ってあげるともったいないとばかりに指ごと舐められました。猫
の舌はざらざらでした。
と、油を売っている場合ではありません。私は急いで橙ちゃんに話します。
幽々子様に気をつけてね、と。
そうして告げたあと私は今度こそ白玉楼へ大急ぎで帰りました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
白玉楼にて。
「ただいま戻りました!」
「あら妖夢、おかえりなさい。お客様は未の刻からいらっしゃるそうよ」
「はい、急いで夕餉をお持ちしますね」
あと一、二時間はある。
急がなきゃ、幽々子様に恥をかかせてしまう!
私は大慌てでお勝手へ向かいました。
その時私は、夕餉のことで一杯で、あと一人の八雲姓をもつ方をあろうことか忘
れていたのでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
どこかの狭間にて。
結界の大きな歪みも見つからず、私は機嫌が良かった。ある意味上々といっても
過言ではないでしょう。
約束は未の刻だったかしら。まだ時間はあるけれど、驚かせてみたいわね。幽々
子のぽんやりしたあの顔を。
どんな風に驚いてくれるのか、考えただけで楽しくなってきて、私はスキマを開
き、行き先を白玉楼、幽々子がいそうなところへと定めた。
先ずは自室。桜の掛け軸が目に鮮やかで、こぢんまりとしているが風流だと
思う。
でも部屋の主はいなかった。
次にお勝手。
つまみ食いでもするでしょうと思い天井にスキマを開いたけれど、切羽詰まった
様子の妖夢しか見えない。
一体幽々子はどこに?
最後に思いついたのは客間だった。
なぜだかわからないけれど長年のカンかしら、とにかくスキマを開いた。
すると客間は縁側に座って優雅に庭園を鑑賞する目標の姿を見つけた。
一旦スキマを閉じて、今度は幽々子の真上にそれを開いた。
にゅっと逆さまにスキマから飛び出してこんにちは、ごきげんよう、なんて言っ
てみる。
「どう、びっくりした?」
私はそう問うつもりだった。
しかし問う前にスキマから引きずり出され、
硬い縁側に寝かされて、
気づいたら幽々子が馬乗りになっていた。ぞわっ、と何故か背筋に悪寒が
走った。
きっと原因は私の上にいる彼女でしょう。
そうして彼女は一言。
美味しそうね、と。
私の髪を一房掬い上げて、言った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
白玉楼、とある客間にて。
ようやく出来た夕餉を持って客間へやって来た私の目に飛び込んできたのは、
私の主とそのご友人が、もみくちゃになって縁側でごろごろすりすりぎゅっぎゅ
と転がっているところでした。
ああ、そういえば今日は朔の日でした。
あっさりと何かが納得できました。
とりあえず御膳を二つ、客間へ置きました。
「ちょっ、幽々子!いい加減離れて…っ夕餉も来たから、早く!」
「嫌よ、離さないわ。紫が他の誰かに食べられちゃうもの」
やり取りを聞きながら私は二人に近づきます。お二人とも、お食事の用意ができ
ました、と伝えに。
今日は朔の日。
理由はわからないけれど、幽々子様曰くとても寂しくて、「食べて」しまいたく
なるのだとか。とにかく理屈はわかりませんが、とっても寂しくなって、「食べ
ず」にはいられない。そんなことだそうです。
私も半霊も何度か巻き込まれているので慣れっこですが。どうやら紫様は存じて
なかったみたいですね。
だから帰り際の紫様に、私は言いました。
幽々子様に気をつけてください、と。
あと、橙はまだ八雲にはなって(ry
妖夢のボケっぷりに笑った