「いつまでそうやって不貞腐れてるつもり?」
パチュリー様はお読みになっている本から顔を離すと、向かいの席に座っている魔理沙さんに向かって声を掛けられました。
これはこあから見たら凄く珍しい光景です。あのパチュリー様が本より他の事を優先なされるなんて滅多に無い事ですから。
「別に……ふてくされてなんて無い。」
口ではそんな事言ってますけど、明らかに不貞腐れた様子の魔理沙さん。
そんな魔理沙さんに、パチュリー様は困り果てた表情で溜息を付かれました。
「何がそんなに気に食わないのかしら……? せっかく便宜を図ってやったと言うのに。」
パチュリー様は心から『理解出来ないわ』って顔をしていらっしゃいます。
これにはこあも賛同です。魔理沙さんはもっと欲望に素直な方だと思ってました。
「分からないか? だったら私はお前の正気を疑うぜ? ついこの間まで人の事やれ『こそ泥だ』、やれ『金髪ネズミだ』って散々言っていたじゃないか?」
だけどこあは思うのです。魔理沙さんの言い分もごもっともだって。
あれが愛情の裏返しだって、普通なら気付きませんよ。
それにしたって魔理沙さんは何を疑っているのでしょうか?
パチュリー様がやっと素直になったというのに、これでは進展も何もありませんっ。
ここは一つ、こあがビシッと言ってやらねば、ですっ!
「魔理沙さん──」
「こあ。」
だけどパチュリー様はこあに待ったを掛けました。
視線を私めに寄越すと、ふるふると横に首を振られます。
むぅ……分かりました、ここは一先ずパチュリー様に任せます。
言いかけた言葉を引っ込めて、私は渋々と身を引くことにしました。
「なんだよ……?」
きっと魔理沙さんだって、人を疑うことを気持ちが良いだなんて思ってない筈。
現に魔理沙さんの居心地の悪そうな顔ったら無いですから。
「魔理沙……そんなに警戒する事無いわ。私はただ、貴女にこの図書館を自由に使っていいと──」
「それが怪しいって言ってるんだぜ!?」
魔理沙さんの怒声にパチュリー様の肩がビクッと震えます。
今のはこあもちょっぴり驚きましたから、無理も無いです…………本当に、ちょっぴりだけですよ?
パチュリー様を思わぬ形で驚かせた事に非を感じたのでしょうか。
当の魔理沙さんは顔を覆い隠すように帽子を深く被り直しながら「わ、わりぃ……。」とだけ言って謝りました。
パチュリー様も、「い、いえ……。」と呟くだけで、他に何も言おうともしません。
こんな調子では埒があきません。
やはりここはこあの出番なのですよ……!
「魔理沙さん! 一体何がご不満なんですか!? 図書館を自由に出来るという事は、それすなわち図書館の司書たる私を自由に出来ると同義なんですよ!?」
こあから告げられた衝撃の事実に目をひんむかせる魔理沙さん。
全く、今更気が付くなんて。
(ぱ、パチュリー? こいつ一体、何言ってるんだ?)
(……ごめんなさい。余り気にしないでちょうだい。)
一瞬のアイコンタクトがパチュリー様と魔理沙さんの間で交わされます。
むっ。こあを除け者にするなんて不届き千万ですっ!
「パチュリー様もパチュリー様ですっ!」
「…………(はぁ)今度は何?」
それはそれは大きな溜め息をパチュリー様は付かれました。
なんだかこあの言う事なんてどうでもいいと、暗に言っているようです。
まさかパチュリー様までこあを見くびっていたなんて……正直しょんぼりしちゃいます。
……でもこれくらいではこあはへこたれませんっ!
ここでのこあの頑張りが、パチュリー様の幸せに、しいてはこあの幸せに繋がるのですからっ!
「そんな消極的な態度でどうするんですかっ! 本気で魔理沙さんを愛しているのなら、もっと大胆に攻めるべきです!」
「な、な、な、な○×△※!?」
図星を指された為か、言葉にならない声をあげるパチュリー様。
魔理沙さんは魔理沙さんで、目を点にして驚いています。
どうですかっ!? こあの観察力はダテでは無いのですっ!
「魔理沙さんもですよ!?」
「え……? 私?」
「そうです! パチュリー様の好意に今の今まで気付かなかったなんて、にぶちんにも程がありますっ!」
「パチュリーが……私を──?」
最初は唖然としていた魔理沙さんでしたが、事態を飲み込めてきたのか徐々にその頬を朱に染め始めました。
どうやら、漸くご理解頂けたみたいですね。
「パチュリー……本当、なのか?」
「ち、違うのよ!? 魔理沙!? わ、私は──」
もう! パチュリー様ったら、せっかくこあが仲を取り持ってあげてると言うのに、まだそんな事を言っているんですか!?
「違わないです! 二人はこのあと深い愛情で結ばれて……そして魔理沙さんはこあのもう一人のご主人様に!
そう! ずっとこあの夢だった理想の家族がついに出来上がるんです……!」
こあは物心ついた頃にはパチュリー様の元にいて、だからパチュリー様を心の中ではずっと『お母さん』だと思ってきました。
だけどこあには『お父さん』がいません。だからいつか、パチュリー様のお婿さんになる方が、こあの『お父さん』になるのだと、ずっと思ってました。
「「………………は?」」
あんぐりと口を大きく開けたお二人は、本当の夫婦のように息がぴったり。
やはりお二人は結ばれる運命だったのですっ……!
「あっ、魔理沙さん? ちょっと早いですけど、これからは“お父さん”とお呼びしても良いですか?」
「気を…………悪くしないで頂戴ね? あの子……こあは見た目以上に幼いのよ……色々と。」
私が紅魔館の玄関先まで出張るなんて何時以来かしら?
今まさに帰ろうとしている魔理沙の背中に声を掛けながら私は思った。
これも全てこあのせい……全く、頭が痛いったらありゃしない。
「そう……なのか?」
魔理沙は首を振り向かせてくれたけど、深く俯いてしまった顔までは上げてくれなかった。
それでも、弁解の余地は今を持って他にない……!
だから私は意を決して予め用意していた言葉を一気にまくし立てた。
「そうなのよ……! 実はあれで、中身はまだ幼い子供なのよ!
司書の仕事に都合が良かれと思ってあの姿をさせてるだけで!
あと妙に知識があるのは図書館の本を読み漁ってるせいで……。
でもどんなに知識を身に付けてもまだ甘えたい盛りみたいで……その──」
違う……こんなんじゃない。
魔理沙が求めてる答えはこあの事なんかじゃない筈。
分かってる。分かってるけど……口にするのを躊躇った。
それは──
「……パチュリー。お前はどうなんだ? どうしてお前は──」
──魔理沙を傷付けてしまうと思ったから。
「…………ごめんなさい、魔理沙。私にはこあの言うような感情とかは無くて……。
ただ将来貴女が本当の魔法使いに成るのならば、準備は早い方が良いだろうと……余計なお世話だったかしら?」
ひょっとしたら魔理沙は怒ってるのかも知れない。
私は言い知れぬ不安に苛まれながらも、顔を上げてくれない魔理沙に問い掛けていた。
「迷惑……って事は無いけど。どうして私なんかの為に?」
「貴女を……勝手に後輩のように思っていたの。そう、ずっと……弟子とか、私はとった事は無いけど、もし貴女ならばと思ったこともあるわ……!」
胸の内を晒すなんてこと、魔女としては失格だと思うけど……どうしてかしら。
今回ばかりはそうも言っていられない気がした。
「そっか……。」
それっきり、魔理沙も私も黙り込んでしまった。
私達の間だけが重苦しい空気に包まれている様にすら感じられる。
長い長い沈黙の中、私は考えた。
魔理沙は納得してくれたのかしら?
もし駄目なら次はなんて言えばいい?
正しいと思いえる解が全く思い浮かばない……こんな事は初めてだ。
魔理沙に図書館の使用を許可しようと思い付いた時は、本当に素晴らしい考えのように思えたのに……。
まさかこんな事になるなんて……。
最悪のケース、もう此処へは来てくれないかもしれない──そう思ったとき、急に胸を締め付けられたような感覚に陥った。
苦しい……でも、どうして?
「パチュリー。」
「え……?」
いつの間にか、顔を伏せていたのは私の方になっていた。
魔理沙に名を呼ばれ、咄嗟に顔をあげる。すると彼女は、顔を上げて困ったような笑みを浮かべていた。
「また来るよ……あいつ(こあ)の為にも。」
魔理沙はそれだけ言い残すと踵を返し、館を包む深い霧の中へと飛び去って行った。
とくんっ
私の胸がちょっとだけ……そう、ほんのちょっとだけ、高鳴った。
そんなはず無い、これきっと気の迷い──こあに妙な事を吹き込まれて、心が動揺しているだけ……きっとそうよ!
だって彼女は私よりずっと年下で、そう! 可愛い後輩よ!……それ以上でも、以下でも無いんだから……!
何だか胸の奥が疼いて仕方ないのは、恋のせいなんかじゃないと必死になって自分に言い聞かせる私だった。
パチュリー様はお読みになっている本から顔を離すと、向かいの席に座っている魔理沙さんに向かって声を掛けられました。
これはこあから見たら凄く珍しい光景です。あのパチュリー様が本より他の事を優先なされるなんて滅多に無い事ですから。
「別に……ふてくされてなんて無い。」
口ではそんな事言ってますけど、明らかに不貞腐れた様子の魔理沙さん。
そんな魔理沙さんに、パチュリー様は困り果てた表情で溜息を付かれました。
「何がそんなに気に食わないのかしら……? せっかく便宜を図ってやったと言うのに。」
パチュリー様は心から『理解出来ないわ』って顔をしていらっしゃいます。
これにはこあも賛同です。魔理沙さんはもっと欲望に素直な方だと思ってました。
「分からないか? だったら私はお前の正気を疑うぜ? ついこの間まで人の事やれ『こそ泥だ』、やれ『金髪ネズミだ』って散々言っていたじゃないか?」
だけどこあは思うのです。魔理沙さんの言い分もごもっともだって。
あれが愛情の裏返しだって、普通なら気付きませんよ。
それにしたって魔理沙さんは何を疑っているのでしょうか?
パチュリー様がやっと素直になったというのに、これでは進展も何もありませんっ。
ここは一つ、こあがビシッと言ってやらねば、ですっ!
「魔理沙さん──」
「こあ。」
だけどパチュリー様はこあに待ったを掛けました。
視線を私めに寄越すと、ふるふると横に首を振られます。
むぅ……分かりました、ここは一先ずパチュリー様に任せます。
言いかけた言葉を引っ込めて、私は渋々と身を引くことにしました。
「なんだよ……?」
きっと魔理沙さんだって、人を疑うことを気持ちが良いだなんて思ってない筈。
現に魔理沙さんの居心地の悪そうな顔ったら無いですから。
「魔理沙……そんなに警戒する事無いわ。私はただ、貴女にこの図書館を自由に使っていいと──」
「それが怪しいって言ってるんだぜ!?」
魔理沙さんの怒声にパチュリー様の肩がビクッと震えます。
今のはこあもちょっぴり驚きましたから、無理も無いです…………本当に、ちょっぴりだけですよ?
パチュリー様を思わぬ形で驚かせた事に非を感じたのでしょうか。
当の魔理沙さんは顔を覆い隠すように帽子を深く被り直しながら「わ、わりぃ……。」とだけ言って謝りました。
パチュリー様も、「い、いえ……。」と呟くだけで、他に何も言おうともしません。
こんな調子では埒があきません。
やはりここはこあの出番なのですよ……!
「魔理沙さん! 一体何がご不満なんですか!? 図書館を自由に出来るという事は、それすなわち図書館の司書たる私を自由に出来ると同義なんですよ!?」
こあから告げられた衝撃の事実に目をひんむかせる魔理沙さん。
全く、今更気が付くなんて。
(ぱ、パチュリー? こいつ一体、何言ってるんだ?)
(……ごめんなさい。余り気にしないでちょうだい。)
一瞬のアイコンタクトがパチュリー様と魔理沙さんの間で交わされます。
むっ。こあを除け者にするなんて不届き千万ですっ!
「パチュリー様もパチュリー様ですっ!」
「…………(はぁ)今度は何?」
それはそれは大きな溜め息をパチュリー様は付かれました。
なんだかこあの言う事なんてどうでもいいと、暗に言っているようです。
まさかパチュリー様までこあを見くびっていたなんて……正直しょんぼりしちゃいます。
……でもこれくらいではこあはへこたれませんっ!
ここでのこあの頑張りが、パチュリー様の幸せに、しいてはこあの幸せに繋がるのですからっ!
「そんな消極的な態度でどうするんですかっ! 本気で魔理沙さんを愛しているのなら、もっと大胆に攻めるべきです!」
「な、な、な、な○×△※!?」
図星を指された為か、言葉にならない声をあげるパチュリー様。
魔理沙さんは魔理沙さんで、目を点にして驚いています。
どうですかっ!? こあの観察力はダテでは無いのですっ!
「魔理沙さんもですよ!?」
「え……? 私?」
「そうです! パチュリー様の好意に今の今まで気付かなかったなんて、にぶちんにも程がありますっ!」
「パチュリーが……私を──?」
最初は唖然としていた魔理沙さんでしたが、事態を飲み込めてきたのか徐々にその頬を朱に染め始めました。
どうやら、漸くご理解頂けたみたいですね。
「パチュリー……本当、なのか?」
「ち、違うのよ!? 魔理沙!? わ、私は──」
もう! パチュリー様ったら、せっかくこあが仲を取り持ってあげてると言うのに、まだそんな事を言っているんですか!?
「違わないです! 二人はこのあと深い愛情で結ばれて……そして魔理沙さんはこあのもう一人のご主人様に!
そう! ずっとこあの夢だった理想の家族がついに出来上がるんです……!」
こあは物心ついた頃にはパチュリー様の元にいて、だからパチュリー様を心の中ではずっと『お母さん』だと思ってきました。
だけどこあには『お父さん』がいません。だからいつか、パチュリー様のお婿さんになる方が、こあの『お父さん』になるのだと、ずっと思ってました。
「「………………は?」」
あんぐりと口を大きく開けたお二人は、本当の夫婦のように息がぴったり。
やはりお二人は結ばれる運命だったのですっ……!
「あっ、魔理沙さん? ちょっと早いですけど、これからは“お父さん”とお呼びしても良いですか?」
「気を…………悪くしないで頂戴ね? あの子……こあは見た目以上に幼いのよ……色々と。」
私が紅魔館の玄関先まで出張るなんて何時以来かしら?
今まさに帰ろうとしている魔理沙の背中に声を掛けながら私は思った。
これも全てこあのせい……全く、頭が痛いったらありゃしない。
「そう……なのか?」
魔理沙は首を振り向かせてくれたけど、深く俯いてしまった顔までは上げてくれなかった。
それでも、弁解の余地は今を持って他にない……!
だから私は意を決して予め用意していた言葉を一気にまくし立てた。
「そうなのよ……! 実はあれで、中身はまだ幼い子供なのよ!
司書の仕事に都合が良かれと思ってあの姿をさせてるだけで!
あと妙に知識があるのは図書館の本を読み漁ってるせいで……。
でもどんなに知識を身に付けてもまだ甘えたい盛りみたいで……その──」
違う……こんなんじゃない。
魔理沙が求めてる答えはこあの事なんかじゃない筈。
分かってる。分かってるけど……口にするのを躊躇った。
それは──
「……パチュリー。お前はどうなんだ? どうしてお前は──」
──魔理沙を傷付けてしまうと思ったから。
「…………ごめんなさい、魔理沙。私にはこあの言うような感情とかは無くて……。
ただ将来貴女が本当の魔法使いに成るのならば、準備は早い方が良いだろうと……余計なお世話だったかしら?」
ひょっとしたら魔理沙は怒ってるのかも知れない。
私は言い知れぬ不安に苛まれながらも、顔を上げてくれない魔理沙に問い掛けていた。
「迷惑……って事は無いけど。どうして私なんかの為に?」
「貴女を……勝手に後輩のように思っていたの。そう、ずっと……弟子とか、私はとった事は無いけど、もし貴女ならばと思ったこともあるわ……!」
胸の内を晒すなんてこと、魔女としては失格だと思うけど……どうしてかしら。
今回ばかりはそうも言っていられない気がした。
「そっか……。」
それっきり、魔理沙も私も黙り込んでしまった。
私達の間だけが重苦しい空気に包まれている様にすら感じられる。
長い長い沈黙の中、私は考えた。
魔理沙は納得してくれたのかしら?
もし駄目なら次はなんて言えばいい?
正しいと思いえる解が全く思い浮かばない……こんな事は初めてだ。
魔理沙に図書館の使用を許可しようと思い付いた時は、本当に素晴らしい考えのように思えたのに……。
まさかこんな事になるなんて……。
最悪のケース、もう此処へは来てくれないかもしれない──そう思ったとき、急に胸を締め付けられたような感覚に陥った。
苦しい……でも、どうして?
「パチュリー。」
「え……?」
いつの間にか、顔を伏せていたのは私の方になっていた。
魔理沙に名を呼ばれ、咄嗟に顔をあげる。すると彼女は、顔を上げて困ったような笑みを浮かべていた。
「また来るよ……あいつ(こあ)の為にも。」
魔理沙はそれだけ言い残すと踵を返し、館を包む深い霧の中へと飛び去って行った。
とくんっ
私の胸がちょっとだけ……そう、ほんのちょっとだけ、高鳴った。
そんなはず無い、これきっと気の迷い──こあに妙な事を吹き込まれて、心が動揺しているだけ……きっとそうよ!
だって彼女は私よりずっと年下で、そう! 可愛い後輩よ!……それ以上でも、以下でも無いんだから……!
何だか胸の奥が疼いて仕方ないのは、恋のせいなんかじゃないと必死になって自分に言い聞かせる私だった。
その発想は無かった…。
パチュリーは、他人には一切無関心なイメージがあります。
それでも、レミリアみたいな限られた人に対してのみの感情が深いような気がしたり。
弟子とか後輩という関係はあまり見たことなかったな……
なんか幼子を連れた母子の再婚ストーリーみたいな雰囲気で何かワクワクした。