紅の悪魔の住む館-紅魔館。
今日も慌しい一日が始まろうとしていた。
メイド長である私、十六夜咲夜は、主人であるレミリア・スカーレットの就寝を確認すると、部下のメイド達に仕事を割り振ると、自身の担当する仕事を始めた。
通常のメイドの10倍を超える仕事を何とか昼前に片付けると、部下の仕事ぶりを確認する為、紅魔館内の見回りを始めた。
遊んでいるメイドにはナイフによる教育的指導を行ない、広大な館内、庭園を見回り、最後に紅魔館の正門にやってきた。
そして、門番である紅美鈴を見てと溜息をつくことになった。
美鈴は足を投げ出し、門柱に背を預けた格好で眠っていた。
美鈴は優秀な門番であることはわかっている。
最初は信じられなかったが、美鈴は眠ったままでも、紅魔館に悪意や害意、殺意を持つ者を感知する事ができる。
感知すれば、自然と目を覚まし、迎撃も行なってきた。
しかし、紅魔館は以前とは違う。紅霧の異変以後は少しではあるが人里との交流もできた。
時には里の者が配達を請け負い、紅魔館まで来ることもある。
敵意、害意を持たぬ里の者達が近付いても美鈴は眠ったままである。
これは見栄えが悪い。紅魔館の威厳、惹いては主人であるレミリア・スカーレットの威厳にも傷がつきかねない。
仕方なく、ナイフを使い教育的指導をしようと思った瞬間、美鈴の脚の上に居る存在に気付いた。
身体を丸めて眠る猫が居たのである。
私は猫が好きだ。理由も、いつからかも、わからないが猫が好きになった。
一時期、私自身、ねこ度を上げようとしたが、性格的に合わないので諦めた。
ならば猫を飼おうとしたが、猫が全く近寄りたがらずに、触る事すら困難だった。
時間を止めて猫を抱いた事も合ったが、時間が動き出すと同時に暴れて、逃げられてしまった。
そんな事を何度か繰り返すうちに、飼う事も諦め、取り合えず触る事だけを目標にする事にしてきた。
猫を起こさぬようにそっと近付き手を伸ばす。猫まであと10cmまで手を伸ばした時に猫の耳が動く。
一瞬手を止めると、猫は顔を上げ、私を見ると、脱兎の如く逃げていってしまった。
私は逃げてしまった猫の後姿を見ながら、八つ当たりする様に美鈴にナイフを3本投げつけた。
投げたナイフは全てが美鈴に刺さり、漸く美鈴が目を覚まし欠伸をした。
そして、寝起きの美鈴と目が合った。
瞬間、美鈴は正座をすると脂汗を流しながら言い訳を始める。
「咲夜さん、おはようございます!私は寝ていませんでしたよ!」
「おはよう、美鈴。寝ていなかったのなら、何故、『おはようございます』なのかしら?もうお昼なのに。起きていたのなら当然気付いている筈よね。」
「……えっと……それはですね……その……」
「素直に答えないなら、おゆはんは抜きね。」
「ごめんなさい。寝てました。」
「素直で結構。でも、前にも言ったわよね。門番とは紅魔館の顔。その貴方が居眠りしているなんて、お嬢様の威信に傷をつけることになるって。」
「本当にごめんなさい。」
「もういいわ。それより勤務中で申し訳ないのだけど、個人的な相談があるの。」
「なんですか?」
「貴方、さっき寝ている時、猫を抱いていたわよね。」
「え~~~あっ、そうですね。野良猫なんですが足元に擦り寄ってきたので、抱いていたら、温かくてそのまま寝てしまったんですよ。」
「その……猫ってどうすれば、触れるのかしら?」
「えっ?どうすればって、普通に触ってますけど。」
「そうじゃなくて、私は猫が好きなんだけど、猫は私が近付くと直に逃げてしまうのよ。だから、何か、コツみたいものがあるのかと思って・・・・・・」
「特にコツってものはありませんよ。勝手に寄って来ますから。」
「そうなの?」
「そうですよ。どうしてもと言うなら、食べ物で釣ってみたらどうですか?」
「それもやってみたけど、だめだったのよ。」
「そうですか……でも、以外ですね。咲夜さんが猫好きだったなんて。」
「わ、悪かったわね。私自身、よくわからないけど、猫の仕種を見ていると何故か心が和むのよ。」
「いえいえ、何も悪いことはありませんよ。そうですね……好かれる事が上手い人に相談したらどうですか?少なくともその人の真似をすれば、上手くいくかも知れないですよ。」
「そんな好かれる事が上手い人なんて……霊夢の事ね。」
「はい。霊夢さんは人、妖怪、妖精、神に悪魔、異変に、トラブルまで好かれてしまいますからね。」
「確かにそうね。丁度、今日の仕事は片付いたから、行ってみるわ。美鈴、給仕にお昼を特盛りにして貰って良いわよ。」
「本当ですか!いってらっしゃい。」
私は手土産に餡ドーナツを作り、博麗神社に向かった。
神社に着くと早速、霊夢を探すが、いつもなら縁側でお茶を飲んでいるか、居間でごろごろしているはずなのに、霊夢は居なかった。
しかし、霊夢が居ない代わりに、居間で八雲紫が暴れる白猫を押さえつけるように抱いていた。
紫の手や顔にいくつか引っかき傷があるところを見ると、猫に引っかかれたようだ。
私同様、猫に嫌われる紫を見て、複雑な気持ちになる。
「あら、珍しいわね。今日は貴方だけなの?」
私に目を向けた紫が尋ねてきた。
「そうよ。霊夢は居ないみたいだけど留守かしら?」
私は猫を見たまま答え、逆に紫に問い返した。
「ちょっと出かけているわ。私は霊夢に留守番を頼まれたのよ。すぐ帰ってくると思うわよ。」
胡散臭い顔で紫が答える。また何か企んでいるのではないか?と思ったが、どうしても関心が紫が抱いている白猫に向いてしまう。
いかに手足を振り回そうが、所詮は猫である。妖怪の力には適わず、紫の手から逃げ出せずにいた。大妖である八雲紫の妖気にあてられもせず暴れるとは肝が据わった猫だ。こんな猫が猫又になるのだろう。
「それより、その猫、さっきから暴れているみたいだけど……」
「そうなのよ。全然大人しくしてくれないのよね。」
「何?新しい式にでもするつもり?」
確か、紫の式の式は猫又だった。そんな事を思いながら、その事を紫に尋ねてみた。
「そんなことはしないわよ。この子じゃ式にしても全然言う事を聞いてくれそうにないし。」
「猫が理路整然と動いたら、猫の魅力がなくなると思うけど。」
「あら、貴方もそう思う?そうよね。そんなことがわからずに猫を式にするなんて、藍もまだまだよね。」
片手を頬に当て、いかにも困った顔でそう答える紫の隙を突き、猫が逃げ出した。
驚いた事に逃げ出した猫は私に抱きついてきたのだ。思わず抱きしめてしまう。
ん~~~、暖かい、柔らかい。これが猫。思わず涙が出そうになる。
「あらあら、しょうがない子ね。悪いけど返してくれるかしら?」
紫が私に猫の返すように言ってきたが、猫が始めて私に抱きついてくれたのだ。この先、こんな事がどれだけあるかわからないので、『はい。そうですか。』と返す気にはならない。
「あのお婆ちゃんのところに帰りたい?」
『誰がおばあちゃんよ!』との紫の言葉を無視し、私は猫の目を覗き込みながら尋ねると、猫は思いっきり首を振った。賢い子ね。
「残念ね。この子は嫌みたいよ。」
猫を抱きながら、そう紫に答えた。
「仕方ないわね。」
「あら、まさか八雲紫ともあろうものが猫如きで、争いを起こすつもり?」
「まさか、そんなことはしないわよ。どうやら、私はその子には嫌われているみいだから、潔く諦めるわ。」
「賢明ね。」
あまりにもあっさり諦めた紫に返事をしながら猫の背を撫でる。さっきまで暴れて疲れているせいかすぐに寝息を立て始める。可愛い~
「その子に嫌われているなら、ここにいる意味もないから、私は帰りたいのけど、留守番を引き継いでくれるかしら。」
「私もずっと居るわけにもいかないのよ。霊夢がいつ帰ってくるか次第ね。」
「すぐ、帰ってくるはずだけど、もし夕方までに帰ってこなかったら、その子を連れていってくれれば、帰ってしまって良いわよ。」
「それなら構わないけど、勝手に連れ帰ってもいいの?」
「霊夢が居ないのにここにおいておく方が問題でしょ?」
「それはそうね。そう言えば、この猫ってなんなわけ?霊夢が猫を飼っているなんて聞いたことないけど。」
「私が連れて来たのよ。霊夢って一人でここに住んでいるでしょ。一人で住んでいると面倒な事とかやらなくなって、食事とかも適当になってしまうでしょ。それにあの子って寂しがり屋のクセに意地っ張りだし、人に弱い所を見せないようにするでしょ。猫でも飼えば、少しはそういう所がなくなると思って連れてきたのよ。」
そんな事を言う紫が何故か母親のような顔をしているような気がした。
「そうね。なんとなくわかるわ。」
霊夢は人との付き合い方が上手い方ではない。何者にも平等であらなくてはいけない博麗の巫女ゆえか、キツい物言いをしたり、誰も見ていないように振舞う事もある。私を含めた霊夢と親しい者達には、無理をしていることがわかっているのに、その演技を止めようとしない。
「その子、貴方には懐いているみたいだから、もし、霊夢がその子をいらないって言ったら、貴方が貰ってくれると嬉しいのだけど。」
「ええ、わかったわ。」
「名前は適当に付けなさい。」
そう言いながら紫は立ち上がると、宙に浮き、博麗神社から出て行った。
膝の上の眠っている猫を撫でながら、しばらく縁側にいると、霊夢が魔理沙と一緒に帰って来た。
手には茸を入れた袋を持っている所を見ると、茸狩りにでも行っていたのだろう。
「咲夜じゃない。どうしたの?」
「一寸前にここに来たら、スキマがいて、留守番を頼まれたのよ。」
「そう。ありがと。……その猫?」
私の膝の上にいる猫に気付いて霊夢が私によって来る。なんだか霊夢が少し不機嫌になった。
「あぁ、スキマが持ってきたらしいのよ。霊夢に飼う様にって。」
「もぅ、またなの。」
そう言うと霊夢はお札を取り出し、猫に翳す。
「一寸、何をするの?」
「術を解くのよ。」
「術?」
「そうよ。紫の奴が度々私のおやつを摘み食いするから、神社の結界を強くして、覗き見もできなくしてやったら、今度は動物を式にして、ここに送り込もうとしているらしいの。」
「じゃぁ、この猫も?」
「そうよ。式を組み込んでいるの。だからその術を解いてあげるの。」
つまり私はまんまとスキマの口車に乗せられてしまったらしい。それにしても猫好きを装いながらも、猫に術を施すなんて。今度思いっきり痛い目にあわせてやろう。
そんな事を思っていると、霊夢が猫の術を祓う。
猫はビクッと身震いし、顔を上げると、脱兎の如く逃げていってしまった。
その姿を見てまた哀しくなる。やっぱり私には猫が寄り付いてくれないのだ。
「どうしたの?深刻な顔をして。」
「始めて猫が懐いてくれたと思ったのに、結局、私は猫に好かれないんだなって思って。」
そう答えながらも、紅魔館で猫に逃げられた時ほどのショックはなかった。何故か逃げた猫より傍に居る霊夢が気になる。
「ねこ~?あんなののどこが良いのよ。気紛れで一日中ゴロゴロしていたと思ったら、ふらふら歩き回るし、お腹が空いた時だけ擦り寄ってくるし、何考えているかもわからないし、ずぅずぅしいし。」
最後の方が小声で聞こえなかったが、霊夢がそんな事を言っている。
「霊夢。それは自分の事を言っているの?」
そう答えて気付いた。そうか。霊夢は猫っぽいのか。もしかして、私は霊夢が猫っぽいから猫好きなのかもしれない。
「冗談でしょ?あんなの一緒にしないでよ。あんなのに比べたら犬の方がマシよ。」
「犬なんて、知らない人が来ると、直ぐにキャンキャン吠えて五月蝿いだけじゃない。」
「咲夜。さっきの言葉そのまま返すわ。自分の事いってるの?」
「冗談でしょ。一緒にしないでよ。」
そう答えながらも、やっぱり私は犬っぽいのか、と思う。それでも霊夢は犬の方が好きと言ってくれたことに嬉しくなっている私もいる。
「まぁ、待て。そういう時にはこれを着けてみればいいんだぜ。」
そう言いながら、魔理沙は帽子の中から耳付きカチュ-シャを取り出す。そして、ネコミミのカチューシャを霊夢に着け、次いで私にイヌミミのカチューシャを着けた。
ネコミミ霊夢。凄く可愛い。
「♪ね~こ~、ね~こ~、ねこれいむ~、可愛い、可愛い、ねこれいむ~、ツンデレ風味の、ねこれいむ~」
思わず霊夢に手を伸ばして、頭を撫で始め歌ってしまう。
「何よ、その歌。」
「ネコミミ霊夢の歌。作詞・作曲は、私。」
「いい加減にしないと私にも考えがあるわよ。」
一寸やり過ぎたかと思いながらも、霊夢の頭を撫で続ける私の頭に霊夢は手を置く。
「♪い~ぬ~、い~ぬ~、いぬさくや、とっても綺麗な、いぬさくや~、クーデレ風味の、いぬさくや~」
そして、霊夢も歌いながら私の頭を撫で始めた。
「♪ねこれいむ~」
そのまま霊夢の頭を撫で、歌う私。
「♪いぬさくや~」
私に負けじと霊夢も私の頭を撫でながら歌う。
「おまえら、私がいる事忘れてないか?」
その声で、霊夢も私も歌を止め、魔理沙の方を見る。
霊夢の可愛さに思わず我を忘れてしまった。思わず恥かしさで赤面してしまう。
どうやら、霊夢も私と同じだったらしく、赤面している。
そんな私達に魔理沙は言葉を続ける。
「まぁ、別に良いけど、あまり人前でやらない方がいいぜ。」
そう言って、魔理沙の指差した先には文がカメラを構えている。
「やっ、どうも。毎度お馴染み、清く正しい射命丸です。」
瞬時に私は時間を停止し、文のカメラを奪う。
「一寸、返して下さいよ。」
流石、幻想郷最速。状況判断も早い。
カメラを取り返すべく私に掴みかかって来た文。
しかし、横から霊夢がカウンターで昇天脚を放つ。
霊夢の蹴りが綺麗に決まり、文を仰け反らせる。間髪入れずに私はクラックソウルを決めていた。
そして、ものの見事に地面にめり込む文。いくら烏が相手とは言え、一寸やり過ぎたかしら?
「おまえら、ほんと良いコンビだよな。」
一部始終を見ていた魔理沙が呆れたように言ってくる。
瞬時にこのコンビネーション決められるのだから私と霊夢は良いコンビなのかもしれない。
魔理沙の言葉に気を取られ、そんな事を考えた一瞬の隙を突き、文は私からカメラを奪い返しそのまま姿を消した。
いくら物理攻撃とはいえ、瞬時にあれだけの逃げ足を見せる文に私も霊夢の絶句するしかなかった。
「行っちまったけど良いのか?」
「もう姿も見えないのだから、どうしようもないわ。」
魔理沙の当然な質問に、私は諦めた事を伝える。
「大丈夫よ。変な記事書いたら、後悔できなくさせてあげるから。その時は手伝ってよ。」
霊夢は魔理沙にそう答えながら、私に同意を求めてくる。
「えぇ、喜んでお手伝いしますわ。」
「おまえら本当に良いコンビだぜ。おまえら二人一緒には、絶対に敵にまわさない様にするぜ。」
魔理沙は呆れたようにそう言った。
おまけ
「そう言えば、霊夢って猫嫌いなの?」
「別に嫌いじゃないわよ。嫌いだったら、紫の術を解かないで放り出すわよ。何でそんなこと聞くの?」
「さっき霊夢が、猫を見ていきなり不機嫌になったみたいだから。」
「あぁ、あれはその……一寸、頭に来ただけよ。」
「スキマが猫に式を組み込んで置いていったことが?」
「違うわよ。その……猫の癖に咲夜の膝の上にいたから……えっと……私も未だ咲夜に膝枕もして貰ったことがないから。」
そんな霊夢を見て思わず笑ってしまう。
「なによ!笑う事ないじゃない!」
「いらっしゃい、霊夢。」
私がそう言うと。霊夢は少し迷っていたが、やがて身体を横たえ私の膝に頭を預ける。
「これで満足?」
「うん。猫の次って言うのが気に入らないけどね。」
私の問いにそう答えながらも、少し照れた笑顔を見せる霊夢はやっぱり猫みたいと思った。
是非没になった方も読みたい。正確に言うと咲夜が猫霊夢を愛でるところ。
以下、少し偉そうなことを言ってみます。不快に思われましたら無視してください。
魔理沙が突然出てきた場面がすごく不自然に感じました。霊夢が魔理沙と一緒に帰って来た、または別に魔理沙が来た、というような旨の描写を先に入れておくと良いかと思います。文は突然出てきても、私としては問題なかった。
セリフと地の文の間を一行あけるなどすると、格段に読みやすくなると思います。
転生ネタは十七分に覚悟をなさるように。ご武運を祈る。
かわいすぎる!!!!
非がタッグマッチ形式だったら霊夢咲夜タッグで決まりですね
紫が抱いてた白猫が実は怪しい術で猫変化させられてた霊夢で
咲夜さんが白猫とニャンニャン!→術が解けて「霊夢…貴方だったのね…」
ってオチになるのかと思った