来た瞬間、そいつは挨拶もなしに手を出せなんて言ってきた。
それでもこいつの目には邪気とか、そういうものが感じられなかったから。
その目につられてしまったのか、それとも気まぐれだったのか。
こういう時こそ、ろくでもないことになるのだと知っていながら、私は手を差し出してしまった。
私の手に重ねるように出された文の手からは、小さな飴玉がひとつ、転がり落ちてきた。
「…………飴?」
「ええ、飴です」
文は見せ付けるようにそれを口に含んで、もうひとつ、ふたつとスカートのポケットから飴玉を取り出した。
……飴といったら、文がしているように食べるくらいしかないけれど。
これをそのまま受け取っていいものなのか、と首を傾げてみる。
「なんですか。不思議そうな顔して」
「だって、またろくでもないことなんじゃないかって思ってたから」
渡されたそれをじいっと覗き込みながら素直な感想を口にする。
くすりと笑う声がした。
「何よ」
「いや、そう思ってるのに手を出すのが面白くて」
する気はなかったんですけどね。そう付け足して文はくつくつと喉を鳴らす。
「信用されてるのかなあ。いやあ、これは嬉しい」
「調子にのんな」
別に、信用してるわけではないし、なんとなく、本当になんとなく手を出しただけなのだ。
飴を口に入れてるくせに、妙に聞き取りやすい口調にもいらっときて、
腑に落ちない気持ちで、飴をかみ砕いてやろうと私もそれを口に入れる。
「…………む」
音を立てる予定だった飴玉を舌で転がす。
なんだか、すごく卑怯だと思った。
文の持ってきたもののくせに。
「おいしい」
「そうじゃなかったら困りますけどね」
にやにやと、私の顔を眺める文。
何が言いたいんだか、分かったような気がした。
「どうせ、私になんかしろって言うんでしょ? 取材ならお断りなんだけど」
「いえ、今日は取材ではなくて、暇潰しに付き合ってもらおうかと思いまして」
こいつが取材以外の用事でここに来るなんて、珍しいこともあったものだ。
もしかしたら、明日は槍が降るのかもしれない。
「まあ、いいけど。ここにくる連中は、大体暇潰しで来てるんだし」
参拝客の方が増えて欲しいんだけど、なんて愚痴をこぼしてみる。
「しかし、あんたが暇潰しねぇ」
「う。……まあ、それには事情がありまして」
事情? と私が首を傾げると文は大きく頷いて、ため息混じりに言った。
「妖怪の山は今日、夏休みなのです」
「夏休みぃ?」
「ええ。早苗の話によると、本当はもっと長い期間の休みだそうですが」
珍しくむすっとした表情をして、ぶーたれたふうに言う。
取材の時とまるっきり違う――というほどでもないけれど、なんだかとても投げやりな感じだった。
座り方も、なんかいろいろ放り出したげだった。つまりは態度が悪い。
「休みの何が納得いかないのよ」
私だったら言われなくても休みにしたいくらいなのに。
文は眉を寄せて、憎々しげに言葉を吐く。
「……カメラの」
「カメラ?」
言葉をそのまま返してやると、文は顔を手で覆って、世界の終わりを宣言するように言った。
「カメラのメンテナンスだそうで、取材を強制的に禁止させられてるんです」
「ふうん。いいことじゃない」
「よくないですよ! 手元にカメラがないと落ち着かないわ、取材できないとつまらないわでもう!」
この取材馬鹿。
できるだけ冷たい目で言ってやると、文がどうせ馬鹿ですよなんて文句を言う。
さっきまでご機嫌なふうだったのに。話してたら怒りまで思い出したのだろうか。
「とりあえず、暇潰しって何するのよ。家には何もないわよ」
「相変わらずつまらない神社ですよね」
今日のこいつは微妙に挑戦的だなあ。
追い出してやろうかと思ったけれど、飴をもらった手前、そう簡単に切れるわけにはいかない。
私は義理堅い人間なのだ。
「乗ってこないなんて、珍しいですね」
我慢してやってるのに、文はきょとんとした顔でわざとらしく驚いてみせた。
「……もしかして、わざと?」
「わざとではありますが、怒らせるのが目的ではなくてですね」
「じゃあ何が目的よ」
「怒らせて、とある場所へ誘導しようかと」
こいつは。私が素直についていかないような人間だと思ってるんだろうか。
……そうだけど。でも、付き合う言ったからには付き合うのに。
「誘導なんか、しなくても行くわよ」
「あや。ありがとうございます」
先程の怒ったふり――本当に怒ってたかもしれないけど――が嘘だったみたいに笑って、文は立ち上がった。
そうして、今朝みたいに手を差し出してくる。
「手、出してください」
「ん」
今度は私の手に文自身の手が重ねられて、ぎゅうと握られる。
どこに行くのだろう――そんなことを悠長に考える暇もなく、文と私の体が空に飛び出していた。
「ちょ……」
「しゃべると舌噛みますよー!」
そんなの嬉しそうに言う台詞じゃない。
というか、速い。私が普段飛んでいる時なんかとは比べられないくらいで、引っ張られてる手がちょっと痛い。
そりゃあ景色がこれだけ速く流れているのだから、当たり前なのだろうけれど。
着いたら文句を言ってやろうと、文の顔を見てやると、その楽しそうな顔は、はっきりと見えてしまった。
……まあ、いいか。きっと、そこまで突飛なところに連れていかれはしないだろうから。
と、思った矢先、ざぱんという音がした。
「――――ぷはぁっ!?」
「到着です」
隣には同じく水浸しで笑っている文。
あたりを見渡してみると、どこかの滝壺みたいだった。
「……もしかして」
「ええ、私たちの山です」
穴場なんですよ、とやっぱり楽しそうに。
こいつは、何考えてるんだろう。
「記事にされたらどうすんのよ」
「今日は強制的に禁止されてるので」
「……あんたは」
その時からこのことを考えていたんだろうか。
この悪戯好きめ。
「そうと知ってたら、来なかったのに」
「でも、来ちゃったでしょう?」
そうだけど。あの手を取ってしまったのも、私だけれど。
私の行動が全部分かってるみたいな動きだった。
「ああもう。あんたに全部見透かされてるみたいでムカつく」
「ふふん。それはそうでしょう。だって――」
文は偉そうに胸を張って、わざとらしく一拍おいてから言った。
「あなたのことを一番よく知っているのが私だから」
それは、前に聞いた時と同じ台詞だったけれど、言ってる内容は大きく違う気がした。
にやにやと笑っているのがなんとなく気にくわなくて、私は顔を背けてやる。
「……別に、あんたが知ってても、私はあんたのことなんて全然知らないし」
「あやややや」
文が困ったようにそう言ってるのを聞いて、なんとなくしてやったりな気分になる。
今日はやられっぱなしだから、これくらいきついことを言ってやってもいいのだ。
「霊夢さんに知ってもらわないと、困ることが一つあるんですけどねぇ」
「なにそれ」
一応気になるので、聞いておいてみた。
覚える気は、まったくないけれど。
しぶしぶ文の方を見ると、文はわざとらしい笑顔をして、わざとらしく言う。
「私が、霊夢さんを大好きだってこと」
その言葉に、何も返すことができなかった。
なんでもないことみたいにつぶやかれたそれはとんでもない爆弾発言で。
私は言葉を返すどころか反応することもできなくて、馬鹿みたいに文の顔を見つめていた。
「霊夢さん?」
「何よ」
「一応、本気ですからね?」
本気じゃなかったら、怒る。
人を混乱させておいて、冗談でしたなんて言わせてやらないんだから。
「……ていっ」
考えただけで腹が立ったので、水をかけてやった。
何するんですか、なんてやり返されて、やり返して。
不毛なやり合いだけど、まあ、楽しいからいいだろう。
「で! さっきの返事はどうなるんですかー!」
やり合いが激化してきたところで、水と一緒にそんな言葉を投げ掛けられた。
「あんたは私のこと、何でも知ってるんでしょう!」
だったらしなくても分かるでしょ、と返してやると、文は今までで一番大きく波を立てた。
まるで私の返事に対する抗議みたいに。
「分かりませんよ!」
「あっそう!」
それでも、返事はしてやらずにただ水しぶきだけを返してやる。
返事はもう決まってるけれど、振り回されっぱなしだった仕返しだ。
「それじゃあ、せいぜい悩んでなさい!」
そんなあなんてちょっぴり情けない声。
私も大好きだなんて、それだけは、恥ずかしくて知られたくないじゃないか!
それでもこいつの目には邪気とか、そういうものが感じられなかったから。
その目につられてしまったのか、それとも気まぐれだったのか。
こういう時こそ、ろくでもないことになるのだと知っていながら、私は手を差し出してしまった。
私の手に重ねるように出された文の手からは、小さな飴玉がひとつ、転がり落ちてきた。
「…………飴?」
「ええ、飴です」
文は見せ付けるようにそれを口に含んで、もうひとつ、ふたつとスカートのポケットから飴玉を取り出した。
……飴といったら、文がしているように食べるくらいしかないけれど。
これをそのまま受け取っていいものなのか、と首を傾げてみる。
「なんですか。不思議そうな顔して」
「だって、またろくでもないことなんじゃないかって思ってたから」
渡されたそれをじいっと覗き込みながら素直な感想を口にする。
くすりと笑う声がした。
「何よ」
「いや、そう思ってるのに手を出すのが面白くて」
する気はなかったんですけどね。そう付け足して文はくつくつと喉を鳴らす。
「信用されてるのかなあ。いやあ、これは嬉しい」
「調子にのんな」
別に、信用してるわけではないし、なんとなく、本当になんとなく手を出しただけなのだ。
飴を口に入れてるくせに、妙に聞き取りやすい口調にもいらっときて、
腑に落ちない気持ちで、飴をかみ砕いてやろうと私もそれを口に入れる。
「…………む」
音を立てる予定だった飴玉を舌で転がす。
なんだか、すごく卑怯だと思った。
文の持ってきたもののくせに。
「おいしい」
「そうじゃなかったら困りますけどね」
にやにやと、私の顔を眺める文。
何が言いたいんだか、分かったような気がした。
「どうせ、私になんかしろって言うんでしょ? 取材ならお断りなんだけど」
「いえ、今日は取材ではなくて、暇潰しに付き合ってもらおうかと思いまして」
こいつが取材以外の用事でここに来るなんて、珍しいこともあったものだ。
もしかしたら、明日は槍が降るのかもしれない。
「まあ、いいけど。ここにくる連中は、大体暇潰しで来てるんだし」
参拝客の方が増えて欲しいんだけど、なんて愚痴をこぼしてみる。
「しかし、あんたが暇潰しねぇ」
「う。……まあ、それには事情がありまして」
事情? と私が首を傾げると文は大きく頷いて、ため息混じりに言った。
「妖怪の山は今日、夏休みなのです」
「夏休みぃ?」
「ええ。早苗の話によると、本当はもっと長い期間の休みだそうですが」
珍しくむすっとした表情をして、ぶーたれたふうに言う。
取材の時とまるっきり違う――というほどでもないけれど、なんだかとても投げやりな感じだった。
座り方も、なんかいろいろ放り出したげだった。つまりは態度が悪い。
「休みの何が納得いかないのよ」
私だったら言われなくても休みにしたいくらいなのに。
文は眉を寄せて、憎々しげに言葉を吐く。
「……カメラの」
「カメラ?」
言葉をそのまま返してやると、文は顔を手で覆って、世界の終わりを宣言するように言った。
「カメラのメンテナンスだそうで、取材を強制的に禁止させられてるんです」
「ふうん。いいことじゃない」
「よくないですよ! 手元にカメラがないと落ち着かないわ、取材できないとつまらないわでもう!」
この取材馬鹿。
できるだけ冷たい目で言ってやると、文がどうせ馬鹿ですよなんて文句を言う。
さっきまでご機嫌なふうだったのに。話してたら怒りまで思い出したのだろうか。
「とりあえず、暇潰しって何するのよ。家には何もないわよ」
「相変わらずつまらない神社ですよね」
今日のこいつは微妙に挑戦的だなあ。
追い出してやろうかと思ったけれど、飴をもらった手前、そう簡単に切れるわけにはいかない。
私は義理堅い人間なのだ。
「乗ってこないなんて、珍しいですね」
我慢してやってるのに、文はきょとんとした顔でわざとらしく驚いてみせた。
「……もしかして、わざと?」
「わざとではありますが、怒らせるのが目的ではなくてですね」
「じゃあ何が目的よ」
「怒らせて、とある場所へ誘導しようかと」
こいつは。私が素直についていかないような人間だと思ってるんだろうか。
……そうだけど。でも、付き合う言ったからには付き合うのに。
「誘導なんか、しなくても行くわよ」
「あや。ありがとうございます」
先程の怒ったふり――本当に怒ってたかもしれないけど――が嘘だったみたいに笑って、文は立ち上がった。
そうして、今朝みたいに手を差し出してくる。
「手、出してください」
「ん」
今度は私の手に文自身の手が重ねられて、ぎゅうと握られる。
どこに行くのだろう――そんなことを悠長に考える暇もなく、文と私の体が空に飛び出していた。
「ちょ……」
「しゃべると舌噛みますよー!」
そんなの嬉しそうに言う台詞じゃない。
というか、速い。私が普段飛んでいる時なんかとは比べられないくらいで、引っ張られてる手がちょっと痛い。
そりゃあ景色がこれだけ速く流れているのだから、当たり前なのだろうけれど。
着いたら文句を言ってやろうと、文の顔を見てやると、その楽しそうな顔は、はっきりと見えてしまった。
……まあ、いいか。きっと、そこまで突飛なところに連れていかれはしないだろうから。
と、思った矢先、ざぱんという音がした。
「――――ぷはぁっ!?」
「到着です」
隣には同じく水浸しで笑っている文。
あたりを見渡してみると、どこかの滝壺みたいだった。
「……もしかして」
「ええ、私たちの山です」
穴場なんですよ、とやっぱり楽しそうに。
こいつは、何考えてるんだろう。
「記事にされたらどうすんのよ」
「今日は強制的に禁止されてるので」
「……あんたは」
その時からこのことを考えていたんだろうか。
この悪戯好きめ。
「そうと知ってたら、来なかったのに」
「でも、来ちゃったでしょう?」
そうだけど。あの手を取ってしまったのも、私だけれど。
私の行動が全部分かってるみたいな動きだった。
「ああもう。あんたに全部見透かされてるみたいでムカつく」
「ふふん。それはそうでしょう。だって――」
文は偉そうに胸を張って、わざとらしく一拍おいてから言った。
「あなたのことを一番よく知っているのが私だから」
それは、前に聞いた時と同じ台詞だったけれど、言ってる内容は大きく違う気がした。
にやにやと笑っているのがなんとなく気にくわなくて、私は顔を背けてやる。
「……別に、あんたが知ってても、私はあんたのことなんて全然知らないし」
「あやややや」
文が困ったようにそう言ってるのを聞いて、なんとなくしてやったりな気分になる。
今日はやられっぱなしだから、これくらいきついことを言ってやってもいいのだ。
「霊夢さんに知ってもらわないと、困ることが一つあるんですけどねぇ」
「なにそれ」
一応気になるので、聞いておいてみた。
覚える気は、まったくないけれど。
しぶしぶ文の方を見ると、文はわざとらしい笑顔をして、わざとらしく言う。
「私が、霊夢さんを大好きだってこと」
その言葉に、何も返すことができなかった。
なんでもないことみたいにつぶやかれたそれはとんでもない爆弾発言で。
私は言葉を返すどころか反応することもできなくて、馬鹿みたいに文の顔を見つめていた。
「霊夢さん?」
「何よ」
「一応、本気ですからね?」
本気じゃなかったら、怒る。
人を混乱させておいて、冗談でしたなんて言わせてやらないんだから。
「……ていっ」
考えただけで腹が立ったので、水をかけてやった。
何するんですか、なんてやり返されて、やり返して。
不毛なやり合いだけど、まあ、楽しいからいいだろう。
「で! さっきの返事はどうなるんですかー!」
やり合いが激化してきたところで、水と一緒にそんな言葉を投げ掛けられた。
「あんたは私のこと、何でも知ってるんでしょう!」
だったらしなくても分かるでしょ、と返してやると、文は今までで一番大きく波を立てた。
まるで私の返事に対する抗議みたいに。
「分かりませんよ!」
「あっそう!」
それでも、返事はしてやらずにただ水しぶきだけを返してやる。
返事はもう決まってるけれど、振り回されっぱなしだった仕返しだ。
「それじゃあ、せいぜい悩んでなさい!」
そんなあなんてちょっぴり情けない声。
私も大好きだなんて、それだけは、恥ずかしくて知られたくないじゃないか!
朝から糖分補給させていただきました。口から砂糖が…
無邪気な文も捻くれてるようで正直な霊夢もかわいいよ
おかげで眠れない!w
もう霊夢も全面的に素直になっちゃいなよ!
射命丸の服が水に濡れて、下着が透けて見える、と。
それを見た霊夢がどうするかが気になる。
朝からニヤニヤが止まりませんな!
あやれいむで世界が繋がる日ですよ今日は!
うん、前半の二人が脱力しきっててすごいにやけた
流石のクオリティでした
糖分多めなのに、この爽やかさ。
さながら、ラムネのようなお味でした。
ごちそうさまでした
素直になれない霊夢さんと自分に正直な文さんがいい味出してます。
あやれいむ万歳!
前半の飴のやりとり、後半の水のやりとり、どっちもよかった