「なあ、ご主人。1つ訊きたいことが」
「私に答えられることでよければ」
「ご主人が私のものになるのと、ご主人が私を所有するのと、どちらが好みかい?」
「……はい?」
食後の一服中に、不思議な沈黙が流れる。真剣な表情に軽く笑みを浮かべて堂々としているナズーリンに、実は何か大事なことを聞き逃してしまったのではないかと不安になってしまう星。ナズーリンの質問の意味と意図が分からず、口から言葉が出てこない。しかし、確かにこう聞こえた。
「ご主人が私のものになるのと、ご主人が私を所有するのと、どちらが好みかい? と尋ねたんだが、返答は?」
「あ、あの、ナズ? ーリン? 先に訊きたいことができたんですけど」
「疑問を疑問で返すなとry」
「それはそうですが」
「なら早く」
「あなたの言っていることが私には分かりません」
「それなら簡単、ナズ星か星ナズか」
「余計に分かりません……説明を頼みたいのですが」
「これ以上ないくらい親切で簡潔な説明のつもりだったが、ご主人には通じなかったか……。詳細な解説をお願いされては仕方が無いな。こんなこともあろうかと常に懐に忍ばせていた説明マニュアルの出番か。さあ、これを手元に私の解説を聞いてもらうことにしよう」
「手短に頼みます。あと大きく歪曲した解釈はやめて下さい」
嬉々として説明の準備に移る準備をしているナズーリンを横目に、星はあくびを噛み殺した。長い説明になりそうなのはひとまず諦めるとして、ナズーリンと私では知っている雑学に差がありすぎるのだから、専門的な言葉や略語を多用しないでもらいたい、そんなことを思いながら。
「ではまず、ナズ星または星ナズの“ナズ”と“星”が何を意味しているかは想像出来ますか?」
「多分ですけど、ナズーリンと私のことなんですか?」
「正解(エサクタ)!」
「合ってるんですね」
「なるほど察しも良い。実に教え甲斐がある。ちなみに2つの呼び方の違いは、界隈によって、更にその中の受け取り手によってあったり無かったり、だな」
「なら、人それぞれ呼びやすいほうとか気に入ったほうとかでいいと思います」
「この幻想郷では縛りがなく、統一の見解はない。しかし参考までに、名前の順序に派閥の境界がしっかり如かれている時もあるので注意だな。意味がある時というのは、例えば私かご主人か、どちらが主にアプローチをかける側なのか、が重要である時だ。先に来る方が攻め(アプローチをかける側)で、後ろが受け(アプローチをかけられる側)というのが1つの主な解釈だ。ただ、解釈は派閥や人の数だけあり、一概には言えない。私達もよく言われるほうだが、ヘタレ攻めや誘い受けなんて用語もあるので、とにかく自分の解釈が絶対の正義と思ってはいけないな」
「なるほど、それもまたあなたの正義(アブソリュートジャスティス)、という考えはここでも使われているのですね」
「むしろ主流かもしれない。いずれにせよ、空気を読んで主張に使用されたし」
「そんな機会ありませんけど」
語りたかったことを語れて満足しているのか、星がそっと呟いた皮肉はナズーリンには届かなかった。聞いた言葉が絶えず頭から流れて出ていくのを感じながら、普段は感情をあまり表に出さないナズーリンがここまで熱く何かを語るなんてそうそう無い機会だからと、星は少しだれた姿勢を正した。
「それで、だ。肝心の用途だが、表す意味は幅広い。二人の主従関係、友情関係、対立関係というオーソドックスなものから、恋愛関係や夫婦関係といった妄想が過ぎるものも全て含まれる。私達に例えるならば、見せかけの淡々とした主従関係だけを指す時もあれば、背中合わせで何かに立ち向かう状況が似合うコンビとしての信頼感を強調する時もある。もう少し踏み込むと、帰り道で手や尻尾を絡ませたり、体格差を存分に活かして何かの帰り道でご主人が私を背負ったり抱きかかえていたりすることで友情・主従関係に留まらない何かを匂わせたり、千年一緒にいて何も無かったわけねーだろJKということで過去話に夜の伽という要素を加えてまるで夫婦のように連れ添ってきた関係という描写もあったりしなくもない」
「な、何だか聞いてて恥ずかしくなってきました……」
「とにかく、この場合は私とご主人のあらゆる絡みがナズ星あるいは星ナズという言葉でまとめられているので、どのあたりのニュアンスで使われているかは、話し相手次第、会話のノリ次第というところだな」
慣れない雰囲気の会話に落ち着かない星に畳み掛けるように、ナズーリンの解説は続く。
「乱暴な言い方をすれば、すっかり主流な“ご主人が失くし物をし、私がそれを探して見つけ出す”というこの展開がスタンダードなナズ星(星ナズ)と言える。この王道の展開の中に、大抵の心理描写を混ぜることが出来るからね。ちなみに私は、宝塔をなくしたご主人のお仕置きとして(もしくは宝塔を見つけた見返りとして)、基本的にどこか頼りなくて受け受けしいご主人を私がリードする形で話が進んでいき、佳境に差し掛かるあたりでご主人の理性が切れて攻守逆転するも、最後は体力を温存していた私がご主人のあられもない姿を――(自主規制)――という展開がジャスティスだが、ぶっちゃけ私とご主人がいちゃいちゃうふふちゅっちゅらぶらぶしていればそれでいい」
「そんなこと考えていたんですか……なら――」
「言ってくれれば付き合ってあげたのに、ですか?」
「そんなこと言いません! ちょっと調子に乗り過ぎですよ!」
室内に、星の怒り声が反射した。さすがに度が過ぎたと我に返ったのか、ナズーリンには先程までの勢いは感じられなくなった。そして星の方も、もう少しやんわりと注意できなかったものかと、自責の念に駆られてしまって、縮こまるばかり。あれだけ賑やかだったと感じられた二人きりの部屋は、水を打ったように途端に静まり返ってしまった。
1分も経たない時間が10分にも感じられるような、体感的に長い時間。そう長くは耐えられないと、口を切ったのは原因であるナズーリン。
「……先程はふざけが過ぎました。すみません」
「いえ、私の方こそ言い過ぎました」
お互いに黙り込んでしまうと、結果的にどちらに非があろうとナズーリンの方から口を開いてくれることはまずなかった。大抵は星の方が折れて、話の続きに戻る。しかし今回は、悪かったのは完全に自分だと、それは分かっていた。その覚悟で、この話題を振ったのだ。二人の関係に進展と刺激を求めて、恥と外聞を捨てて、もしかしたら嫌われるかもしれないリスクを背負って。「好き」とか「愛してる」とか「ご主人がいなければ生きて行けない」とか「ずっと私といてほしい」とかそんなありきたりな振りでは上手くはぐらかされてしまうので、絶対に聞き返してくれるような、反応が確実に見込める強い言葉を使った結果が、今回の発端。
「私の説明はどれだけ伝わっただろうか、ご主人」
「言いたいことが沢山あるのは分かりましたが、私は手短に、とお願いしたんですよ。正直2割も覚えていません。賢将の肩書きは何処へやら、今回は下手な説明でしたね」
いつもの不敵な笑いは、今回はナズーリン自身への嘲笑に使われた。失敗とまではいかなかっただろうが評価はガタ落ちだと、また長く時間をかけて評価を重ねていかなくてはいけないんだろうなと、そう考えると気が重かった。
「でも、ナズーリンが私のことをそれだけ好きでいてくれている、ということはちゃんと伝わりました。嬉しいです」
「……え、っ?」
そう返されるとは思わなかったと言わんばかりのナズーリンの驚きの表情に、ささやかな優越感を感じながら、星は続けた。
「ナズーリンが喜んでくれるなら、私はどこまでも付き合います。これが返答では駄目ですか?」
永く一緒に暮らす以上、踏み込んだ会話をする時もある。したくなる時もある。そんな時、予期せぬ相手の本性(正義)も受け入れて関係は続いていくのだ。逆に、そうしなければ関係は続かない。そう、星は感じ、教訓に加えようと考えていた。
一方のナズーリンは、賭けに勝ったとの安堵と、同時に襲ってきた疲労感に、こんなことはもう当分するものかと思わずにはいられなかった。高まる動悸を必死に抑え、深呼吸を繰り返し、息を整え、ようやく一言。
「ご主人が一緒にいてくれるのであれば、私だってそれ以上こだわらない」
「では、今度は」
「ご主人のお好きなように」
「それでいいんですか?」
「それがいいんです」
↑意味一緒になってませんか?
ナズ攻めが好みです。