それは私が取材で霊夢さんのところに訪れている時の事でした。
「ですから! そこんところもっと根堀葉堀聞かせて下さいよ!」
「くどい! これ以上アンタに話す事なんて──ん?」
ポタ……
ポタ……
ザァーーー
霊夢さんが何かに気を取られたように空を見上げるので、私も釣られるようにして見上げてみました。
するとどうやらぽつとぽつとした雨が、ちょうどその雨脚を強くするところでした。
「──ったく、急に降り出して来たわね……文、聞いてるの?」
「……え? あ、あややや。すいません、私とした事が話の途中で──」
ゴロゴロゴロ……
今度は突然唸り出した雷鳴に、思わずはっとなって再び空を見上げました。
軒下から覗いた雲は先程よりも黒く立ち込めており、何時落雷してもおかしくありませんでした。
ピカッ!
ドーン!
なんて思った矢先に落ちた雷に私は背中がゾクリとしました。
駄目なんです……! 雷だけはっ……!
「大丈夫? 何か顔色悪いけど?」
「霊夢さん! 私帰ります!」
こうしては居られません!
ポカーンとしている霊夢さんに向かってそれだけ言い残すと、降り頻る雨の中急いで私は空へと駆け上がりました。
疾風「風神少女」!
ぶわっ!
「…………何を慌ててんだか。神社(ここ)で雨宿りしていけばいいのに。」
去り際に霊夢さんが何か言っていた気がしますが、残念ながら私の耳には届きませんでした。
山の天気は変わりやすいなんて言いますが、ただでさえ天候が荒れる時期です。
こんな時期に呑気に取材なんてしている場合では有りませんでした……!
悔やんでも悔やみ切れません。ですが幾ら自責の念に刈られながらでも飛ぶスピードは決して緩めたりしませんでした。
今は一刻も早く戻るべき……そう思い、妖怪の山へと真っ直ぐ我が身を向かわせました。
時間にすればものの数秒でしょうか?
山中に辿り着いた私は勢いを殺さずそのまま目的地に飛び込みます。
そこは哨戒天狗達の溜まり場……眼の良い彼女達は勢い良く突っ込んでくる私に気付いてくれたようで、皆一同に回避行動を取ってくれました。
ズンッ!
雨のお陰で砂埃は起きませんでしたが、代わりに脆くなった地面にクレーターを作ってしまいました。
その振動で脚を痺れさせましたが、この位なんて事はありません……!
それより──
「──椛は!?」
遠巻きに私を見ている哨戒天狗達の中から椛の姿が無いか懸命に探します。
……しかし分かっています。
ここに彼女が居るのならば真っ先に私を諌めているであろうという事に……。
それでもと、一縷の望みを掛けて私は大声を上げてしまいました。
「も、椛ならさっき帰り──」
「分かりました! ありがとう!」
茂みからおどおどと顔を覗かせた一人の白狼天狗が私の質問に答えてくれました。
遅かった……! またしても出遅れた自分に悪態を付きたくなりました──が、今はそんな事を考えている場合では有りません!
お礼もそこそこに、私はもう一度荒れる空へと舞い上がりました。
「……文先輩、今日は一体どうしちゃったんだろ?」
「アンタ知らないの? あの人はね──」
帰ってきた我が家は全く人気を感じさせないほど真っ暗でした──すれ違った? その可能性が一瞬脳裏を掠めましたが、取り敢えず確かめるのが先決と奥へと足を踏み入れます。
ひょっとしたら彼女は──
「椛……?」
「……っ!?」
彼女は居ました。部屋の奥で明かりも付けず座布団を頭に抱えながら縮こまっているところでした。
私が後ろから声を掛けると、弾かれたようにバッとこちらを振り返る椛。
可哀想にその愛らしい耳は小さく折り畳まれ小刻みに震えており、瞳には涙をいっぱいにして溜め込んでいます。
「ぁやさまっ……? 文様ぁ~!」
その大きな瞳が私を認識したようで、椛は勢いよく飛び付いてきました。
私はそんな彼女を両手を広げて受け入れます。
そして深い謝罪の気持ちを込めて、強く彼女を抱き締めました。
「もう……大丈夫です。私が側にいます。」
よほど怖かったのでしょう……。
震えながらも私の上着を離すまいと必死に掴む椛……。
「ひっく……! あやさまは……! 文様は約束してくれました……! 雷が落ちるよりも早く、私のところに駆けつけてくれると……!」
上目遣いに訴える椛の言葉に、悔しさから私は唇を噛み締めました。
それは以前、怯える椛を落ち着かせようと私から提案した約束。
その筈だったのに……まだまだ私は遅かったようです。
「すいません、椛……約束守れませんでした。不甲斐ない私をどうか許して下さい。」
嘘をついてしまった私を椛が嫌いにならないか、正直不安で仕方有りませんでした。
「だけど文様は……誰よりも早く駆けつけてくれました……私を見つけて下さいました……!」
怖い筈なのに……意地らしくも涙を瞳に溜め込んだまま笑顔を浮かべてくれる椛。
私の誠意が伝わったとかそんなおこがましい事を言うつもりなんて全く有りません。
また許されるとも思っていません。
どんなに椛が許すと言ってくれても、私自身が自分の事を許せそうもありませんでした……。
「だけど私は間に合いませんでした……椛に怖い思いをさせてしまいました……。」
これで幻想郷最速なんて、鼻で笑われてしまいますね──っと、今は私のちっぽけなプライドなんてどうでも良いんです。
約束を守れなかった……椛を守ってやれなかった。
その事実が私の胸をきつく締め付けているようでした……。
「それなら……ずっと側に居てくれますか……? 雷が止むまでずっと……私を抱きしめていてくれますか……?」
優しすぎる椛はこんな私でも許してくれている……必要としてくれているようで。
椛は何時落ちるやもしれない雷に怯えながらも、必死に作った儚げな笑顔を浮かべながら贖罪のチャンスを私に与えてくれました。
そんな椛の心遣いに私は胸が熱くなるのを感じました──本当は誰よりも辛いはずなのに……。
「もちろん、お安いご用ですっ……!」
椛が笑っているのに、私が笑わないわけにはいきませんっ……!
今度こそ、彼女の要望に応えられる様に……。
綿菓子みたいに柔らかい椛の身体をめいいっぱい抱き寄せて。
香りまで甘いので、本当に綿菓子ようです。
先程よりも更に密着した二人……もう他に何も私達の間に入る余地など無いほどに……。
窮屈なはずの私の胸の中で、だけど椛は強張っていた頬を少しだけ緩ませてくれました。
「文様の胸の音、良く聞こえます……トクンっトクンって……。」
どこか眠たげな声でそう呟いた椛。
安心してくれたのでしょうか?
それならどうかこのまま私の腕の中で眠って下さい。
せめて雷が鳴り止むまで……。
「よく……聞いておいて下さい。私の音、何時までも貴女の耳に残るように……。」
どうか雷の音を掻き消す事ができるように……。
「はい……あやさまぁ……。」
その後、椛が眠ってしまうのに大した時間は掛かりませんでした。
あんなに荒れていた天気がまるで嘘のように、一晩経った今はぴーかんに晴れ渡っています。
そんな気持ちの良い日差しを浴びながら固まってしまった身体をうんっーと一伸ばし。
結局、椛を抱いたままの体制で私も寝てしまいました。
「私……仕事サボっちゃいました……。」
そんな清々しい青空の下でせっかく二人で手をつないでいるというのに、詰まらない事を気にする彼女です。
全く……私だって霊夢さんの取材を放り出してきたというのに。
これはちょっとお仕置きが必要でしょうか?
「何を今更……椛の雷嫌いは今に始まった事では無いでしょう? みんなもう諦めてますよ。」
「そ、それは……」
しめた──!
考え事をし始めて俯いた椛の一瞬の隙をついて、彼女の脇に僅かに爪を立てます。
無論、彼女の柔肌を傷付けようなんてこと間違っても思いません。
ならば私の目的は何か?
その答えは、『さらし』です。
「そんな事より良いんですか? さらし、緩んでますよ?」
そう、さらしに爪を立て緩ませるのが私の目的だったのです!
バッ!
顔を真っ赤にしながら慌てて胸を隠す椛。
実は彼女、他人に胸のサイズがばれるのを極端に嫌うため、普段からかなりきつくさらしを巻いているのです。
そう──世間ではあまり知られていませんが、犬走椛は隠れ巨乳だったのですっ……!
そのたわわに実る二つの果実をさらしが隠し切れなくなったので、椛は必死になって零れるのを支えます。
しかしそれでも両手では覆い隠せない程に彼女の胸は殊更に存在をアピールしています。
ボリュームだけでも実にけしからんというのに、今では椛自身の手によって歪な形に変わっていました──いや、これはこれでそそる物が……。
「あ、文様だって!」
片腕で胸をガードしながらも、もう片方の腕で私の胸元を指さす椛。
何の事でしょう、そう思い改めて己の姿を見てみると上着の胸の部分だけがやけに濡れてしまっています。
本当なら雨に濡れるなんて事、風を操れる私には無縁なんですが……どうやら濡れた椛を抱き締めた時に、一緒に濡れてしまったようですね。
「そのうえ白地の服に黒の下着だなんて……!」
「ああ……これですか? サービスですよ。夏ですから♪」
どうやら椛はその事には気付いていないようですし、わざわざ私から白状するのも恥ずかしいので……だからはぐらかすような嘘を付きました。
冗談で言ったつもりが、真面目な椛には通じませんでしたけど。
顔も、ほら。さっきよりも真っ赤にして怒って……。
「いったいどこの誰に見せびらかすつもりなんですか!?」
──もちろん、貴女以外にいませんよ?
なんて、そんな当たり前の事、今更言うつもり有りませんから。
胸を隠すのも忘れ、両手を振って必死にヤキモチをやいてくれる椛に、ああ……私は愛されてるんだなって感じる事が出来ました。
だから意地悪はこの位にしておいて上げましょうか。
「さて。それでは一度着替え直すとしますか。濡れた身体のままですし、風邪なんて引いたら詰まらないですからね。」
そう言って家のドアを開けて椛を中へと促します。
すると一応は従ってくれるも、椛はあからさまな膨れっ面でこちらを睨んでいます。
あややや、本当に融通がきかないんだから……ま、そこも可愛いところなんですが。
「…………文様。」
すれ違う直前で椛は立ち止まりこちらを振り返りました。
その動きを不思議に思った私は椛の顔を覗き込みます。
「どうしまし──」
ちゅっ
「──っ!?」
不意打ちにびっくりして思わず身を引いてしまった私を笑うでもなく椛は挑戦するからのような目で私を見据えています。
「……文様が例えどなたを追っていたとしても、私が見ているのは文様だけですからっ……!」
それだけ言い放つとふんっと鼻を鳴らして家の中へと消える椛。
余りの事に、その後ろ姿が見えなくなるまでしばらくボーと見つめてしまいました。
「…………くくく……っははは……!」
全く……! 冗談が通じないにも程があります!
どうやらまだ分かっていないようですからね。
それなら存分に分からせてやるまでです!
私がどんなに深く貴女の事を愛しているのかと言うことを……!
「待って下さい、椛!……椛? もーみーじぃー!!」
不機嫌な彼女を追って私も家の中へ。
外の嵐が過ぎ去ったというのに私たちの間ではまだまだ収まってはくれないようです。
「ですから! そこんところもっと根堀葉堀聞かせて下さいよ!」
「くどい! これ以上アンタに話す事なんて──ん?」
ポタ……
ポタ……
ザァーーー
霊夢さんが何かに気を取られたように空を見上げるので、私も釣られるようにして見上げてみました。
するとどうやらぽつとぽつとした雨が、ちょうどその雨脚を強くするところでした。
「──ったく、急に降り出して来たわね……文、聞いてるの?」
「……え? あ、あややや。すいません、私とした事が話の途中で──」
ゴロゴロゴロ……
今度は突然唸り出した雷鳴に、思わずはっとなって再び空を見上げました。
軒下から覗いた雲は先程よりも黒く立ち込めており、何時落雷してもおかしくありませんでした。
ピカッ!
ドーン!
なんて思った矢先に落ちた雷に私は背中がゾクリとしました。
駄目なんです……! 雷だけはっ……!
「大丈夫? 何か顔色悪いけど?」
「霊夢さん! 私帰ります!」
こうしては居られません!
ポカーンとしている霊夢さんに向かってそれだけ言い残すと、降り頻る雨の中急いで私は空へと駆け上がりました。
疾風「風神少女」!
ぶわっ!
「…………何を慌ててんだか。神社(ここ)で雨宿りしていけばいいのに。」
去り際に霊夢さんが何か言っていた気がしますが、残念ながら私の耳には届きませんでした。
山の天気は変わりやすいなんて言いますが、ただでさえ天候が荒れる時期です。
こんな時期に呑気に取材なんてしている場合では有りませんでした……!
悔やんでも悔やみ切れません。ですが幾ら自責の念に刈られながらでも飛ぶスピードは決して緩めたりしませんでした。
今は一刻も早く戻るべき……そう思い、妖怪の山へと真っ直ぐ我が身を向かわせました。
時間にすればものの数秒でしょうか?
山中に辿り着いた私は勢いを殺さずそのまま目的地に飛び込みます。
そこは哨戒天狗達の溜まり場……眼の良い彼女達は勢い良く突っ込んでくる私に気付いてくれたようで、皆一同に回避行動を取ってくれました。
ズンッ!
雨のお陰で砂埃は起きませんでしたが、代わりに脆くなった地面にクレーターを作ってしまいました。
その振動で脚を痺れさせましたが、この位なんて事はありません……!
それより──
「──椛は!?」
遠巻きに私を見ている哨戒天狗達の中から椛の姿が無いか懸命に探します。
……しかし分かっています。
ここに彼女が居るのならば真っ先に私を諌めているであろうという事に……。
それでもと、一縷の望みを掛けて私は大声を上げてしまいました。
「も、椛ならさっき帰り──」
「分かりました! ありがとう!」
茂みからおどおどと顔を覗かせた一人の白狼天狗が私の質問に答えてくれました。
遅かった……! またしても出遅れた自分に悪態を付きたくなりました──が、今はそんな事を考えている場合では有りません!
お礼もそこそこに、私はもう一度荒れる空へと舞い上がりました。
「……文先輩、今日は一体どうしちゃったんだろ?」
「アンタ知らないの? あの人はね──」
帰ってきた我が家は全く人気を感じさせないほど真っ暗でした──すれ違った? その可能性が一瞬脳裏を掠めましたが、取り敢えず確かめるのが先決と奥へと足を踏み入れます。
ひょっとしたら彼女は──
「椛……?」
「……っ!?」
彼女は居ました。部屋の奥で明かりも付けず座布団を頭に抱えながら縮こまっているところでした。
私が後ろから声を掛けると、弾かれたようにバッとこちらを振り返る椛。
可哀想にその愛らしい耳は小さく折り畳まれ小刻みに震えており、瞳には涙をいっぱいにして溜め込んでいます。
「ぁやさまっ……? 文様ぁ~!」
その大きな瞳が私を認識したようで、椛は勢いよく飛び付いてきました。
私はそんな彼女を両手を広げて受け入れます。
そして深い謝罪の気持ちを込めて、強く彼女を抱き締めました。
「もう……大丈夫です。私が側にいます。」
よほど怖かったのでしょう……。
震えながらも私の上着を離すまいと必死に掴む椛……。
「ひっく……! あやさまは……! 文様は約束してくれました……! 雷が落ちるよりも早く、私のところに駆けつけてくれると……!」
上目遣いに訴える椛の言葉に、悔しさから私は唇を噛み締めました。
それは以前、怯える椛を落ち着かせようと私から提案した約束。
その筈だったのに……まだまだ私は遅かったようです。
「すいません、椛……約束守れませんでした。不甲斐ない私をどうか許して下さい。」
嘘をついてしまった私を椛が嫌いにならないか、正直不安で仕方有りませんでした。
「だけど文様は……誰よりも早く駆けつけてくれました……私を見つけて下さいました……!」
怖い筈なのに……意地らしくも涙を瞳に溜め込んだまま笑顔を浮かべてくれる椛。
私の誠意が伝わったとかそんなおこがましい事を言うつもりなんて全く有りません。
また許されるとも思っていません。
どんなに椛が許すと言ってくれても、私自身が自分の事を許せそうもありませんでした……。
「だけど私は間に合いませんでした……椛に怖い思いをさせてしまいました……。」
これで幻想郷最速なんて、鼻で笑われてしまいますね──っと、今は私のちっぽけなプライドなんてどうでも良いんです。
約束を守れなかった……椛を守ってやれなかった。
その事実が私の胸をきつく締め付けているようでした……。
「それなら……ずっと側に居てくれますか……? 雷が止むまでずっと……私を抱きしめていてくれますか……?」
優しすぎる椛はこんな私でも許してくれている……必要としてくれているようで。
椛は何時落ちるやもしれない雷に怯えながらも、必死に作った儚げな笑顔を浮かべながら贖罪のチャンスを私に与えてくれました。
そんな椛の心遣いに私は胸が熱くなるのを感じました──本当は誰よりも辛いはずなのに……。
「もちろん、お安いご用ですっ……!」
椛が笑っているのに、私が笑わないわけにはいきませんっ……!
今度こそ、彼女の要望に応えられる様に……。
綿菓子みたいに柔らかい椛の身体をめいいっぱい抱き寄せて。
香りまで甘いので、本当に綿菓子ようです。
先程よりも更に密着した二人……もう他に何も私達の間に入る余地など無いほどに……。
窮屈なはずの私の胸の中で、だけど椛は強張っていた頬を少しだけ緩ませてくれました。
「文様の胸の音、良く聞こえます……トクンっトクンって……。」
どこか眠たげな声でそう呟いた椛。
安心してくれたのでしょうか?
それならどうかこのまま私の腕の中で眠って下さい。
せめて雷が鳴り止むまで……。
「よく……聞いておいて下さい。私の音、何時までも貴女の耳に残るように……。」
どうか雷の音を掻き消す事ができるように……。
「はい……あやさまぁ……。」
その後、椛が眠ってしまうのに大した時間は掛かりませんでした。
あんなに荒れていた天気がまるで嘘のように、一晩経った今はぴーかんに晴れ渡っています。
そんな気持ちの良い日差しを浴びながら固まってしまった身体をうんっーと一伸ばし。
結局、椛を抱いたままの体制で私も寝てしまいました。
「私……仕事サボっちゃいました……。」
そんな清々しい青空の下でせっかく二人で手をつないでいるというのに、詰まらない事を気にする彼女です。
全く……私だって霊夢さんの取材を放り出してきたというのに。
これはちょっとお仕置きが必要でしょうか?
「何を今更……椛の雷嫌いは今に始まった事では無いでしょう? みんなもう諦めてますよ。」
「そ、それは……」
しめた──!
考え事をし始めて俯いた椛の一瞬の隙をついて、彼女の脇に僅かに爪を立てます。
無論、彼女の柔肌を傷付けようなんてこと間違っても思いません。
ならば私の目的は何か?
その答えは、『さらし』です。
「そんな事より良いんですか? さらし、緩んでますよ?」
そう、さらしに爪を立て緩ませるのが私の目的だったのです!
バッ!
顔を真っ赤にしながら慌てて胸を隠す椛。
実は彼女、他人に胸のサイズがばれるのを極端に嫌うため、普段からかなりきつくさらしを巻いているのです。
そう──世間ではあまり知られていませんが、犬走椛は隠れ巨乳だったのですっ……!
そのたわわに実る二つの果実をさらしが隠し切れなくなったので、椛は必死になって零れるのを支えます。
しかしそれでも両手では覆い隠せない程に彼女の胸は殊更に存在をアピールしています。
ボリュームだけでも実にけしからんというのに、今では椛自身の手によって歪な形に変わっていました──いや、これはこれでそそる物が……。
「あ、文様だって!」
片腕で胸をガードしながらも、もう片方の腕で私の胸元を指さす椛。
何の事でしょう、そう思い改めて己の姿を見てみると上着の胸の部分だけがやけに濡れてしまっています。
本当なら雨に濡れるなんて事、風を操れる私には無縁なんですが……どうやら濡れた椛を抱き締めた時に、一緒に濡れてしまったようですね。
「そのうえ白地の服に黒の下着だなんて……!」
「ああ……これですか? サービスですよ。夏ですから♪」
どうやら椛はその事には気付いていないようですし、わざわざ私から白状するのも恥ずかしいので……だからはぐらかすような嘘を付きました。
冗談で言ったつもりが、真面目な椛には通じませんでしたけど。
顔も、ほら。さっきよりも真っ赤にして怒って……。
「いったいどこの誰に見せびらかすつもりなんですか!?」
──もちろん、貴女以外にいませんよ?
なんて、そんな当たり前の事、今更言うつもり有りませんから。
胸を隠すのも忘れ、両手を振って必死にヤキモチをやいてくれる椛に、ああ……私は愛されてるんだなって感じる事が出来ました。
だから意地悪はこの位にしておいて上げましょうか。
「さて。それでは一度着替え直すとしますか。濡れた身体のままですし、風邪なんて引いたら詰まらないですからね。」
そう言って家のドアを開けて椛を中へと促します。
すると一応は従ってくれるも、椛はあからさまな膨れっ面でこちらを睨んでいます。
あややや、本当に融通がきかないんだから……ま、そこも可愛いところなんですが。
「…………文様。」
すれ違う直前で椛は立ち止まりこちらを振り返りました。
その動きを不思議に思った私は椛の顔を覗き込みます。
「どうしまし──」
ちゅっ
「──っ!?」
不意打ちにびっくりして思わず身を引いてしまった私を笑うでもなく椛は挑戦するからのような目で私を見据えています。
「……文様が例えどなたを追っていたとしても、私が見ているのは文様だけですからっ……!」
それだけ言い放つとふんっと鼻を鳴らして家の中へと消える椛。
余りの事に、その後ろ姿が見えなくなるまでしばらくボーと見つめてしまいました。
「…………くくく……っははは……!」
全く……! 冗談が通じないにも程があります!
どうやらまだ分かっていないようですからね。
それなら存分に分からせてやるまでです!
私がどんなに深く貴女の事を愛しているのかと言うことを……!
「待って下さい、椛!……椛? もーみーじぃー!!」
不機嫌な彼女を追って私も家の中へ。
外の嵐が過ぎ去ったというのに私たちの間ではまだまだ収まってはくれないようです。
胸が大きいのを恥ずかしがってる椛とか手で隠して形が歪になるなんてなんでそんな設定にするんだ。全く……(満面の笑み)