あのね、先刻そこでちょっと良い人間にあったのよ!
人間?
うん、多分人間だと思う。
「それ」があればきっと「ある人」が驚くからって、私を屋敷に案内してくれるんだって。
で、私は今その人間に憑いて歩いているところってわけ。
ほら、見てみて!この子顔色が悪いのよ!
買い物駕籠なんか下げてるから、きっとお使いでも頼まれて運悪く私に会ったのね。
こんな日暮れで、ぬるい空気が溢れてて、もういかにもお化けが出そうって感じの時刻にお使いに出すなんて、この子の主人も随分酷いことをするのね。
此処はしっかり脅かして、この子の敵を討たなくてはね!
「ごきげんですね」
私が鼻歌を歌っていると、傘がべろんとその子の後ろを舐めたわ。べたべたになりながら、不機嫌そうに振り返ったけどもうすぐ夕立が来そうだから、きっと綺麗になるわよ。
だーいじょーぶっ!
「あなたは私に似ていますよね?」
外見はちっとも似ていないと思うけれど。
変な事を言う子ね。
「因みに私はこれも私なんですけど、あなたのそれはどうなんですか?ひょっとして本体とか」
首を傾げて私の傘を指差す。
「わっぷ…!」
また傘がその子の事を舐めた。今度は真正面からだからこれはキスをしているとも言えるんじゃないかしら?やぁね。他の妖怪に見られたらどうするのよ。恥ずかしいじゃない!
……ていうのは冗談として、余程良い匂いがするのね。
ずーっと食べ物と一緒にいたんじゃないのかしら。食べ物の匂いが移るくらいずーっと。
それとも、本人が美味しいのかしら?
まさかね。私は結構現実的なのよ。
打ち捨てられてから、過剰な期待をしない事にしてるの。
……ね、ね、ね。
結構泣ける話じゃない?
「さぁ、私が本体なのかこっちが本体なのか……どっちでもいいんじゃない?」
「……そうですか、……」
「?」
そうですかの後に、どっちか残れば問題ないとか聞えた気がするけれど、大問題よね。傘が無くちゃ驚かせないもの。
その子は立ち止まって思案顔。
傘がまたまんべんなく舐めたのだけど、そんな事も今更きにしていないようだった。
三度で慣れるとは中々強い子ね。
主人はどんな鍛え方をしたのかしら。
「……ごめん!」
そんな事を考えていたら、きっと此方を向いたその子が私の傘をひったくって、あっという間に行ってしまったわ。
あっけに取られていた私の身体は、凧の糸にでも繋がれているかのように宙に浮き上がっちゃった。
今思い出したけど私は付喪神だから、傘の方へと引っ張られちゃうのよね。
と、いう事はあっちが本体って事かな?
「おーい、そこの。何してるんだ?」
その子と傘は森の上を飛んでいったから引き摺られている私は必然的に森の中。
木の枝にぶつかりながら進んでるんだけど、きのこを取っているらしい黒い魔女に声をかけられた。彼女は箒で私と並走している。
「楽しそうじゃねぇか」
そんなに楽しそうに見えるなら、交代して欲しいわ。
大体お世辞にも驚きなさいよね!
「悪ぃわりぃ。……ところで、お前……」
魔法使いは引き摺っている上空の影を発見して、気の毒そうな顔をした。どういうことだろうか。
やっと木にぶつかる私の気持ちが分かったということだろうか。
「悪いことは言わない。早く逃げたほうがいいぜ」
「逃げられないのよー」
「ありゃぁ、きっと夕飯集めだ。この前八目鰻屋もやられたっていうぜ……おーい……これ一応やっとくよ」
魔女はきのこを一つくれたけれど、これでは逃げようも無い。私をさらった子は随分スピードが速いらしく、魔女はあっという間に後ろに消えてしまった。
着いた場所は、庭園のある広い屋敷だった。
私の傘は何処へ行ってしまったのだろう。
向こうで声が聞える。
「……わぁ大きな茄子ね妖夢!」
「幽々子さまの為に捕獲してまいりました」
茄子は捕獲するものではないだろう。
障子の紙に穴を開けて覗いてみると、可愛そうに私の傘……傘の私?が縛られて泣いている。
「やっぱり色よく素揚げして御出汁をかけた揚げ浸しよね。それとも、細切れにして味噌と炒めたのが良いかしらそれとも……」
おっとりとした口調で恐ろしい事を言っているのはこの屋敷の主人かしら?
嬉しそうに笑ったその口が何故だか邪悪なものに見えてくるわ。
「やっぱり 生 かしら」
ぶるぶると震えたのは、どうやら私の傘をさらった子も同じようだった。少しだけ同情するわ。
こうなったら、私に出来ることは一つよ!
あの主人を驚かして、私の傘を……傘の私?を取り戻す!
そういえば、黒い魔女に貰ったきのこがあった。
これはどういう事かしら。
食べれば良いの?
私はあんまり躊躇しないできのこをぱくりと食べた。
びょびょびょびょびょ。
……変な音がしたけれど、特に変化はないようね……。
仕方がない。
特攻よ!
存分に、この多々良小傘を怖がるがいいわ!!
私は障子に手をかけ、勢いよく横に滑らせた。
障子はぱぁんと音をさせて開く。
その後で緊張感の無い音がした。
むしゃり。
一歩遅かったのよね。
そう、あと一歩。
惜しいっ!
屋敷の主人は大きな口をあけて、“傘を食べてから”此方を向いたわ。私のおでこも、齧られたようにきゅっとなった。
ていうか何よ。
この娘亡霊じゃない。
どちらかというと、私と同じ驚かす側……
ぴちゅーん。
私は、がくりと力尽きた。
目を覚ますと、空を飛んでいた。
私の傘を連れてった子が、私をおんぶしてくれていた。
傘もどうやらあるようだ。先刻とは逆に糸で引っ張られるように私達のあとを追いかけて飛んでいる。
横には、あの黒い魔法使いが箒に乗って飛んでいた。
「妖夢、今日もごくろうだな」
「魔理沙さんもね。感謝します」
二人は知り合いだったのね。
しかし何を言っているのだろう。そして、私は何故無事なのだろう。
絶対食べられたと思ったのだけれど。
「たまたまだ。森に1UPきのこがあって良かったな」
1UPきのこ?
ひょっとして私が食べたあれの事?
「良かったですよ。無駄な殺生はしたくないですもん」
「ところで、よく傘も全壊しないで済んだなぁ」
「あんまり美味しくなかったらしいですよ」
「なんだやっぱり食えない茄子色だなぁ」
助かったのは嬉しいよ。嬉しいけどさ!
だって私食べ物じゃないもん!
美味しくないのは分かるけど、だからってそんな事言って良いわけないよね。
見てなさいよぅ。
今度こそ、皆を驚かせてみせるんだからぁ!
「うらめしやっ……」
私はふくれっつらでそう呟いた。
小傘
茄子は美味しくて好きです
>うらめしやっ……
可愛さが先行しちゃって驚けないですよ小傘ちゃん
茄子のお味噌汁とかも美味しいですね。