「ねぇ・・・・私達、どうなるのかな」霊夢が空を見上げて呟く。冷たい秋の終わりの風。視界の端の空はボンヤリと歪み、それが今夜が幻想郷での最後の夜となることを告げていた。
「さぁーね、私には分からないぜ」と魔理沙が言って、湯気を上げるお茶を一口飲む。魔理沙は霊夢にはあまり見せない表情で空を同じく見上げた。彼女の目にも見えるだろう。それほどまでに「穴」は拡大しつつあった。こればかりは、幻想郷の誰にも止めることは出来なかった。
「紫がね、みんなの分の居場所をきちんと探してくれてるみたい・・・まだ、行くあてが無い人もいるみたいだけど・・・・」と霊夢が言って微笑む。
「なんだかんだ言っても、一番、幻想郷を好きだったのにね・・・紫・・・」
「あぁ・・・・・好きだからこそ・・・・守りたいものもあるんだろ？」魔理沙が言って微笑む。壊れてしまいそうな弱い笑み。きっと私もそんな笑みを浮かべているんだろうな・・・・と霊夢は思った。自分では笑ってるはずなのに・・・目頭が熱くなってくる・・・。これじゃいけないと思って、霊夢は首を振ってお茶を一口飲んだ。
―そう、幻想郷は、今晩限りで無くなってしまう―
神々が愛した理想郷。幻想郷。崩壊が進んでいるのは、もう数年前からわかっていたことだった。古くは、東の地の山中深くにあった幻想郷。しかし、近年、人間界の技術革新は目覚しいもので、あっという間に幻想郷の周りを数々の街が埋め尽くしてしまったのだ。いままでは強力な結界と豊富な霊地のおかげでその巨大な存在を隠し通せたものの・・・・人間の技術進歩の影響か、土壌が汚染され、気の巡りが悪くなってしまったのだ。幻想郷はより不安定になり、それとほぼ同時期に、幻想郷に住むものたちの力が衰え始めたのである。あるものは飛べなくなり、ある物は存在すら維持できなくなった。そうして、幻想郷は太刀打ちできない異変に飲み込まれていったのだ。
「なんだか・・・・あっけ無いわよね」霊夢が呟いて、一口、お茶を飲む。
「・・・・？」魔理沙が小首をかしげて霊夢を見つめる。が、霊夢は虚空を見上げたまま、ただ、淡々と語る。
「神様が居て、大妖怪が居て、悪魔が居て、吸血鬼が居て・・・・こんなに強い存在が一杯居るのに、自分達の住む土地一つ守れやしない・・・・異変解決！・・・・・なんて言ってきたけど結局のところ、身内の問題を片付けていただけじゃない・・・」
「霊夢・・・・しょうがないんだぜ・・・これは、誰のせいでも・・・」
「しょうがなくない！」霊夢は子供のように叫んだ。こらえていたはずの涙が霊夢の頬を伝って流れ落ちていた。彼女の涙がギュッと握ったこぶしの上ではじけ、静かに赤い袴を濡らす。
「しょうがないわけ・・・・無いじゃない・・・・！私の、私の結界がもっとしっかりしてれば・・・・もう少しでも、幻想郷に居られたかもしれない・・・」彼女がさらに強く拳を握る。彼女は誰よりもプライドが高く、孤高であった。そして、誰よりも幻想郷に"住まう人々"を愛していた。霊夢は、自分が不甲斐ないばかりに愛したものを守れないことが悔しくてしかたがなかった。悔しくて、悔しくて、悲しい・・・・。
「霊夢・・・・霊夢のせいじゃ、ないぜ？」魔理沙が霊夢の肩を抱き寄せる。
「誰も、誰も霊夢のせいだなんて・・・・思ってない・・・・・」抱き寄せた霊夢の肩が、小さく震えていた。彼女は小さな背中で大きな幻想郷を背負っていたのだ。あまりにも大きくて、あまりにも大切だったから、彼女が失うものの大きさは魔理沙では計り知れなかった。だから、ただ彼女は慰めて霊夢を抱き寄せることしか出来なかった。
「こ、怖い・・・怖いのよっ！わ、わたし・・・私、嫌われ・・・嫌われちゃうんじゃないかって・・・・紫、紫の・・・あんなに寂しそうな背中・・・み、見たこと・・・なかった・・・」しゃくりあげながら語る霊夢を、魔理沙はただ抱き寄せた。夜も丑三つ時。空のゆがみはもう、彼女の頭の上まで広がっていた。
「霊夢、人間界に行ったら・・・・私、やってみたかったことがあるんだぜ」魔理沙はおもむろに語った。
「・・・・？」未だに涙を流す霊夢が、魔理沙の顔を見上げる。
「なんてことのない、単純な願いなんだけどな・・・・」
「おっそおおおい！！！」彼女が天に吼えるようにして、駅の改札を抜けてきた少女に言う。
「悪い悪い！電車が混んでたもんだから二本遅らせてきたんだよ」と語る彼女は、特徴的な金色の癖毛を指でいじって対面でふて腐れたように頬を膨らませる少女に手を合わせた。
「ほんとゴメンって！？な！？飯おごるぜ！？」
「・・・・・もう、しょうがないんだから・・・」と少し笑顔になって、彼女は言った。薄いブルーのスカートに、白いブラウス、頭の後ろには大きな赤いリボンをつけて、彼女は遅れてきた少女を引っ張って駅前のハンバーガー店へと歩いていく。
「お、おい！霊夢！？」金髪の少女の手を掴んで走り出した少女の名を呼ぶが、少女はさらに加速する。
「はやくこないと、私が沢山注文しちゃうわよ！魔理沙はまた破産ねっ」
「勘弁してくれよ！バイト代がまた無くなるぅぅッ！！」少女達の楽しげな声は夏の晴れ渡った空へと消え去った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「なんてことのない、単純な願いなんだけどな・・・・」
「・・・・？」
「私は、霊夢と、ハンバーガーってヤツが食べてみたいんだ。紫がさ、人間界からちょろまかしてきた雑誌に書いてあったんだよ」
彼女は霊夢の涙を優しく拭って、微笑んだ。
「今日でここは終わるけど、明日からはまた違うシアワセが待ってる。別に今にとらわれなくたって、居心地がよかった昨日を懐かしまなくたって、いいだろ？」そうして、魔理沙はギュッと霊夢を抱きしめた。
「きっと、人間界にもあると思うぜ？幻想郷（シアワセ）は・・・」
拝啓 博麗 霊夢様へ
未だに巫女をやっていると、この間、文から聞きました。なんでも、文が入社した新聞社に「美人巫女」だなんて大層なお名前で掲載されたとか・・・・きっと参拝客が一杯で忙しい毎日を送っていることでしょう・・・。
私のほうも元気にやっています。
そうそう、藍が有名な大学の数学教授になったのよ。あの子を教えた私は鼻が高いわ・・・・。橙が来月、修学旅行であなたの住む街に行くって聞いたわ。橙の学校の先生をまるめ込んで、一日自由な時間を作らせたから、多分、会いに行くと思うわ、よろしく。私は会社の事業で忙しくてそっちにいけないけど、あなたのことはそこら中に居る皆から色々と聞いているから・・・・。大変だろうけどがんばって。
敬具 八雲 紫
ＰＳ：レミリアが北欧で病院を開業したらしいわよ。なんでも医学会きっての天才外科医だとかなんとか・・・・今度、ためしに誰かを送ってみましょう。
追伸は人目をはばかるかのように小さな文字で、並んでいるのであった。
「さぁーね、私には分からないぜ」と魔理沙が言って、湯気を上げるお茶を一口飲む。魔理沙は霊夢にはあまり見せない表情で空を同じく見上げた。彼女の目にも見えるだろう。それほどまでに「穴」は拡大しつつあった。こればかりは、幻想郷の誰にも止めることは出来なかった。
「紫がね、みんなの分の居場所をきちんと探してくれてるみたい・・・まだ、行くあてが無い人もいるみたいだけど・・・・」と霊夢が言って微笑む。
「なんだかんだ言っても、一番、幻想郷を好きだったのにね・・・紫・・・」
「あぁ・・・・・好きだからこそ・・・・守りたいものもあるんだろ？」魔理沙が言って微笑む。壊れてしまいそうな弱い笑み。きっと私もそんな笑みを浮かべているんだろうな・・・・と霊夢は思った。自分では笑ってるはずなのに・・・目頭が熱くなってくる・・・。これじゃいけないと思って、霊夢は首を振ってお茶を一口飲んだ。
―そう、幻想郷は、今晩限りで無くなってしまう―
神々が愛した理想郷。幻想郷。崩壊が進んでいるのは、もう数年前からわかっていたことだった。古くは、東の地の山中深くにあった幻想郷。しかし、近年、人間界の技術革新は目覚しいもので、あっという間に幻想郷の周りを数々の街が埋め尽くしてしまったのだ。いままでは強力な結界と豊富な霊地のおかげでその巨大な存在を隠し通せたものの・・・・人間の技術進歩の影響か、土壌が汚染され、気の巡りが悪くなってしまったのだ。幻想郷はより不安定になり、それとほぼ同時期に、幻想郷に住むものたちの力が衰え始めたのである。あるものは飛べなくなり、ある物は存在すら維持できなくなった。そうして、幻想郷は太刀打ちできない異変に飲み込まれていったのだ。
「なんだか・・・・あっけ無いわよね」霊夢が呟いて、一口、お茶を飲む。
「・・・・？」魔理沙が小首をかしげて霊夢を見つめる。が、霊夢は虚空を見上げたまま、ただ、淡々と語る。
「神様が居て、大妖怪が居て、悪魔が居て、吸血鬼が居て・・・・こんなに強い存在が一杯居るのに、自分達の住む土地一つ守れやしない・・・・異変解決！・・・・・なんて言ってきたけど結局のところ、身内の問題を片付けていただけじゃない・・・」
「霊夢・・・・しょうがないんだぜ・・・これは、誰のせいでも・・・」
「しょうがなくない！」霊夢は子供のように叫んだ。こらえていたはずの涙が霊夢の頬を伝って流れ落ちていた。彼女の涙がギュッと握ったこぶしの上ではじけ、静かに赤い袴を濡らす。
「しょうがないわけ・・・・無いじゃない・・・・！私の、私の結界がもっとしっかりしてれば・・・・もう少しでも、幻想郷に居られたかもしれない・・・」彼女がさらに強く拳を握る。彼女は誰よりもプライドが高く、孤高であった。そして、誰よりも幻想郷に"住まう人々"を愛していた。霊夢は、自分が不甲斐ないばかりに愛したものを守れないことが悔しくてしかたがなかった。悔しくて、悔しくて、悲しい・・・・。
「霊夢・・・・霊夢のせいじゃ、ないぜ？」魔理沙が霊夢の肩を抱き寄せる。
「誰も、誰も霊夢のせいだなんて・・・・思ってない・・・・・」抱き寄せた霊夢の肩が、小さく震えていた。彼女は小さな背中で大きな幻想郷を背負っていたのだ。あまりにも大きくて、あまりにも大切だったから、彼女が失うものの大きさは魔理沙では計り知れなかった。だから、ただ彼女は慰めて霊夢を抱き寄せることしか出来なかった。
「こ、怖い・・・怖いのよっ！わ、わたし・・・私、嫌われ・・・嫌われちゃうんじゃないかって・・・・紫、紫の・・・あんなに寂しそうな背中・・・み、見たこと・・・なかった・・・」しゃくりあげながら語る霊夢を、魔理沙はただ抱き寄せた。夜も丑三つ時。空のゆがみはもう、彼女の頭の上まで広がっていた。
「霊夢、人間界に行ったら・・・・私、やってみたかったことがあるんだぜ」魔理沙はおもむろに語った。
「・・・・？」未だに涙を流す霊夢が、魔理沙の顔を見上げる。
「なんてことのない、単純な願いなんだけどな・・・・」
「おっそおおおい！！！」彼女が天に吼えるようにして、駅の改札を抜けてきた少女に言う。
「悪い悪い！電車が混んでたもんだから二本遅らせてきたんだよ」と語る彼女は、特徴的な金色の癖毛を指でいじって対面でふて腐れたように頬を膨らませる少女に手を合わせた。
「ほんとゴメンって！？な！？飯おごるぜ！？」
「・・・・・もう、しょうがないんだから・・・」と少し笑顔になって、彼女は言った。薄いブルーのスカートに、白いブラウス、頭の後ろには大きな赤いリボンをつけて、彼女は遅れてきた少女を引っ張って駅前のハンバーガー店へと歩いていく。
「お、おい！霊夢！？」金髪の少女の手を掴んで走り出した少女の名を呼ぶが、少女はさらに加速する。
「はやくこないと、私が沢山注文しちゃうわよ！魔理沙はまた破産ねっ」
「勘弁してくれよ！バイト代がまた無くなるぅぅッ！！」少女達の楽しげな声は夏の晴れ渡った空へと消え去った。
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「なんてことのない、単純な願いなんだけどな・・・・」
「・・・・？」
「私は、霊夢と、ハンバーガーってヤツが食べてみたいんだ。紫がさ、人間界からちょろまかしてきた雑誌に書いてあったんだよ」
彼女は霊夢の涙を優しく拭って、微笑んだ。
「今日でここは終わるけど、明日からはまた違うシアワセが待ってる。別に今にとらわれなくたって、居心地がよかった昨日を懐かしまなくたって、いいだろ？」そうして、魔理沙はギュッと霊夢を抱きしめた。
「きっと、人間界にもあると思うぜ？幻想郷（シアワセ）は・・・」
拝啓 博麗 霊夢様へ
未だに巫女をやっていると、この間、文から聞きました。なんでも、文が入社した新聞社に「美人巫女」だなんて大層なお名前で掲載されたとか・・・・きっと参拝客が一杯で忙しい毎日を送っていることでしょう・・・。
私のほうも元気にやっています。
そうそう、藍が有名な大学の数学教授になったのよ。あの子を教えた私は鼻が高いわ・・・・。橙が来月、修学旅行であなたの住む街に行くって聞いたわ。橙の学校の先生をまるめ込んで、一日自由な時間を作らせたから、多分、会いに行くと思うわ、よろしく。私は会社の事業で忙しくてそっちにいけないけど、あなたのことはそこら中に居る皆から色々と聞いているから・・・・。大変だろうけどがんばって。
敬具 八雲 紫
ＰＳ：レミリアが北欧で病院を開業したらしいわよ。なんでも医学会きっての天才外科医だとかなんとか・・・・今度、ためしに誰かを送ってみましょう。
追伸は人目をはばかるかのように小さな文字で、並んでいるのであった。
どこにでも幸せは、転がっているものですよね。