夢の終わりはいつでも唐突で、これもそんな夢なのだろうと、思っていた。
もう、何年もこの夢を見続けている。
それでもまだこの夢は終わらない。
早く終わってしまえと願う。
長く続いた夢ほどに、覚めてしまうときは苦しくて辛いものだから。
楽しい夢ほどに、起きた時の虚無感は何倍にも膨れ上がることを知っているから。
だから、私は願う。早くこの夢よ覚めろと。
私が望んで見た夢でも、いっそ覚めてしまえと。
いつの頃からか、私の夢は少し賑やかになっていた。
いつの頃からか、私はこの夢が覚めて欲しくないと願っていた。
いつの頃からか、私はこの世界を好きになっていた。
この世界はもう私の夢だけではなく、私の周りをにぎわす彼女達の夢でもある。
これは幻想。脆く儚い幻燈風景。
いつまでも、この幻想が続けば良いと私は思う。
たとえその終わりが唐突でも。私は、その終わりがなるべく遠くの未来であって欲しいと願う。
この幻想、覚めてしまうには幾分、大事なものができすぎた。
昼下がり、縁側でうたた寝をしてしまったようだと紫は体を起こそうとしてやめた。頭の下の柔らかな感触。
「久しぶりね」と小さく微笑む。
そう、久しぶり。もう何年も彼女に膝枕などしてもらったことはない
「えぇ、久しぶりです」と彼女も微笑む。
「ねぇ、覚めない夢もあっても良いとは思わない?」紫は自分を見下ろす藍に問う。
「覚めない夢は無いですけれども、覚めた世界で夢を見ることはできると思いますよ」藍がそんな風に言うものだから、紫は小さく微笑んだ。
夢の終わりはいつでも唐突で、あれもそんな夢だったのだと思う。
でも、覚めても、あの夢の温もりは忘れてしまわないで居よう。
もう、私達の夢が世界の隙間に飲み込まれてしまわないように。
「ねぇ藍」と紫は呟く。
「幻想郷は、今はどこにあるかしらね・・・・」
「どこにでもありますよ、幻想なんて」
言って、藍は縁側から聳え立つビルを見つめた。
「きっと、みんながみんな、まだ覚めない夢をみているのでしょうね」
大都会にポツンと建った平屋の豪邸の縁側で、藍は紫の頭を撫でる。
「紫さまー!お客さんです!」と橙に呼ばれて紫が立ち上がる。
あの人はまだ、自分の力が及ばずに失ってしまった幻想郷を背負っているのだろうか。と藍は紫の後姿を見て思う。
あの異変は、誰も悪くは無かった。
ただ、長く見ていた夢が唐突に終わってしまっただけ。
それでも、紫様はきっと自分に責を感じているのだろうと。
藍は思う。
「どうしたのよ・・・・・」玄関から聞こえてきた紫様の声は少し震えていた。その声を聞いて、藍は先ほどの自分の考えを払拭する。
紫様1人に幻想郷を背負わせるだなんて薄情なマネをする輩は・・・・・私達の夢の中には居なかった。
「何、半べそかいてるのよ、酒を飲みに来たんだからしっかり振舞いなさいよね」逞しい声を皮切りに騒ぎ立てる大勢の声を聞いて藍は立ち上がる。
「さぁさぁ皆さん、どうぞ奥に行ってくださいな。今日は私が腕を揮いますよ!」
幻想郷を失って私達、妖怪や人外は姿形が変わってしまった。それでも・・・。と藍は思う。
姿形は違っても。
きっとまだあの頃のまま。
きっとまだ、いつまでも終わらない幻燈風景を見ているのだと思う。
「ねぇ紫様」と藍が涙を拭く紫に言う。
「終わらない夢も、もしかしたらあるのかもしれませんよ」
「えぇ、そうね」彼女はそうして、まっすぐとやってきた懐かしい面々を見渡した。
「ねぇ・・・・・」紫は小さく微笑んで、それから。昔のような、逞しく、どこか悪役的で、それでいて美しい、そんな笑顔を浮かべた。
「次は一体、どんな夢を見ようかしら」