「うどんげ。悪いけど、この薬草を摘んできてくれる?」
ここは永遠亭。
迷いの竹林の奥にある秘密の隠れ家。
・・・ってのは昔の話。
あの月の異変の後、他の人妖にも知られるようになり、今では医療施設(薬屋といったほうが正確か)として多くの人妖を診ている。
その永遠亭を実質上取り仕切っている私の師匠、あらゆる薬を創ることができる月の頭脳、八意永琳が私に資料を見せる。
「・・・何なんですか、この薬草?ウチの在庫にも見たことないタイプなんですが?」
そういって私、鈴仙・優曇華院・イナバは首を傾げる。
その私の声に、師匠はこちらを向き、困ったような笑みを向けて言った。
「ウチにはないわ。実は、この前野暮用で人里の医者の所へ行ったときなんだけどね。幻想郷で生えている薬草の資料を見せてもらったんだけど。かなり貴重な薬草らしいのよ、それ。」
確かに。
入手難易度『極高』とか書いてるし。
「なんか、ヤバイ薬草じゃないんでしょうね?」
「それ単体では特に目立った効果はないの。その薬草の効果は、他の薬剤の効力を飛躍的に上げるらしいのよ。」
なんか他にも使い道があるって言ってたような・・・、と呟く師匠。
「それを私に摘んでこいと。でも、この薬草、入手場所が書かれていませんよ?」
そう、この薬草の資料、他の資料と違って入手場所が書かれていない。
いや、消えていると言うべきか。
かなり古い資料なので、文字が消えてしまったか。
あるいは・・・。
「ともかく、その薬草に興味があるのよね。てなわけで探してきてくれる?」
いやいや。
「なんかこれ嫌な予感全開なんですけど!てか、生えてる場所も分からない薬草をどうやって見つけろと!?」
私の慌てふためくような声を聞いて、ふうっ、とため息をつく我がお師匠様。
「そんなに騒がない。少し考えたら分かるでしょ。」
そういって、ぴっと指を立てる師匠。
「あなたは普段、人里に薬の訪問販売に行ってるわよね。」
「はい。」
まだ少し苦手な人里での訪問販売。
今では少し慣れてきたけど・・・。
「はい、そこで最近お得意様になった所は?」
「えーっと・・・。もしかして命蓮寺ですか?」
つい最近起きた空飛ぶ船の異変。
あの後、突如として人里に現れたお寺。
取り仕切っている聖白蓮という人の人柄もあってか、最近ではすっかり人里に馴染んでいる。
当然、新規顧客開拓として私も足を運んでいるわけだが・・・、って。
「あ、もしかして・・・。」
私の脳裏に浮かんだのは一人の妖怪。
私が訪問するときには、大体彼女が相手をしてくれる。
丸い耳で、しっぽに籠をぶら下げた、なんか賢そうな妖怪。
確か名は・・・。
「ナズーリンさんですか?」
なるほど、彼女はダウザーだ。
探し物を得意とする彼女であれば、あるいは資料を見せただけで場所を特定できるかもしれない。
「そう。あの噂に名高いダウザーである彼女なら、見つけれるかもしれないわ。」
確かに、依頼したら一人で血眼になって探すより、よっぽど発見率が高い。
でも。
「報酬はどうします?」
彼女とて、タダでダウザーをやっている訳ではない。
ちゃんと見合った報酬の元、仕事を引き受けているのである。
「そうねぇ・・・。」
椅子に座りながら一回転。
くるりと廻って私と向き合った師匠は、にっこり微笑んでこう告げた。
「あなたが決めなさい。」
「えっ!?」
師匠から、耳を疑うような発言が出た。
普段から、永遠亭のすべての財務を取り仕切っている師匠が、報酬の交渉を他人に任せたのだ。
「ちょ、いいんですか!?というか、私交渉なんてしたことないんですけど。」
こういうのは、てゐのほうが・・・、いや、なんか詐欺まがいのことしそうでダメだ。
「いいのよ。」
そういって、足を組みなおし、あたかも私を試すかのような目で見つめる師匠。
「これからあなたはね、幾度となく訪問販売に行くでしょうね。今はまだないかもしれないけど、いつか客との値段交渉。もし、必要だと思われる貴重な品に出くわしたら、あなたがその場で交渉しなければならないのよ?」
「それは分かりますが・・・。突然やれと言われても。」
だって、まったくそういった経験ないし。
「だからこそよ。」
私の呟きに、師匠は告げる。
「そのナズーリンって子。中々良心的な値段で依頼を引き受けているらしいじゃない。ちょうどいいんじゃない?初めての交渉相手には。たぶん、無茶は言わないはずよ。」
私は直接会った事ないから確証はないけどね。
そう呟く師匠。
確かに。
彼女は賢く、戦闘などになれば狡猾であろう。
だが、普段の彼女は。
話をしている限りは、決して悪い妖怪ではなさそうに思える。
依頼にもよるだろうけど、決して法外な報酬をしてくるとは思えない。
少し考えた後、私は。
「わかりました、依頼してみます。」
「で、私のところにきた訳か。」
ここは人里の命蓮寺。
部屋に通され、話を聞いたナズーリンさんは、むぅ、と腕を組む。
やはり難しいだろうか。
なにせ、資料には場所が明記されて無い上、どんな外見をしているとしか載っていないのである。
数秒沈黙を続けたナズーリンさんが、口を開く。
「はっきし言って難しい。せめて実物のようなサンプルや、もう少し詳しい情報があれば良かったんだが。」
どうやら可能性は高くないらしい。
しかし、師匠にわかりました、と言ってしまったのだ。
こっちも引けない状況でもある。
「すみません。そこをなんとかなりませんか?」
その言葉に、ナズーリンさんはこう告げた。
「前金をもらおう。そして、もし発見できれば、残りの報酬を受け取ろう。」
「え!?じゃあ・・・。」
思わず前のめりになる私に、すっと手を出して止めるナズーリンさん。
「待て。難しい依頼でもある以上、見つからなくても前金は貰うと言っているんだ。いや、大丈夫。前金の段階でそんなに戴こうとは思わないさ。ただ、資料にも書いている通り、難易度は『極高』だ。それが何をもって『極高』なのかは知らないが、相当難しいのには変わりない。仮に発見したときにはそれなりの報酬は戴く。」
そう言い切り、一息ついて、こう告げた。
「さて、そちらは幾ら出す?」
・・・。
さて、ここからが師匠の言っていた交渉だ。
ナズーリンさんを納得させれるだけの報酬。
前金はそんなに取らないといった。
なら、残りの報酬は・・・。
「・・・どれだけの量が採取できるかによります。」
「と、言うと?」
「採取できた量が少ない分だけ、報酬を上乗せするというのはどうでしょう?例えば、訪問販売での薬の値段の減額具合。その期間。あるいは・・・。」
「ちょ、ちょっと待て。」
私の言葉を遮り、驚いたような表情をするナズーリンさん。
「採取できた量が少ないほど報酬が上がる?普通逆じゃないか?」
「普通ならそうかもしれませんが、今回は資料を見る限り、かなりの希少種です。おそらく手に入る確率は極めて少ないはずです。逆に言うと、多く手に入ったということは、そこまでのことは無いという事です。つまり・・・。」
「少ないほど高価。少ないほど、それなりの対価を払うに値するということか・・・。ハハハッ!」
そういって、一笑。
うまくいったかな?
「なるほど。そういう交渉は初めてだ。わかった、引き受けよう。」
「本当ですか!?」
「あぁ、ダウザーとしても、どこにあるか分からない希少種を見つけるなんて腕がなりそうだしな。自分自身の挑戦という意味でも、喜んで引き受けるよ。」
「ありがとうございます!!」
よかった。
まだ見つかったわけじゃないけど、第一段階クリアだ。
「じゃあ、いつ出発にするかね?」
「準備も必要でしょうし、時間もかかるかもしれません。明日の明朝はご都合つきますか?」
「あぁ、いいとも。では、明日の明朝。人里の入り口でいいかな?」
「はい。よろしくお願いします。」
「あぁ、こちらこそ。」
そういって、互いに握手をする。
さて、帰って師匠に報告だ。
明日は気合を入れていかなくちゃ。
こうして、二人の妖怪は未だ見ぬ探し物に胸を膨らませ、明日に備える。
お互いに異変を通して幻想郷の実力者と対峙してきた妖怪だ。
そこいらの障害なら潜り抜ける自信が、少なからずあった。
されど。
ここは幻想郷。
遥か昔から数多の妖怪が争いを続けてきた秘境。
彼女らはまだ知らない。
弾幕ごっこが浸透して。
スペルカードルールが定着したこの世界で。
未だに続く、あるいは残っている。
あまり表沙汰にはならない”厄介事”。
これは、そんな幻想郷の一片に触れる二人の少女のお話。
そして・・・。
「じゃあ、頼みます。」
「あぁ、あの森には入ったことあるしな。うまく『テリトリー』に入らなきゃ、厄介なことにはならないさ。」
ここは人里の一角。
そこで、一人の男が今まさに依頼を請け負ったところである。
「あの森に入ったのは随分前だが。あの時は2人で行ったなぁ。あーあ、今回は1人か。」
つまんねぇなぁ・・・。
そう言って、男はエモノを背負い人里を離れた・・・。