朝、こいしが目を覚ますと、布団が吹っ飛んでいった。
こいしの目は一瞬にして覚めた。ごしごしと目をこすってみても、なにも変わらない。ただ目の前の布団が吹っ飛んでいったという事実を突きつけられただけだった。
こいしは飛び起きて洗面台に向かった。
顔を冷水で洗って、念入りにタオルで拭いて、帰ってきても、より鮮明な視界でそれを確認するだけだった。
こいしは走った。
姉の部屋に走った。
とにかく急いだ。
姉の部屋を見つけ、ドアにくっついてるハート型のプレートに『さとりの部屋(はぁと)』とか書いてあるのを見ながら、さとりの部屋に侵入した。
さとりはまだ寝ていたが、そんなの関係なかった。
こいしは、言わなければならないのだ。
自分の部屋で起こった不可解な出来事を言わなければならないのだ。
「お姉ちゃん! 起きてよねえ!」
さとりは小さく身じろぎし、ゆっくりと目蓋を開いた。
「んぅー? こいし? どーしたのぉ?」
「あのね、あのね、お姉ちゃん。よく聞いてよ」
「え、あ、はい」
必死の形相の妹に寝起きから責め立てられ、さとりは若干不機嫌になりながらも、答えた。
「じゃあ、言うよ?」
「早くね。私、まだ寝たりないのよ」
「あのね、朝起きたらね」
「ええ」
「わたしの布団が吹っ飛んだの」
しんっと部屋に、静寂が降りた。
さとりは凍りついた。
妹が朝っぱらからくだらない、つーか寒い駄洒落をかましたことや、寝不足なのに起こされたこと諸々あって、さとりは凍りついてしまった。
怒っていいのか、泣けばいいのかわからない。
ついでに、妹のことがますますわからなくなって、結局さとりは泣いた。
「ちょ、お姉ちゃん! どうしたの?」
「こいしが……こいしが親父ギャグに目覚めるだなんて……思っても見ませんでしたよ」
頭を抱えるさとりに、こいしは事情を説明する。
説明といっても、さっき話した通りなのだが。
結局さとりに部屋の現状を見せることでいいだろう、とされた。
そうして、さとりが起き上がった瞬間、布団が吹っ飛んだ。
さとりは目をこすった。
あれ? と一回首を傾げて、もう一回念入りにこすった。ついでに眼鏡を装着して、よく凝らして見た。けれども変わらない。布団は吹っ飛んだままだ。
さとりは恐怖した。
そして、枕に顔を埋めた。
「おねーちゃーん!」
「これは、夢なのですよ。夢。……ふふふ、でなければどうして妹がこんな寒い駄洒落を言いますか。夢ですよ。夢です。だから枕の中は真っ暗とか言えちゃいます」
「お姉ちゃん! 戻ってきてよ!」
「ああ、ここは夢の中ですよ。今起きますよ、こいし」
「おねえちゃーん!」
タオルケットに包まって饅頭みたいになった姉を放って、こいしは取りあえずどうしよう、と思った。
仕方がなく部屋に戻ってきたこいしは、やっぱり布団が吹っ飛んだままなのに、ため息を吐いた。姉は眠ってしまった。布団が吹っ飛ぶという現実を認識したくないがための自衛手段だろう。
こいしは取りあえず布団を直そう、と思った。
直して、寝れば、きっと元通りさ。
善は急げっていうしね。
こいしは早速、布団を拾って、元通り、ベッドの上に置いた。
その上でぼいんぼいんと飛び跳ねてみる。
なんの変哲もない布団だ。
いったいどうして吹っ飛んだのだろうか?
わからない。
そもそも布団、飛ばないし。
それともこれはあれか、常識に囚われてはいけない、ということか。
そっか、ここは幻想郷。非常識の塊だもんね。布団が吹っ飛ぶくらい当たり前じゃん。
こいしも現実逃避を始めた。
もういいや、寝よう。
寝て起きたら、布団が吹っ飛びませんように。
そうしてこいしは目を閉じた。
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「こいし、起きなさい。こいしったら」
ゆさゆさと揺さぶられて、こいしは目を覚ました。
目の前にさとりの顔がある。
「ずいぶんうなされてたけど、大丈夫なの?」
心配そうに聞いてくる姉を見て、ああ、夢だったんだ、とこいしは素直に安心した。
身体を起こして、姉に大丈夫だよ、と言おうとした瞬間だ。
こいしのパジャマが吹っ飛んだ。
さとりが鼻血で吹っ飛んだ。
可愛らしい、少女の羞恥の悲鳴で地霊殿が吹っ飛んだ。
そして布団が吹っ飛んだ。
また随分と懐かしいものをおぼえていますね。
確か八十ちょっとだったかな?ダイナマイトで吹っ飛んだ布団の数。
こっちのふとんは最後の方は吹っ飛んだというより吹っ飛んでいった。
そこが格の差ではないかと我思ふ。
鼻血で吹っ飛ぶさとりが可愛かったですw