Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

永遠の笑顔

2010/07/25 08:51:30
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 うだるような暑さの中。
 そこら中から響き渡る蝉の声はひたすらに煩わしく、肌が焼けるような強い日差しには全く容赦を感じない、一日。
眼下の博麗神社付近に、こちらに手を振る紅白の姿を見て、射命丸は辟易する。
 空中で、しばしの間の逡巡をしたものの、結局、彼女はその場に降りることにした。
 
「どうも。……何か御用で?」

 射命丸は開口一番、えらく無愛想なものになってしまったものだ、と思う。
 羽団扇をぱたぱたと仰ぐ。不格好にならない程度に、自分の周りだけ風を起こすも、やはり暑い。夏だから、と割り切るにも辛い暑さであった。
 人妖ともに、これは応える気候であるはずだが……。
 目の前の少女を、射命丸は一度見て、しかしすぐに視線を逸らした。
 短い沈黙の後に、ため息を吐いてから、明後日の方向に向けていた視線を、彼女は目の前に戻す。
 だがまた、耐えきれなくなって、すぐに逸らしてしまう。
 なんかしゃべってくださいよ、と切実に思う。
 私がなんかしゃべらないとだめなんですか、と不満に思う。



「あのー、巫女さん。その顔……っていうか、ポーズは何なんですか?」
「あら、わかんない?」

 

 巫女は、輝かんばかりの満面の笑顔のまま言った。
 両手ともに人差し指と中指を立てて、顔の横で、ハサミよろしくちょきちょきと動かして、ずっとにこにこしている。




「わかりませんねえ……。正直、暑さにやられてしまったようにしか」
「あー、ひどい! よく平然とそんなこと言えるわよね。……もう、本当にわからないの?」
「ですから、わかりませんって。もったいぶってないで、さっさと言ったらどうなんです」

 


 巫女はしばしの間、射命丸を恨めしそうに見ていたが、やがて、根負けしたらしい。呆れたように、肩をすくめると、いつもの、見慣れた人形面になった。
 人形のように整っているけれど、人形のように感情が捉えられない、そんな顔。
 冷徹とすら形容できそうに、仕事熱心な彼女には似合いの顔。




「せっかくだから、撮ってもらおうと思ったのに」
「とる?ああ、撮るですか。なるほど。迂闊でしたねこりゃ」
「迂闊ってなによ……。カメラ持ってるんだから、一枚ぐらい良いじゃない」

 

 巫女がぴんと指差した方向には、射命丸が首から提げたカメラがあった。
 購入してからまだ日も浅く、傷一つない、夏の日差しにきらりと黒光りが眩しい一品だ。
 好奇心旺盛な彼女には見せないようにしていたのだが、迂闊であった。




「嫌ですよ、そんなの」
「なんでよ。つまんないなあ」
「人は撮らない主義なんです。あ、妖怪もですよ」
「なにそれ。貴女、新聞作ってるんでしょ? 人も妖怪も撮らないわけないじゃない。記事のネタだと良くて、私的なものになると駄目だっていうの?」

 

 巫女は一人で機嫌を悪くしてしまっている。
 射命丸はさらに辟易した。こういうのだから、彼女は苦手なのだ。
 すぐに怒ったり、笑ったり、泣いたり。
 ついていけない。ああ、疲れるなあ。
巫女に限らず、射命丸はいまいち、人間との交流が得意ではなかった。
 聞けば、人間の中ではかなり落ち着いた方らしい、博麗の巫女でも、小一時間も一緒にいれば、へとへとに疲れてしまう。
 嫌いなわけではないが、やはり、何というか、うん。苦手だ。





「あのですね。私はそもそも、新聞なんぞ刷ってませんので」
「えっ!……ほんとに?」
「ええ。本当に。……そりゃ、仲間内にはそういうことに精を出す輩も少なからずいますけども。私は違いますよ」
「ほんとかなあ。だって、貴女いつもカメラ持ってるし。噂好きだし。鴉天狗はみんな新聞作ってるって聞いたし……」
「カメラは純粋な個人の趣味なんです! 噂だけで決めつけないでくださいよ、もう」

 


 それから。なおも食い下がる巫女が、射命丸の懇切丁寧な説明にようやく折れた頃。
 暑さのせいもあり、相手が人だというせいもあり。射命丸としては、この場は早く切り上げて、さっさと飛び去ってしまいたかったが、駄目だった。
 その日に限って、巫女の拘束は何故だかしつこく、話は長引いた。
 やがて。




「ところで、なんで貴女、人間も妖怪も撮らないの?何か理由があるんでしょ?」
「人妖を撮らないことに意図はありませんよ。ただ、私はこの幻想の地の風景を、自分なりに切り取ることが楽しくて、カメラを持つようになったので。撮らない理由があるのではなく、撮る理由がないというだけです」
「……ふうん。もったいないと思うけどなあ」
「はあ。もったいない、とは?」
「だって、ずっと変わらない幻想郷の風景よりも、妖怪や、人間なんてずっと短命なのに」

 
 

 射命丸は巫女の言葉に、頭を掻く。
 そういうことではないのだ、と思う。
 純粋に、貴女たちに、自分は写真に収めるほどの興味を持っていないのだと、どうして彼女は考えられないのか。




「貴女の周りの人妖の、誰か一人でも消えてしまったら。そしてそのヒトのことをやがて忘れてしまったら、悲しいと思わない?」
「……どうですかね。私の周りの連中は皆しぶといもので、想像もつきませんよ」
「もう。ちゃんと考えてるの?」
「ちゃんと、かどうかは知りませんけどねえ。もとより私たちは忘れ去られた者の集まりでしょう。今さらそれがどうしたとは考えられませんか」
「……私は忘れられたら、寂しいけどなあ」

 

 射命丸は目をぱちくりとさせて、巫女を見た。
 もじもじと、気まずそうな顔の巫女は、射命丸の反応を窺っているようだ。




「私はきっと、貴女からしたら、本当にあっという間に、消えてなくなってしまうわ。そして、貴女の記憶からも徐々に私の姿は消えていく。ね、射命丸。そういうの想像すると、寂しくならない?」
「そりゃあ……、いや。巫女さん、何かあったんですか?」
「なんで?」
「さきほどの件もそうですが、今日の貴女は少しおかしい。やたらと写真に写りたがったり、突然、今のような話をし出したり」
「そうかな?……うん、そうかもね」
「近々、死ぬ予定でも?」

 



 射命丸の問いは、半分が本気、残りは冗談とごまかしであった。
巫女がいなくなったら。そして彼女の記憶を時とともに失ってしまったら。
それを射命丸は悲しむか。応えあぐねる問いかけだったのだ。
巫女は思ったよりも大真面目に、きりりと顔を引き締めて、首を振った。




「ないわね。私は博麗の巫女だから、妖怪にも人間にも殺されないし。自ら命を断つなんて馬鹿な真似、なにがあったってしないから」
「ではなぜです。人間から見たって、貴女はずいぶん若いでしょう。前途あるうら若き少女が、気に病む事柄ではないように思いますが」
「そうかな。私はそうは思わないわよ」
「どういうことでしょう」
「……何度も言うけど。私は博麗の巫女だから。人間の死だって、妖怪の死だって、何度も間近に見ることがある。……直接、関わることもある」

 


 射命丸はいたく真面目に、そんなことを言う巫女を、物珍しそうに眺めていた。
つまり彼女は、例えば、自分が退治した妖怪や、それが間に合わず死なせてしまった人間たちを見るたびに、あんなことを考えていたのだろうか。
そんなことは日常茶飯事だろうに、いちいち、真剣に。
忘れ去られたものが行きつく場所、それが幻想郷だろう。
ここに在る時点で、もう忘れられる寂しさなんてものは、誰しもがとうに経験してるはずなのに。
いや、だからこそ、とでも考えるのかな。

変な奴。
 
夏の暑さも少しだけ忘れて、ついさっきまで自分が抱いていた、面倒な価値観を忘れて。
 ちょっと面白いなあ、と思ってしまった。
 傍らで俯く巫女を、じっと見つめて、気付けばそう思っていたのだ。




「巫女さんって、もしかしたらここには不似合いな方なのかもしれませんねえ」
「なによ、それ。馬鹿にしてんの?」
「いえいえそんな。以前から知ってはいましたが、改めて、真面目な方だなあ、と思ってしまいましてね。ちょっと面白いなあ、と」
「面白いって……あんたね! 私は真剣に話をしてたのよ!」
「わかってます。わかっていますし、私も真剣に、そう思ったんですよ」

 


 射命丸が言うと、その意図が汲めないのか、巫女は微妙な面持ちだった。
 振り上げたままの拳を、眉を八の字にしたまま留めていた。
 そんなものだから、彼女に向けて、射命丸はパシャリとシャッターを切った。
 あっと、巫女が声を上げたのを、彼女は聞いた。
 意外な出来事であったのだろう、目を丸くする彼女に、射命丸はくすりと笑う。



「大丈夫です。そこまで言うのなら、私が憶えておきましょう。写真に収めてあげますよ、巫女さん。貴女のことを忘れないように。ずっと、私が面白いと思った貴女が在り続けられるように」



 巫女はしばらくの間、茫然としていたが、やがて、考え込むような顔をして、最後に気の抜けたような笑みを浮かべた。



「どうせなら、笑顔を撮ってよ。恥ずかしいわ、今のじゃ」
「あはは。では、撮り直しますか?」



 射命丸がまたカメラを構えると、途端に巫女は硬直してしまった。
顔を強張らせて、直立する彼女に、思わず射命丸は苦笑いしてしまう。
それって、笑顔? 顔引きつらせてるようにしか見えないわよ。
お世辞のように、射命丸は仕方なく言う。 



「良い笑顔ですよ、巫女さん!」



















 





 うだるような暑さの中。
 そこら中から響き渡る蝉の声はひたすらに煩わしく、肌が焼けるような強い日差しには全く容赦を感じない、一日。
 夏の喧騒を撥ね退けるような声が、博麗神社境内に響く。




「まあまあそう遠慮なさらずに!」
「うっさい! いい加減しつこいわよあんた!」
「あはは。よく言われますねえ、それ。全然気にしませんけどね!」
「あーもう、ほんっと、鬱陶しい!」

 


 どしどしと大股で、射命丸から避けて離れようとする霊夢に、彼女はそれでも、にこにこ笑顔のまま連いてまわっていた。当然、両手に持つカメラは、何時だって準備万端、どんなネタも見逃さない態勢である。




「どうせ貴女のことです。面白いことの一つや二つ、やらかしてることでしょう?どうか、お聞かせ願えませんかね。みな文々。新聞を心待ちにしてる今、拾えるネタは多い方がいいですから」
「だからあ、なんもしてないって言ってるでしょ!」
「なんなら、今から何かしでかして頂いても一向に構わないんですよ!」



 そこそこ本気で突き出されたらしい拳を避けて、一歩、射命丸は下がった。
今にも唸り声でも上げて、噛みついてきそうな、ひどい怒りの形相の彼女に、しかし射命丸は楽しそうだ。




「あんたねえ。そうやって人に付きまとって盗撮まがいのことばっかりして! ちょっとは撮られる側の迷惑も考えなさいよ!」
「何を仰います。これは私なりの親愛の表れですよ!」
「それが迷惑だっつってんのよ!」

 

 
 猛然と襲いかかる霊夢を、射命丸はひらりと飛び越えて避ける。
 さてどうしたものかと考えて、一つ思いつく。




「しかし、そんなおっかない顔して騒いでいいんですかね」
「何の話よ?」
「いえ、博麗の巫女として、その態度はいかかがなものかと思いまして」
「はた迷惑なパパラッチ天狗に気使うことのようには思えないけど」

 

 酷い言い草だ、と射命丸は肩をすくめた。
 つくづく、今度の巫女さんは素行も内面も荒っぽいようで……。
 とはいえ、単純で扱いやすい、という長所もある。
 ついと、射命丸はあらぬ方向に視線を移した。



「いやあ、私は気にしないんですけども。ほら、向こうにいる、せっかくの参拝客が、驚いて逃げてしまわないかなあ、と思いましてね?」
「えっ!?」



霊夢が、射命丸につられて、にやけ面で顔をどこぞに向けた時だ。
パシャリ。小気味の良い、シャッター音がした。
カメラを胸に抱えた射命丸は、満足げな表情だ。
目の前の少女が、怒りと羞恥に顔を真っ赤にして、じわじわと迫ってきていても、それは全く翳ることがない。
どこまでも幸せそうに、噛み締めるように、言う。


「良い笑顔ですよ、霊夢さん!」


 

 
 
 
 

 
 
最後まで読んでくださった方に、感謝です。
足跡
コメント



1.brownkan削除
凄く良かったです・・・。

もう、なんというか、もう、本当に良かったです。
2.拡散ポンプ削除
なるほど、それで文は新聞を…いい話だなぁ
3.奇声を発する程度の能力削除
とても良かったです
4.名前が無い程度の能力削除
先代かっこいいな