※・能力については完全な自己解釈
・めーさくは後ろ向きじれっ隊
・途中から書きたいことが迷子になった
・もし見つけたらお近くの交番まで
……真夏日だった。
遮るものが何もない紅魔館だが、丁度よく窓も少ないので、直射日光による室温の上昇は、他のところに比べれば格段と少ない。
夏だろうが冬だろうが室内は薄暗く、どこかひんやりとした空気が漂っている。急な気温の上昇に慌てて夏服着用を言い渡した咲夜であったが、この室内温度では風邪をひきそうだと思った。けれど仕方ない。メイドも客商売なのである。見た目は大事。
それに、いくら館内が涼しいとはいえ、洗濯などで外に出れば、否応なく摂氏四十度近い熱を浴びるのだ。夏服にシフトチェンジしたのは正しい選択であろう。……あまり半袖は好きではないのだけれど。
「あっつ……」
時刻は正午だった。洗濯を終えた咲夜は、門番隊に昼食を届けるため館を出た。
じりじりと照りつける太陽は痛いくらいで、咲夜は門番たちがこんがりおいしそうに焼けてしまうのではないかと危惧したほどだ。上手に焼けましたー、とか洒落にならない。
あるいは溶けていたらどうしようか。昼食は冷麺にしてみたけれど、みんな口は残っているかしら。あと手。
そこまでを至極真剣に考えてから、咲夜ははっとなって頭を振った。どうやら溶けかけているのは咲夜の頭の方らしい。
誰が思考を読んでいるわけでもないのに、照れ隠しで前髪を弄ってみる。顔の前の手を退ければ不思議そうな顔をした美鈴と目が合って、咲夜はもう曖昧に微笑むしかなかった。
「ごちそうさまです」
……結論から言えば、門番たちは誰一人として溶けてはいなかった。ただ炎天下の中立ちっぱなしだったために、多少の疲労は見受けられる。けれどキンキンに冷えたピリ辛冷麺と蒸饅頭、それに少しばかりの氷菓子を胃に納めてしまえば、いつも通りのお気楽寝坊助集団に立ち戻っていった。結構しぶとい。目の前でガンガン消えていく昼食を感嘆しながら見ていた咲夜の方が、今にも日射病になりそうである。
室内警備班に、この気温は少しつらい。
「あつい……」
思わず呟けば、隣にいた美鈴が小さく笑った。くつくつと喉を震わせて、手元の水筒を差し出してくれる。中にはよく冷えた水が入っているはずだ。炎天下で門番をするには欠かせないものだと、ずいぶん昔に言っていた。
ちゃぽん、と音を立てる、美鈴曰く命をつなぐありがたーいお水。それを丁重にお断りして、咲夜は両腕を広げる。
「ぎゅってして」
言って、じっと美鈴を見つめると、彼女は咲夜の突飛な行動に数瞬呆けてから、やがて合点がいったように小さく笑った。そうして咲夜と同じように両腕を広げて、ぎゅっと一回りも小さい体を包んでくれる。
「あー……、冷たい」
気を使う程度の能力を持つ美鈴的に、冷気を作り出すのは簡単なことらしい。大気中の湿気と乾気をうまいこと使って云々。どうせ咲夜にはできないので、聞いたそばからぽいと忘れた。
咲夜にとって、夏は美鈴が冷たい(体温的な意味で)ということが分かれば十分であった。
「暑いなら館内に戻ればいいじゃないですか」
美鈴は笑いながら、それでも咲夜を包み込む腕の力を緩めることはしない。意地悪ね、と咲夜が呟けば、大型犬のような門番はくふん、と鼻を鳴らす。咲夜はそんな門番にしがみついたままで、頬ずりをするように目を閉じた。髪を撫でてくれる手が、至極優しい。
……夏は嫌いだった。暑いし、自分は臭くなるし、喉は乾くし動きたくなくなる。太陽光は否応なしに咲夜の視界を真白くしたし、食欲も落ちる。冬を越すことよりも、夏を乗り切ることの方が咲夜にとっては至難だった。
けれど今は、夏も嫌いではない。嬉しいことが、一つだけあるから。
「今日はやけに甘えますね」
美鈴は嬉しそうに咲夜を甘やかしてくれる。髪に通される指先が酷く愛しくて、咲夜は目を閉じたまま長く息を吐き出した。彼女の背中にまわした手のひらの、その指先を使って肩甲骨のあたりをひっかけば、美鈴が愛しげに頬を寄せてくる。滑らかなその感触に、何故だか無性に泣きたくなった。
「美鈴」
「はい」
「……なんでもない」
言いたいことはいくつかあった。どれも他愛もないことだったけれど。
美鈴は何も言わずに咲夜を抱きしめて立ち尽くしていた。しっかりと大地に下ろされた二本の足が、咲夜の体重も支えている。
この存在が失われたならば、と、咲夜は考えるたびに怖くて仕方がなかった。
「大好きよ……」
返事を求めぬ言葉を紡げば、美鈴が頷くように頬ずりをする。閉じていた目を開けば、彼女の肩越しに真夏の太陽が見えた。焦がれ焦がれて、それでも叶わず、幼い自分が彼女の隣で見たいと思っていた景色。
青空の下、彼女の赤い髪が翻る様を瞳に焼き付けるのが何よりの願いだった、あの時。闇夜の中で凍え呻くことから抜け出そうと、必死だった。
結局それは永劫叶わぬ夢となってしまったけれど、今は彼女の肩越しに、この情景を見つめている。
あぁ、なんだか泣きそうだ。
咲夜は思い、ちらちらと痛む瞳を瞼で覆った。そのまま美鈴の肩口に顔を埋めて、何も言わない彼女に感謝しながら、ただその腕の中におさまっていた。
夏は嫌い。汗をかくし、頭も痛くなる。満足に目を開けていられないし、体はだるい。でも、あなたに抱きしめてもらえるなら、夏も悪くないと、思う。素直になれない私が、理由をつけてあなたに抱きしめてもらえる。
ねぇ、ほんとはね。私は酷く臆病だから、いずれあなたからもらったものを返す時が来ることが怖い。私なんて全てあなたにあげても構わないけれど、私にくれたあなたを、返さなくてはならない時が来ると思うと、それが怖いの。
触れるたび、抱かれるたび、いつかあなたを返さなくてはいけないのだと思う。そんな自分が嫌で、それでも止められなくて、いつからかあなたに触れるのが怖くなった。
いずれ失くすことが怖いなら、触れなければいいのではないかと思ったの。そんなこと、できるはずもないのにね。
あなたは何もかもきっと分かっていて、それでも私に触れることをためらわなかった。だから私はそんなあなたに少し甘えて、自分を少し甘やかして、こうしてあなたの隣にいる。
「まだ暑いですか?」
「うん」
「そうですか」
美鈴は小さく笑って、咲夜を抱いたまま。どくり、どくり、と心臓の音が重なって、やがてどちらからとも言わず、呼吸も合わせた。
太陽は遠慮なくじりじりと大地を照らし、湖の上にゆらゆらとした靄を作る。
その情景を見つめながら、美鈴はまぶしげに目を細めた。
今はただ、この子のことが愛しくて仕方ない。幼いころから共にあって、いつしかゆっくりと大人になって、触れるのもためらうほど綺麗になっていく。見つめる眼差しに熱がこもって、少し荒れた働き者の手が、自分の手の中で柔らかくほぐれていく様が愛おしく。その青い瞳に自分が映ることを尊いもののように望んだ。一回りも小さい手のひらが、体が、自分を求めてくれることが何より嬉しい。
愛していると囁くたびに、泣きそうな顔をする彼女の、複雑な心の内を知りながら、美鈴はただ笑うのだ。
遠慮するならば、自分から触れに行けばいい。理由が必要になってしまったならば、自分がその理由を作り出そう。夏は涼しいから。冬は暖かいから。それだけであなたがこの腕の中におさまってくれるのならば、いくらでも理由なんて作れるよ。
「咲夜さん」
「ん?」
「今日は暑いですね」
「そうね」
「すっごく暑くて、咲夜さんが倒れてしまわないか心配です」
そうでなくても、私はあなたに触れていたいのだから。
「だから、もう少し抱きしめられててください」
理由が必要なあなたに。
理由が必要になってしまったあなたに。
囁けば、咲夜が顔を上げた。美鈴を見つめる瞳は驚いている。瞬く仕草さえ愛しくて仕方がない美鈴は、そんな咲夜を独り占めするために、ただただ腕に力を込めた。
素直になれない私の夏。
理由をあげる私の夏。
臆病者の、二人の夏。
・
・めーさくは後ろ向きじれっ隊
・途中から書きたいことが迷子になった
・もし見つけたらお近くの交番まで
……真夏日だった。
遮るものが何もない紅魔館だが、丁度よく窓も少ないので、直射日光による室温の上昇は、他のところに比べれば格段と少ない。
夏だろうが冬だろうが室内は薄暗く、どこかひんやりとした空気が漂っている。急な気温の上昇に慌てて夏服着用を言い渡した咲夜であったが、この室内温度では風邪をひきそうだと思った。けれど仕方ない。メイドも客商売なのである。見た目は大事。
それに、いくら館内が涼しいとはいえ、洗濯などで外に出れば、否応なく摂氏四十度近い熱を浴びるのだ。夏服にシフトチェンジしたのは正しい選択であろう。……あまり半袖は好きではないのだけれど。
「あっつ……」
時刻は正午だった。洗濯を終えた咲夜は、門番隊に昼食を届けるため館を出た。
じりじりと照りつける太陽は痛いくらいで、咲夜は門番たちがこんがりおいしそうに焼けてしまうのではないかと危惧したほどだ。上手に焼けましたー、とか洒落にならない。
あるいは溶けていたらどうしようか。昼食は冷麺にしてみたけれど、みんな口は残っているかしら。あと手。
そこまでを至極真剣に考えてから、咲夜ははっとなって頭を振った。どうやら溶けかけているのは咲夜の頭の方らしい。
誰が思考を読んでいるわけでもないのに、照れ隠しで前髪を弄ってみる。顔の前の手を退ければ不思議そうな顔をした美鈴と目が合って、咲夜はもう曖昧に微笑むしかなかった。
「ごちそうさまです」
……結論から言えば、門番たちは誰一人として溶けてはいなかった。ただ炎天下の中立ちっぱなしだったために、多少の疲労は見受けられる。けれどキンキンに冷えたピリ辛冷麺と蒸饅頭、それに少しばかりの氷菓子を胃に納めてしまえば、いつも通りのお気楽寝坊助集団に立ち戻っていった。結構しぶとい。目の前でガンガン消えていく昼食を感嘆しながら見ていた咲夜の方が、今にも日射病になりそうである。
室内警備班に、この気温は少しつらい。
「あつい……」
思わず呟けば、隣にいた美鈴が小さく笑った。くつくつと喉を震わせて、手元の水筒を差し出してくれる。中にはよく冷えた水が入っているはずだ。炎天下で門番をするには欠かせないものだと、ずいぶん昔に言っていた。
ちゃぽん、と音を立てる、美鈴曰く命をつなぐありがたーいお水。それを丁重にお断りして、咲夜は両腕を広げる。
「ぎゅってして」
言って、じっと美鈴を見つめると、彼女は咲夜の突飛な行動に数瞬呆けてから、やがて合点がいったように小さく笑った。そうして咲夜と同じように両腕を広げて、ぎゅっと一回りも小さい体を包んでくれる。
「あー……、冷たい」
気を使う程度の能力を持つ美鈴的に、冷気を作り出すのは簡単なことらしい。大気中の湿気と乾気をうまいこと使って云々。どうせ咲夜にはできないので、聞いたそばからぽいと忘れた。
咲夜にとって、夏は美鈴が冷たい(体温的な意味で)ということが分かれば十分であった。
「暑いなら館内に戻ればいいじゃないですか」
美鈴は笑いながら、それでも咲夜を包み込む腕の力を緩めることはしない。意地悪ね、と咲夜が呟けば、大型犬のような門番はくふん、と鼻を鳴らす。咲夜はそんな門番にしがみついたままで、頬ずりをするように目を閉じた。髪を撫でてくれる手が、至極優しい。
……夏は嫌いだった。暑いし、自分は臭くなるし、喉は乾くし動きたくなくなる。太陽光は否応なしに咲夜の視界を真白くしたし、食欲も落ちる。冬を越すことよりも、夏を乗り切ることの方が咲夜にとっては至難だった。
けれど今は、夏も嫌いではない。嬉しいことが、一つだけあるから。
「今日はやけに甘えますね」
美鈴は嬉しそうに咲夜を甘やかしてくれる。髪に通される指先が酷く愛しくて、咲夜は目を閉じたまま長く息を吐き出した。彼女の背中にまわした手のひらの、その指先を使って肩甲骨のあたりをひっかけば、美鈴が愛しげに頬を寄せてくる。滑らかなその感触に、何故だか無性に泣きたくなった。
「美鈴」
「はい」
「……なんでもない」
言いたいことはいくつかあった。どれも他愛もないことだったけれど。
美鈴は何も言わずに咲夜を抱きしめて立ち尽くしていた。しっかりと大地に下ろされた二本の足が、咲夜の体重も支えている。
この存在が失われたならば、と、咲夜は考えるたびに怖くて仕方がなかった。
「大好きよ……」
返事を求めぬ言葉を紡げば、美鈴が頷くように頬ずりをする。閉じていた目を開けば、彼女の肩越しに真夏の太陽が見えた。焦がれ焦がれて、それでも叶わず、幼い自分が彼女の隣で見たいと思っていた景色。
青空の下、彼女の赤い髪が翻る様を瞳に焼き付けるのが何よりの願いだった、あの時。闇夜の中で凍え呻くことから抜け出そうと、必死だった。
結局それは永劫叶わぬ夢となってしまったけれど、今は彼女の肩越しに、この情景を見つめている。
あぁ、なんだか泣きそうだ。
咲夜は思い、ちらちらと痛む瞳を瞼で覆った。そのまま美鈴の肩口に顔を埋めて、何も言わない彼女に感謝しながら、ただその腕の中におさまっていた。
夏は嫌い。汗をかくし、頭も痛くなる。満足に目を開けていられないし、体はだるい。でも、あなたに抱きしめてもらえるなら、夏も悪くないと、思う。素直になれない私が、理由をつけてあなたに抱きしめてもらえる。
ねぇ、ほんとはね。私は酷く臆病だから、いずれあなたからもらったものを返す時が来ることが怖い。私なんて全てあなたにあげても構わないけれど、私にくれたあなたを、返さなくてはならない時が来ると思うと、それが怖いの。
触れるたび、抱かれるたび、いつかあなたを返さなくてはいけないのだと思う。そんな自分が嫌で、それでも止められなくて、いつからかあなたに触れるのが怖くなった。
いずれ失くすことが怖いなら、触れなければいいのではないかと思ったの。そんなこと、できるはずもないのにね。
あなたは何もかもきっと分かっていて、それでも私に触れることをためらわなかった。だから私はそんなあなたに少し甘えて、自分を少し甘やかして、こうしてあなたの隣にいる。
「まだ暑いですか?」
「うん」
「そうですか」
美鈴は小さく笑って、咲夜を抱いたまま。どくり、どくり、と心臓の音が重なって、やがてどちらからとも言わず、呼吸も合わせた。
太陽は遠慮なくじりじりと大地を照らし、湖の上にゆらゆらとした靄を作る。
その情景を見つめながら、美鈴はまぶしげに目を細めた。
今はただ、この子のことが愛しくて仕方ない。幼いころから共にあって、いつしかゆっくりと大人になって、触れるのもためらうほど綺麗になっていく。見つめる眼差しに熱がこもって、少し荒れた働き者の手が、自分の手の中で柔らかくほぐれていく様が愛おしく。その青い瞳に自分が映ることを尊いもののように望んだ。一回りも小さい手のひらが、体が、自分を求めてくれることが何より嬉しい。
愛していると囁くたびに、泣きそうな顔をする彼女の、複雑な心の内を知りながら、美鈴はただ笑うのだ。
遠慮するならば、自分から触れに行けばいい。理由が必要になってしまったならば、自分がその理由を作り出そう。夏は涼しいから。冬は暖かいから。それだけであなたがこの腕の中におさまってくれるのならば、いくらでも理由なんて作れるよ。
「咲夜さん」
「ん?」
「今日は暑いですね」
「そうね」
「すっごく暑くて、咲夜さんが倒れてしまわないか心配です」
そうでなくても、私はあなたに触れていたいのだから。
「だから、もう少し抱きしめられててください」
理由が必要なあなたに。
理由が必要になってしまったあなたに。
囁けば、咲夜が顔を上げた。美鈴を見つめる瞳は驚いている。瞬く仕草さえ愛しくて仕方がない美鈴は、そんな咲夜を独り占めするために、ただただ腕に力を込めた。
素直になれない私の夏。
理由をあげる私の夏。
臆病者の、二人の夏。
・
めーさくは良いものだ!
夢って『無意識』の顕在でもありますよね、ということは……?
門番たち:「暑いね」「熱いね」
これはいいめーさく。あなたの書くめーさくはそそわのも含めて大好きです!!