金銀銅、色とりどりの円銭が宙を舞う。整然とした円隊形が幾重にも重なって山の裾野のように広がりながら、空中を疾走する少女めがけて飛んでいくが一つとして掠めることすらなく過ぎ去った。空隙を縫っては幻想郷最速とうたわれる機動力を活かして少女は漆黒の羽を散らし輪の中心へと加速した。
それを迎え撃つ形となったもう一人の少女は、藍染めの着物の懐をまさぐり丸い金属が尽きかけているのを確認した。
「このままじゃあラチがあかない。文、悪いが次で決めさせてもらうよ!」
提げるだけだった鎌を両手で握り締め、背を大きくそらして振りかぶる。反動を殺さずに一刀両断の唸りへと変えた。
「死神! ヒガンルトゥー、るっと、きゃん!?」
全体重を乗せて踏み込んだ勢いもそのまま、地すべりしたかのように足の裏を前に投げ出して崩れた体勢で地に背中をつけた。その拍子に放り出された刃は行き場を失って回転しながら前方のやや上空を裂いた。
文はちょうどその地点に猛然と間合いをつめて来るはずだった。それでも持ち前の敏捷性でとっさに回避したが、足元に少し触れた。鎌は農具のように深々と地面に刺さった。
「っ! ……まったくあぶないですね。死神の鎌はたんなる象徴とはいえ、おそらく殺傷力はずば抜けているんですから」
「おっとごめんよ。そんなつもりは全然なかったんだけど、あたいにもなにがなんだか」
「まったく、弾幕ごっこは中断ですね。鼻緒が切れて転んでしまったお間抜けさんに追い討ちをかけるのも大人気ないものです」
「鼻緒が切れただって? これは弱ったなあ、一張羅の足袋で土を踏んで帰るのも気が引ける」
困った困った、と言って緩慢な動作で起き上がり土や雑草を払った。その正面に文は着地し、履物を拾い上げた。切れて毛羽立っている赤い緒が持ち主の髪を思わせた。
「どうする気だい?」
「見ていればわかります、ここは年長者に任せてください」
「あたいは年を数えるのを忘れてただけで、年下とは限らないよ」
「そうですかそうですか、小町さんはすごいですねー」
馬鹿にしたような口調に思わず渋い顔をしたが、どうにかしてくれるようなので悪態をつくのはやめておいた。文はおもむろに胸元のリボンをほどくと緒の端に結びつけて、右後方の眼に通して何回か玉結びをして抜けないようにした。余りを鎌の刃に押し付けて切ると小町に投げてよこした。
「幸い切れたのは右側だけでしたからすぐに直りましたが今度ちゃんと直しに行ってください。色がちぐはぐですがそれまでの辛抱です」
「こんなの頼んじゃいないよ」
拗ねたような声をだしたら、文は呆れるでもなく喉を震わせて笑った。気に入らなくて軽く睨みつけると珍しく眼が合った。
「いつもならもう少し威圧感もあるのですが今は身長、そんなに変わりませんよ?」
下駄の歯がついた靴を履いた文は素足に近い小町と差はなかった。いつもよりも頻繁に絡む視線にむず痒くなって下に外すと、交互に通されていた靴紐が分断されていた。
「もしかして、あれで切っちまったのかい?」
一種の彫刻のように刃を下に向けてそびえている元凶を指さす。
「避け切れなかったのが悔やまれるところです。とはいえ、そう心配せずとも脱げてしまうようなことはないでしょう」
「うーむ、そうはいってもこっちの責任だ、弁償するよ。そんなに懐が狭いと思われちゃたまらない」
「その言葉に嘘偽りはありませんね? そろそろ新調しようと思っていたので丁度良かったです。特注なので値が張るんですよ!」
「いい笑顔でふっかけようったってそうはいかないよ。どう見たって靴紐だけで充分じゃないか」
「あら、意外とうまくいきませんでした。今日これからにでも買ってくれるというのならそれでも構いませんが、どうしますか?」
「む、仕方ないなあ、ついでにその服にお似合いのリボンでも探してあげるよ。うん、我ながら名案だねえ」
「さすが江戸っ子。気前の良さは幻想郷一ですね!」
「てやんでい、宵越しの銭なんか持たないんでえ! ……なんて言わないわよ! あたいは江戸っ子気質って言われるだけで、生粋の彼岸っ子なんだから」
「あら、そうだったんですか。それは初耳です。今度の特集は江戸っ子と彼岸っ子で決まりですね」
「それ読んで誰が楽しいんだい」
「私が楽しいので今回はそれでいいのです。作る側も読む側も結局は娯楽ですから」
文が手を引いて急かすので足袋の裏をはたいてから慌てて直してもらったものを履く。見下ろす形になった黒髪や地面との慣れた距離に言い知れぬ安堵を感じた。そっと前を窺えばそこにはただ純粋に次の行動を心待ちにするごく普通の少女がいた。
しかし、気づかれないようにしたつもりでも彼女もこちらを窺っていた。黒に映える赤い瞳が上目遣いになる程度の差は取り戻していることに気づく。そのはずなのに目が合った。やはりむず痒くなって、足早に人里のほうへ歩き出す。
ぎゅっと、赤と黒のつなぎ目が鳴った。
それを迎え撃つ形となったもう一人の少女は、藍染めの着物の懐をまさぐり丸い金属が尽きかけているのを確認した。
「このままじゃあラチがあかない。文、悪いが次で決めさせてもらうよ!」
提げるだけだった鎌を両手で握り締め、背を大きくそらして振りかぶる。反動を殺さずに一刀両断の唸りへと変えた。
「死神! ヒガンルトゥー、るっと、きゃん!?」
全体重を乗せて踏み込んだ勢いもそのまま、地すべりしたかのように足の裏を前に投げ出して崩れた体勢で地に背中をつけた。その拍子に放り出された刃は行き場を失って回転しながら前方のやや上空を裂いた。
文はちょうどその地点に猛然と間合いをつめて来るはずだった。それでも持ち前の敏捷性でとっさに回避したが、足元に少し触れた。鎌は農具のように深々と地面に刺さった。
「っ! ……まったくあぶないですね。死神の鎌はたんなる象徴とはいえ、おそらく殺傷力はずば抜けているんですから」
「おっとごめんよ。そんなつもりは全然なかったんだけど、あたいにもなにがなんだか」
「まったく、弾幕ごっこは中断ですね。鼻緒が切れて転んでしまったお間抜けさんに追い討ちをかけるのも大人気ないものです」
「鼻緒が切れただって? これは弱ったなあ、一張羅の足袋で土を踏んで帰るのも気が引ける」
困った困った、と言って緩慢な動作で起き上がり土や雑草を払った。その正面に文は着地し、履物を拾い上げた。切れて毛羽立っている赤い緒が持ち主の髪を思わせた。
「どうする気だい?」
「見ていればわかります、ここは年長者に任せてください」
「あたいは年を数えるのを忘れてただけで、年下とは限らないよ」
「そうですかそうですか、小町さんはすごいですねー」
馬鹿にしたような口調に思わず渋い顔をしたが、どうにかしてくれるようなので悪態をつくのはやめておいた。文はおもむろに胸元のリボンをほどくと緒の端に結びつけて、右後方の眼に通して何回か玉結びをして抜けないようにした。余りを鎌の刃に押し付けて切ると小町に投げてよこした。
「幸い切れたのは右側だけでしたからすぐに直りましたが今度ちゃんと直しに行ってください。色がちぐはぐですがそれまでの辛抱です」
「こんなの頼んじゃいないよ」
拗ねたような声をだしたら、文は呆れるでもなく喉を震わせて笑った。気に入らなくて軽く睨みつけると珍しく眼が合った。
「いつもならもう少し威圧感もあるのですが今は身長、そんなに変わりませんよ?」
下駄の歯がついた靴を履いた文は素足に近い小町と差はなかった。いつもよりも頻繁に絡む視線にむず痒くなって下に外すと、交互に通されていた靴紐が分断されていた。
「もしかして、あれで切っちまったのかい?」
一種の彫刻のように刃を下に向けてそびえている元凶を指さす。
「避け切れなかったのが悔やまれるところです。とはいえ、そう心配せずとも脱げてしまうようなことはないでしょう」
「うーむ、そうはいってもこっちの責任だ、弁償するよ。そんなに懐が狭いと思われちゃたまらない」
「その言葉に嘘偽りはありませんね? そろそろ新調しようと思っていたので丁度良かったです。特注なので値が張るんですよ!」
「いい笑顔でふっかけようったってそうはいかないよ。どう見たって靴紐だけで充分じゃないか」
「あら、意外とうまくいきませんでした。今日これからにでも買ってくれるというのならそれでも構いませんが、どうしますか?」
「む、仕方ないなあ、ついでにその服にお似合いのリボンでも探してあげるよ。うん、我ながら名案だねえ」
「さすが江戸っ子。気前の良さは幻想郷一ですね!」
「てやんでい、宵越しの銭なんか持たないんでえ! ……なんて言わないわよ! あたいは江戸っ子気質って言われるだけで、生粋の彼岸っ子なんだから」
「あら、そうだったんですか。それは初耳です。今度の特集は江戸っ子と彼岸っ子で決まりですね」
「それ読んで誰が楽しいんだい」
「私が楽しいので今回はそれでいいのです。作る側も読む側も結局は娯楽ですから」
文が手を引いて急かすので足袋の裏をはたいてから慌てて直してもらったものを履く。見下ろす形になった黒髪や地面との慣れた距離に言い知れぬ安堵を感じた。そっと前を窺えばそこにはただ純粋に次の行動を心待ちにするごく普通の少女がいた。
しかし、気づかれないようにしたつもりでも彼女もこちらを窺っていた。黒に映える赤い瞳が上目遣いになる程度の差は取り戻していることに気づく。そのはずなのに目が合った。やはりむず痒くなって、足早に人里のほうへ歩き出す。
ぎゅっと、赤と黒のつなぎ目が鳴った。
地の文がもう少し欲しいと思いました。
何か読んだ後にすっきりきました。
会話の調子がこう、なんかね、たまりませんな~
あとおまけがwwこれ最初の4行で終わってたら爽やかな読了感だったのに…!