ある日も、白黒魔法遣いは紅魔の館の図書館にやって来ていた。
そこでは平和な平和な読書会が、白黒と紫な魔女によって開かれている。
広い広い図書館に、聞こえるはページをめくる音。
黙々と二人して読んでいる。
カップの中の紅茶は、口を付けられなくなって久しいが、依然熱いままである。
紫な魔女が一冊本を読み終え、集中を解いた。
次の本を取ろうと、顔を上げる。
すると、少々気にかかる事があった。
椅子に立て掛けている白黒の箒が、やたらにボサボサなのである。
自分の使う魔道具の手入れも怠るとは。
「あなた、そんなんだからそんなんなのよ」
いきなり発せられた声に、白黒は驚き顔を上げた。
「あ。え、っと……私の事か?」
「ええ。箒にお世話になっているなら、手入れぐらいきちんとしなさいな」
白黒が竹箒を見遣る。竹箒は穂が乱れ、今にも抜けていきそうだ。
「しまったな。落ち葉集めが祟ったか。いや、チャンバラかな……」
「どの道、ろくな使われ方をしていないのね」
「ああ、本当に申し訳ない。済まなかったな、『流星23号』」
その名に紫魔女が眉をひそめた。
「23号?そんなに頻繁に壊していたの?」
紫な魔女は白黒に、呆れた眼差しを向ける。
「いや、初めから23号だ」
「じゃあ、なんで23なのよ?」
「だって格好が良いじゃないか」
ニッと笑って言う白黒に、紫魔女は大きくため息をついた。
「物に名前をつけるのはいいわ。レミィもやるし、意味がつく事もある」
ただね、と眠たげな目つきで白黒を見る。
「名前をつけるなら、もう少しセンスを磨きなさい。特に脈絡もなく数字を名前に入れるなら、18が限度ってとこね」
白黒は憤慨した。
紅魔の主を擁護し、かつ自分をけなすこの紫に、果たしてセンスがあると言うのか。
「おいおい。私に名前のセンスが無くて、しかし、レミリアにはある、と言うのは少々聞き捨てならないな」
紫魔女は再びため息をつく。
「あなたには『ダサ格好良い』の境地がわからないのね」
『ダサ格好良い』。
それは格好良さの中に、わずかなダサさを入れる事によって、格好良さを何倍にも引き立たせる高等技法。
塩がお菓子の甘さを引き立たせるだけでなく、味に深みを出させるように。
しかし、このダサさと言うのがくせ者で、余りにダサ過ぎると全てを台なしにしてしまう。
そして、わかる者には堪らなく格好良いが、わからない者にはただダサく感じるという両刃の剣である。
「で、具体的にはどうするんだ」
自分の知らない新たなセンスに白黒は興味を示す。
「まずは読みやすく、語感が良いことが重要ね。あなたの天儀『オーレリーズソーラーシステム』は、些か長すぎる」
魔操『リターンイナニネトメス』も、意味は凝っていて良いが、語感が悪い。
だから格好良さを直感で感じにくい。
まずは意味より語呂なのだ。
「次に、本題のダサ格好良さを出す方法だけど、簡単なのは3つあるわ」
まず、自分の名前を入れてしまう事。
次に、簡単な語を3つ以上、語感良く繋げる事。
最後に違う言語を混ぜてみることである。
「自分の名前を入れる事だけど、これは名前によっては際どくなるわ」
「悪魔『レミリアストレッチ』みたいにか。魔理沙なんとか、ってのは流石になぁ」
しかし、入れられた自分の名前は、物よりも技に付けられた名前では、妙な主張をするのだ。
「そこで、あなたの場合は『霧雨』の方を使うのよ。『博麗撲殺拳』とか、強そうでしょ」
「確かに……でも、『霧雨撲殺拳』は微妙だぜ……」
「次に簡単な語を繋げる事。夜符『バッドレディスクランブル』が代表格ね」
これも、大切なのは語感である。
「この前レミィは古道具屋で、スクーターなるものを買ってきたわ」
しかし、ガソリンがないため、紅魔館ではオブジェの一つになっている。
「本来は動く物らしいから、レミィは名前を付けてあげたの。『ウルトラツインバケット号ターボ』と」
「長いな」
ウルトラは接頭語、ツインバケットはカゴが前後に計二つ付いている様を表し、号は乗り物である意、ターボはエンジンを持つという意味だ。
「バケットが明らかに誤用な気がするんだが」
「kick the bucketから吸血鬼っぽく死の重さを持たせたのよ。後は語呂」
「うーん、そんな物か」
「最後の一つは、二つの言語を混ぜてみる事。これは文字通りね」
「パチュリー・ノーレッジみたいにか?」
紫魔女は白黒を不機嫌そうに睨めつける。
「これの代表はなんと言っても魔符『全世界ナイトメア』。これ以上が無いほど素晴らしい名前よ」
この手法は紅符『不夜城レッド』にも使われているが、魔符『全世界ナイトメア』のポイントは単語の選び方である。
全世界、ナイトメアともに大仰な言葉を選び、更に語感もずば抜けている。
紅符『不夜城レッド』は改良の余地があるかもしれないが、魔符『全世界ナイトメア』は完結していた。
白黒、紫な魔女はともに魔符『全世界ナイトメア』の響きに身震いするのだった。
「『流星23号』……なんてひどい名前をつけてしまったんだろうな」
ダサ格好良いの境地に至った白黒は気落ちして箒を眺めていた。
紫魔女は穏やかな口調で話す。
「幸い箒の改良が出来る時期じゃない。物が変われば、名前も変わるのもまた道理だわ」
「ああ、そうか。ならば、これから格好いい名前をつければいいんだな!」
白黒はとびきりの笑顔で言った。
「『流星23号』。これを、一体どうすればいいんだ」
「まずは23号を取っ払って、基本に戻るのよ」
「名前と、単語の羅列と、ほかの言語を混ぜる……のか」
「この場合、流星という言葉を使うなら、羅列はオススメしない。漢字の羅列は加減が難しいのよ」
「じゃあ、名前と他言語か」
白黒は紙に色々候補を書いていく。
「これなんかどうだろう」
『霧雨シューティングスター』
紫魔女は見るなり、まあまあね、と呟いた。
「あえて同じ言葉を繋げてみるのもありよ」
紫な魔女は『霧雨』を消し『流星』に変えた。
『流星シューティングスター』
片方でいいのに合わせてしまう辺りを、白黒はいたく気に入った。
箒の名前は『流星シューティングスター』に決定した。
「それにしても、レミリアには恐れ入ったぜ」
「でしょう?」
「魔符『全世界ナイトメア』の格好良さには、一生かかっても追いつける気がしない」
「あれは本当に、究極だもの」
「レミリアのセンスをただ悪いだけと思っていた、過去の自分を殴りたいぜ……」
噂をすれば影がさす。
そんな話をしていると、紅魔の主がやってきた。
「ねぇ、パチェ。最近暑いじゃない。だから、爽やかさを込めて、『ペパーミント紅魔館』に改名しようと思うのだけど」
ブルーハワイの方がいいかしら、そう呟く友人に、紫な魔女は閉口した。
そこでは平和な平和な読書会が、白黒と紫な魔女によって開かれている。
広い広い図書館に、聞こえるはページをめくる音。
黙々と二人して読んでいる。
カップの中の紅茶は、口を付けられなくなって久しいが、依然熱いままである。
紫な魔女が一冊本を読み終え、集中を解いた。
次の本を取ろうと、顔を上げる。
すると、少々気にかかる事があった。
椅子に立て掛けている白黒の箒が、やたらにボサボサなのである。
自分の使う魔道具の手入れも怠るとは。
「あなた、そんなんだからそんなんなのよ」
いきなり発せられた声に、白黒は驚き顔を上げた。
「あ。え、っと……私の事か?」
「ええ。箒にお世話になっているなら、手入れぐらいきちんとしなさいな」
白黒が竹箒を見遣る。竹箒は穂が乱れ、今にも抜けていきそうだ。
「しまったな。落ち葉集めが祟ったか。いや、チャンバラかな……」
「どの道、ろくな使われ方をしていないのね」
「ああ、本当に申し訳ない。済まなかったな、『流星23号』」
その名に紫魔女が眉をひそめた。
「23号?そんなに頻繁に壊していたの?」
紫な魔女は白黒に、呆れた眼差しを向ける。
「いや、初めから23号だ」
「じゃあ、なんで23なのよ?」
「だって格好が良いじゃないか」
ニッと笑って言う白黒に、紫魔女は大きくため息をついた。
「物に名前をつけるのはいいわ。レミィもやるし、意味がつく事もある」
ただね、と眠たげな目つきで白黒を見る。
「名前をつけるなら、もう少しセンスを磨きなさい。特に脈絡もなく数字を名前に入れるなら、18が限度ってとこね」
白黒は憤慨した。
紅魔の主を擁護し、かつ自分をけなすこの紫に、果たしてセンスがあると言うのか。
「おいおい。私に名前のセンスが無くて、しかし、レミリアにはある、と言うのは少々聞き捨てならないな」
紫魔女は再びため息をつく。
「あなたには『ダサ格好良い』の境地がわからないのね」
『ダサ格好良い』。
それは格好良さの中に、わずかなダサさを入れる事によって、格好良さを何倍にも引き立たせる高等技法。
塩がお菓子の甘さを引き立たせるだけでなく、味に深みを出させるように。
しかし、このダサさと言うのがくせ者で、余りにダサ過ぎると全てを台なしにしてしまう。
そして、わかる者には堪らなく格好良いが、わからない者にはただダサく感じるという両刃の剣である。
「で、具体的にはどうするんだ」
自分の知らない新たなセンスに白黒は興味を示す。
「まずは読みやすく、語感が良いことが重要ね。あなたの天儀『オーレリーズソーラーシステム』は、些か長すぎる」
魔操『リターンイナニネトメス』も、意味は凝っていて良いが、語感が悪い。
だから格好良さを直感で感じにくい。
まずは意味より語呂なのだ。
「次に、本題のダサ格好良さを出す方法だけど、簡単なのは3つあるわ」
まず、自分の名前を入れてしまう事。
次に、簡単な語を3つ以上、語感良く繋げる事。
最後に違う言語を混ぜてみることである。
「自分の名前を入れる事だけど、これは名前によっては際どくなるわ」
「悪魔『レミリアストレッチ』みたいにか。魔理沙なんとか、ってのは流石になぁ」
しかし、入れられた自分の名前は、物よりも技に付けられた名前では、妙な主張をするのだ。
「そこで、あなたの場合は『霧雨』の方を使うのよ。『博麗撲殺拳』とか、強そうでしょ」
「確かに……でも、『霧雨撲殺拳』は微妙だぜ……」
「次に簡単な語を繋げる事。夜符『バッドレディスクランブル』が代表格ね」
これも、大切なのは語感である。
「この前レミィは古道具屋で、スクーターなるものを買ってきたわ」
しかし、ガソリンがないため、紅魔館ではオブジェの一つになっている。
「本来は動く物らしいから、レミィは名前を付けてあげたの。『ウルトラツインバケット号ターボ』と」
「長いな」
ウルトラは接頭語、ツインバケットはカゴが前後に計二つ付いている様を表し、号は乗り物である意、ターボはエンジンを持つという意味だ。
「バケットが明らかに誤用な気がするんだが」
「kick the bucketから吸血鬼っぽく死の重さを持たせたのよ。後は語呂」
「うーん、そんな物か」
「最後の一つは、二つの言語を混ぜてみる事。これは文字通りね」
「パチュリー・ノーレッジみたいにか?」
紫魔女は白黒を不機嫌そうに睨めつける。
「これの代表はなんと言っても魔符『全世界ナイトメア』。これ以上が無いほど素晴らしい名前よ」
この手法は紅符『不夜城レッド』にも使われているが、魔符『全世界ナイトメア』のポイントは単語の選び方である。
全世界、ナイトメアともに大仰な言葉を選び、更に語感もずば抜けている。
紅符『不夜城レッド』は改良の余地があるかもしれないが、魔符『全世界ナイトメア』は完結していた。
白黒、紫な魔女はともに魔符『全世界ナイトメア』の響きに身震いするのだった。
「『流星23号』……なんてひどい名前をつけてしまったんだろうな」
ダサ格好良いの境地に至った白黒は気落ちして箒を眺めていた。
紫魔女は穏やかな口調で話す。
「幸い箒の改良が出来る時期じゃない。物が変われば、名前も変わるのもまた道理だわ」
「ああ、そうか。ならば、これから格好いい名前をつければいいんだな!」
白黒はとびきりの笑顔で言った。
「『流星23号』。これを、一体どうすればいいんだ」
「まずは23号を取っ払って、基本に戻るのよ」
「名前と、単語の羅列と、ほかの言語を混ぜる……のか」
「この場合、流星という言葉を使うなら、羅列はオススメしない。漢字の羅列は加減が難しいのよ」
「じゃあ、名前と他言語か」
白黒は紙に色々候補を書いていく。
「これなんかどうだろう」
『霧雨シューティングスター』
紫魔女は見るなり、まあまあね、と呟いた。
「あえて同じ言葉を繋げてみるのもありよ」
紫な魔女は『霧雨』を消し『流星』に変えた。
『流星シューティングスター』
片方でいいのに合わせてしまう辺りを、白黒はいたく気に入った。
箒の名前は『流星シューティングスター』に決定した。
「それにしても、レミリアには恐れ入ったぜ」
「でしょう?」
「魔符『全世界ナイトメア』の格好良さには、一生かかっても追いつける気がしない」
「あれは本当に、究極だもの」
「レミリアのセンスをただ悪いだけと思っていた、過去の自分を殴りたいぜ……」
噂をすれば影がさす。
そんな話をしていると、紅魔の主がやってきた。
「ねぇ、パチェ。最近暑いじゃない。だから、爽やかさを込めて、『ペパーミント紅魔館』に改名しようと思うのだけど」
ブルーハワイの方がいいかしら、そう呟く友人に、紫な魔女は閉口した。
それにしてもペパーミント紅魔館とは・・・・。
ただ、声に出すと単なる「シーサー」で面白みが無いのが辛いところ。
なるほど、今後の参考になるお話を有難うございました。