私は射命丸文、現在、ここ幻想郷で文々。新聞を発行している烏天狗です。
今日も懸命にネタ探しをしてる所なんですが…
「文さーん、見つけましたよー」
見つけられました、銀髪で犬耳を生やした白狼天狗に
「なんですか、椛さん、今日は休暇じゃないんですか?」
「えぇ、休暇です、半日ですけれども」
「で、何です?」
「あ、そうそうこれこれ」
そう言って椛は懐から包みを取り出した
「今日は魔界の温泉に行って来まして、そのお土産に温泉まんじゅうです」
「ほほう、温泉ってことはあそこですか」
「知ってるんですか?」
「知ってるも何も私が初めて取材をした旅館ですよ」
「え?マジですか?」
「えぇ、私がまだ下っ端で名前で呼んでもくれなかった時期にね、行ったんですよ」
「へぇ、文さんにもそんな時期があったんですか」
「はい、『おい、烏』とか『そこの』とかで呼ばれてましたよ」
私はまんじゅうにかぶりつきながら当時のことを頭の中で思い浮かべていた
『おい、おい烏!』
『はい!何でしょう編集長』
『今度魔界の温泉宿の特集組む、行ってこい』
『行って来いって、何処にですか?』
『馬鹿野郎!その温泉宿だよ!今すぐだ、とっとと行け!』
まぁ色々口調はきつい上司だったんですが、今思えば文々。新聞発行のチャンスをくれたのだと思います。
魔界の入り口から飛んで3時間、徒歩ならば8時間かかるところにひっそりとその宿は建ってたんです、いや、居た、と言う表現の方が正しいかもしれません
『そこいく天狗のお嬢さん、お土産にお人形はいかが?』
『あはは、帰りにも寄るんで考えておきます』
そこいら一帯は魔界でも比較的有名な湯治場らしく、あちらこちらに土産物屋があったんです
『遠いなぁ、温泉宿、早くつかりたいなぁ』
今思えば飛んでいけば良かったんですけどね、何を思ったかその時の私は歩いたんですね
それで、歩き続けること7時間30分、遠くに煙が立ち上ってきたんです
『お、見えてきた、アレですね』
大きく書かれた温泉の二文字、もくもくと立ち上る湯気に、いやにもテンションは上がりましたね
『すいませーん、誰か居ませんかー』
驚くことにカウンターには誰もいなかったんですよ
『…にしてもずいぶんと多くの人形が置いてありますね、若干不気味です』
とまぁそんなこと言いつつもカメラで写真を撮ったりするんですが、その時です
『ヨウコソ、イラシャッテクダサイマシタ』
『んん?なんですか?今の』
『コッチデス、コッチデスッテバ』
『ひょっとして、お人形さんですか?』
『コニーチワー』
まさにビックリ仰天という奴です、人形が喋って動くんです
『ワターシノオ、ナマエー、ザックサンデース』
『へぇー、こりゃまたえらい精密ですねー』
『あっ、居た!探したんだよー』
人形に見とれていると後ろからちっちゃい女の子がちょこちょことやってきましてね、その人形を抱えたんです
『お姉さん、誰?』
その子に一番最初に聞かれた言葉がそれですよ
『私は射命丸文、新聞記者です、お嬢ちゃんの名前は?』
『私はアリス、それでこっちはザック』
金髪のかわいらしい少女でしたよ、笑顔がかわいいのなんのって
『アリスちゃんは家族でここに?』
『うん、お母さんと』
『そのお人形さんは?』
『お母さんが誕生日に作ってくれたの』
『ワターシノオ、ナマエー、ザックサンデース』
『あー、もうザックったら、自分の名前に「さん」はいらないって、この前教えたじゃない』
『アリス、探したわよ』
『あっ、お母さん』
アリスちゃんの後ろから優しそうな女性が来ましてね、口調からその子の母親だと分かったんです
『済みません、うちの娘が迷惑を掛けてしまって』
『いやいや、迷惑だなんて、そんな』
いやーホントに綺麗でしたよ、サラサラした長い髪に柔らかい表情、いかにも“女性”でしたね
『そうだ、自己紹介がまだでしたね、私は神綺と申します』
『射命丸文です、幻想郷で新聞記者をやってます』
『あら、じゃぁ今日は取材ですか?』
『えぇそうです』
『そうですか、ではご機嫌よう』
そう言って神綺さんはアリスちゃんと一緒に上へ上がっていったんです、それでその日の夜、温泉につかり、女将に取材をして、料理を食べて、翌日の朝食をとって帰る予定でした
『あら、こんばんは、文さん』
『あ、神綺さん、こんばんは』
『良い月ですね』
どこか遠い瞳で月を見つめる神綺さんは美しかったんですが、どこか憂いているようにも感じたんです
『文さん、どうです?ちょっと飲みませんか?』
神綺さんがいつの間にか徳利とお猪口を出してたんですよね、それで一杯だけ、と言って飲むことにしたんです、飲み始めてから何分でしょう、いきなり神綺さんがぽつりとね、切り出したんですよ
『…実は、あの子、アリスは私の子供ではないんですよ』
『…それはまた一体、何故私に?』
『私の初めての子は、私が魔法の実験をしているときに、死んでしまったんです』
神綺さんは少しばかり酔ってるようにも見えました、でも、口調はハッキリとしてました
『娘はまだ可愛いさかり、一人じゃ寂しいだろうと、好きだった人形を作って空に上げました』
神綺さんは泣いてました、えぇ今でもハッキリと憶えてます
『それで、娘が逝ってから数年後、魔界で泣いている女の子を拾ったんです、それがアリスです』
私はずっと黙って話を聞いてました、いや、黙らなければならなかった、そんな気がしたんです
『あの子は私のことを本当の親だと慕ってくれています、それに家にいるあの子のお姉さん達もアリスに優しく接しています、でも、本当に優しくして貰ってるのは私かもしれません』
神綺さんは目を閉じて呟きました、それこそ囁くように
『この温泉に来て良かった、暖かい、何もかもが』
神綺さんは泣いていました、それまで見たこと無いくらいに綺麗でした
『ありがとう、文さん、黙って聞いてくれて』
その言葉を最後に神綺さんは眠りについてしまったんです、ゆっくりとね
翌朝、私は神綺さんとアリスちゃんに別れを告げ宿を後にしました、そして土産屋で人形を買い、妖怪の山へと戻り、取材内容を編集長に提出し、出張は終わりを迎えました
「…そんなことがあったんですか」
「えぇ、で、その後記事が評価されて新聞を発行しても良いというお達しが出ましてね」
「ところで、その神綺さんって方のことは…」
「記事にはしませんでしたよ、もちろん、あの話は私の胸のうちに秘めておこうかなと思ったんですよ」
「じゃあ、何で私なんかに」
「信頼ですね」
「はぁ?」
「あの日、神綺さんは私を信頼して話して下さったんです、きっと誰にも喋らないだろうって、それと同じです」
「信頼、なるほど、そう言う物ですか」
そう言い残し、椛は山の方面へ飛び去っていった
椛の姿が完全に消えると私は一人呟いた
「あの温泉の効能には、きっと心の傷が含まれているんでしょうね、曇り、やがては……」
私は空を見上げた、何処までも広く続くこの空
「さーて」
そう言って私はネタ探しのために大空へと飛び立った
いつか文が神綺様と再会する日はくるんでしょうか。
『でも、本当に優しくして貰ってるのは私かもしれません』『ありがとう、文さん、黙って聞いてくれて』
ここがとても好きです。