※この話は作品集68の「妖夢のバイト紀行~人形作り編~」の続きですが、そっちを読んでいなくても問題なく読めます。
暇を持て余した妖夢がバイトを見つけて働く話です。
アリスのぬいぐるみ作りのバイトが楽しかったため、私は今日もバイトを探しに幻想郷職業安定所へやって来た。
さあ、今回も面白そうなものが見つかると良いのだが。
そう考えて掲示板を見渡してみると、真っ先に私の目に入ってきた依頼書があった。
真っ赤な紙に綺麗な字で書かれた特徴的な依頼書だ。
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『ブックカバーをかける仕事』
依頼者:フランドール・スカーレット
大量の本にブックカバーをかけてくれる方募集中。
期日は無し。
必要な物:こちらで用意します
集合場所:紅魔館のフランドールの部屋
集合時刻:指定なし
報酬:食料もしくは金
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「ブックカバーって本に付けるアレのことよね?」
ブックカバーをかける仕事?
フランドール・スカーレットはレミリアの妹だったと思うが何故こんな依頼を出したのだろう。
むむむ、少し興味を惹かれるな。
「でも、あのレミリアの妹なんだよね……」
念の為どんな妖怪か少し調べてから決めよう。
となると、知ってそうな人といえば……
「それで僕の所に来たのかい?」
「はい、店主さんなら弾幕戦になる心配はないですし、咲夜がよく客として来ているみたいだから何か知ってるかな~、と」
「稗田の屋敷で幻想郷縁起を見せてもらう事は考えなかったのか?」
「あの本ちょっと胡散臭いので……」
「それは、分からないでもないがここは道具屋であって、情報屋では……
あ~、まあいい。君もそれなりに客として来てくれるしお得意様へのサービスだ。僕がわかる範囲で良ければ教えよう」
「ありがとうございます」
「まず君はフランドール・スカーレットについてどの程度知ってるんだい?」
「レミリアの妹という事ぐらいしか……そういえば紅魔館には何度か行ったり攫われたりしてしてますが一度も会ったことないなぁ」
「そうだね。レミリアの妹であるにもかかわらず彼女と会ったことがある人物は驚くほど少ない。
ちょっと待ってくれ。確かこの辺りに……」
「何を見てるんですか?」
「文々。新聞だよ。昔フランドール・スカーレットが載った記事があったんだ。
あった、これだ。これがフランドール・スカーレットの写真だよ」
「へぇ~、これが」
宝石をぶら下げたような特徴的な羽に、サイドテールでまとめた長い金髪。
この写真では後ろ姿しか写っていないが、なんとなくレミリアに似ている気がする。
この記事では紅魔館に飛んできた巨大な流れ星を彼女が何らかの方法で爆発させたようだが、
「彼女、この記事でまともに会話してませんよね?」
「まあね。だがそれは普段の紫だって同じだろう?だったら気にする必要はないんじゃないかな」
「ああ、そうですね」
そういえば紫様、というか幻想郷には訳の分からないことばかり言っている人物なんていくらでもいるしそこは気にする必要はないだろう。
「それに戦う時はちゃんとスペルカードルールに則って戦ってくれるらしい」
「戦った事がある人がいるんですか?」
「霊夢が紅霧異変の後に戦ったんだ。それ以降彼女の話は全く聞かないが」
「ふ~ん、霊夢が……
ところでさっきから新聞や霊夢からの話をしてますけど咲夜からフランドール・スカーレットの話を聞くことはないんですか?」
「そのことなんだが、実は咲夜はフランドール・スカーレットに会ったことがないらしい」
「ええ、本当ですか!?」
「ああ、レミリア曰く、咲夜はあくまでレミリアのメイドだから、らしいが……それにしたって『会ったことがない』というのは何とも奇妙な話だ」
「というかちょっと異常じゃないかなぁ」
「はっきり言ってしまえばそうだね。だから君が見つけた依頼は、ある意味ではまたとない好機なのかも知れない」
会ったことがある人物が異様に少ない謎に包まれた悪魔の妹か……
そうだな、せっかくだから依頼を受けてみようかな。
「それじゃあ、私あの依頼を受けてみようと思います」
「そうか、それなら一応備えはして行った方がいいね。
絶対にないとは思うが万が一彼女が危険な妖怪だった時の事は考えておいた方が良い。
はい、これ」
「重っ!!何ですかこの服!?」
店主さんに渡されたのは袖だけを切り取ったような形をした変わった服だった。
色は深緑を基調としていて、見た目はそんなに大きくないのにとても重い。
「名称『防弾チョッキ』、用途『弾丸から体を守る』。恐らく外の世界の戦闘で使用されている服だよ。
触ってみればなんとなく分かると思うが強度が並大抵ではなく、その服を着る外の世界の人間達の弾幕戦がいかに凄まじいかを物語っていると言えるね。
この防弾チョッキは外から流れ着いたものを参考に、霊力を流し易い特殊繊維と魔道合金を使用して僕が独自に作ったものだ。
魔法攻撃、物理攻撃双方に対する耐性の強化と一割の軽量化、それにちょっとした細工の搭載にも成功したんだよ。
魔理沙と霊夢には重すぎる上にスペルカードゲームでは必要ないと言って突き返されてしまったんだが使用する機会ができて良かった」
スペルカードゲームで使用される弾は当たれば派手な音がするが、こんな服が必要になるような威力はまず出さないからそりゃあ断るだろう。
店主さんは一体何を思ってこんな服を作ったんだろう……
「店主さんって作る時に目的とか考えないんですか?」
「勿論目的を持って作る事の方が多いさ。
ただ防弾チョッキはその洗練されたデザインと見た目に反した強度に感銘を受けて、考えるよりも先に作り出してしまっていた」
相変わらず変わった人だなぁ。
まあこうしてわざわざ出してくれたのは嬉しいけど。
「必要になるかは分かりませんがありがたく使わせていただきます」
「では、料金についてだが」
「え?いやいやちょっと待って下さい、お金取るんですか?」
「当然じゃないか。これは商品なんだから」
……まあ分かってた、分かってたわよ店主さんがそういう人だって事は。
う~でもなんか納得いかない。
「いくらなんですか」
「ざっとこのぐらいかな」
「そんな大金払えませんよ!」
「まあそうだろうね。仕方ないから今回は特別にタダで貸してあげるよ」
「いいんですか?」
「いいよ、何かあった時は後で紅魔館に請求するさ。
その代わりせっかくだから終わった後に感想を聞かせてくれ」
「分かりました」
なーんだ、貸してくれるなら最初からそう言ってくれればいいのに。
何はともあれ、話は聞けたし依頼を受けて行ってみよう。
*
さて、紅魔館の門の前までやってきた。
今回は正式に依頼を受けて来たんだから門番に言えば通してくれるかな。
「何の用かしら?」
「フランドール・スカーレットさんの依頼を受けて来たんですが」
「ああ、フランドール様の。分かりました、少しお待ち下さい」
門番らしき妖怪が部下に命じて中に入らせた。
依頼の確認だろうか。
「ところでその服は防具ですか?」
「あ、はい。フランドール・スカーレットさんがどんな人か分からなかったので念の為。
着てたら何かまずいでしょうか?」
「いえいえ、全くかまいませんよ。フランドール様はある意味何をしだすか分からない方なので用心するに越した事はないと思います。
まあ、流石に自分で呼んだ客人に手を出すような事はないと思いますが」
やっぱり変わった人なんだ。
とは言っても私の周りは変わった人の方が多いから大丈夫だろう。
あれ、待てよ?
「あなたはフランドール・スカーレットさんに会ったことがあるんですか?」
「ありますよ。それが何か?」
「咲夜は会ったことがないと聞いたので」
「そうですね。フランドール様は滅多に部屋から出てきませんから紅魔館でも会った事がある人は少ないんですよ」
「へえ~、そんなに出てこないんですか?」
「ええ、あの方は昔から……あ、確認が取れたみたいですね。
ではフランドール様の部屋まで御案内しましょう」
「よろしくお願いします」
果たして鬼が出るか蛇がでるか。
いや鬼が出るんだろうが。
「ここがフランドール様の部屋です」
「ここが……ですか?」
門番に連れられてやってきたのは紅魔館の地下、部屋の扉とは思えない重厚さを誇る鋼鉄の「蓋」の前だった。
蓋と形容したのはそれが円の形をしていて本当に蓋のように見えたからだ。
だが確かにその蓋には何かの冗談のように「フランドールの部屋」と書かれた札が掛かっていた。
「これ、どうやって開ければいいんですか?」
「この扉、実は中からしか開かないんですよ。
だから用事がある時はフランドール様に開けて貰うんです」
そう言うと門番は扉の脇に付いている小さな呼び鈴を押してそこに向かって話しかけた。
「フランドール様、客人をお連れしました」
「私に客人なんて珍しいわね。人違いじゃないの?」
「依頼を受けてきた人だそうです」
「ああ、そう言えばそんなの出したわね。今開けるわ」
扉が重々しい音を立てて開いた。
中から出てきたのはあの写真と同じ金髪の少女、フランドールスカーレットだ。
「こんにちは、可愛い剣士さん。美鈴はもう下がっていいわよ」
「では、私はこれで失礼します」
「ありがとうございました」
門番は私に会釈を返して戻っていった。
「じゃあとりあえず中に入って」
「おじゃまします」
そこは異様な部屋だった。
壁を埋め尽くし、それでもなお飽き足らぬように床まで侵食する大量の本。
巨大な机とその上に置かれた数々の器具と薬品。
そして何よりも存在感を放つ部屋中の家具に取り付けられた黒い拘束具のような物体。
部屋はそこに住む人物の性格を表すというが、私にはこの部屋の持ち主がどんな性格なのか想像することができない。
「す、凄い部屋ですね」
「ちょっと散らかってるわよね。また今度整理しないと」
「いえ、そういう意味ではなく……」
「うん?あ~、これね。
ほら、私って力が強過ぎるから大抵の物は加減できなくて壊しちゃうのよ。
でもこれを付けておくと壊さないですむの」
「そうなんですか」
どうやらあれは家具を保護する為に付けてあるらしい。
力が強過ぎるのも難儀なものだな。
他にも気になる事はあるが初対面の相手に色々聞くのも失礼だろう。
そもそも私は仕事をしにきたのだし。
「では、仕事の内容について聞いてもよろしいでしょうか?」
「何か分からない事でもあるの?」
「ブックカバーをかける、というのは分かったのですが、それがどういった意図なのかと。
紅魔館にも沢山メイドがいますから何か特別な理由があって依頼を出したのかと思いまして」
「理由ね、まあいいか。
え~と、簡単に言えばメイドがここに来ないから、美鈴は門番だから、私がやると本が潰れるからかしら。
ああ、そうよ。もともと本が潰れないようにする為に頼んだのよこの依頼。
誰も受けてくれないからすっかり忘れてたわ」
「本が潰れないようにする為、ですか?」
「家具についてるのと同じよ。
家具の方は昔美鈴に付けて貰ったんだけど、ブックカバーはつい最近私が新しく作ったから誰かにまた頼もうと思ったの」
「う~ん、まあ、なんとなく分かりました」
要するに本を保護する為のブックカバーを作ったが、付けてくれる者が紅魔館にはいない為依頼したということらしい。
それにしてもこの人の話し方紫様とはまた違って少し変だな。
「というわけでブックカバーはここに積んであるからお願いね」
「本はどれですか?」
「全部」
「……まさかこの部屋にあるの全部ですか?」
「期限は設けないわ。頑張ってね」
うわぁ……果たしていつ終わるものやら……
今日中に終わらなかったら明日以降は誰か他にも暇な人を探してくるべきかも知れない。
取りあえずやれる所まで頑張ろう。
それでは早速棚から本を、
いや、待てよ。
そういえばパチュリーの大図書館の本は攻撃してきたな。
この棚に入ってるのも似たような感じのハードカバーの本だしもしかして攻撃してくるのではないか?
「念の為……」
まず鞘で軽くつついてみる。
何も異常はない。
次に半霊を使って離れた位置からそーっと一冊だけ抜き出してみる。
よし、何もしてこない。
とりあえず付ける際に抵抗されたりする事はなさそうだ。
「ねえちょっと」
「うわ、びっくりした!なんですか急に?」
「それはこっちのセリフよ。何そんなにビクビクしてるの」
「以前パチュリーの図書館に行った時は本に攻撃されたので、この本も攻撃してくるんじゃないかと思いまして」
「私の本はそんな事しないわよ」
「そうですか?」
「あれはあの娘の趣味がおかしいだけだから。
この世に存在する本が自立起動戦闘用だとか殴る用だとかそんなのばっかだったら私はとっくに自殺してるわ」
良かった、どうやらこれは普通の本らしい。
「ほら、作業を邪魔する物は何もないから始めて大丈夫よ」
「すみません。すぐ始めます」
さあ、では気を取り直して早速始めよう。
「247……248……249……250っと。ふぅ……あとどれくらいあるんだろう?」
「7262冊よ」
「うぇ~まだそんなにあるんですか?」
「私が持ってる本全部と比べれば大した量じゃないけど今回はここに出してある分だけでいいの」
「たくさん本をお持ちなんですね」
「長い間一人でいると自然に湧いてくるのよ。疲れたみたいだしそろそろ休憩してにしましょうか」
フランドール・スカーレットが指を鳴らすとコップを乗せたお盆が飛んできた。
へえ、こんな魔法もあるのか。便利そうだな。
「ほら、こっち来て座って」
「あ、はい」
私が席に着くとお盆はコップを目の前に置いて去っていった。
一体何が入ってるんだろう。
「……」
「どうしたの、遠慮なく飲みなさい」
「……この赤い液体は一体なんですか」
「ふっふっふ、それは勿論新鮮な処女の生き血……というのは冗談でただのトマトジュースよ」
「トマトのジュースなんてあるんですか?」
「あるんだな、これが。
好みが分かれる飲み物だけど私の一押しよ」
確かに血の匂いはしないが真っ赤な色のジュースとは何とも奇天烈な飲み物だ。
狙ってはいるのだろうが出された物を口にしないのも失礼だし……
ええい、何事も挑戦だ。
意を決しコップを掴んで中身を口に入れると、
「ああ、成る程トマトの味だ」
「美味しい?」
「あまり甘く無いけどすっきりしてて美味しいです」
意外と普通の味であった。
見た目こそアレだがこれはなかなかいける。
「気に入ってくれたようで嬉しいわ」
「でも何も言われずに真っ赤な液体出されたら驚きますよ」
「わざとよ」
「そうですか……」
「それにうちの料理は人間が入ってようが入ってまいが味は同じなのよ」
「ぶっ!!?」
「大丈夫、大丈夫。それはただのジュースだから」
「突然変な事言わないで下さい!」
「今のは驚かせるつもりはなかったんだけどなぁ」
ああやっぱりこの人変だ。
「そういえばさあ」
「なんですか」
「まだあなたの名前聞いてなかったわね」
「ああ、そういえばそうでしたね」
私は名前を知っていたし聞かれなかったからすっかり忘れていた。
「魂魄妖夢です」
「ああ、冥界の庭師さんね」
「知ってるんですか?」
「知ってるわよ。
あなただけじゃなくて幻想郷にいる妖怪の名前は大体覚えてるわ」
「でも、普段外に出ないんですよね」
「ふふふ、よくご存知ね」
しまった、私また余計な事を!
「えーと、すみません……」
「別に謝らなくていいわよ。私はそういうの気にしないから。
確かに私は全然出ないから覚える必要はないんだけど、実は必要があるのよ」
「どういう事でしょうか」
「平和っていい事だけどさ、なかなか皆頭の中までは平和にできないのよね~」
「???」
「あなたはあんまり気にしなくていい事よ。
それよりきっと友達たくさん作った方がいいわね」
友達、友達かあ。
私は友達たくさんいるのかな。
私も霊夢達に会うまではずっと冥界から出なかったし、それが当たり前だった。
でも、最近は外にでかけるようになって色々な人間や妖怪と会うようになって……
これからも色んな所に行ってみれば友達と呼べる人ももっと増えるかな。
「フランドールさんは友達になってくれますか」
「私?やめておいた方がいいわよ。迂闊に触ると一瞬でミンチになるから」
「じゃあ触りませんから」
「え~……さっきあなたも言ってたけど私外に出ないから一緒に遊びに行ったりとかもできないわよ」
「私が遊びに来ますから」
「なんで私?」
「せっかく会ったんだから友達になった方が得じゃないですか」
一度関わりを持った人とはなるべく仲良くしたい。
フランドールさんはここで友達にならなかったら、多分なかなか会えないから。
「まあ、あなたがいいなら」
「妖夢」
「え?」
「妖夢、って名前で呼んで下さい」
「わかったわよ、妖夢。その代わり妖夢も名前で」
「わかりました、ええと、フランドール」
「そうそう」
あ、少し可愛い。
フランドールは私と会って初めてニッコリと笑った。
「きゃああああ!!コップから目玉が!」
「それは白玉に模様描いただけだから食べられr「だからなんでこんな出し方を!!」
「趣味よ」
「あなたの感性は理解できる気がしないわ……」
「748……749……750。今何時かな?」
「午後六時」
「もうそんな時間か、そろそろ帰らないと。残りどれくらいかかるかな」
「嫌なら別にやめてもいいけど」
「いや一度受けた仕事を途中で投げ出したりはしません。
明日からは誰か別の人も連れてくればもう少し効率も良くなるかな」
「別の人、別の人ね。それだったら他の人も連れてきてもいい……あ、そうだ」
「どうかしましたか?」
「いや、そういえば私分身できるのよね」
「分身?でもその分身ってフランドールの分身なんだからやっぱり本が潰れちゃうんじゃないですか?」
「そのままなら間違いなくそうなるけど、虚弱魔法とかで調節すれば或いは……
ちょっと一晩待って。色々試してみるから」
「はあ、分かりました。じゃあ明日はとりあえず一人で来ますね」
「気をつけて帰るのよ」
・
・
・
「扉が重過ぎて動きませーん!」
「はいはい、今開けるわ」
*
そして翌日。
昨日と同じように紅魔館へ行くとフランドールは見事に分身していた。
「何ですかこのやたら倦怠感を漂わせてる方々は……」
「なかなか苦労したけどなんとか完成したわ。名付けて『アンニュイオブアカインド』。私の分身でありながら強すぎない力で作業できる優れものよ」
「動くようにはとても見えないんですが」
「まあ見てなさい。こう見えてちゃんと働くから。さあ、あんた達本にブックカバーを付けなさい」
「やだ」「めんどい」「だるい」
次の瞬間、フランドールから火柱が上がった。
「付・け・な・さ・い」
「「「イエスマム」」」
なるほど、確かにちゃんと働き始めたが、
「なんか動きが不安定ですね。ちょっと恐いんですけど」
「大丈夫、触ってもミンチにはならないから」
「いや、そういう意味じゃなくて」
などと言っていると頭上から分身と共に本がたくさん降ってきた。
「きゃあ!言わんこっちゃない!…………あれ?」
私はとっさに腕で頭を庇ったがその上に本は落ちてこなかった。
「あれあれ?」
「へえ、いい物持ってるわね」
「あ、フランドール今何かしましたか?」
「何言ってるの、妖夢のベストが弾いたんじゃない」
「え?これが?いや本は上から降ってきて」
「だからそのベストが障壁を出して弾いたでしょ。
それ妖夢のじゃないの?」
「はい、これは他の人から借りたものなんです……あ!」
――『ちょっとした細工の搭載にも成功したんだよ』――
「あれってこういう意味だったのか」
「作った奴なかなか良いセンスしてるわね。機会があれば会ってみたいわ」
「あの人も滅多に外に出ないから無理だと思いますけど、一応伝えてみます。
あと分身はブックカバー付ける作業に専念させて下さい。棚から降ろすのは危ないから私がやります」
「「「「イエスマム」」」」
「はあ……」
「あ~やっと五千数百冊終わった」
「5320冊ね」
「残りは、約1900冊か……あと三時間ぐらいあれば終わるかな」
「じゃあ一旦休憩にしましょうか」
フランドールが指を鳴らすと昨日と同じようにお盆が飛んできた。
今日は真っ赤なかき氷が乗っている。
「もうツッコみませんよ」
「残念」
味はイチゴだった。
「そういえばフランドールは魔法使いなんですよね」
「種族は吸血鬼だけど魔法を使う奴のことを言ってるならまあそうね」
「さっきの浮いてるお盆も魔法ですか?」
「そうよ」
「じゃあ本もわざわざブックカバーをかけなくても浮かせながら読めばいいんじゃないですか?」
「分かってないわね、妖夢。確かに中身を見たいだけならそれでもいいかも知れない。
けどそれじゃあダメなのよ。私は中身が知りたいんじゃない、本を自分の手で掴み、字の重みを感じつつ、それを舐めるように読みたいのよ!」
「とりあえず何かしらのこだわりがある事は分かりました」
「何?分からない?しょうがないわね、じゃあ私の本を貸してあげるから取りあえず読みなさい。
論説、物語、随筆、何が好き?」
「いや、私は別に」
「人の好意を無得にするもんじゃないわよ。
ほら早く、言わないなら私が適当に選んじゃうわよ」
「え~と、じゃあ物語でお願いします」
「よしきた!物語ね。はいこれ」
フランドールが手を振り上げると私目掛けて一冊の本が勢いよく飛んできた。
「危なっ!もうちょっと加減して下さい!」
「気にしない、気にしない」
「気にして下さいよ……なになに、『二年間の休暇』?」
「外の世界は素晴らしいわね。有名作品はちゃんと色んな言語に翻訳して広める努力をしてる。
これ原本はフランス語なのよ」
「へえ~、わざわざ日本語に翻訳されてるんですか。分かりました、帰ったら読んでみます」
「返すのはいつでもいいけどちゃんと読んでね」
「終わった、やっと終わった全部……」
「お疲れ様~、助かったわ。報酬は何がいいかしら?」
「じゃあお金で」
「お金ね」
もはやお馴染み、フランドールが指を弾くと金塊が次々と飛んできた。
通貨でも延べ棒でもない正真正銘ただの金塊だ。
「いや、これじゃあ使えませんよ」
「え、駄目?じゃあこっちで」
そう言うと今度はどこの国かも分からないような言葉が刻まれた金貨が次々と……
「すみません普通に使えるお金はないんですか」
「だって依頼書にも書いてあったでしょ。食料か金って」
「あれってお金じゃなくてそのまんま金って意味だったんですか……」
「ごめんなさいね、欲しい物はお姉様が用意してくれるから最近の流通貨幣とか持ってないの」
なんという箱入り、幽々子様もびっくりだ。
まあ外に出ない妹にお金を持たせたりはしないか。
「じゃあ、食料で」
「よし、じゃあお菓子作りに便利な調理器具、材料、私特製『ハロウィンで使えるゲテモノ風お菓子レシピ』をセットで大サービス!」
「私一人じゃこんなに持って帰れませんって」
「出番よ、アンニュイオブアカインド」
「「「イエスマム」」」
「どっからどう見ても怪しげな集団じゃないですか!」
「妖夢、外聞を気にしてたら大物にはなれないわよ。周りの大妖怪を見てみなさい。格好からしてマトモじゃないでしょう?」
「突然そんな事説かれても私困るんですが……」
「あなたが怪しげだろうがトチ狂ってようが世界は問題なく回り続けるからあなたは何も気にしなくていいの。
さあ、こいつらは家まで運んだら自動的に消えるようにしておくから心置きなく帰りなさい」
この人が何を言っているかは分からないが、何を言っても無駄だという事は分かった。
「じゃあ、失礼します」
巨大な荷物を持った分身達を伴って私は紅魔館を後にした。
あと、帰る際には人妖が多そうな所は迂回した。
*
「……とまあこんな感じでした、今回のバイトは」
「なるほど、フランドール・スカーレットは本が好きなのか。なら悪い妖怪ではないだろうな」
「まあ確かに悪い人ではありませんでしたが……とても変わってましたね。
正直レミリアとは似ても似つかない、いや、無茶苦茶な事言い出す辺りは似てたかな?あ、でもそれは大妖怪は皆そんなものか。
とにかく一度会ったら忘れられない人でしたね」
「あと、僕の作品を評価してくれたんだろう」
「そうそう、本が落ちてきた時に勝手に弾いてびっくりしましたよ。
お陰で助かりましたけど、この道具ってああいう使い方じゃないんじゃないですか?」
「もちろんそうだよ。防弾チョッキは元々それ自体が弾丸を受け止める為の道具だからね。
だがその通りの使い方をしていては摩耗が早くなり、あっさり使い潰してしまうだろう?
実際流れ着いた者の中には既にボロボロになっている物もあった。
だから僕が作ったのは着た者の妖力や霊力を使用して障壁も展開できる二重構造にしたのさ。
どんな物であれ、大切に使うに越した事はないからね」
「それであの値段ですか。
買ってくれる持ち主が現れなければその理念も無駄だと思いますが……」
「その場合は僕が着るので問題はない」
つくづく商売に向いているとは思えない人だなぁ。
まあ、それでこそ店主さんという気もするが。
「僕も是非一度会ってみたいね」
「今度本を返す時にでも案内しましょうか?多分店主さんとは気が合うと思いますよ」
「いや、あそこは仮にも悪魔の館。せっかくだが遠慮しておくよ」
「君子危うきに近寄らずですか。いや、店主さんは君主って感じじゃないですよね」
「やっぱり賃貸料金を請求させて頂こうか」
「ええ!?ただで貸してくれるって言ったじゃないですか!」
「僕は君主ではなく、所詮はしがない商売人なんでね」
フランの性格が良い具合に砕けてて良かったです!
素晴らしい作品でした。
上手く言葉にできませんが、褒め言葉しか出てきません。続き楽しみしています。
霖之助も原作ぽくていいですね、口は災いのもとな妖夢が特に。
>>奇声を発する程度の能力さん
待っていただきありがとうございました!
フランドールの性格は少し悩みましたが、そう言っていただけると嬉しいです!
>>2
うおお、こんなに褒めていただけるとは身に余る光栄です!
このフランドールは一応文花帖を参考に書いたので原作っぽさが出せたのかも知れません。
次回も面白い作品を書けるように頑張ります!
>>3
霖之助と妖夢の組み合わせは割と好きなのでそう言っていただけると嬉しいです
妖夢の失言は若干露骨になってしまった気もしますがw
>>唯さん
すみません、現在守矢神社でのバイトは全く考えておりません……
しかし、せっかくリクエストを頂いたのですから次の次辺りに頑張って入れてみます!
>>5
実は、可愛いフランドールは他の作者様がたくさん書いていらっしゃる上に自分が書いても敵う自信が全くもってなかったのであまり書かれていないちょっとイカれたフランドールを書く事にしたんです。
たぶんこれからも自分が書くフランドールはこんな性格になると思いますw