扉を開く。いつものように紅い色が私の目に入り込む。
豪奢な椅子にお姉様が座っているのが見えた。
お姉様は、読書をしていた。
お姉様は、本を見ている。私を見ていない。
…私は、お姉様を独占している本に嫉妬した。
…きゅっとして、どかーん
パン、と渇いた音を立てて、本は砕け散る。紙吹雪のように舞い散り、白い紙は光を反射しキラキラと輝く。
綺麗だ。
私とお姉様の出会いの演出になれた本は、さぞかし本望だろう。うんうん。
お姉様が私を睨みつける。
「ノックも無しに、私の部屋に入り込んだ挙げ句、本まで壊して。何度言ったら、常識を身につけてくれるのかしら?」
あれ?怒ってるのかな?ちょっとくらい、多目に見てくれてもいいんじゃない?…他でもない、私がやった事だし。
「いいじゃない。お姉様の一番愛しい、妹の仕業なんだしー」
お姉様は大仰に溜め息をつく。
「とにかく、これ以上物を壊したら許さないからね」
「はーい」
そう返事をしたけど、私は知っている。お姉様は結局、私に甘い、ということを。
そもそも、今までに同じセリフを何度も聞いている。その度、私は色よく応えるのだが、お姉様の怒った顔が可愛いので、つい反故にしてしまう。
毎回、『次は許さないからね』と言っているが、私がいくら壊してしまってもお姉様は私を強く叱れないのだ。
私は、お姉様が座っている椅子の正面に立ち、お姉様を見下ろす。お姉様は見上げる。
「抱っこしなさい」
その言葉を聞いて、再び、お姉様は大仰に溜め息をつく。
「だから、姉に頼み事をする時は、敬意を払ってしなさいって言ってるでしょう」
お姉様は体面を気にする性質だ。本心は、私を抱きしめたくて仕様がないはず。
「それで?抱っこしてくれるの?してくれないの?してくれないなら私、地下室に帰るけど」
「抱っこします。抱っこさせてください」
お姉様は真顔で即答した。ほらね。
「最初からそう言えばいいの」
私はお姉様の膝の上に座り、背中を預ける。お姉様は『私を安楽椅子代わりにするな』って怒るけど、実際は満更でもないらしい。
ああ、お姉様の体温がなんとも心地いい。世界で一番安心出来る場所だ。
お姉様は私の肩に顎を乗せて、腕を回す。あ、こら、どさくさに紛れて胸を触るな。
「ねぇ、フラン。何度も言うけど物を壊しては駄目よ。高価だからとかそういう理由じゃないわ。物にはそれぞれ思い入れという物があって……」
こんな時にまで説教?少し、腹が立った。
だから私は、これ見よがしに、人差し指で耳栓をする。
そんな私を見て、お姉様は本日三度目の溜め息をつく。
「呆れた子ね、姉の言う事をちっとも聞きやしない。まったくもう。はい、もう抱っこ終了」
お姉様は手を離し、私を押しのける。
抱っこされていた時間は三分。全然足りない。
「ちょっと。まだ足りない。抱っこ」
「あと、敬語くらい覚えなさい。抱っこはその後」
…むぅ、無視するとはいい度胸じゃない。
今日のお姉様は随分と生意気ね。
「ねぇ、お姉様ぁ。抱っこしてよぉ」
上目づかいで、小首を傾げるようにお姉様を見つめ、さらに猫なで声でおねだりする。
この方法で失敗した事はなかった。これで、いつもお姉様はゆるんだ顔になり、私の願いを聞き入れてくれる。
――今回もそうなると思っていた。しかし。
「う…うう…。と、とにかく今日はもう駄目。いい?明日からは私との約束を守りなさい。一つ、物を壊さない。一つ、姉には敬意を払う。抱っこはちゃんと約束を守れたらしてあげるからね」
今日のお姉様は、本当に強情だった。少し揺らいだようだが、結局は、抱っこしてくれないようだ。
なんだか無性に腹が立ってきた。こんなに頼んでいるのに、思い通りにならない事が非常にもどかしい。
お姉様は私が好きで、私はお姉様が好き。それだけなのに、どうして壊してはいけないだとか、敬意を払うとか、そういう話になるのか、さっぱりわからなかった。
だから腹いせに机に置いてある、たまたま目に入った小箱を壊す事にした。
いかにも大切な物が仕舞ってありますといった具合の宝箱。中身はお姉様の事だ、貴金属とかアクセサリの類だろう。それならば、壊してしまっても買い直せばいい。
また、お姉様に怒られるだろうが、先も言った通り、お姉様の怒った顔が好きなので問題ない。……怒られるのも好きだし。
…きゅっとして、どかーん
小箱はパン、と本と同様の音を立てて、弾け散る。中身も粉塵のように巻き上がる。
ああ、これじゃ何が入ってたかわからないや。
さて、お姉様はまた怒るのかな?
お姉様を挑発的に見つめる。
しかし、お姉様は私に目もくれず立ち上がり、もう消滅して、無くなってしまった小箱があった机の所を手でなぞる。
背中越しにお姉様が話しかけてきた。
「フラン、何故壊したか説明しなさい」
「う……」
普段聞いたことのない、凄みのある声。
私は思わず、言葉に詰まってしまった。
「フラン、説明は?」
「な、なによ。そんなに大事なら私に壊されない所に置いておけばいいじゃない!」
「説明になってないわね。つまり、何の理由もなしに壊したのね」
「も、文句ある?」
そこで、お姉様は私の方に振り返る。その頬には涙が流れていた。
初めて、お姉様の涙を見た。
初めて、取り返しのつかない事をしてしまった、と思った。
「フラン、こっちに来なさい」
「あ…あ…」
足が動かない。弾幕ごっこでは、絶対負けない自信があるのに、お姉様が怖い。
「早くしなさい」
「ひっ…」
痺れを切らしたお姉様が声を荒げる。
お姉様が本気で怒ると、こんなにも怖いのか。
今まで経験した事のない恐怖が私を縛り付ける。
私は、一歩一歩、小股でじわじわとお姉様に近づく。
そんな私をお姉様はただ見ているだけだった。今までのように手助けや、私を甘やかしてくれる言葉の一つもない。
やがて、お姉様の前に辿り着く。ほんの5、6歩だったのに、やたら遠く感じた。
私はお姉様の顔が見られない。俯いたまま、スカートの裾を握り締める。
「フラン、顔を上げなさい」
「……」
言われるままに顔を上げる。
パァン
今日、三度目の渇いた音は、私の頬からだった。
弾幕ごっこに比べれば、怪我もないし、ただ、叩かれただけ。
それなのに、重くて、冷たくて、なにより痛かった。
突然の事態に、私の思考はストップした。
そこに、追い打ちをかけるようお姉様が口を開く。
「フラン、今すぐ私の部屋から出て行きなさい。今は顔も見たくないわ」
その言葉が、頭の中を乱反射した。
□ □ □
「妹様は愛情の求め方を間違っているのね」
図書館の魔女。パチュリー=ノーレッジは開口一番、私にそんなことを言った。
あの後、お姉様に叩かれた後の記憶がない。私がどうやってお姉様の部屋を出て、どうやってこの図書館に来たのか、まったく思い出せない。
無意識に誰かの助けを求めたのかもしれない。
頭ではお姉様を諦めようとしているのに、心の奥深くが勝手に私の足を動かしたのだろう。
ただ、涙が止まらないのは確かだ。
泣き声などは出ないが、ただ、ひたすらに涙が溢れて止まらない。
流れる涙を拭うのも、疲れた。
「妹様はレミィから愛されているという立場に甘え過ぎね」
そんな訳で、私はパチュリーの恋愛談義に耳を傾けていた。
タメになる、ならないは別にして、気分を誤魔化せればなんでもよかった。
「しかし、それでは何の向上は得られないわ。…今まで、レミィから妹様に会いに来たことはある?」
…ない。いつも私からだ。
涙がまた、頬を伝う。
「無言は肯定と、とっていいわね?では、妹様。あなたはレミィから嫌われているわ」
「……!」
「そんな顔しないでよ。そう思うように心掛けろって事」
私はどんな顔をしていたのだろう。
ただ『嫌われている』という言葉を聞いたら心臓がきゅーっと締めつけられる感覚に陥った。
それより、後半の意味がわからなかった。
嫌われていると思え?どういう事だろう。
「な、なんで…?」
「そうしたら妹様はレミィから好かれようと努力するでしょう?もとから妹様はレミィの想い人。妹様が殊勝な態度でいれば、そのうちレミィから妹様に会いに来るようになるわよ」
確信を持って断言するパチュリー。少し、光明が見えた気がする。
「ほ…ほんとに…?」
「ええ。間違いないわ。まぁ、別に妹様がこのままレミィの事を諦めても私には、なんらかかわりのない事だけど。少し、努力をしてみてからでも遅くはないんじゃない?って思っただけ」
いつの間にか、私はパチュリーの話に聞き入ってしまった。パチュリーの言う通りにすれば、また、お姉様と上手くやれるかもしれない。そんな夢を見せてくれるほど、パチュリーの話術は巧みなのかもしれない。
「どっちにしろ、私から言える事はこれだけね。後は自分で決めなさい。以上、私は読書に戻るから邪魔しないでね。もう、泣きつかないで頂戴。扱いに困るから」
どうやら、私はパチュリーに泣きついていたようだ。
扱いに困るとか言っているけど、ちゃんと追い払ったりしないで、アドバイスをしてくれたじゃない。
この日、パチュリーという人物を少し知る事が出来た。
そして、私はお姉様に何が出来るのか考えてみた。
□ □ □
次の日から私は行動を開始した。
お姉様に好かれるためには何をすべきだろう。
いや、きっとお姉様は私を好いているのだろう。しかし、それに甘えてはいけないと、パチュリーが言っていた。今回はその事が原因で喧嘩してしまったのだし。
という事でパチュリーの言うとおり『私はお姉様に嫌われている』、そういう定義を引いてみよう。やばい、また涙が…。
…だけど、ここで、挫けてなんていられない!
私は覚悟を決める。
とにかく、嫌われている奴の願いなどは受け入れないだろう。私だって嫌いな奴の願いなど聞き入れない。
しばらく抱っこはお預けか…。
では、何なら受け入れてもらえるか?
こういう時は直接的なものより、間接的なものが良い、気がする。
つまり、プレゼントだ。
嫌いな奴からであっても、物に罪はない。贈り物なら受け取ってもらえるかもしれない。
では、次に、何を贈ればいいのか。という事だ。
もちろん、絶対的な物はない。受け取る人の好みを考慮する必要がある。
私の場合はお姉様。難解だ。
なにせ、お姉様自身が作った、言葉では形容しがたい謎の形状をした彫刻を『芸術ね…』とか言っていた。私にはただのガラクタにしか見えない代物だ。
ここで、喧嘩の発端となった、私が壊した小箱を思い浮かべる。
大切そうに、机の上に置いてあった、あれ。
どう見ても貴金属や、高価そうなものを仕舞うための物だ。鍵も厳重に成されていた。
そんな大切なものなら、机の上じゃなくて別の所に仕舞うのが妥当であろう。しかし、それは机の上に安置。
これらが指し示す事は、つまり。
お姉様はその『宝物』を定期的に眺めたり、手入れをしていたという事に繋がる。
よほど気に入っているのだろう。
以上より、小箱の中身が貴金属や装飾品、それに類する物であったと仮定した場合、私がプレゼントすべきは、お姉様の『宝物』を超える、装飾品をプレゼントする事。
そのプレゼントが、お姉様のお眼鏡に適う物であった場合、晴れて私とお姉様は仲直りし、いつもの二人に戻れるであろう。
証明終了。『仲直り方程式』
さて、まずはお姉様にぴったりの装飾品を買いに……。
…私、外、出れないじゃん。
…そもそもお金持ってない。
挫折。
私はその場に跪いた。
『仲直り方程式』が…!私の証明が…!
いや、待て。何も装飾品という縛りにする必要はないかもしれない。
あの小箱の中身は、おそらく装飾品であろう。だからって私のプレゼントを等しく装飾品にする必要はないのである。
無論、装飾品に越したことはない。だが、私が装飾品を作る職人ではない以上、代替品を用意するしかない。
代替品を用意する点で、注意する事がある。それは、装飾品を100とした場合、代替品はそれ以下の60~90になるであろう事。
小箱の中身が装飾品であると仮定した以上、代替品ではパーフェクトではないのだ。
では、どうするべきか。
答えは一つ。代替品に付加価値をつける事だ。
つまり、渡し方、私の努力等、etc...
付加価値で不足分を補うしかない。
お姉様が口酸っぱく言っていた、『姉への敬意』も留意点である。
オーケイ、では、次。代替品。
お金がないから、私の思考は自然と手作りに向う。
手作り。
料理:モザイクじゃ隠し切れない、負のオーラが滲み出る。『ず、随分、こ、個性的な、あ、味、おごぼぉっ!』
縫い物:『えっ?これ、糸から出来てるの?』と言われる。
お絵かき:黒一色。何を描いても、『綺麗な夜景ね』
折り紙:丸めるしか、折り方知らない。『団子ね、上手じゃない』
・
・
・
…………ぐすん。
泣いてないよ?
って、あれ?私って彫刻はやった事ないんじゃないかな。ふと、私はお姉様が自分で作った彫刻を見て、うっとりしている時を思い出す。
…お姉様にも作れたんだし、私も出来るはず!
ここで、ようやく方針が決まった。
私は、謎の彫刻を制作し、お姉様にプレゼント。そのプレゼントを気に入ったお姉様と仲直り。
よし、これで完璧。パーフェクト。
パーフェ…く…と?
□ □ □
私は今、お姉様の部屋の前に居る。
お姉様の部屋のドアが、やけに大きく感じる。
脇に抱えた彫刻、もとい、謎の物体Xが重い。
私は深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
大丈夫。大丈夫だよ。ちょっっっと彫刻は失敗かもしれないけど、大丈夫。
あんなに時間かけて作ったんだもの。お姉様も気に入ってくれるはず。た、たぶん。
物を壊さない。お姉様に敬意を。
その言葉を胸に刻みつけ、勇気を出して、ノックをする。
コン、コン
「入りなさい」
ドア越しに聞き慣れた声が聞こえた。
部屋の中に入る。いつもの紅い色が私の目に入り込んだ。
お姉様は、豪奢な椅子の上で何かの小箱を、手持ち無沙汰に弄っていた。
私は何を言っていいかわからない状態になっていた。頭の中に考えていたセリフがどこか飛んでいってしまったようだ。
何をすればいいかわからない。その場で落ち着きなくそわそわする私。
お姉様はそんな私を一瞥すると、顔を赤らめ、そっぽを向く。
やはり、まだ怒っているらしい。
そこで私は再び、お姉様の言葉を思い出し、声を上げ、泣き出してしまう。『フラン、今すぐ私の部屋から出て行きなさい。今は顔も見たくないわ』
「うううう~ぐすっ……お姉様ぁ」
私の泣き声を聞いて、お姉様はすぐ近寄ってきた。
お姉様は持っていた小箱を自分のポケットに仕舞う。
お姉様は私の目の前まで来て、止まった。
反射的に私は身を固くする。既に痛みはひいたはずの、頬が疼く。
「うう~…ぐすっ……」
お姉様は逡巡するように、口を開く。
「あ~…フラン?あの、私が悪かったわ。少し、言い過ぎた」
予想外の言葉に、私は顔を見上げる。
お姉様はぶっきらぼうに言葉を繋げる。
「少し、思い直してね。昔の思い出に浸るより、今の貴女を大切にしようと」
その言葉を聞いて、私はどうすれば良いか、わからなくなってしまった。
私が何もしなくても、お姉様から許してくれた。
本来なら、ここで私も謝り、仲直りをすればいい。そのまま、改めてお姉様と新しい関係を刻んでいくはずだった。
そうするはずだったのに私の思考は変な所に行き着いてしまった。
では、この物体Xはどうすればいいのか?
…せっかく、お姉様の為に彫刻をしたのに無駄になってしまう。
更に私の頭は確実に混乱していく。
ずい、と無言で物体Xをお姉様の前に突き出す。
…何をしているんだ、私は。
お姉様は、利き手ではないほうでそれを受け取る。
利き手はポケットに突っ込んだままだった。
お姉様にしては行儀が悪い。
「あら、これは……。ああ、わかった。水羊羹(みずようかん)ね。よく出来た食品サンプルだわ。で、これどうしたの?」
盛大に勘違いしながら、お姉様は話を続ける。
「まぁいいわ。本当は貴女が私の為に、彫刻を作っていると聞いてね。それ聞いて、私は自分が馬鹿らしく思えたの。貴女はそんなにも私を愛してくれているのに、私は怒ってばっかりだったから」
「そんな事ない!お姉様も私の事を愛してくれた!」
私の言葉を聞いて、お姉様は安心したように微笑む。
「ありがとう、フラン。そう言ってくれると、嬉しいわ」
お姉様はまた、微笑む。優しいその笑みに、私の心が軽くなる。
彫刻をしたのも無駄じゃなかったんだな…。
こんなにすぐ仲直りできる姉妹はいないだろう。それだけ、お互いに強く求め合っている証拠だ。
以心伝心じゃないと、なかなか出来ない。
「ところで」
「?」
「作品は完成したの?早く見たいわ」
「うっ……」
羊羹が彫刻だと気づいてもらえなかったようだ。私達は以心伝心だよね?
「げ、現在、鋭意作成中です…」
「まあ、そうなの。楽しみだわ」
ごめんなさい。嘘をつきました。私は罪深い生き物です。
「あの、お姉様」
「んん?」
「…ごめんなさい」
「ん、いいよ」
私は今までの非礼を、ありったけ詰めて謝る。
お姉様は気持ちよく許してくれた。こういう所は、少し、尊敬しているかもしれない…。
す、少しだけねっ。
「あの、フラン」
「んん?」
「…受け取ってもらいたいものがあるのだけれど」
「ん、なあに?」
そこで、謎の物体Xを机に置き、お姉様はポケットに突っ込んでいた手を出す。
手には先ほどの小箱。
「ん」
お姉様は、それを私に突き出す。照れているのだろうか?いまいち表情がつかめない。
「開けていいの?」
「う、うん」
パカッと貝殻のように小箱は開いた。
中には、シンプルで品の良い銀の指輪。
「綺麗…。これ、私に?」
「う、うん」
やっぱり、照れてるんだ。お姉様も可愛い所があるんだなぁ。
そこで、お姉様の左手がキラリと光った。
ふと、お姉様の左手を見てみる。
……どう見てもまったく同じデザインの指輪が、『左の薬指』に。
……ふーん。
……!?!?
「おおおお姉様!?これって…」
「あ、うん。エ、エンゲージリング…」
やっぱり!?
「ちょっ…って、ええ!?」
「い、嫌?」
不安げに私を見つめるお姉様。
「い、嫌じゃないよ!」
「そう、良かった。左手出して?」
次々と来る驚きに混乱したまま、私は左手を差し出す。
…お姉様は優しく、私の薬指に指輪をはめる。
今、思えばお姉様はもっと派手好きだ。この指輪はシンプル。
…お姉様の心遣いが感じられる。
本当に嬉しい。お姉様から、私にこんなにも歩み寄ってくれるなんて今までなかった。
でも、一つ気になる事がある。
「な、なんで、急に婚約指輪なんて…?」
「えっ!?それは…パちぇ……そろそろ、そういう時期かなって…」
そっか。私とお姉様は、495年、ずっと一緒に過ごしてきたものね。
「これで、次、喧嘩する時は姉妹喧嘩じゃなくて、夫婦喧嘩ね」
「もう!気が早いよ、お姉様」
私達二人は笑いあう。今の幸せに笑う。
「お姉様。次はウェディングリング(結婚指輪)。期待してるね?」
「お安い御用よ」
くすくすと冗談を言い合う。
それでも、私には一つ心残りがあった。今なら、訊ける気がした。
「ねぇ…一つ、訊いていい?」
「なぁに?」
「私が……えっと……こ、壊した……大事な物って……そのぉ……な、なに?」
「あ、ああ…」
私は怒られると思って、瞼を固く閉じた。しかし、いくら経ってもお姉様は怒ったりはしなかった。
やがて、ようやく決心したお姉様が重い口を開く。
「えっと…あ、あの箱の中は……その……む、昔、フランがプレゼントしてくれた…あ~…折り紙とか……絵とか……」
「えっ?」
お姉様は俯き、顔を赤らめて、ぼそぼそと話す。声もかなり小さい。
というか、お姉様が最初言っていた『大切な宝物』って、私がプレゼントした物……。
それを壊されたから、あんなに怒った訳で……。
………………。
…………。
……私も顔が熱くなってきた……。
私は両手で顔を覆い隠した。
「お、お姉様…あんな折り紙なんかで良ければ…ま、またプレゼントするね…?」
「え…ええ…」
「……」
「……」
あんな昔のプレゼントをずっと持っていたとは……。
お姉様が私の事を大切にしてくれている事がわかって、嬉しい反面、恥ずかしい……。
二人して、部屋の真ん中で顔を真っ赤にして、悶える。
…奇妙な光景だった。
なんとも言えない空気を、打ち払うようにお姉様が口を開いた。
「あー…その…よければ…抱っこさせて頂戴?」
初めて、お姉様から抱っこのおねだりをされた。
どうしようもなく嬉しい。
言葉もなく、私はお姉様に飛びついた。背中をお姉様に預ける。
「ちょっ、ちょっと。私は安楽椅子じゃないわよ」
「えへへへ。じゃあ、なあに?」
「貴女の愛する姉でしょ?」
「そうだね。じゃあ、私はなあに?」
「私の愛する妹ね」
「じゃあ、いいんじゃない?」
「それもそうね。椅子役も悪くないわね」
シートベルトを装着します。あ、こら、どさくさに紛れて胸を触るな。
そして水羊羹みたいな彫刻ってwww
素晴らしいフラレミでした!
今日から抱っこは向かい合わせだといいですね!
『宝物』『装飾品』『代替品でない』『お金が掛からない』
これらのキーワードから想像するに、フランちゃんの羽にプレゼント用リボンを結んで顔を赤らめもじもじしながら「お姉さま受け取って///」なのを想像してたww