「あめ、あめ、ふれ、ふれ、もっとふれ♪」
「能天気で羨ましいな」
天候は梅雨。主に自由を奪う程度の天気。しかし、そんな常識を意に介さない例外が一人いた。しとしとと続く長雨の中、神社の境内をはしゃぎ飛び回る幼い影。その者に水を注す一声が届く。機嫌悪そうに溜息を吐いたその声の主は、あくまでも屋根の下であぐらを組み、雨に濡れることを拒んでいた。
「何か言った?」
「穏やかな梅雨で何より。今年の恵みも豊かになりそうだ」
「そうは聞こえなかったけど」
「そりゃ雨音のせいだ」
「よく言う」
雨は、強くなったり、弱くなったりを繰り返し、その度に正反対の態度をあらわにする二人。水溜まりの広さと深さが、過ぎていく時間に比例して大きくなっては、諏訪子によって何度も撒き散らされた。
「今日は、早苗は?」
「麓の神社へ出張中」
「出張て」
「里の田植えの豊作祈願に出向く前に――」
「ああ、巫女の方に話を通しておく必要があるってことね」
「さて、どうなったことか」
「一筋縄じゃいかないね……ん、確認していないのか?」
「結果は、本人の口から直接聞きたくてな」
「それは同意」
そんな時、単調な雨の音に隠れ、微かに響いたのは雷の鳴る音だった。共に空を見上げると、今までより暗く厚い雲が里の方から伸びてきていた。
「あぁ、この長雨であの雲はおかしいと思ったら、緋想の天候か」
「巫女と早苗だろうね。交渉決裂寸前なのかな」
「荒れるな」
直後、光が一瞬だけ横切り、大きな雷鳴が続いた。先程とは打って変わって、滝の近くにいるかのような、不安を掻き立てられる豪雨の音。しばらく立ち尽くしていた諏訪子は、物足りなそうにゆらゆらと社の中へ戻った。
「早苗大丈夫かなー」
「私のせいだと思うか?」
神奈子の問いかけを無視したまま、体に纏った雫をふるい落とした諏訪子は、黙って神奈子の横に腰を落とした。近くにちょこんと座り込んだびしょ濡れの諏訪子に、神奈子は見せ付けるかのように一人分だけ腰を引いた。
「雨、嫌いなんだったっけ」
「身だしなみが崩れるから、濡れるのがあまり好きじゃないだけだ」
「営業だからね」
「気にはしていないが、お前のように進んで濡れたがろうとは思わん」
「水も滴るなんとやらって言うじゃない」
「女性に対しての言葉だった気がするが」
「何よ」
「お子様は女性と言わ――」
「聞き捨てならないな」
神奈子が認識した時、己の体はとうに倒され、諏訪子の下に転がっていた。遠くで雷が光った瞬間、遅れた音が低く太く鳴り響く中で、諏訪子の表情から幼さと無邪気さが消えていた。そのままどちらも、動かず、喋らず、しばらく無言での睨み合いが続いた。外の激しい雨の音など、今の二人には聞こえていない。先に何かリアクションを起こしたら負け、そんな張り詰めた空気の中で、二人は堪えていた。
「ぷっ」
「あははっ」
「はっはっはっ、何だ諏訪子のその顔。相変わらずその見た目じゃしまらないねぇ」
「何なのもう、さっきから言ってくれるじゃない。挑発が安すぎて、返って面白かったけど」
「ああそう、冷たいぞ、私まで濡らすな。あと重いからどいてくれ」
「お子様の何が重いって? 徳? 信仰?」
「早苗の心配」
「ああ、そういうこと」
諏訪子の察しは早かった。
――最近色々と出番の多い早苗に付きっきりで、神奈子の相手をしてなかったな
――今日くらい神奈子に付き合ってやればよかった
――けど、いつもの豪快な直球さはどこへやら。まったく
「どっちが子供なんだか」
「そりゃお前だ」
「あんたよりは成熟してます、内面的に」
「未発達な外見に関しては認めてることになるな」
「あ、うっ」
お互いに、目の前のもう一人の神をからかうことをやめられなかった。その度に愛おしい反応を、予想と寸分違わず返してくれるのだから。
「魚心あれば水心、って言うだろう?」
「焚き付けてくれたわけ」
「たまには誘われてみたかった。反省はしていない」
「なら、今日のところは水に流してあげる」
「そうしてもらわないと困る。もうすぐ早苗のお帰りだ」
「この濡れた廊下はどうする気?」
「神頼み」
「あーあ、今日は早苗の晩御飯抜きか」
「能天気で羨ましいな」
天候は梅雨。主に自由を奪う程度の天気。しかし、そんな常識を意に介さない例外が一人いた。しとしとと続く長雨の中、神社の境内をはしゃぎ飛び回る幼い影。その者に水を注す一声が届く。機嫌悪そうに溜息を吐いたその声の主は、あくまでも屋根の下であぐらを組み、雨に濡れることを拒んでいた。
「何か言った?」
「穏やかな梅雨で何より。今年の恵みも豊かになりそうだ」
「そうは聞こえなかったけど」
「そりゃ雨音のせいだ」
「よく言う」
雨は、強くなったり、弱くなったりを繰り返し、その度に正反対の態度をあらわにする二人。水溜まりの広さと深さが、過ぎていく時間に比例して大きくなっては、諏訪子によって何度も撒き散らされた。
「今日は、早苗は?」
「麓の神社へ出張中」
「出張て」
「里の田植えの豊作祈願に出向く前に――」
「ああ、巫女の方に話を通しておく必要があるってことね」
「さて、どうなったことか」
「一筋縄じゃいかないね……ん、確認していないのか?」
「結果は、本人の口から直接聞きたくてな」
「それは同意」
そんな時、単調な雨の音に隠れ、微かに響いたのは雷の鳴る音だった。共に空を見上げると、今までより暗く厚い雲が里の方から伸びてきていた。
「あぁ、この長雨であの雲はおかしいと思ったら、緋想の天候か」
「巫女と早苗だろうね。交渉決裂寸前なのかな」
「荒れるな」
直後、光が一瞬だけ横切り、大きな雷鳴が続いた。先程とは打って変わって、滝の近くにいるかのような、不安を掻き立てられる豪雨の音。しばらく立ち尽くしていた諏訪子は、物足りなそうにゆらゆらと社の中へ戻った。
「早苗大丈夫かなー」
「私のせいだと思うか?」
神奈子の問いかけを無視したまま、体に纏った雫をふるい落とした諏訪子は、黙って神奈子の横に腰を落とした。近くにちょこんと座り込んだびしょ濡れの諏訪子に、神奈子は見せ付けるかのように一人分だけ腰を引いた。
「雨、嫌いなんだったっけ」
「身だしなみが崩れるから、濡れるのがあまり好きじゃないだけだ」
「営業だからね」
「気にはしていないが、お前のように進んで濡れたがろうとは思わん」
「水も滴るなんとやらって言うじゃない」
「女性に対しての言葉だった気がするが」
「何よ」
「お子様は女性と言わ――」
「聞き捨てならないな」
神奈子が認識した時、己の体はとうに倒され、諏訪子の下に転がっていた。遠くで雷が光った瞬間、遅れた音が低く太く鳴り響く中で、諏訪子の表情から幼さと無邪気さが消えていた。そのままどちらも、動かず、喋らず、しばらく無言での睨み合いが続いた。外の激しい雨の音など、今の二人には聞こえていない。先に何かリアクションを起こしたら負け、そんな張り詰めた空気の中で、二人は堪えていた。
「ぷっ」
「あははっ」
「はっはっはっ、何だ諏訪子のその顔。相変わらずその見た目じゃしまらないねぇ」
「何なのもう、さっきから言ってくれるじゃない。挑発が安すぎて、返って面白かったけど」
「ああそう、冷たいぞ、私まで濡らすな。あと重いからどいてくれ」
「お子様の何が重いって? 徳? 信仰?」
「早苗の心配」
「ああ、そういうこと」
諏訪子の察しは早かった。
――最近色々と出番の多い早苗に付きっきりで、神奈子の相手をしてなかったな
――今日くらい神奈子に付き合ってやればよかった
――けど、いつもの豪快な直球さはどこへやら。まったく
「どっちが子供なんだか」
「そりゃお前だ」
「あんたよりは成熟してます、内面的に」
「未発達な外見に関しては認めてることになるな」
「あ、うっ」
お互いに、目の前のもう一人の神をからかうことをやめられなかった。その度に愛おしい反応を、予想と寸分違わず返してくれるのだから。
「魚心あれば水心、って言うだろう?」
「焚き付けてくれたわけ」
「たまには誘われてみたかった。反省はしていない」
「なら、今日のところは水に流してあげる」
「そうしてもらわないと困る。もうすぐ早苗のお帰りだ」
「この濡れた廊下はどうする気?」
「神頼み」
「あーあ、今日は早苗の晩御飯抜きか」