「あの……」
森から人里への街道を歩いていたら、男の人に声をかけられた。
これが噂のナンパなのかなと、年甲斐もなくウキウキしちゃったり。
私もまだまだいける、とか小さくガッツポーズをとっちゃったり。
自慢のサイドテールが跳ねていないかと、心配しちゃったり。
なぁんて、乙女っぽいことを考える暇もなく、私は振り返っていた。
ちょっとでも考えてたら、「ほえ?」なんて声ださなかったのに。
今思うと、すごくはずかしい。
「これ、落としましたよ?」
「え? あ、ありがとうございます?」
差し出されたのは、一枚のハンカチ。
ピンク色のハンカチ。
それが彼の手には似合わなくて、少しお礼の語尾がおかしくなってしまった。
「いえいえ、ではお気をつけて」
ともあれ、これが、私と彼との
「あ……」
『出会い』
< 出会いとは数億分の一の確立 >
香霖堂の朝は早い。
雀が鳴き始める頃には、もう開店の準備を終わらせなければならない。
『開いてます。おきがくにどうぞ』
いつもの看板を雑巾できれいにする。
僕にとって、これが一日の始まりだ。
「さて、今日も一日がんばろうか」
「ではまずは今、がんばってくださるかしら?」
「おっと、いらっしゃい咲夜」
本日最初のお客様、紅魔館のメイド長を務めている十六夜 咲夜。
いつもこの時間に来てくれるお得意様だ。
僕がこの時間にお店を開けるのは、彼女のためと言っても過言ではないだろう。
「このお店は、お客様を呼び捨てにするのかしら?」
「これが僕の性分でね。さて、今日は何がご入り用かな?」
「スプーンを適当に……そうねぇ、ざっと20個ほど頂けるかしら」
「スプーンね、ちょっと待っていてくれ」
香霖堂。僕の店。
品物は魔具、ただの道具、冥界の道具、道具と呼ばれるものなら何でも取り扱っている。
さらに道具の作成や修復なども行っている。
所謂、何でも屋だ。
色物屋では断じてないぞ?
「さっきから一人で何を呟いているのかしら」
「いや、すまない気にしないでくれ」
咲夜の目が、訝しげに僕を貫く。
ずっと一人でいると、独り言が増えてしまうようだ。気をつけなければ。
食器関係の棚をあさり、できるだけ上等なものを選び出す。
間違っても、呪いのかかったものを出すわけにはいかない。
以前、17歳の体型になる呪いのティーカップを渡して、大変なことになった。
レミリアが大人になって、当たり一面血まみれの……
「……まだかしら」
「お待たせしましたマドモアゼル。とりあえずナイフを首筋に当てるのはやめてくれないか?」
「3cm」
「なんだって?」
「首の動脈までの距離よ」
今日のお客様第一号は機嫌がとてもいいらしい。
ちょっと手が滑った程度では、殺せない、とおっしゃられておりまス。
さらにぴったりと密着しておられるゆえ、柔らかい感触が背中に……
「一つ1文、おまけして18文でどうだろう?」
「それで戴くわ」
「まいど」
ひんやりとしたナイフが、軽く首の皮を切っていたが、これくらいは大丈夫。
僕は半分妖怪だから。
もう半分はきっと優しさで出来ている。
「霖之助さん、よかったわね」
「あぁ生きているって素晴らしいと、改めて実感してるよ」
「あら、霖之助さんは可愛い女の子の胸で興奮する殿方でしたの?」
「……僕だって殿方だしな」
いやいやいや、否定しろよ。
いや、でも……僕だって男だしな。
それに否定したら、咲夜に失礼だろう?
咲夜は可愛いし、気立てもいいし、胸だって実際結構ありそうな感触で。
否定する理由がないというかなんというか、いいから落ち着け。
「否定していたらこの店も、真紅に染まっておりましたわ」
「う、また声を出していたか」
「えぇばっちり。私まで恥ずかしくなるくらいに」
「やれやれ、これでは僕が胸に抱えている淡い恋心まで暴露してしまいそうだ」
「あら、そうでしたの。ちょっと咲夜ちゃんドキドキ。でも私の心はすでにお嬢様のものだったのです。残念ね」
「まったく、本当に残念だね。じゃぁ失恋記念にこれも持っていくといい」
僕はテーブルに飾っていた林檎を一つ投げた。
ナイフで刺してキャッチするあたり、分かっていらっしゃる。
「遠慮なくいただくわ。実は朝ごはんまだでしたの」
「だろうと思ったよ」
シャクっと新鮮な音を出しながら、林檎がえぐられていく。
今朝出したばかりだからまだ瑞々しいのだ。
僕も後で食べよう。
「朝ごはんで思い出しましたわ。そろそろ紅魔館に戻らないと大変なことになってしまいます」
「お腹を空かした吸血姫 がまた暴れるのかい?」
「お嬢様が勝手に料理されてしまうのです。しかも和風」
「そいつは大変だ」
咲夜の大袈裟な物言いに、クツクツと二人して笑う。
笑い声が途切れたころ。
それは楽しい時間が終わる合図。
次のお客様が来るまで、暇になる合図だ。
「それでは失礼を致します」
そう言い残して、彼女は消えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔界の朝は早い。
明るい日差しが窓から差し込み、私の目を焼く。
まだ睡眠を貪ろうとする瞼が真っ赤に染まり、強制的に覚醒を促す。
暖かい布団を頭まで引き上げ、最後の抵抗を試みる。
ビバ二度寝。
「んふふ~、睡眠を邪魔する者は魔界の炎に飲まれて消えればいいのよ~むにゃむにゃ」
「物騒なこと言ってないで起きなさい」
「みぎゃ!」
世界が反転。そして衝撃が顔面に走る。
包まっていた布団ごと、床に落とされたらしい。
布団が緩和剤になっていたとはいえ、顔面は痛い。鼻から血が出そう。
「いひゃいよぉ、もうなにをひゅるのよ」
「朝ごはん、食べてくれないと片付けられないでしょ。魔界神である神綺様?」
「ほえ? あれ、アリスちゃんなんで魔界にいるの? もしかしてお母さんの愛がほしくなったのカナカナー?」
「はぁ……上海、蓬莱、お母さん寝ぼけてるみたいだから、後よろしくね」
かわいいアリスちゃんのお人形さんが、ゆっくりとにじり寄ってくる。
どーして目が赤く光っているのカナー?
その手に持った槍で私に何を……きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!
カチャカチャと食器を洗う音がする。
上海ちゃんのおへそぐりぐり攻撃(とんがってない槍でおへその穴を……やん、これ以上言えない♪)されて起きた私を待っていたのは、アリスちゃんの作った朝食でした。
トーストとベーコンエッグとコーンスープ。
全部私の好物で、ものすごい勢いで食べる私を、びっくりした目で人形たちが見ていた。
朝食を食べ終わった後は、人形達を順番に膝に乗せて遊んであげる。
和む~。
「ごめんねアリスちゃん、急に押しかけて」
台所で家事をしているアリスちゃんに声をかける。
こうやってアリスちゃんと過ごすのも、何年振りだろう。
「はぁ……それ昨日も聞いたわ」
「そだっけ?」
「これで五回目よ。お母さん、もうボケたのかしら?」
「むぅ、アリスちゃんひどい~」
「昔から、ぽけぽけだったかしら」
「あーりーすーちゃーんー!」
向こうでアリスちゃんが笑っているのが分かる。
人形達もくるくると舞いだし、ご機嫌のようだ。
カーテンの隙間からスポットライトが射し、テーブルを舞台に踊る踊る。
洗い物の音をBGMに、いつしか私は歌を歌っていた。
唐突ですが、ここはアリスちゃんの家です。
人形がひしめき合う、夢の家。
「一度遊びに来て」
そんな手紙が来てから3日目。
私は一か月の仕事を1日で終わらせて、アリスちゃんの家に来たのでした。
「で、疲れてたからか、着いたころからの記憶が曖昧だったり」
「ふぅん。じゃぁ一緒にお風呂に入ったのも覚えてないんだ?」
「うん。全然覚えてない~」
「成長したとかいって、私の胸を揉みしだいたことも?」
「え"?」
「それでお母さん逆上せて、私がパジャマ着せて、私がベッドまで運んで、私がしばらく看病してたのよ?」
やたら「私」を強調するアリスちゃん。
目が本気です。でもジト目のアリスちゃんも可愛い。さすが私の娘。
「ジー」
アリスちゃん可愛い~
「ジー」
アリスちゃんかわかわ
「ジー」
「ごめんなさい……」
「よろしい」
可愛いけど、やっぱり怖かった。
いつからアリスちゃんは、こんなに押しが強くなったのかな。
「春が来ない異変あたりかしら。魔理沙達と再開してからだと思うわ。ここではこれくらい押しが強くないと生きていけないしね」
「へ!? いつからアリスちゃんは覚を覚えたの!?」
「口に出してたわよ」
「い、いつからかな?」
「ジト目のアリスちゃんも可愛い。さすが私の娘。から」
うわぁぁ恥ずかしい。
顔からロイヤルフレア出ちゃいそうだよ。
「家が燃えちゃうからやめてね」
「ごめんなさい」
なんだか今日は謝ってばかりな気がする。
ごめんねアリスちゃん。
「もういいわよ。それでお母さんは今日はどうするの?」
「んっとー……せっかくだから、ちょっと人里に下りてみようかな」
「それならおすすめのお店があるわ」
「本当!?」
「それに今日は、"たまたま"時間空いているから、案内してあげてもいいけれど?」
目線を合わせず、だけどほんのりと顔を赤らめてアリスちゃんは言った。
たまたまなんて嘘なんだろう。でもそれが私は嬉しくて嬉しくて。
つい、アリスちゃんに抱きついてしまうんだ。
「きゃぁぁぁアリスちゃん大好き! 愛してるわぁ~~!」
「ちょ、ちょっとお母さん苦し、あぁもう!」
文句を言いながらも、顔がにやけてる。
私もきっと、それ以上に顔がにやけているのだろう。
だって、私たち親子だもん。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
僕の
私の
出会いは一瞬
午後二時五十分。
霖之助の持っている時計は、ちょうどその時刻を指していた。
今は外の世界からの落し物を回収して、その帰りである。
荷車を引き、一杯に詰まった商品(ガラクタがほとんど)を力いっぱい引っ張る。
今は人里から香霖堂への街道の上。
平坦な道、舗装された道、人が歩く道。人がすれ違う道。
きっと、この道は様々な人の思いが交差する道なのだろう。
今日も、何人もの人が霖之助の横をすぎていった。
ピコピコ
はてな、と霖之助は目を細めた。
こっちに向かって歩いてくる人影がひとつ。
サイドテールをゆらして、ご機嫌に歩いてくる。
あんな子、人里にいたかな?
霖之助は不思議と、気になってしまった。
彼女が美しいから?
彼女が可愛いから?
否、霖之助にも分からない、ただちょっと気になっただけだ。
『……僕だって殿方だしな』
もしかしたら、朝の出来事で色恋沙汰に敏感になっているのかもしれない。
やれやれと、かぶりを振って、荷車を引く作業を再開する。
なんでもない一瞬だ。
何が始まるわけでもなく、今日も明日も同じ日々が続く。
それでいいじゃないか。
たまに事件があって、魔理沙が店の物を持って行って。
そんな日々が続く。
それでいいじゃないか。
争いを好まない半妖は、ただ今日も荷車を引く。
目の前までサイドテールの子が来ても、振り返らない。
そして
運命の糸が、交差する
ふわりと、さくらの香りが、霖之助の鼻孔をくすぐった。
足元には、一枚のハンカチ。
「あの……」
――落し物はない?
「ほえ?」
――忘れ物はない?
「これ、落としましたよ?」
――日常の中に
「え? あ、ありがとうございます?」
――騒々しい世界の中に
「いえいえ、ではお気をつけて」
――きっと、それはあるから
「あ……」
――運命を結びつける、一本の糸 が
「あ、あの!!」
――そして、人は出会う
――そして、人は歌う
――糸を弾く、調べと共に
森から人里への街道を歩いていたら、男の人に声をかけられた。
これが噂のナンパなのかなと、年甲斐もなくウキウキしちゃったり。
私もまだまだいける、とか小さくガッツポーズをとっちゃったり。
自慢のサイドテールが跳ねていないかと、心配しちゃったり。
なぁんて、乙女っぽいことを考える暇もなく、私は振り返っていた。
ちょっとでも考えてたら、「ほえ?」なんて声ださなかったのに。
今思うと、すごくはずかしい。
「これ、落としましたよ?」
「え? あ、ありがとうございます?」
差し出されたのは、一枚のハンカチ。
ピンク色のハンカチ。
それが彼の手には似合わなくて、少しお礼の語尾がおかしくなってしまった。
「いえいえ、ではお気をつけて」
ともあれ、これが、私と彼との
「あ……」
『出会い』
< 出会いとは数億分の一の確立 >
香霖堂の朝は早い。
雀が鳴き始める頃には、もう開店の準備を終わらせなければならない。
『開いてます。おきがくにどうぞ』
いつもの看板を雑巾できれいにする。
僕にとって、これが一日の始まりだ。
「さて、今日も一日がんばろうか」
「ではまずは今、がんばってくださるかしら?」
「おっと、いらっしゃい咲夜」
本日最初のお客様、紅魔館のメイド長を務めている十六夜 咲夜。
いつもこの時間に来てくれるお得意様だ。
僕がこの時間にお店を開けるのは、彼女のためと言っても過言ではないだろう。
「このお店は、お客様を呼び捨てにするのかしら?」
「これが僕の性分でね。さて、今日は何がご入り用かな?」
「スプーンを適当に……そうねぇ、ざっと20個ほど頂けるかしら」
「スプーンね、ちょっと待っていてくれ」
香霖堂。僕の店。
品物は魔具、ただの道具、冥界の道具、道具と呼ばれるものなら何でも取り扱っている。
さらに道具の作成や修復なども行っている。
所謂、何でも屋だ。
色物屋では断じてないぞ?
「さっきから一人で何を呟いているのかしら」
「いや、すまない気にしないでくれ」
咲夜の目が、訝しげに僕を貫く。
ずっと一人でいると、独り言が増えてしまうようだ。気をつけなければ。
食器関係の棚をあさり、できるだけ上等なものを選び出す。
間違っても、呪いのかかったものを出すわけにはいかない。
以前、17歳の体型になる呪いのティーカップを渡して、大変なことになった。
レミリアが大人になって、当たり一面血まみれの……
「……まだかしら」
「お待たせしましたマドモアゼル。とりあえずナイフを首筋に当てるのはやめてくれないか?」
「3cm」
「なんだって?」
「首の動脈までの距離よ」
今日のお客様第一号は機嫌がとてもいいらしい。
ちょっと手が滑った程度では、殺せない、とおっしゃられておりまス。
さらにぴったりと密着しておられるゆえ、柔らかい感触が背中に……
「一つ1文、おまけして18文でどうだろう?」
「それで戴くわ」
「まいど」
ひんやりとしたナイフが、軽く首の皮を切っていたが、これくらいは大丈夫。
僕は半分妖怪だから。
もう半分はきっと優しさで出来ている。
「霖之助さん、よかったわね」
「あぁ生きているって素晴らしいと、改めて実感してるよ」
「あら、霖之助さんは可愛い女の子の胸で興奮する殿方でしたの?」
「……僕だって殿方だしな」
いやいやいや、否定しろよ。
いや、でも……僕だって男だしな。
それに否定したら、咲夜に失礼だろう?
咲夜は可愛いし、気立てもいいし、胸だって実際結構ありそうな感触で。
否定する理由がないというかなんというか、いいから落ち着け。
「否定していたらこの店も、真紅に染まっておりましたわ」
「う、また声を出していたか」
「えぇばっちり。私まで恥ずかしくなるくらいに」
「やれやれ、これでは僕が胸に抱えている淡い恋心まで暴露してしまいそうだ」
「あら、そうでしたの。ちょっと咲夜ちゃんドキドキ。でも私の心はすでにお嬢様のものだったのです。残念ね」
「まったく、本当に残念だね。じゃぁ失恋記念にこれも持っていくといい」
僕はテーブルに飾っていた林檎を一つ投げた。
ナイフで刺してキャッチするあたり、分かっていらっしゃる。
「遠慮なくいただくわ。実は朝ごはんまだでしたの」
「だろうと思ったよ」
シャクっと新鮮な音を出しながら、林檎がえぐられていく。
今朝出したばかりだからまだ瑞々しいのだ。
僕も後で食べよう。
「朝ごはんで思い出しましたわ。そろそろ紅魔館に戻らないと大変なことになってしまいます」
「お腹を空かした
「お嬢様が勝手に料理されてしまうのです。しかも和風」
「そいつは大変だ」
咲夜の大袈裟な物言いに、クツクツと二人して笑う。
笑い声が途切れたころ。
それは楽しい時間が終わる合図。
次のお客様が来るまで、暇になる合図だ。
「それでは失礼を致します」
そう言い残して、彼女は消えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔界の朝は早い。
明るい日差しが窓から差し込み、私の目を焼く。
まだ睡眠を貪ろうとする瞼が真っ赤に染まり、強制的に覚醒を促す。
暖かい布団を頭まで引き上げ、最後の抵抗を試みる。
ビバ二度寝。
「んふふ~、睡眠を邪魔する者は魔界の炎に飲まれて消えればいいのよ~むにゃむにゃ」
「物騒なこと言ってないで起きなさい」
「みぎゃ!」
世界が反転。そして衝撃が顔面に走る。
包まっていた布団ごと、床に落とされたらしい。
布団が緩和剤になっていたとはいえ、顔面は痛い。鼻から血が出そう。
「いひゃいよぉ、もうなにをひゅるのよ」
「朝ごはん、食べてくれないと片付けられないでしょ。魔界神である神綺様?」
「ほえ? あれ、アリスちゃんなんで魔界にいるの? もしかしてお母さんの愛がほしくなったのカナカナー?」
「はぁ……上海、蓬莱、お母さん寝ぼけてるみたいだから、後よろしくね」
かわいいアリスちゃんのお人形さんが、ゆっくりとにじり寄ってくる。
どーして目が赤く光っているのカナー?
その手に持った槍で私に何を……きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!
カチャカチャと食器を洗う音がする。
上海ちゃんのおへそぐりぐり攻撃(とんがってない槍でおへその穴を……やん、これ以上言えない♪)されて起きた私を待っていたのは、アリスちゃんの作った朝食でした。
トーストとベーコンエッグとコーンスープ。
全部私の好物で、ものすごい勢いで食べる私を、びっくりした目で人形たちが見ていた。
朝食を食べ終わった後は、人形達を順番に膝に乗せて遊んであげる。
和む~。
「ごめんねアリスちゃん、急に押しかけて」
台所で家事をしているアリスちゃんに声をかける。
こうやってアリスちゃんと過ごすのも、何年振りだろう。
「はぁ……それ昨日も聞いたわ」
「そだっけ?」
「これで五回目よ。お母さん、もうボケたのかしら?」
「むぅ、アリスちゃんひどい~」
「昔から、ぽけぽけだったかしら」
「あーりーすーちゃーんー!」
向こうでアリスちゃんが笑っているのが分かる。
人形達もくるくると舞いだし、ご機嫌のようだ。
カーテンの隙間からスポットライトが射し、テーブルを舞台に踊る踊る。
洗い物の音をBGMに、いつしか私は歌を歌っていた。
唐突ですが、ここはアリスちゃんの家です。
人形がひしめき合う、夢の家。
「一度遊びに来て」
そんな手紙が来てから3日目。
私は一か月の仕事を1日で終わらせて、アリスちゃんの家に来たのでした。
「で、疲れてたからか、着いたころからの記憶が曖昧だったり」
「ふぅん。じゃぁ一緒にお風呂に入ったのも覚えてないんだ?」
「うん。全然覚えてない~」
「成長したとかいって、私の胸を揉みしだいたことも?」
「え"?」
「それでお母さん逆上せて、私がパジャマ着せて、私がベッドまで運んで、私がしばらく看病してたのよ?」
やたら「私」を強調するアリスちゃん。
目が本気です。でもジト目のアリスちゃんも可愛い。さすが私の娘。
「ジー」
アリスちゃん可愛い~
「ジー」
アリスちゃんかわかわ
「ジー」
「ごめんなさい……」
「よろしい」
可愛いけど、やっぱり怖かった。
いつからアリスちゃんは、こんなに押しが強くなったのかな。
「春が来ない異変あたりかしら。魔理沙達と再開してからだと思うわ。ここではこれくらい押しが強くないと生きていけないしね」
「へ!? いつからアリスちゃんは覚を覚えたの!?」
「口に出してたわよ」
「い、いつからかな?」
「ジト目のアリスちゃんも可愛い。さすが私の娘。から」
うわぁぁ恥ずかしい。
顔からロイヤルフレア出ちゃいそうだよ。
「家が燃えちゃうからやめてね」
「ごめんなさい」
なんだか今日は謝ってばかりな気がする。
ごめんねアリスちゃん。
「もういいわよ。それでお母さんは今日はどうするの?」
「んっとー……せっかくだから、ちょっと人里に下りてみようかな」
「それならおすすめのお店があるわ」
「本当!?」
「それに今日は、"たまたま"時間空いているから、案内してあげてもいいけれど?」
目線を合わせず、だけどほんのりと顔を赤らめてアリスちゃんは言った。
たまたまなんて嘘なんだろう。でもそれが私は嬉しくて嬉しくて。
つい、アリスちゃんに抱きついてしまうんだ。
「きゃぁぁぁアリスちゃん大好き! 愛してるわぁ~~!」
「ちょ、ちょっとお母さん苦し、あぁもう!」
文句を言いながらも、顔がにやけてる。
私もきっと、それ以上に顔がにやけているのだろう。
だって、私たち親子だもん。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
僕の
私の
出会いは一瞬
午後二時五十分。
霖之助の持っている時計は、ちょうどその時刻を指していた。
今は外の世界からの落し物を回収して、その帰りである。
荷車を引き、一杯に詰まった商品(ガラクタがほとんど)を力いっぱい引っ張る。
今は人里から香霖堂への街道の上。
平坦な道、舗装された道、人が歩く道。人がすれ違う道。
きっと、この道は様々な人の思いが交差する道なのだろう。
今日も、何人もの人が霖之助の横をすぎていった。
ピコピコ
はてな、と霖之助は目を細めた。
こっちに向かって歩いてくる人影がひとつ。
サイドテールをゆらして、ご機嫌に歩いてくる。
あんな子、人里にいたかな?
霖之助は不思議と、気になってしまった。
彼女が美しいから?
彼女が可愛いから?
否、霖之助にも分からない、ただちょっと気になっただけだ。
『……僕だって殿方だしな』
もしかしたら、朝の出来事で色恋沙汰に敏感になっているのかもしれない。
やれやれと、かぶりを振って、荷車を引く作業を再開する。
なんでもない一瞬だ。
何が始まるわけでもなく、今日も明日も同じ日々が続く。
それでいいじゃないか。
たまに事件があって、魔理沙が店の物を持って行って。
そんな日々が続く。
それでいいじゃないか。
争いを好まない半妖は、ただ今日も荷車を引く。
目の前までサイドテールの子が来ても、振り返らない。
そして
運命の糸が、交差する
ふわりと、さくらの香りが、霖之助の鼻孔をくすぐった。
足元には、一枚のハンカチ。
「あの……」
――落し物はない?
「ほえ?」
――忘れ物はない?
「これ、落としましたよ?」
――日常の中に
「え? あ、ありがとうございます?」
――騒々しい世界の中に
「いえいえ、ではお気をつけて」
――きっと、それはあるから
「あ……」
――運命を結びつける、
「あ、あの!!」
――そして、人は出会う
――そして、人は歌う
――糸を弾く、調べと共に
此処からまた甘い話が続くんですね?
慢性糖分不足なのでこの話の続きがでるまで
仕事着で正座して待ってます!
アリス、お疲れ様www
正座して待ってます!
私好きですこういうの
この咲夜さんはいい咲夜さんだー!
七夕に合わせて書いてみようかな。
星に願いを、そっと願って、隣には……
>華彩神護様
二人の世界には、娘でも入れないのです
アリスが一番気苦労しそうですよね
>奇声様
続きかぁ。恋に発展していく様子とかいいかも。
いろいろなハプニングが二人を結びつける王道ラブストーリー
ありかも
>4様
家族の雰囲気が出てたならうれしいです。
いいでうよね、中のいい家族って
この二人なら、何があっても絶対にそばにいてくれます
>K-999様
この二人は、友達よりも、すこし近い立場にいる気がするのです。
魔理沙とも違う、でも恋愛とも違う。
それでも恋の種が心臓に根付いていて……今後どうしようかなぁ修羅場かなぁ♪