紅魔館の大図書館。
普段は静かなこの場所に二つの声が響いている。
「めだまのおやじ」
そう告げるのはニコニコ笑顔の小悪魔だ。
「じゆうのめがみ」
それに対し返すのは、何時もの様に本から目を離さぬパチュリー。
「みるめーく」
「くらすめいと」
「とりっぷ」
「ぷりんあらもーど」
「どりーむ」
「むりしんじゅう」
「うらないし」
二人はどうやらしりとりをしているらしい。
なんでそんな事をしているのかと言うと何の気まぐれか、小悪魔がパチュリーを誘ったのだ。
何時もの様にニコニコ笑顔でパチュリー様ぁしりとりしませんか?と。
めんどくさがって断ると思っていたパチュリーは、意外な事にそれに応じてすべからくしりとりが始まった。
お互いに知識が豊富な者同士。しりとりを始めてから既に十分が経過していた。
だがそれもパチュリーがとある言葉を発することで終わりを告げる事になる。
「しいたけ」
次いだ言葉に小悪魔の雰囲気が変化した。
「けですね……では……」
待ってましたと言わんばかりにその言葉を紡ぐ。
「結婚しましょう!」
ニコニコ笑顔で、普段と変わらぬ様子で。
だけど少しだけ熱帯びた声色で、小悪魔はパチュリーにそう告げる。
ついでにどこから取り出したのか、ご丁寧に花束と指輪も差しだしていた。
一方のパチュリーはさして動揺した様子も無い。
僅かに横目で小悪魔に視線を送り……
「うそつき」
と、短く言葉を次いだ。
しばしの沈黙。
やがて小悪魔が苦笑と共に吐息。
「うまく返されてしまいました、流石ですね」
「……冗談もすぎると毒になるわ」
「あら、冗談ではありませんでしたのに」
花束と指輪をどこかに仕舞って、悪びれた様子もなく再びニコニコ笑顔で小悪魔が首を傾げる。
「それにしても、少しぐらい動揺していただけると思ったのですが……
パチュリー様にとって、私は本当に取るに足らない存在なのですねえ」
小悪魔はあいも変わらずにニコニコ笑顔。
だが、その声には僅かに落胆の響きが混ざっていた。
「そうではないわ」
「はい?」
パチュリーはそこで嘆息。
「少し前にレミィにも同じ事をされたから」
呆れた様な、力の抜けた笑みで小悪魔を見る。
「予めご存じでございましたか……この小悪魔、一生の不覚でございます」
ニコニコ笑顔と呆れた笑み。
どちらともなく、くすくすと声が漏れる。
「ところで」
疑問を纏ったパチュリーの声。
「二人ともどうしてこのような事を?」
それはですね、と小悪魔が答える。
「ええ、人里で流行っていると教えていただいたので」
「人里でねえ」
「はい、美鈴門番長から」
「美鈴が、なるほどね」
美鈴は非番の日によく人里へと足を伸ばしているらしい。
ならば人里での流行りを紅魔館へと持ちこむ事は別におかしくもないのだ。
「それにしても恋敵はお嬢様でございましたか」
「あのねえ……」
「一度、三角関係なるものを体験してみたかったのですよ。ほら…ええと……
『中に……誰もいませんよ?』と言うやつをやってみたかったのでございます」
「貴方がやられる方になるわね、間違いなく……」
「おお、こわいこわい……まあともかく初めから知られていたとは、相手が悪かったのですねぇ」
頬に手を当てふぅと溜息をつく小悪魔にパチュリーはそうでもないわよ、と呟く。
「それはどういう……」
「レミィが見たのよ、面白い運命をね。本当に相手が悪いと言う事は……」
不思議がる小悪魔にパチュリーは珍しく悪戯っぽい笑みを見せた。
雲一つない晴天。
門前で美鈴は咲夜に提案していた。
「しりとりしませんか?」
もちろんしりとりドッキリを仕掛ける為だ。
ここ最近と言うものの何があったのか、シエスタしていたらこっそり抱きつかれたり
酒に酔ってキスされたり、それどころか日常生活で色々と主導権を握られて迫られるようになった。
その露骨な変化と態度に、流石に同性とはいえ美鈴は咲夜の自分へ好意を悟らざるを得なかった。
だが、美鈴自身はノンケである故にこの状況はおもしろくない。
だからいつもやりこめられている普段のお返しも込めて、少しだけ動揺させてやろうとそんな考えであった。
そんな美鈴の考えをよそに、買い物籠を片手に先ほど人里から戻った咲夜はそれに対して了承の旨を伝える。
「では最初は私が……ろびんますく」
「くしゃるだおら」
こうしてしりとりが始まった。
言葉を次いて次いで数分。
「にごりざけ」
と咲夜が次いだのを聞いて美鈴は笑みを浮かべる。
「結婚しましょう!」
咲夜の両手を握って、その目を見つめて。
美鈴は何やら湧きあがってくる感情を必死で抑えて彼女にそう告げた。
咲夜は一瞬だけ驚いた笑みを浮かべた後……照れた笑みを浮かべる。
「うん!」
そして、短く呟いた。
美鈴は内心笑みを浮かべた。
引っかかったと、これはあくまでしりとり。
「ん」が付いた以上咲夜の負けなのである。
後はそれを宣告するのみ。
咲夜は驚くだろうか?怒るだろうか?
いずれにせよその反応が楽しみだと考えて……そして……
「咲夜さんの……」
負けですよと、紡ぎかけたその言葉が止まる。
周りを取り囲む景色が一変していた。
場所は室内。見覚えがある。
紅魔館内にある十字の飾られた礼拝堂。
辺りには荘厳なパイプオルガンの音色が鳴り響いている。
見渡せば顔見知りからそうでない者までの幻想郷の住人たちが規則正しく着席し此方に視線を送っていた。
「美鈴?」
声に視線を向けるとすぐ傍で咲夜が笑みを浮かべていた。
「どうしたの?」
咲夜の不思議そうな声。だが美鈴はそれにこたえる事が出来ない。
全てが紅い中で映えるは、彼女が纏う純白のヴェールとウェディングドレス。
そして美鈴自身はなぜか黒いタキシードに着替えさせられていた。
「……いやあの……これは……」
困惑と驚愕をを浮かべて美鈴が咲夜を見る。
それに対し咲夜は満面の笑みで答えた。
「結婚式でしょう?」
「誰と誰のですか……」
「勿論、私と貴方のよ。貴方がプロポーズしてくれて私が応じた。
それなればこれは当然の流れなのではないかしらね」
遅れて理解する。咲夜の能力は時を操る程度の能力。
それは世界の時間だけでなく、特定の何かを止めておくこともできて……この場合止めておかれたのは自分。
もしかしたら咲夜は全てを理解したうえでしりとりに応じて、わざと美鈴に冗談プロポーズを言わせたのかもしれない。
この様な場面に繋ぐために。つまりはひっかけられたのは逆に美鈴であったと言う事になる。結果は洒落にならないが。
「さ、咲夜さん?」
「なにかしら?」
「その、私が悪かったですから……えと……ここらで……ネタばら……」
「え? 何が?」
満面の笑み。逆らい難い迫力すら纏うその笑み。
それにはまったくもってドッキリであるとか、洒落であるとか、冗談であるとかそう言うものは感じられなかった。
真剣であった。
それを前に、美鈴はもう咲夜には何を言っても無駄だと悟る。
故に助けを求めて回りを見回した。
着席し此方に視線を送る皆は笑顔だ。
満面の、意地の悪い、にやにやした、面白がっている祝福の笑顔。
「さあ、美鈴…いいえ、あなた様…誓いの言葉を……」
何ともいえぬ表情の美鈴の腕を異常に強い力で咲夜が引く。
引かれるままに見えた十字架の下には、何の皮肉か牧師姿のレミリア・スカーレット。
(私に恥をかかせるなよ?)
と向けられるそんな凄みのある笑みを見て、美鈴は目の前が真っ暗に染まっていくのを確かに感じたのだ。
美鈴が咲夜に引きずられていく。
その光景を眺めながら小悪魔はふぇぇと声を漏らした。
「分かったでしょう?」
こんな時でさえ持ち込んだ本を手にパチュリーは言葉を紡ぐ。
「本当に相手が悪かったと言う事がどういう事なのか……小悪魔、貴方は私が相手で本当によかったわね?」
そんな事を呟くと、目の前の喜劇には興味が無いとばかりにすぐに手元の本へと視線を落とした。
小悪魔がぞくぞくしますねえと目を輝かせて、逃げようとした美鈴が取り押さえられて、参列者達の歓声が響いていた。
-終-
てかめーりん、「たいさいせいく“ん”」じゃいきなりアウトですよー
末永くお幸せに。
何はともあれ幸せに
まー幸せになるんならいいんじゃないですかね。
ところで、「く」でいきなり「くしゃるだおら」が出てくる咲夜さんの脳内について詳しくw
そしてご馳走さま!