紅い悪魔が束ねる館、その地下にある大図書館で、今日も今日とて魔女は囁き、悪魔は笑う――。
「しゅっしゅっしゅと糸通しー。
ちくちくちくりと針を刺すー。
くいくいくいっと引っ張って、これにてお目々ができましたー」
朗らかな歌声を部屋に響かせ、‘図書館の司書‘小悪魔は満足げな笑みを浮かべた。
歌の通り、右手には小さくも鋭い針が握られている。
どこぞの巫女の物とは違い、投擲用ではない。
そして、眼前には、今しがた‘目‘を縫いつけられた物が鎮座している。
一体を持ち上げる直前、耳に微かな軋み音が入った。
並ぶ二体のヒトガタをバランスよく座らせて、小悪魔は音の方へと顔を向ける。
「……貴女まで人形遊び? 勘弁してほしいわ」
扉を閉めて近づいてくるのは、小悪魔の主にして‘動かない大図書館‘こと、パチュリー・ノーレッジだった。
違和感を覚える小悪魔。
何に対してかはわからない。
けれど、確かな違和感。
宜しくない類だ。
内心で首を捻りつつ、素知らぬ顔で主の言葉のミスを指摘する。
「これ、ぬいぐるみですよ?」
「みたいね。……どっちでもいいわよ」
「付け加えますと、私は頼まれただけです」
机の上にちんまりと座っているのは、髪の色が同じ、二名の少女のぬいぐるみだ。
一方には日傘、もう一方には特徴的な目玉の形をしたアクセサリー。
レミリア・スカーレットと古明地さとりを模している。
「レミィ、じゃないわね。妹様たち?」
頷く小悪魔。
「それにパチュリー様、私が自分用に作るなら、それこそオリエ」
「聞いてない。誰にしろなんにしろ、お子様だこと」
「あ、南極にじゅぅっきゃー!?」
宣言なしで放たれた弾幕が、小悪魔を襲った。
仏頂面を隠そうともせず奥へと進み、椅子に座るパチュリー。
ちらりと横目で見つつ、小悪魔は推測する。
覚えた違和感は、主から放たれる棘だ。
考えるべきは、その原因。
打たれた額を軽く撫でる。
痛みは然程感じなかったが、これもおかしい。
放たれる直前の会話は、パチュリーの知識の外のことだろう。
仮に解っていたなら‘賢者の石‘は避けられない程度の内容だ。
そして、理由なく棘を放つ主ではない――(八つ当たりの予感はしますけど)。
小悪魔の思考は続く。
他の要因があるのだろう。
話を続けたこと自体が癪に障ったのだろうか。
だとすれば、キーワードがあるはずだが――(……あっ)。
細く長い耳を立て、小悪魔はパチュリーへと視線を向ける。
その時、座る椅子を微かに軋ませた。
‘振り向きました‘の合図。
しかし、既に本を広げたパチュリーに、気にする素振りは見えなかった。
「そう言えば、今日はお客様がお越しの筈では……?」
言葉を選びながら、小悪魔は問う。
思った通り、暫くしてもパチュリーからの返答はなかった。
先ほどの態度を鑑みるに、何時ものように一瞬で読書に没頭した、と言う訳でもないだろう。
来客は二名。
どちらかが原因か。
或いは、どちらも。
「確か、アリスさんと早苗さん、でしたよね」
頁を繰る音が、止まった。
「……随分と突っかかるわね」
顔をあげるパチュリーの眉間には、皺が寄せられている。
「『病は気から』と申しますし」
「私に精神的な負荷がかかっていると?」
「です。何事も溜めこむのは宜しくありません」
「つまり、貴女で解消しろと言うのね」
「言ってません」
腰を浮かし椅子の向きを変え、小悪魔は身体ごとパチュリーへと向き合う。
「ですが、ぶっかけたいと御所望であれば、どうぞ!」
「貴女の言った通り、フタリが今、書斎にいるわ」
「凄く泣きそう。……それで、どうしました?」
小悪魔としては、正直、‘賢者の石‘よりも堪えた。
本を胸に抱き、パチュリーが問いに応える。
「別に。
仲良くお話しているだけ。
邪魔だと思ったから、出てきただけよ」
落ち着いた声。
言葉に嘘はあるまい。
平静を装っている状態で揚げ足を取らせるほど、パチュリーは愚かではない。
(けれど、嘘はついている)
故に、小悪魔はぬいぐるみを向ける。
別パーツにてランドセルをつけられる方。
つまり、‘心を読む程度の能力‘を持つ、さとぐるみ。
渋面を浮かべるパチュリーはしかし、すぐに視線を本へと戻した。
「……少し、此処をお願いしますね」
主からの返事はない。
どうやら随分とこじれているようだ。
思った小悪魔は、ぬいぐるみを机に置き、立ち上がる。
大方の予想はついているが、それを確固たるものにするために、その足を書斎へと向けた――。
書斎は、ドールハウスになっていた。
「あー……此処までとは、流石に」
上海、蓬莱、オルレアン。
仏蘭西、和蘭、露西亜に倫敦。
持ち主とは程々に交流のある小悪魔にして、初見の人形も並べられている。
斜め上の有様はけれど、予想をより強くするものだった。
扉を開いた時から耳に入る、アリスと早苗の会話もその一つ。
そう、二名は延々と話し続けていた。
小悪魔の来訪にも気付かずに、だ。
その内容は、以下である。
「――それでね、上海はみんなのお姉さんなの」
「なるほど、妹たちが大好きなんですね」
「でも、双子の蓬莱は上海のことが大っ好き!」
「むむむ、難しいですね」
「勿論、みんなのことは好きなのよ? だけど、あぁだけど!」
「ならば、お二方を組み合わせてみるのはどうでしょう!?」
「組み合わせる!? そういうのもあるのね!」
以上。
大方がこんな感じだったのだろうと言うことは想像に難くない。
何かが振りきれているアリスは、とても楽しそうだ。
追随できている時点で早苗も尋常ではない。
けれど、と小悪魔は思い、口を開く。
「早苗さん、それ、プラモデルの発想では?」
「三代目大将軍が好きです」
「初代ですか」
振り返る早苗。まさか返されるとは思ってもいなかったようだ。
「え、三代目なのに初代?」
「武者シリーズの、です」
「何故小悪魔さんが……?」
「妹が好きなんです」
「いたんですか妹さん」
それぞれの問いに適当に答え、小悪魔は頭を下げた。
「紅茶が切れていないか見に来ただけですので、お続けください」
言うが早いか、二名は元の話へと戻る。
オルレアンは度を超えた大食いさんだとか。
具体的にどう上海と蓬莱を組み合わせるかとか。
「ふむ」
一度頷き、小悪魔は手近にあった人形を手に取った。
「……白」
「上はつけていないの」
「仏蘭西さんは姉妹の中でも小さい方ですもんね」
補足する早苗にアリスが頷く。
震える身体を押さえつける小悪魔。
二名は最早、人形以外の話題に興味はないようだと悟る。
仏蘭西人形を戻し、目尻を拭い、小悪魔は退出した――。
「要はですよ、パチュリー様」
司書室に帰ってきた小悪魔は、二体のぬいぐるみを片腕にまとめて抱き、パチュリーの眼前へと進んだ。
時間を経たことにより、主の意思はより固くなっているであろう。
呼びかけに応えないことからも読み取れる。
意に介さず、小悪魔は続けた。
「経緯はわかりませんが、パチュリー様ご自身が人形の話を持ちだされた。
で、何時の間にか、お二方に置いてけぼりにされた、と。
また拗ねちゃったんですね」
挑発に近い言い様は、無論、計算されたものだった。
小悪魔の思惑通り、パチュリーの瞳が向けられる。
しかし、そう簡単には従者の掌で踊らない。
小悪魔の期待した感情は向けられず、少なくとも表面上は平静な顔をしていた。
「戯言を言うわね。
言った通りだったんでしょう?
それに、何故、私から切り出したことになっているのかしら?」
「でなければ、幾ら御友人と言えど追い出されるのでは?
いえ、そもそも、お二方がご遠慮されたでしょうし。
違いますか?」
眦を釣り上げるパチュリー。
十数秒持たず、平静は剥がされた。
けれど、パチュリーが劣っていると言う訳ではない。
心の隙を穿つのは、‘悪魔‘の本分だ。
「だとしても、‘拗ねている‘なんて酷い当て推量ね。私がお人形遊びに興味があるとでも?」
「さとぐるみに別パーツつけたのは何処の何方ですか」
「むきゅ!?」
その方法が直球で霰もなく大胆なのは、小悪魔故であろう。
真っ直ぐにパチュリーを見つめる小悪魔。
詰る言葉とは裏腹に、柔らかい視線。
元より、咎めるつもりなどない。
「……なによ」
先に瞳を逸らしたのは、パチュリーの方だった。
微かに頬が膨らんでいる。
ぷぃって感じ。
完全にあかん子モードに入ってしまったようだ。
「何年生きていると思っているの、この年になってお人形遊びなんて出来る訳ないでしょう?
そりゃ、アリスは‘人形遣い‘だからわからなくもないけど。
早苗は早苗で人間だから、年相応なんでしょうけど」
意固地になる魔女。
常人であれば、解すのは困難だろう。
しかし、常に彼女の傍にいる小悪魔にとっては、割と茶飯事であり、容易だった。
だが――急がなければいけない。
パチュリーは今、アリスと早苗の名を出した。
かばうような態度は数分と経たず、詰る言葉に変わるだろう。
古今東西老若男女問わず、意固地になった者の思考などそう変わるものではない。
(八つ当たりでも何でも、私に向けて頂けるなら構わないんですけどね)
むしろ、どんとこい。
「……パチュリー様にも、人形でお遊びになった時期があったでしょう?」
小悪魔はまた、ぬいぐるみを向ける。
依頼者の希望により、腹部を押すと『うー』と鳴く方。
‘運命を操る程度の能力‘を持つレミリア・スカーレットを模った、もふリア。
睨みつけてくる瞳を避けようともせず、小悪魔は返答を待った。
「繰り返させないでくれる?
それに、私が話しているのは現在。
幾十年前の児戯なんてどうでもいいでしょうに」
詰み――小悪魔は薄らと笑みを浮かべる。
欲しかったのは、その事実。
後は、彼女が彼女たちと変わりないことを伝えればよい。
パチュリー・ノーレッジが、アリス・マーガトロイドや東風谷早苗と変わらない――少女であると言うことを。
「僭越ながら、申し上げます。
貴女様も児戯をされている。
だって、そうでしょう?
――‘ごっこ遊び‘だけならいざしらず、ご自身の‘力‘に名前までつけているのですから」
小悪魔だからこそ言える、言葉だった。
「酷い自虐ね」
「うーん、やはり余り気持ちよくない」
「小悪魔の頭を本で叩くとどうなるの、と」
振りあげられる、約二十四万語を収録した極厚の国語辞典。
「凹みます」
「避けなさいよ」
「私、肉体的な痛みも割といけます」
カミング!
頭を下げる小悪魔。
だが、いつまで経っても衝撃はやってこない。
「しないわよ」
代わりに与えられたのは重力で、その部位は手だった。
「これにはまだ、保護魔法をかけていないんですもの」
「そっちの心配ですか!?」
「え、当然」
ビクンビクン。
わざとらしく身悶えする小悪魔に、半眼が向けられた。
すぐさま取り繕い、主から離れる。
進む先は、入口。
預けられた辞典を小脇に挟み、小悪魔は扉を開く。
「喘息を誘発しかねませんので、あまりはしゃぎ過ぎないよう――」
「……ふん。そう思うなら、閉めればいいんじゃないの?」
「主の道を塞ぐなど、従者たる私にできましょうか」
‘魔女‘パチュリー・ノーレッジ。
同時に彼女は、少女だった。
否、少女だ。
故に、パチュリーが人形遊戯をするとしても、なんら可笑しいことはない。
扉の外に、踏み出す。
直前、パチュリーが振りかえる。
小悪魔の視界に映るのは、既に何時も通りのパチュリーだった。
そして、魔女は囁き――
「……本当の所、貴女はどうなのかしら?」
「さて。ともかく、行ってらっしゃいませ」
――悪魔は笑う。
「では、私はパチュリー様ドールで一人遊びをば」
「等身大なのね。火水木金土符‘賢者の石‘」
「作ったばかりのパチュリー様がぁ!?」
ほんとどうなんだろうねこの子は。
<了>
「しゅっしゅっしゅと糸通しー。
ちくちくちくりと針を刺すー。
くいくいくいっと引っ張って、これにてお目々ができましたー」
朗らかな歌声を部屋に響かせ、‘図書館の司書‘小悪魔は満足げな笑みを浮かべた。
歌の通り、右手には小さくも鋭い針が握られている。
どこぞの巫女の物とは違い、投擲用ではない。
そして、眼前には、今しがた‘目‘を縫いつけられた物が鎮座している。
一体を持ち上げる直前、耳に微かな軋み音が入った。
並ぶ二体のヒトガタをバランスよく座らせて、小悪魔は音の方へと顔を向ける。
「……貴女まで人形遊び? 勘弁してほしいわ」
扉を閉めて近づいてくるのは、小悪魔の主にして‘動かない大図書館‘こと、パチュリー・ノーレッジだった。
違和感を覚える小悪魔。
何に対してかはわからない。
けれど、確かな違和感。
宜しくない類だ。
内心で首を捻りつつ、素知らぬ顔で主の言葉のミスを指摘する。
「これ、ぬいぐるみですよ?」
「みたいね。……どっちでもいいわよ」
「付け加えますと、私は頼まれただけです」
机の上にちんまりと座っているのは、髪の色が同じ、二名の少女のぬいぐるみだ。
一方には日傘、もう一方には特徴的な目玉の形をしたアクセサリー。
レミリア・スカーレットと古明地さとりを模している。
「レミィ、じゃないわね。妹様たち?」
頷く小悪魔。
「それにパチュリー様、私が自分用に作るなら、それこそオリエ」
「聞いてない。誰にしろなんにしろ、お子様だこと」
「あ、南極にじゅぅっきゃー!?」
宣言なしで放たれた弾幕が、小悪魔を襲った。
仏頂面を隠そうともせず奥へと進み、椅子に座るパチュリー。
ちらりと横目で見つつ、小悪魔は推測する。
覚えた違和感は、主から放たれる棘だ。
考えるべきは、その原因。
打たれた額を軽く撫でる。
痛みは然程感じなかったが、これもおかしい。
放たれる直前の会話は、パチュリーの知識の外のことだろう。
仮に解っていたなら‘賢者の石‘は避けられない程度の内容だ。
そして、理由なく棘を放つ主ではない――(八つ当たりの予感はしますけど)。
小悪魔の思考は続く。
他の要因があるのだろう。
話を続けたこと自体が癪に障ったのだろうか。
だとすれば、キーワードがあるはずだが――(……あっ)。
細く長い耳を立て、小悪魔はパチュリーへと視線を向ける。
その時、座る椅子を微かに軋ませた。
‘振り向きました‘の合図。
しかし、既に本を広げたパチュリーに、気にする素振りは見えなかった。
「そう言えば、今日はお客様がお越しの筈では……?」
言葉を選びながら、小悪魔は問う。
思った通り、暫くしてもパチュリーからの返答はなかった。
先ほどの態度を鑑みるに、何時ものように一瞬で読書に没頭した、と言う訳でもないだろう。
来客は二名。
どちらかが原因か。
或いは、どちらも。
「確か、アリスさんと早苗さん、でしたよね」
頁を繰る音が、止まった。
「……随分と突っかかるわね」
顔をあげるパチュリーの眉間には、皺が寄せられている。
「『病は気から』と申しますし」
「私に精神的な負荷がかかっていると?」
「です。何事も溜めこむのは宜しくありません」
「つまり、貴女で解消しろと言うのね」
「言ってません」
腰を浮かし椅子の向きを変え、小悪魔は身体ごとパチュリーへと向き合う。
「ですが、ぶっかけたいと御所望であれば、どうぞ!」
「貴女の言った通り、フタリが今、書斎にいるわ」
「凄く泣きそう。……それで、どうしました?」
小悪魔としては、正直、‘賢者の石‘よりも堪えた。
本を胸に抱き、パチュリーが問いに応える。
「別に。
仲良くお話しているだけ。
邪魔だと思ったから、出てきただけよ」
落ち着いた声。
言葉に嘘はあるまい。
平静を装っている状態で揚げ足を取らせるほど、パチュリーは愚かではない。
(けれど、嘘はついている)
故に、小悪魔はぬいぐるみを向ける。
別パーツにてランドセルをつけられる方。
つまり、‘心を読む程度の能力‘を持つ、さとぐるみ。
渋面を浮かべるパチュリーはしかし、すぐに視線を本へと戻した。
「……少し、此処をお願いしますね」
主からの返事はない。
どうやら随分とこじれているようだ。
思った小悪魔は、ぬいぐるみを机に置き、立ち上がる。
大方の予想はついているが、それを確固たるものにするために、その足を書斎へと向けた――。
書斎は、ドールハウスになっていた。
「あー……此処までとは、流石に」
上海、蓬莱、オルレアン。
仏蘭西、和蘭、露西亜に倫敦。
持ち主とは程々に交流のある小悪魔にして、初見の人形も並べられている。
斜め上の有様はけれど、予想をより強くするものだった。
扉を開いた時から耳に入る、アリスと早苗の会話もその一つ。
そう、二名は延々と話し続けていた。
小悪魔の来訪にも気付かずに、だ。
その内容は、以下である。
「――それでね、上海はみんなのお姉さんなの」
「なるほど、妹たちが大好きなんですね」
「でも、双子の蓬莱は上海のことが大っ好き!」
「むむむ、難しいですね」
「勿論、みんなのことは好きなのよ? だけど、あぁだけど!」
「ならば、お二方を組み合わせてみるのはどうでしょう!?」
「組み合わせる!? そういうのもあるのね!」
以上。
大方がこんな感じだったのだろうと言うことは想像に難くない。
何かが振りきれているアリスは、とても楽しそうだ。
追随できている時点で早苗も尋常ではない。
けれど、と小悪魔は思い、口を開く。
「早苗さん、それ、プラモデルの発想では?」
「三代目大将軍が好きです」
「初代ですか」
振り返る早苗。まさか返されるとは思ってもいなかったようだ。
「え、三代目なのに初代?」
「武者シリーズの、です」
「何故小悪魔さんが……?」
「妹が好きなんです」
「いたんですか妹さん」
それぞれの問いに適当に答え、小悪魔は頭を下げた。
「紅茶が切れていないか見に来ただけですので、お続けください」
言うが早いか、二名は元の話へと戻る。
オルレアンは度を超えた大食いさんだとか。
具体的にどう上海と蓬莱を組み合わせるかとか。
「ふむ」
一度頷き、小悪魔は手近にあった人形を手に取った。
「……白」
「上はつけていないの」
「仏蘭西さんは姉妹の中でも小さい方ですもんね」
補足する早苗にアリスが頷く。
震える身体を押さえつける小悪魔。
二名は最早、人形以外の話題に興味はないようだと悟る。
仏蘭西人形を戻し、目尻を拭い、小悪魔は退出した――。
「要はですよ、パチュリー様」
司書室に帰ってきた小悪魔は、二体のぬいぐるみを片腕にまとめて抱き、パチュリーの眼前へと進んだ。
時間を経たことにより、主の意思はより固くなっているであろう。
呼びかけに応えないことからも読み取れる。
意に介さず、小悪魔は続けた。
「経緯はわかりませんが、パチュリー様ご自身が人形の話を持ちだされた。
で、何時の間にか、お二方に置いてけぼりにされた、と。
また拗ねちゃったんですね」
挑発に近い言い様は、無論、計算されたものだった。
小悪魔の思惑通り、パチュリーの瞳が向けられる。
しかし、そう簡単には従者の掌で踊らない。
小悪魔の期待した感情は向けられず、少なくとも表面上は平静な顔をしていた。
「戯言を言うわね。
言った通りだったんでしょう?
それに、何故、私から切り出したことになっているのかしら?」
「でなければ、幾ら御友人と言えど追い出されるのでは?
いえ、そもそも、お二方がご遠慮されたでしょうし。
違いますか?」
眦を釣り上げるパチュリー。
十数秒持たず、平静は剥がされた。
けれど、パチュリーが劣っていると言う訳ではない。
心の隙を穿つのは、‘悪魔‘の本分だ。
「だとしても、‘拗ねている‘なんて酷い当て推量ね。私がお人形遊びに興味があるとでも?」
「さとぐるみに別パーツつけたのは何処の何方ですか」
「むきゅ!?」
その方法が直球で霰もなく大胆なのは、小悪魔故であろう。
真っ直ぐにパチュリーを見つめる小悪魔。
詰る言葉とは裏腹に、柔らかい視線。
元より、咎めるつもりなどない。
「……なによ」
先に瞳を逸らしたのは、パチュリーの方だった。
微かに頬が膨らんでいる。
ぷぃって感じ。
完全にあかん子モードに入ってしまったようだ。
「何年生きていると思っているの、この年になってお人形遊びなんて出来る訳ないでしょう?
そりゃ、アリスは‘人形遣い‘だからわからなくもないけど。
早苗は早苗で人間だから、年相応なんでしょうけど」
意固地になる魔女。
常人であれば、解すのは困難だろう。
しかし、常に彼女の傍にいる小悪魔にとっては、割と茶飯事であり、容易だった。
だが――急がなければいけない。
パチュリーは今、アリスと早苗の名を出した。
かばうような態度は数分と経たず、詰る言葉に変わるだろう。
古今東西老若男女問わず、意固地になった者の思考などそう変わるものではない。
(八つ当たりでも何でも、私に向けて頂けるなら構わないんですけどね)
むしろ、どんとこい。
「……パチュリー様にも、人形でお遊びになった時期があったでしょう?」
小悪魔はまた、ぬいぐるみを向ける。
依頼者の希望により、腹部を押すと『うー』と鳴く方。
‘運命を操る程度の能力‘を持つレミリア・スカーレットを模った、もふリア。
睨みつけてくる瞳を避けようともせず、小悪魔は返答を待った。
「繰り返させないでくれる?
それに、私が話しているのは現在。
幾十年前の児戯なんてどうでもいいでしょうに」
詰み――小悪魔は薄らと笑みを浮かべる。
欲しかったのは、その事実。
後は、彼女が彼女たちと変わりないことを伝えればよい。
パチュリー・ノーレッジが、アリス・マーガトロイドや東風谷早苗と変わらない――少女であると言うことを。
「僭越ながら、申し上げます。
貴女様も児戯をされている。
だって、そうでしょう?
――‘ごっこ遊び‘だけならいざしらず、ご自身の‘力‘に名前までつけているのですから」
小悪魔だからこそ言える、言葉だった。
「酷い自虐ね」
「うーん、やはり余り気持ちよくない」
「小悪魔の頭を本で叩くとどうなるの、と」
振りあげられる、約二十四万語を収録した極厚の国語辞典。
「凹みます」
「避けなさいよ」
「私、肉体的な痛みも割といけます」
カミング!
頭を下げる小悪魔。
だが、いつまで経っても衝撃はやってこない。
「しないわよ」
代わりに与えられたのは重力で、その部位は手だった。
「これにはまだ、保護魔法をかけていないんですもの」
「そっちの心配ですか!?」
「え、当然」
ビクンビクン。
わざとらしく身悶えする小悪魔に、半眼が向けられた。
すぐさま取り繕い、主から離れる。
進む先は、入口。
預けられた辞典を小脇に挟み、小悪魔は扉を開く。
「喘息を誘発しかねませんので、あまりはしゃぎ過ぎないよう――」
「……ふん。そう思うなら、閉めればいいんじゃないの?」
「主の道を塞ぐなど、従者たる私にできましょうか」
‘魔女‘パチュリー・ノーレッジ。
同時に彼女は、少女だった。
否、少女だ。
故に、パチュリーが人形遊戯をするとしても、なんら可笑しいことはない。
扉の外に、踏み出す。
直前、パチュリーが振りかえる。
小悪魔の視界に映るのは、既に何時も通りのパチュリーだった。
そして、魔女は囁き――
「……本当の所、貴女はどうなのかしら?」
「さて。ともかく、行ってらっしゃいませ」
――悪魔は笑う。
「では、私はパチュリー様ドールで一人遊びをば」
「等身大なのね。火水木金土符‘賢者の石‘」
「作ったばかりのパチュリー様がぁ!?」
ほんとどうなんだろうねこの子は。
<了>
おままごとするパッチェさんも可愛いよ!