Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

魔女と人形遊戯

2010/06/06 16:18:33
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 紅い悪魔が束ねる館、その地下にある大図書館で、今日も今日とて魔女は囁き、悪魔は笑う――。



「しゅっしゅっしゅと糸通しー。
 ちくちくちくりと針を刺すー。
 くいくいくいっと引っ張って、これにてお目々ができましたー」

 朗らかな歌声を部屋に響かせ、‘図書館の司書‘小悪魔は満足げな笑みを浮かべた。

 歌の通り、右手には小さくも鋭い針が握られている。
 どこぞの巫女の物とは違い、投擲用ではない。
 そして、眼前には、今しがた‘目‘を縫いつけられた物が鎮座している。
 一体を持ち上げる直前、耳に微かな軋み音が入った。
 並ぶ二体のヒトガタをバランスよく座らせて、小悪魔は音の方へと顔を向ける。



「……貴女まで人形遊び? 勘弁してほしいわ」

 扉を閉めて近づいてくるのは、小悪魔の主にして‘動かない大図書館‘こと、パチュリー・ノーレッジだった。
 


 違和感を覚える小悪魔。

 何に対してかはわからない。
 けれど、確かな違和感。
 宜しくない類だ。

 内心で首を捻りつつ、素知らぬ顔で主の言葉のミスを指摘する。

「これ、ぬいぐるみですよ?」
「みたいね。……どっちでもいいわよ」
「付け加えますと、私は頼まれただけです」

 机の上にちんまりと座っているのは、髪の色が同じ、二名の少女のぬいぐるみだ。
 一方には日傘、もう一方には特徴的な目玉の形をしたアクセサリー。
 レミリア・スカーレットと古明地さとりを模している。

「レミィ、じゃないわね。妹様たち?」

 頷く小悪魔。

「それにパチュリー様、私が自分用に作るなら、それこそオリエ」
「聞いてない。誰にしろなんにしろ、お子様だこと」
「あ、南極にじゅぅっきゃー!?」

 宣言なしで放たれた弾幕が、小悪魔を襲った。

 仏頂面を隠そうともせず奥へと進み、椅子に座るパチュリー。
 ちらりと横目で見つつ、小悪魔は推測する。
 覚えた違和感は、主から放たれる棘だ。

 考えるべきは、その原因。

 打たれた額を軽く撫でる。
 痛みは然程感じなかったが、これもおかしい。
 放たれる直前の会話は、パチュリーの知識の外のことだろう。
 仮に解っていたなら‘賢者の石‘は避けられない程度の内容だ。
 そして、理由なく棘を放つ主ではない――(八つ当たりの予感はしますけど)。

 小悪魔の思考は続く。

 他の要因があるのだろう。
 話を続けたこと自体が癪に障ったのだろうか。
 だとすれば、キーワードがあるはずだが――(……あっ)。

 細く長い耳を立て、小悪魔はパチュリーへと視線を向ける。
 その時、座る椅子を微かに軋ませた。
 ‘振り向きました‘の合図。

 しかし、既に本を広げたパチュリーに、気にする素振りは見えなかった。

「そう言えば、今日はお客様がお越しの筈では……?」

 言葉を選びながら、小悪魔は問う。
 思った通り、暫くしてもパチュリーからの返答はなかった。
 先ほどの態度を鑑みるに、何時ものように一瞬で読書に没頭した、と言う訳でもないだろう。

 来客は二名。
 どちらかが原因か。
 或いは、どちらも。

「確か、アリスさんと早苗さん、でしたよね」

 頁を繰る音が、止まった。

「……随分と突っかかるわね」

 顔をあげるパチュリーの眉間には、皺が寄せられている。

「『病は気から』と申しますし」
「私に精神的な負荷がかかっていると?」
「です。何事も溜めこむのは宜しくありません」
「つまり、貴女で解消しろと言うのね」
「言ってません」

 腰を浮かし椅子の向きを変え、小悪魔は身体ごとパチュリーへと向き合う。

「ですが、ぶっかけたいと御所望であれば、どうぞ!」
「貴女の言った通り、フタリが今、書斎にいるわ」
「凄く泣きそう。……それで、どうしました?」

 小悪魔としては、正直、‘賢者の石‘よりも堪えた。

 本を胸に抱き、パチュリーが問いに応える。

「別に。
 仲良くお話しているだけ。
 邪魔だと思ったから、出てきただけよ」

 落ち着いた声。
 言葉に嘘はあるまい。
 平静を装っている状態で揚げ足を取らせるほど、パチュリーは愚かではない。

(けれど、嘘はついている)

 故に、小悪魔はぬいぐるみを向ける。
 別パーツにてランドセルをつけられる方。
 つまり、‘心を読む程度の能力‘を持つ、さとぐるみ。

 渋面を浮かべるパチュリーはしかし、すぐに視線を本へと戻した。

「……少し、此処をお願いしますね」

 主からの返事はない。

 どうやら随分とこじれているようだ。
 思った小悪魔は、ぬいぐるみを机に置き、立ち上がる。
 大方の予想はついているが、それを確固たるものにするために、その足を書斎へと向けた――。





 書斎は、ドールハウスになっていた。

「あー……此処までとは、流石に」

 上海、蓬莱、オルレアン。
 仏蘭西、和蘭、露西亜に倫敦。
 持ち主とは程々に交流のある小悪魔にして、初見の人形も並べられている。

 斜め上の有様はけれど、予想をより強くするものだった。

 扉を開いた時から耳に入る、アリスと早苗の会話もその一つ。
 そう、二名は延々と話し続けていた。
 小悪魔の来訪にも気付かずに、だ。



 その内容は、以下である。

「――それでね、上海はみんなのお姉さんなの」
「なるほど、妹たちが大好きなんですね」
「でも、双子の蓬莱は上海のことが大っ好き!」
「むむむ、難しいですね」
「勿論、みんなのことは好きなのよ? だけど、あぁだけど!」
「ならば、お二方を組み合わせてみるのはどうでしょう!?」
「組み合わせる!? そういうのもあるのね!」

 以上。



 大方がこんな感じだったのだろうと言うことは想像に難くない。
 何かが振りきれているアリスは、とても楽しそうだ。
 追随できている時点で早苗も尋常ではない。

 けれど、と小悪魔は思い、口を開く。

「早苗さん、それ、プラモデルの発想では?」
「三代目大将軍が好きです」
「初代ですか」

 振り返る早苗。まさか返されるとは思ってもいなかったようだ。

「え、三代目なのに初代?」
「武者シリーズの、です」
「何故小悪魔さんが……?」
「妹が好きなんです」
「いたんですか妹さん」

 それぞれの問いに適当に答え、小悪魔は頭を下げた。

「紅茶が切れていないか見に来ただけですので、お続けください」

 言うが早いか、二名は元の話へと戻る。
 オルレアンは度を超えた大食いさんだとか。
 具体的にどう上海と蓬莱を組み合わせるかとか。

「ふむ」

 一度頷き、小悪魔は手近にあった人形を手に取った。

「……白」
「上はつけていないの」
「仏蘭西さんは姉妹の中でも小さい方ですもんね」

 補足する早苗にアリスが頷く。
 震える身体を押さえつける小悪魔。
 二名は最早、人形以外の話題に興味はないようだと悟る。
 


 仏蘭西人形を戻し、目尻を拭い、小悪魔は退出した――。





「要はですよ、パチュリー様」

 司書室に帰ってきた小悪魔は、二体のぬいぐるみを片腕にまとめて抱き、パチュリーの眼前へと進んだ。
 時間を経たことにより、主の意思はより固くなっているであろう。
 呼びかけに応えないことからも読み取れる。

 意に介さず、小悪魔は続けた。

「経緯はわかりませんが、パチュリー様ご自身が人形の話を持ちだされた。
 で、何時の間にか、お二方に置いてけぼりにされた、と。
 また拗ねちゃったんですね」

 挑発に近い言い様は、無論、計算されたものだった。
 小悪魔の思惑通り、パチュリーの瞳が向けられる。
 しかし、そう簡単には従者の掌で踊らない。

 小悪魔の期待した感情は向けられず、少なくとも表面上は平静な顔をしていた。

「戯言を言うわね。
 言った通りだったんでしょう?
 それに、何故、私から切り出したことになっているのかしら?」

「でなければ、幾ら御友人と言えど追い出されるのでは?
 いえ、そもそも、お二方がご遠慮されたでしょうし。
 違いますか?」

 眦を釣り上げるパチュリー。
 十数秒持たず、平静は剥がされた。
 けれど、パチュリーが劣っていると言う訳ではない。

 心の隙を穿つのは、‘悪魔‘の本分だ。

「だとしても、‘拗ねている‘なんて酷い当て推量ね。私がお人形遊びに興味があるとでも?」
「さとぐるみに別パーツつけたのは何処の何方ですか」
「むきゅ!?」

 その方法が直球で霰もなく大胆なのは、小悪魔故であろう。

 真っ直ぐにパチュリーを見つめる小悪魔。
 詰る言葉とは裏腹に、柔らかい視線。
 元より、咎めるつもりなどない。

「……なによ」

 先に瞳を逸らしたのは、パチュリーの方だった。
 微かに頬が膨らんでいる。
 ぷぃって感じ。

 完全にあかん子モードに入ってしまったようだ。

「何年生きていると思っているの、この年になってお人形遊びなんて出来る訳ないでしょう?
 そりゃ、アリスは‘人形遣い‘だからわからなくもないけど。
 早苗は早苗で人間だから、年相応なんでしょうけど」

 意固地になる魔女。
 常人であれば、解すのは困難だろう。
 しかし、常に彼女の傍にいる小悪魔にとっては、割と茶飯事であり、容易だった。

 だが――急がなければいけない。

 パチュリーは今、アリスと早苗の名を出した。
 かばうような態度は数分と経たず、詰る言葉に変わるだろう。
 古今東西老若男女問わず、意固地になった者の思考などそう変わるものではない。

(八つ当たりでも何でも、私に向けて頂けるなら構わないんですけどね)

 むしろ、どんとこい。

「……パチュリー様にも、人形でお遊びになった時期があったでしょう?」

 小悪魔はまた、ぬいぐるみを向ける。
 依頼者の希望により、腹部を押すと『うー』と鳴く方。
 ‘運命を操る程度の能力‘を持つレミリア・スカーレットを模った、もふリア。

 睨みつけてくる瞳を避けようともせず、小悪魔は返答を待った。



「繰り返させないでくれる?
 それに、私が話しているのは現在。
 幾十年前の児戯なんてどうでもいいでしょうに」

 詰み――小悪魔は薄らと笑みを浮かべる。



 欲しかったのは、その事実。
 後は、彼女が彼女たちと変わりないことを伝えればよい。
 パチュリー・ノーレッジが、アリス・マーガトロイドや東風谷早苗と変わらない――少女であると言うことを。



「僭越ながら、申し上げます。
 貴女様も児戯をされている。
 だって、そうでしょう? 

 ――‘ごっこ遊び‘だけならいざしらず、ご自身の‘力‘に名前までつけているのですから」



 小悪魔だからこそ言える、言葉だった。

「酷い自虐ね」
「うーん、やはり余り気持ちよくない」
「小悪魔の頭を本で叩くとどうなるの、と」

 振りあげられる、約二十四万語を収録した極厚の国語辞典。

「凹みます」
「避けなさいよ」
「私、肉体的な痛みも割といけます」

 カミング!
 頭を下げる小悪魔。
 だが、いつまで経っても衝撃はやってこない。

「しないわよ」

 代わりに与えられたのは重力で、その部位は手だった。

「これにはまだ、保護魔法をかけていないんですもの」
「そっちの心配ですか!?」
「え、当然」

 ビクンビクン。

 わざとらしく身悶えする小悪魔に、半眼が向けられた。
 すぐさま取り繕い、主から離れる。
 進む先は、入口。



 預けられた辞典を小脇に挟み、小悪魔は扉を開く。

「喘息を誘発しかねませんので、あまりはしゃぎ過ぎないよう――」
「……ふん。そう思うなら、閉めればいいんじゃないの?」
「主の道を塞ぐなど、従者たる私にできましょうか」



 ‘魔女‘パチュリー・ノーレッジ。
 同時に彼女は、少女だった。
 否、少女だ。

 故に、パチュリーが人形遊戯をするとしても、なんら可笑しいことはない。



 扉の外に、踏み出す。
 直前、パチュリーが振りかえる。
 小悪魔の視界に映るのは、既に何時も通りのパチュリーだった。



 そして、魔女は囁き――

「……本当の所、貴女はどうなのかしら?」
「さて。ともかく、行ってらっしゃいませ」

 ――悪魔は笑う。





「では、私はパチュリー様ドールで一人遊びをば」
「等身大なのね。火水木金土符‘賢者の石‘」
「作ったばかりのパチュリー様がぁ!?」

 ほんとどうなんだろうねこの子は。




                      <了>
・本が主食のパッチェさんだって偶にはお人形さんで遊んだっていいじゃない。お読み頂きありがとうございます。

・小さい頃の遊び、男の子は時代や環境によって結構変わるんじゃないかなと思います。キン消しとかミニ四駆とか。
・でも、女の子はお人形かおままごとがまず浮かぶのではないでしょうか。
・おままごとをするパッチェさんもありだと思います。
・ペット役は小悪魔。なんら日常と変わっていない。

いじょ
道標
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
さとぐるみともふリアってwwwネーミングセンスが素晴らしいと思います!
おままごとするパッチェさんも可愛いよ!
2.名前が無い程度の能力削除
すこぶる可愛い。いいぞ、もっとやれ!