※まずタグを読んで頂きたい。この掌編には死体の描写がある。あるいはそれ以上に致命的な倫理の欠如があるかもしれない。
また甘甘なあやれいむを期待しているなら、おそらくこの掌編は貴兄の期待に応えられない。黒アルビノにそれを書く才覚はない。
それを求めているなら、これを読むより賢い選択肢がある。どうか御了承願いたい。
遺体を見つけたのだ。ミンミン蝉がけたたましく鳴き叫ぶ、山肌の森林で。
どうやらまだ若い男のようだった。背負ったままの籠から投げ出された山菜が近くに散らかっていた。
夏の高温多湿な気候。しかしまだ腐臭はない。虫も集っていない。肌はまだ僅かに艶を残すし。流れ出た赤黒い血液も、全ては凝固していなかった。
死後間もないらしい。
土気色した顔は、最期に驚愕を張り付けた。限界まで見開かれたままの瞼。
すなわち、彼にとってこの死はまったくの不慮であったという事だ。
幻想郷で巫女とかいう職業をしていると、しばしばこういう現場を見る事はある。
知り合いという訳でもなかったから、さして動揺する事もなく、冷静に観察をできた。
仮に彼を見つけるのがもう少し早くても、きっと命助ける事は出来なかっただろうなと霊夢は思う。
胸から腹にかけて大きな傷があった。ぱっくりと開いている。機能を喪失し、もはやただの肉塊と化した臓物が覗いていた。
牙やら、爪やら、そんなものよりずっと洗練された一筋の傷だった。刀傷。彼は一刀にて命断たれていた。
どうやら、獣の仕業ではないらしいと、そんな事を考える。なるほど、そんなに可愛らしいものの仕業じゃない。もっともっと厄介な奴らが犯人だ。
「あら、霊夢さんじゃないですか? 我々に何か用です?」
「別に、ちょっと山菜取りに来ただけ」
落ち葉が舞った。風を纏わせたまま降り立った射命丸文の口調は、いつものあの慇懃無礼な敬語だった。
ここは既に天狗の領域だ。
「これやったの、あんたのお仲間?」
遺体を親指で示し、尋ねる。
「ええ」
誤魔化されるとも思ったが、文はあっけらかんと肯定した。
「運が悪かったですね彼は。警備の白狼がたまたま虫の居所が悪かったのです。
最近暑かったですしね。普段なら一言二言警告する手間を惜しんだりしないのですが、今日に限っては命乞いする暇も与えられなかったでしょう。
出会い頭にずばっと一撃ですよ」
「悪かったとは?」
「思ってるはず無いでしょう? 彼の自業自得ですし。領土侵犯はそれなりに重罪なのですよ」
ふむぅと、少し困ったような表情を霊夢は見せた。深いため息が続いた。
「まったく……ちょっとはあんたらも考えなさいよ……。
彼を人里に返すでしょ、当然、天狗に殺されたって遺族は怒るわよね。そしたら回り回って、私のとこに『どうか息子の仇を!』って哀願が届くのは間違いないんだから」
「お疲れ様です」
「ああ、他人事みたいに……あんたらが殺さなけりゃ、そんな事にはならなかっただろうに」
「他人事ですもの。斬ったのは私じゃなく椛ですし。そもそも、そこで怒るのがおかしいのです。
正当なのは怒らずに畏れる事でしょう? 我々が恐ろしい妖怪そのものであるという、根底の部分での理解が欠如している。最近、人間達はぬるすぎると思いますよ。
安穏を当然としている限り、こういう悲劇はこれからも繰り返されるでしょう。死は不慮だからこそ、舐めてかかっちゃいけないし、敢えて触れるような真似は慎まなければならない」
「まあ……あんたの言う事も分かるんだけど。でもそれは妖怪の論理だしさ。人間はそう思わないって事。はあ、憂鬱だわ……」
「同情だけはしてあげます」
遺体は何も語りはしない。
死んでしまったらその権利はない。しかし残された者はそれを譲渡されたつもりになって、代弁に饒舌になる。
責められる事ではない。
人間側に身を置く存在なら、むしろその文化は正当だ。
霊夢の立ち位置が真中である事がややこしいのだ。権限も思想も真中。双方を理解する事が殆ど義務だった。
「思うんですけど」
文がふと口を開いた。
「そういう生き方、疲れません?」
「疲れるとか疲れないとか、そういうのじゃないのよ。そういう風に生きる様になってるのよ私は」
もう一つ溜息をつく。ある種の諦観が、そこには混じってるようにも聞えた。
妙に文の瞳が真面目な事に気付いたのは、この時だった。
「なんだったら、こっち側に来ちゃっていいんですよ?」
歓迎しますよと、文は笑顔を見せた。
「はぁ? あんた馬鹿じゃないの? 博麗が天狗に? あり得ないわ」
「博麗に言ってるんじゃありません、私は博麗霊夢という一人の才能溢れる魅力的な少女に言っているのですよ。
あなたを我々の仲間に迎えたい。
いいですよ妖怪は。冷血を美徳にしちゃっていいんだから。面倒な事は次代に全部押しつければいいじゃないですか」
どうやら、真剣に勧誘されているらしい。
やれやれと、霊夢は肩をすくめた。
射命丸文という女は、自らの種に誇りを持っている。高慢と言えるまでの誇りだ。
我々という単位を持ち出す時、それは彼女にとって心底より真剣な交渉である事なら知っていた。
この囁きは悪魔のそれだと分かっていて、かつ完全な善意からだとも分かっていて。
しかし拒否できる明瞭な理由もあって。
「肝心な部分を分かってないわ。私も人間だしさ、あんたらの論理を完全に理解できるわけじゃないのよ。
それに、人間は何だかんだで弱いからね、私みたいなのがちょっとは贔屓してあげないと、可哀想だわ。
あんたの誘いには悪いけど、乗ってあげれないかな」
残念だと、文は苦笑をした。
「いや、分かってはいたんですけどね、霊夢さんならそう答えるだろうって。ああ、でも残念です。本当に、本当に残念……」
「下らない事考えるなら、まずは自分の身の安全を考えなさい。場合によっちゃ、制裁の為私があんたらの集落に乗り込む事もあり得るんだから」
「その時は、私が殺されてあげますよ。うん、悪くないですね。霊夢さんにならあげていいです、この命。それでチャラでいいでしょう?」
「それじゃ、意味ないんだって。復讐にならないじゃない」
「そこは納得してくださいよ。それとも霊夢さんにとって、私の命はその程度に軽いもの?」
ここで、文はにやりと笑ってみせた。後ろに物言わぬあの遺骸が見えた。
彼女は、狡猾で性格の悪い天狗だ。
どうやら、上手く付け込まれてしまったらしいと、霊夢ははぁと溜息をついた。一か月分の溜息をここ十数分で使ってしまったようだった。
でも、そう悪い気もしなかったから、多分付け込まれたままでいいんだろうと、そんな事も思った。
「どうにか上手く収拾つけるわ。あんな風になっちゃったあんたは、見たくないしね」
「あら、私のために? 嬉しいじゃないですか」
「調子には乗らないの」
文は満面の笑顔を見せた。
霊夢もやれやれと、苦笑してみた。
「さて、じゃあ、彼を人里に引き渡しに行こうかしら。弔いはしなきゃだしね。文、手伝ってくれるわよね?」
「え……、私が行くと話がややこしくなるんじゃ?」
「いいから。死体ってすごく重いんだから、か弱い乙女に持たせる気?」
蝉は相変わらずけたたましかったし、太陽は高く、空は青かった。
何でもない幻想郷の夏だった。
ほんの少し人間と妖怪の関係は歪み、ほんの少し狭間の少女と天狗の少女が仲良くなった日だった。
本当に些細な事だ。しかし当人らにとっては、記憶に刻まれる日だ。
文は遺体を収めた籠をよっこいしょと背負った。とりあえず、彼女は何だかんだで付き合ってくれるらしい。
「仕方ありませんねぇ、じゃあ、代わりに、あとで取材を手伝ってください。人里においしい甘味屋ができたらしいんですよ」
「はいはい、付き合うくらいするわよ。あ、でも当然奢りよね」
「あやや……。ええ……奢りますよ。奢りますとも。もう好きなもの食べちゃってください」
「ありがと、文のそういうとこ結構好きよ」
彼女らが飛び立った後には、小さな血だまりだけが残るだろう。しかし、それもすぐに土へと還る。
さて、少し先の未来も、同じように、まるで最初から何もなかった如く、上手く回ってくれるだろうか?
簡単では無いのだろうと霊夢は思う。
結局自身はそれでも人間だし、彼らもそうだ。怨恨の価値なら知っている。
一歩何かが間違えば、あの遺体みたくなるのは己だって事もあるかもしれない。
しかし、とりあえず、今この瞬間は、そう悪い気分じゃないから。
とりあえず。そう、とりあえずは、それでいいのだと霊夢は思った。
文の快活な横顔を、夏の日差しが明るく照らしていた。
天狗の領域とわかって?山に入った男もどうかとも思うし。
やはり人と妖怪は根本的に違う存在なんだなぁ…
霊夢や魔理沙が特殊すぎるんだろうね。
しかしあやれいむいっぱいで俺歓喜。
もっと増えていいのよ!
あやれいむ万歳!!
そう思うと霊夢の立場って荷が重いなぁ…。
淡々としつつも信頼し合ってるあやれいむが素敵でした。
霊夢が持つ独特の魅力って、きっとこの辺りに因るんでしょうね。
この霊夢と文の未来を見てみたいなぁ……。
きっとハッピーエンドなんて見られないのだろうけど。
こうやって主体的な自意識や会話能力を持ってしまった彼らは、力に奢る人間とどう違うんだろうか。
だから霊夢みたいな人間は必ず必要となるわけで…?
むぅ…難しいですね…
わかることはあやれいむ万歳!
真っ黒なあやれいむ流行れ
あなたのあやれいむ観はとても素敵ですね、是非ともお酒の席をご一緒したい。
ごちそうさまです。