「あぁ! 私のゲッペラー!?」
「へ? どうかした、早苗?」
「あ、自転車なんですが」
酷い出落ちだ。
空は晴れ、気温も穏やかな、とある日。
妖怪の山の頂きにある守矢神社では半年振りの大掃除が行われていた。
広大な敷地に住まうのは僅か三名で、歳末に一度では追いつかないのがその理由だ。
――と言うか、それでも追いついていない。
神社及び居住区を‘乾の神‘八坂神奈子に任せ、‘風祝‘東風谷早苗と‘坤の神‘洩矢諏訪子は蔵の整理を行っている。
面積だけを見れば当然前者の方が広く、人員配置をおかしく思われるかもしれない。
だが、蔵の中はブラックボックス状態だったのだ。
加えて、早苗は幻想郷に来る以前から滅多に蔵へと立ち入ることがなかった。
冒頭の出会い――愛機もとい愛車との再会が、それを示している。
白と青を基調にした三段変速の自転車だ。
「こんなとこに仕舞ってたんだ……」
上半分を覆うシートをどかし、早苗はハンドルとサドルに手を置いた。
「あっちでも高校に入ってからはあんまり使ってなかったし、こっちじゃ必要ないもんねぇ」
適当な大きさのダンボールを見つけ埃を払い、腰を下ろして諏訪子が言った。
「はい。……あ、すいません、手を止めてしまって」
「ほどほど進んだし休もうや。で、ゲッペラーってのは?」
「えぇっと、ロボットの名前、略称なんですけど、そのぉ……」
早苗の反応がどんどん小さくなっていく。
ロボットが好きなことを恥ずかしがっているわけではない。
そんなことは公言していたし、つい先日も随分と暴れまわったばかりだ。
――早苗の声が窄まっているのは、だから、自転車に命名していたと言う幼い頃の自身のため。
「早苗、好きだもんねぇ」
対する諏訪子は、穏やかに返した。
浮かぶ笑みも柔らかい。
童の扱いはお手の物。
少女の動揺を見抜き、話題を滑らかにする。
「自転車、似てるの?」
早苗は目を輝かせた。
「はい、尖がっているので似ています!
あ、ゲッペラーには1,2,3の形態があって、その2なんですよ!
二速にする時は『ゲッタービジョン』と呟いて、三速では勿論、『真・マッハスペシャル』って!!」
両手を振る早苗。色々混じっているが、とても楽しそうなので流していただきたい。
「ほんとはジャガー号にするべきなんですけど、そこはやっぱり、一番速くて強いのにしたいなと!」
なにが『ほんと』で、どう『やっぱり』なのか、諏訪子にはさっぱりわからない。
しかし、わからないなりに合わせる。
彼女は大人だ。
「速いんだ?」
「速いです!」
「強いんだ?」
「強いです!」
「そっかそっか」
頷き続ける諏訪子の問いは、そんな彼女のちょっとした悪戯心だった。
「私と神奈子よりも強いのかな?」
びき。
固まる早苗。
手だけでなく表情もそのままで、動かない。
――仮に比較する者が違っていれば、早苗は迷うことなく首を横に振っただろう。
友人の霊夢や魔理沙、この頃は自身でさえ、弾幕ごっこではある程度の戦績を収めている。
しかし結局交えているのは『ごっこ』遊び、純粋な強さとは全く別の話だ。
そして、純粋な力であれば、紫や幽香、最強の妖怪よりも、二柱の方が上回っている――早苗はそう思っていた。
だがしかし――ゲッペラー。
眉根が寄り奥歯を噛みしめる早苗。
目尻には、遂に水滴さえも浮かんでくるのだった。
「あー、ごめんよ早苗。
ケロちゃん大人げなかったね。
今のは聞かなかったことにしておいて」
微苦笑とともに、諏訪子は告げた。
漫画やアニメの話なのだろうから笑い飛ばしてくれればいい。
そう思っていたのだが、どうにも真剣に捉えられてしまったようだ。
「速くて強いんです! しかも、硬い!」
一転して、早苗は明るさを取り戻した。
「ダメージもなんのその、自己修復で一瞬で治ります!
そもそも、大抵のものはスポイルしちゃいます!
なんてたって全長約二万光年!!」
むふーっ。
鼻息を荒げる早苗から顔を逸らし、諏訪子は目頭を押さえる。
大きさの単位によろめいたのではない。
語る様にぐらついたのでもなかった。
あぁ、私と神奈子は本当に信仰されているんだなぁ――次々と加えられる設定に、先ほど即座に頷かなかった早苗に、強く強く、そう思った。
閑話休題。
「と、そう言えば……」
振り付きで解説を進める早苗に制止の合図と片手をあげて、諏訪子は立ち上がった。
「まさかゲッペラーが!?」
「入んないでしょ」
「はい」
真っ当な突っ込みに、流石の早苗もこくりと頷く。
苦笑しながら、諏訪子は壁の方へと歩いた。
一つ二つのダンボールをどけ、舞い上がる埃を払う。
整理していたのが功を奏し、思い浮かべた物はすぐに見つかった。
「あったあった」
「あ……それって」
「うん。早苗が小さい頃に遊んでたのだよ」
諏訪子が思いだしたのは、自転車と同じく、サドルと車輪がついている乗り物。
「一輪車、ですね」
「うん。どこぞの寺の住人を拉致してきたんじゃないよ?」
「見ればわかります。あと、私はこっちです」
いくらなんでも、すわりんは新しすぎる。
しかし、かなりんなら、或いは。
空繋がりで。
「んだとこら!?」
「あの、諏訪子様?」
「なんでもないなんでもない」
からからと笑い、諏訪子は銀色のシートをはがす。
一輪車。
名前の通り、車輪が一つだけの乗り物だ。
シンプルな構造とは裏腹に、乗りこなすには練習とバランス感覚が必要とされる。
サドルと車輪を繋ぐシャフト部にデフォルメの蛇と蛙がプリントされたソレは、確かに早苗が乗っていたものだった。
「難しかったなぁ……」
「ん、乗れなかった?」
「ええ、然程上手には」
遠い日を思い出し、頬を掻く早苗。
「そっか……そうだったね」
頷く諏訪子の声には、ほんの少し、寂しげな響きが含まれていた。
「それにしても、何故、諏訪子様は一輪車がここにある、と?」
問う早苗は気がついていない。
微笑を浮かべ、諏訪子は応える。
「早苗が使わなくなって此処に仕舞ってから、偶に私が遊んでいたんだよ」
「一輪車で、ですか。……乗れました?」
「プロ級」
「なんのプロですか」
「昔から輪っかにゃ縁があるからねぇ。すいすい乗れたよ」
ぽん、と早苗は手を打つ。
「神具‘洩矢の鉄の輪‘」
そぅそ、と諏訪子は短く返した。
事実、諏訪子は初めて触れた時から、一輪車を乗りこなしていた。
彼女の血を引く早苗も……と思っていたのだが、当ては外れていたようだ。
連綿と受け継がれている遺伝子も、やはり、段々と薄くなっているのだろう。
浮かんだ感慨に小さく微苦笑し、諏訪子は話を続ける。
「今度里に用がある時はさ、これで行ってみない?
早苗は自転車で、私は一輪車。
どうかな?」
唐突に切り出した提案はけれど、とても素晴らしく思えた。
「行きはともかく、帰りで力尽きそうです」
「ひたすら坂道だもんねぇ。駄目かぁ」
「……‘尽きそうです‘」
腕を組み唸る諏訪子に、早苗は同じ言葉を繰り返す。
「私は風祝です。乾の神に祈り、坤の神の傍にあるもの」
「あー、神奈子も一緒にってか」
「はい!」
力強い頷きとともに、満面の笑みが咲く。
早苗は首を左右に振る。
神奈子にもなにか乗る物がないかと辺りに視線を向けた。
あったはずだ――幼いころの記憶が、ちらちらと脳裏をかすめる。
一方、一輪車から離れ、諏訪子は歩き出していた。
早苗の思考に見当がつき、また、探している物もわかった。
数時間前にはダンボールが幾つも高く積み上げられていた個所を通り過ぎる。
辿り着いたのは、蔵の一番、奥。
早苗の記憶にあった物。
諏訪子が思いだした物。
自転車と一輪車を覆っていたシートを合わせてもまだ大きい、そんな銀幕に包まれていたのは――
「ふふ、早苗、お探しはこれかい?」
「おっきな……バイク」
「懐かしいね」
――『おっきなバイク』、そう、大型二輪車だった。
目を見開く早苗に、微笑みを浮かべながら諏訪子は続ける。
「時々、早苗も見ていたんだね。
これは、あんたのじいさまが使っていた物だよ。
あっちでも長らく乗り手がいなかったからね、仕舞っていたんだろう」
大きな車体はそれだけで危険だ。
周囲の大人が判断し、蔵へと封印していた。
早苗の記憶が不鮮明だったのは、そのためだろう。
二輪車を凝視して返事のない早苗を不思議に思いつつ、諏訪子はハンドルに触れた。
「早苗がほんとに小さい頃さ。
じいさまはばるんばるん鳴らしていたよ。
結構な歳だってのに、これがまた似合……て……」
その時。
イメージが走る。
諏訪子の頭の中に、一つの映像が、溢れた。
「諏訪子様」
「あ、なに、早苗?」
「フルフェイスを外し、ふわりと広がる濃い青の髪」
呟きに、今度は諏訪子が目を見開いた。
同時、否、早苗の方が少し早く想像していたのだ。
互いの瞳に映るのは、乾の神。
その幻視。
大型二輪を駆る、神奈子の姿――「……凄い似合うっ!!」
頷き合う早苗と諏訪子。
こうなればいてもたってもいられない。
二名は風となり、蔵から神奈子の元へと走った。
「神奈子っ!」
「神奈子様神奈子様!!」
「あ、どうしたの、フタリとも? こっちは大体終わったわよ」
雑巾を両手に持ちにこりと笑う神奈子。
自身の仕事に満足しているのだろう。
浮かぶ笑みは輝かしい。
ダイブしかけた諏訪子はしかし思いとどまり、両手を広げ、言う。
「後で喰う!
じゃない、あんた、大型二輪乗りなよ!
なよって言うか、なさい! 勿論、服は黒一色のライダースーツ!!」
鬼気迫る咆哮に、神奈子は半歩下がった。
「藪から棒に、なによ……?」
「神奈子様、私からもお願いします!」
「うん? 早苗が言うなら、やってもいいけど……」
両手を組んでの祈願に、神奈子は半歩戻した。
その様に、諏訪子は心の内で快哉をあげる。
愛する風祝の言葉、神奈子が無下にするわけがない。
しかし、一つ、たった一つだけ、言い淀んでいたことがあった。
神奈子が実践したならば、それこそ信仰を得るのはより容易くなる、一つの提案。
浮かびはしたけれど口には出せず、言葉が沈んでいく――その直前。
風が揺れる。
否、揺らされていた。
静かに優しく頬を撫でるような風――凪。
諏訪子は、早苗に目を向けた。
「できれば――ライダースーツの下は、何もなしで!!」
鬼気迫る祈願に、神奈子は一歩下がった。
「早苗! あぁ、早苗!」
「違いますか、諏訪子様!?」
「そう、その通りだよ、あぁ、あんたは、やっぱり――!!」
力強い瞳を向ける早苗に飛びついて、諏訪子はその身体を抱きしめる。
(あぁ、私は間違っていた!
遺伝子はしっかりと受け継がれている!
確かにこの子にも、私の血が流れているんだ!!)
抱きしめ返してくる早苗は、諏訪子の思いに気づいていないだろう。
しかし、それでも構わないと、諏訪子は思った。
強く強く、血の猛りを感じられたのだから。
「と、とりあえず、お掃除終わってからね」
世紀を超えた‘親‘と‘子‘の抱擁、それは、神奈子の目から見ても、羨ましいほどに美しかったと言う――。
<了>
あと‘洩矢の鉄の輪‘って聞くと諏訪子様は自転車のリムを棒を使ってカラカラ転がして遊んでる姿が似合いすぎると思ったの。
ところでそんな作者さんに つ[絵板8204]
神奈子様はハ○レーよりも特攻服着せてサン○チ派だなw
ライダースーツをジィーって臍まで開けるとこまで幻視出来た
それにしても嫌な遺伝だなw