〈ぱっつん〉
「どうしたのよ、魔理沙」
「それじゃ、前が見えないでしょうに」
魔理沙が図書館に訪れるなり、口々にアリスとパチュリーは声を上げる。
その指摘を受けた魔理沙は深く被った帽子のつばをおろして、顔が見えないような状態だった。
普段とて浅く被っているというわけではないが、今の状態では帽子に覗き穴を開けた方がいいんじゃないかと言うほど、顔全体を覆っている。
「あー、えっとそのなんというかだなあ……」
帽子越しであるせいか、それとも精神的な理由か、やたらとこもった声で魔理沙はぼそぼそと口ごもる。
その様子にアリスとパチュリーは訝しげに首を傾げる。
「とりあえず、脱げば?」
「室内にいる時は帽子を脱ぐのがマナーよ、魔理沙」
「パチュリー、あなたねえ」
「私はいいの。ナイトキャップ的なものだから」
「そうだったの? ていうか、それならなお駄目なんじゃ……」
ぽんぽんと言葉を交わす二人を尻目に、魔理沙はそっと帽子を脱ぐ。
指先を始めとして、全身が微かに震えている。背中には冷や汗、手にも汗をかいている。
しかし、いつまでも、逃げているわけにはいかない。
二人に、見せなければこの問題は解決しないのだから。苦悩するように額に手を当てた魔理沙はあらためて二人に向き直る。
そうして、額に当てていた手をそっと離す。
それにどれほどの勇気が必要だったか。語るまでもない。
「っ」
「え……っ?」
それを見たアリスとパチュリーは一瞬の動揺の後。揃って吹き出してしまう。
分かっていたこととはいえ、恥ずかしいことには変わりがない。耐えきれなくなった魔理沙は声を荒げて、二人に詰め寄る。
その拍子に揺れるのは豊かな長い金髪。それほど丁寧に手入れをしているとも思えないのに、枝毛ひとつないきれいな髪だ。
「笑うな!」
「だ、だって、あは、あははっ」
「ふふ、ま、まり……さ……っけほ」
お腹を抱えて笑うアリスに、笑い過ぎて噎せてしまうパチュリー。
そんな二人を見て魔理沙は恥ずかしさやらいたたまれなさでたまらない。
「前髪を切るの、失敗したんだよ! 悪いか!」
そう、ほとんどやけくそな声音で、どなるように言う魔理沙の前髪は。
眉のやや下。横一直線に、驚くほどまっすぐ切られている。
いわゆる“ぱっつん”だった。
ややあって。アリスとパチュリーが落ち着いて、ぶすくれた魔理沙をなだめ終えた頃。
「どうもうまくできなくてさ」
「だからって、まっすぐハサミ入れるのはおかしいって気付きなさいよ」
「そう言われても……」
まだ頬を膨らませている魔理沙は椅子に腰掛け、その前に立ったアリスは細い指先で魔理沙の短くなった前髪をあらためている。
本来ならば前髪を切る時は、左右のバランスを少しずつ調整しながら、縦にハサミを入れるなどして切っていくのが望ましい。
しかし、昨夜、実験の最中、長く伸びた前髪に耐えられなくなった魔理沙は半ば衝動的にざくっと前髪を切ってしまったのだ。
その時は、短くなったおかげで視界が明るくなり、十分満足していたのだけれど。
朝起きて、平静な精神状態で鏡を見たとき、魔理沙は度肝を抜かれた。
かといって、自分でもどうすることもできなくて、アリスやパチュリーを頼ることを思いついたのだ。
「なあ、パチュリー。髪がこうきゅーっと伸びる魔法とかないか?」
「さあね。あるとしたら、魔女は育毛業会で食べていけることになるわね」
「ないならそう言えよな」
「あら、この図書館には私でさえ読んでいない本が山のようにある。その中の一冊にはあるかもしれないわよ?」
「そんな砂漠で米粒を見つけるような真似できるか」
先ほどまでの爆笑はどこへやら。いつものように安楽椅子に腰かけて静かに本を読んでいるパチュリーのつれない返事に魔理沙は唇を尖らせる。
アリスは知らないか? そんな期待をこめた瞳でじっとアリスを見つめた。
「私だって知らないわよ」
「だよなあ……。このままじゃ、ろくに外も出歩けないし。どうしたらいいんだ……」
はあ、とブルーでアンニュイなため息を吐き出す魔理沙。わりと切実な話である。
普段、クールなアリスやパチュリーでさえこの反応だ。霊夢だのにとりだの他の連中に見られた時にどんなことが起こるかなど目に見えるようだ。
「そんなに落ち込まなくても」
「人事だからそんな風に言えるんだろー?」
「これぐらいだったら、ちょっと短めになっちゃうけど直せるわよ?」
「へ?」
魔理沙の髪をいじっていたアリスは任せなさい、と力強く頷く。
地獄に一筋の光を見つけたかのような魔理沙は、ぶんぶんと首を縦に振る。
「任せる! ありがとう、恩に着る!」
「はいはい。ねえ、パチュリー、ハサミと何か大きな紙か何かない?」
「ハサミはそこの机の引き出し。紙はあっちの棚。……やってもいいけど、本を汚さないでよね」
「うん、気を付けるわ」
一度半分に折った紙を再び広げたものを顔の下に広げて持つ魔理沙は神妙な面持ちをしている。一方、その前でハサミを構えるアリスはるんるん、と歌まで歌いだしそうな勢いだ。
「あの、アリス?」
「安心して。人形作りでも髪を整えることはよくあるから、慣れてる」
「人形相手じゃないからな!」
「はいはい。いいから、目をつむって。髪入ったら痛いわよ」
「う、うん」
恐る恐ると言った様子で瞳を閉じる魔理沙が妙に可愛らしくて、アリスは笑ってしまう。
そうすれば、魔理沙は少し不安そうに身体を震わせる。あー、だの、うーだのどこぞの蛙のような唸り声をあげた。
そんな魔理沙に目を細めつつ、アリスは魔理沙の前髪にそっと刃を当てた。
「はい、できあがり。これでいいでしょう?」
「おー!」
そもそも切るのは前髪だけ。さして時間もかからずに散髪は終わる。
アリスはいつも持ち歩いているコンパクトを使って、魔理沙に出来栄えを見せる。
「すごいな、アリス! ありがとう!」
鏡の中に映ったのはいつも通り、ぎざぎざ前髪の魔理沙だった。
少しばかり短い感は否めないけれど、すぐ伸びる。
「ちょっと短かった?」
「いや、ぱっつんに比べたら全然マシだ」
「そう? まあ、ぱっつんはね」
「今時、ぱっつんはないよな、ぱっつんは。ダサい」
「幼く見えちゃうしね。今ぐらいのほうが可愛いわよ」
「もう私も子どもじゃないしな。ぱっつんは流石にな」
「あり得ないわよね」
そう言って、二人は顔を見合せる。二人揃って前髪はぎざぎざだ。
懸案も片付いて、安心したような、解放されたような気持ちで魔理沙は笑う。
アリスもまた、うまいこと前髪の散髪を成功させたことで、自然と笑顔になる。
和やかな雰囲気。
しかし、それはパチュリーの冷たい一言に切り裂かれる。
「うるさい。本を読む気がないんなら帰って」
最近ではずいぶんと魔理沙とアリスに対しては態度が軟化していたのだが。こんなに冷たい不機嫌そうな声は久しぶりに聞いた。
妙な迫力に気圧された二人は慌てて、それぞれ定位置に座る。
「あ、ああ、悪い」
「ごめんなさい、パチュリー」
それぞれ本を開いて一心不乱に読み始める。
顔をあげることさえしなかったパチュリーは、再び訪れた沈黙の中、本に顔を埋めるようにして読書を続行する。
その瞳に、うっすらと涙が光っていることに気付いたものは誰もいない。
「ぱっつんだって、いいじゃない」
本当に本当に小さく。魔理沙にもアリスにも聞こえないほど小さな声でパチュリーは呟くのだった。
〈ピリカピリララ〉
「なぁ、アリス」
「何、魔理沙」
「魔法使いに必要なものってなんだと思う?」
「……知的探求心とか?」
「それは在り方だろ?もっとこう、具体的な」
「じゃあ魔力とか」
「ちっちっち。わかってないな、アリスは」
「はぁ?」
「魔法使いに必要なもの、それは」
「それは?」
「かっこいい呪文だ」
「はい?」
「やっぱこう魔法を使うときに呪文とかあるといいよな」
「呪文ねぇ」
「ほら、パチュリーとか詠唱かっこいいじゃんか。魔法使いっぽい」
「唱えきれてない時点でかっこいいかどうかは微妙なところね」
「だから、私もスペカを使う前に呪文を唱えてみようと思ったんだ」
「ああ、そう。好きにすれば?」
「マハリクマハリタヤンバラヤンヤンヤン、恋符マスタースパーク!……言いづらいな」
「でしょうね。ていうか、パチュリーのはもっとこう「真の姿を我の前に示せ。契約の名の元、命じる」みたいな感じじゃない」
「いやー。乙女の呪文はカタカナ語っていうセオリーは外せないだろ」
「乙女?」
「乙女だ。恋の魔法だし」
「はいはい」
「アリスも考えるの手伝ってくれないか?なかなか、いいのがなくてさ」
「えー」
「なんでもいいから。ほら、魔界センスで魅せてくれよ」
「仕方ないわね。そこまで言うなら考えてみるわ」
「ありがとう!」
「パイパイポンポイプワプワプー、星符ドラゴンメテオ!……これはしまらないな」
「ぷわぷわしてるものね。それに年頃の女の子がぱいぱい叫ぶのも感心しない」
「なんでだ?」
「……分からないならいいのよ。ほら、じゃあこっちは?」
「パメルクラルクラリロリポップン、ペルータンペットンパラリラポン……どっちも噛みそうだ」
「ロリだのぺったんだの……」
「アリス? ぺったんじゃなくて、ぺっとんだ」
「ああそう? なんでもないわ。それなら短めにしたらいいんじゃないかしら」
「短めかぁ」
「チチンプイプイとか」
「ださっ」
「じゃ、じゃあ開けゴマ!とかは?」
「それはドアを開けるときの呪文だ」
「図書館に押し入る時にでも使えば?」
「すごくパチュリーに冷たい目で見られそうだから、止めとく」
「残念。あ、これなんかどう?」
「ん?なかなか強そうだな」
「でしょ?」
「ジェネリック、ブレイジングスター! 言いやすい!」
「すっきりしてるわね。かっこいいかも」
「……」
「……」
「でもさ」
「でもねぇ」
「ないなあ」
「ないわね」
〈ぷいっ〉
例によって、今日も図書館を訪れたアリスは、安楽椅子に腰かける七曜の魔女を見かけると嬉しそうに微笑んだ。
そうして、いつものように穏やかに声をかける。
「こんにちは、パチュリー」
しかし、そのあとのパチュリーの反応はいつもと違う。
いつもならば、面倒臭そうに顔をあげて、「なによ、また来たの?」なんて言いながらも小さく微笑んでくれるのだけれど。
ぷいっ
「パチュリー?」
ぷいっ
「パチュリーってば」
ぷいっ
なんど声をかけても、派手にそっぽを向いてしまう。小さな唇が少しだけ尖っている以外はいつも通りの表情なのに。
アリスがパチュリーの顔を見ようとすると、ぷいぷいそっぽを向くのだ。
もちろん、話しかけても返事はない。
わけが分からなくて、アリスは途方に暮れてしまった。
仕方なしに、書架へと移動して本を選ぶ。本を選んでいる間に謎が解ければいいのだけれど。
理由も分からず、拒絶されるのはつらい。アリスは悲しくなってきてしまった。
今日は、パチュリーの好きないちごのムースを持ってきたのに。
「……」
「あ、アリスさんじゃないですか。いらっしゃいませー」
「小悪魔……」
そんなアリスにやたらと陽気な声で話しかけてきたのは紅色の髪を持つ小悪魔。
人懐っこく、ちょっといたずらっぽい笑顔は、悪魔のくせにやたらとさわやかだ。
けれど、アリスの今の気分にはそぐわない。
「こあ? そ、そんな潤んだ熱っぽい目で見られても困っちゃいますよー。この小悪魔にはパチュリー様という心に決めた人が!」
「小悪魔……」
「ああ、でも、アリスさんならちょっといいかも……って、ダメです、靡いてくれなくても私はパチュリー様がぁ……って、アリスさん?」
アリスの涙目をなにか間違った方向に理解している様子の小悪魔はくねくねと身をよじらせる。両頬に手を当てて、いやんいやんと呟く様は妙にコミカルだった。
しかし、やがてアリスの異様な佇まいに気がついたのか、心配そうに眉を寄せる。
「……うー」
「ちょっ、マジ泣きですかっ? えええっと、えっと。何があったんです?」
「パチュリーがね」
アリスはつっかえつっかえになりながら、先ほどまでの状況を説明する。
流石にもう子供じゃない。そんなことで泣いたりはしないけれど、潤んだ瞳を小悪魔は勘違いしているようだった。
大体のところ、事情を語り終えると、小悪魔はなるほど、というように苦笑交じりで頷いた。ぴょい、っと長い尻尾が動く。
「あー、そういうことですか」
「私、なにかしたのかしら。心当たりはないんだけど」
「気にしなくていいですよ。大したことじゃないんで」
「分かるの?」
もう、本当にあのひとダメっ子ですからねー、と前置きをした上で小悪魔は大きく頷いた。
「はい。多分、拗ねていらっしゃるだけですよ」
「拗ねてる?」
「ほら、この間アリスさん、魔理沙さんとピクニックに行ったそうじゃないですか」
「ああ、そんなこともあったわね。ピクニックっていうより採集だけど」
ほんの三日前だっただろうか。
朝早く、太陽が昇るよりも前に叩き起こされるわ、お弁当を作らされるわ、謎の洞窟に連れまわされるわ、散々な目にあったのを覚えている。
挙句の果てに、アリスが目的としていた収集物だけは見つからなかったというおまけ付き。
パチュリーは昨日、魔理沙からそのエピソードを面白おかしく聞かされたらしい。
「パチュリー様も誘って欲しかったみたいです」
「え? でも、昼間外に出るなんて。それもあんなサバイバル」
「もちろん、断るでしょうね」
「じゃあ……?」
「行かないし断るけど、誘われないのは寂しいみたいです」
「面倒くさっ」
「そうなんですよー」
明かされた間抜けな真実にアリスは呆れざるを得ない。どれだけ悩んだと思ってるんだ。
深い、それは深いため息をつく。
心のどこかで安心していると言えばそうなのだけれど。
「じゃあ、どうすれば」
「まぁ、適当に構ってあげてください。お菓子でもあげれば機嫌も直ると思いますよ」
「まあ、持ってきてるけど」
「そもそも、完全に無視してるんじゃなくて、ぷいぷい顔をそむけるあたり、構ってほしいのばればれですよね」
「そんな。子供じゃないんだから」
「見た目はお三方の中で一番子供ですけどね」
「実年齢は最年長でしょうが」
「結局、お嬢様の親友ですからねぇ」
「あ、なんかすごい納得した」
「でしょう?」
再び、アリスはパチュリーのいるスペースへと移動する。ちょっとした決意と共に、パチュリーに声をかけた。
「パチュリー」
ぷいっ
「今日はパチュリーの好きな苺ムース、作ってきたの」
……ぷいっ
あ、今ちょっと躊躇した、と思いながらアリスはさらに言葉を続ける。
「ねぇ、パチュリー。明日魔理沙がうちにご飯食べに来るんだけど、パチュリーも来ない?」
そこまで話しかけたところで、ようやくパチュリーはアリスを見る。
ぷいぷいさせることなく、じとーっとした恨みがましい目で見上げてくる。
「……この間は誘ってくれなかったじゃない」
「だって、来ないと思ったんだもの」
「……行かないけど」
「やっぱり来ないんじゃない」
「当たり前でしょう」
「開き直らないで。だったら、誘う意味なくない?」
「それとこれとは話が別」
「別なんだ?」
「別よ」
つん、と澄まして言うパチュリーにアリスは呆れてしまう。
そもそも理屈になっていない。いつもの無駄な理屈っぽさはどこへ行ってしまったのだろう。
たまにパチュリーがこうなることを、アリスはもう知っているのだけれど。
その頑固さに正面から立ちふさがっても無駄だということも分かっている。
「はー、分かったわよ」
「何が分かったのかしら?」
「次からはちゃんと誘うわ。だから、機嫌直して?」
「……仕方ないわね」
アリスの言葉でパチュリーの表情は和らいだ。恨めしそうな色が消え、いつものじと目になる。まあ、傍目にはどう違うかは分からない程度の違いなのだけれど。
とにかく、機嫌を直すことには成功したようだ。
パチュリーの視線はもう、アリスの持ってきたバスケットへと移っている。
クッキーだのケーキだのに比べて、噛む回数の格段に少ないムースをパチュリーは好んでいる。ひとえにものぐさゆえだ。
あんまりにもあっさりと態度を翻したパチュリーに悩んでいたのが馬鹿らしくなってくる。
そこで、アリスは一つ悪戯を思いつく。不敵に笑って話しかける。
「でもパチュリー」
「アリス?」
「私はパチュリーに嫌われたかと思ってとっても悲しかった」
「そんなことあるわけないじゃない」
即座に否定するパチュリーに少し嬉しくなる。
けれど、アリスはわざと大仰な動作で、嘆いてみせる。オペラかミュージカルのように。
「ああ、不安だわ」
「アリス……?」
「本当は嫌われてしまったんじゃないかしら」
アリスの姿にわずかにパチュリーは眉を寄せて困った顔をする。
予想通り。
いたずらがうまくいっていることに、アリスは唇の端をあげて、パチュリーに向き直る。
そうして、堂々とした声で宣告する。
「というわけで、ペナルティを執行します」
「え? ア、アリス?」
パチュリーの戸惑いなどお構いなしに、アリスはさらに笑みを深める。
珍しくも優位に立てていることが、余計に楽しくてしかたがない。
腕を大きく広げたアリスはパチュリーに近づいて行く。
「抱きしめの刑!」
「ちょ、っちょっと!」
がばっと。アリスは小さなパチュリーを抱きしめる。
慌てて暴れるパチュリーがやがて、大人しくなるその時まで。
「あんまりわがままばっかり言わないでよ」
「わがままじゃないわ」
「子どもね」
「こんなことをするアリスほどじゃない」
「させてるのは誰よ?」
「責任転嫁はみっともないわよ」
「どの口が言うかな」
お互いの体温を感じながら、ぽつぽつと素直でない言葉の応酬。
いつも通りのコミュニケーション。
今日も大図書館は平和である。
翌日、アリスは再び図書館を訪れる。
結局あのあと、パチュリーにムースを食べさせたり、乱入してきた魔理沙も含めてきゃいきゃいやっているうちに日が暮れてしまった。
当然目的の本を借りることもできない。だから、朝早いというのにこうして図書館へと足を運んだのだけれど。
「おはよう、パチュリー」
ぷいっ
「パチュリー」
ぷいっ
「パチュリーってば」
ぷいっ
「あ、おはようございます、アリスさん。朝も早くからお疲れ様です」
「ねぇ、小悪魔。今度は何?」
「ああ、昨日の抱きしめられたのが恥ずかしかったみたいで」
「へ?」
「照れてます、パチュリー様」
「だって、あの後普通に話したりとかしてたのに!」
「タイムラグ的な感じですかね」
「意味が分からない。ていうか、なんでキスは平気で舌入れてくるくせに、そんなところで照れるのよ」
「まあ、パチュリー様ですからねえ」
「パチュリーだものね。妙に説得力あるわ」
「さて、どうしますか。こうなると拗ねてる時以上に厄介ですよ?」
「ああ、もう面倒くさいなぁ」
そう言うと一つため息をついて、アリスはつかつかとパチュリーの方へ向かっていく。
それを見送る小悪魔は楽しそうにおかしそうに悪魔らしく笑う。
「なんだかんだいって結局甘やかすんですねえ」
〈ページ〉
静寂に満ちた図書館。今日も三人の魔法使いたちが集っている。
仲の良い少女が三人寄ればかしましい。それは世界の真理である。
魔理沙、アリス、パチュリーの三人にとってもそれは例外ではない。お茶会だの討論だの、口を開けば止まることがない。
もともと快活な気質の魔理沙、早口で小声だけれど意外にも話好きなパチュリー。もちろんアリスだって、親しい友人と話すのは嫌いではない。
けれど、今日の図書館は静けさに満ちている。
三人は少女であると同時に魔法使いであるから。こうしてそれぞれの研究に没頭すればこんなこともしばしばある。
ぺら、ぺら、ぱらららっ、ぺら
一心不乱に本を読む三人のページをめくる音だけが図書館に響いていた。
勢いもめくりかたも三人それぞれ個性がある。
安定した速さでページをめくっているのはパチュリー。モデラート、トランクィッロ。
焦ることなくマイペースにページをめくる手つきは丁寧で、めくる際に聞こえる音もひそやかだ。
特筆することはなにもない。
動かない大図書館という名にふさわしい静のありよう。
まるで時計のようにひたすらリズムを刻んでいる。
アリスはやや急ぎ足。ぺらぺらぺら、とアッチェレランド。
目的のページを探す音。不意にその音が止まる。
カリカリカリ、とノートにそれを書きつけて。
ぺらぺらぺら。もう一度ページをめくり始める。
ときおり、ぱたんと本を閉じる音はアクセント。新たな本を手にとって、同じ作業を繰り返す。
リズムもテンポもまるででたらめなのは魔理沙だ。まるでカプリチォーゾ。
軽快にページをめくっていたかと思えば、突然止まる。
どさどさどさと、必要な文献を探して、ぺらぺらぺらと、勢いよくページをめくる。
そして、再び元の本とにらめっこ。今度は少しアダージオ。
うーん、と時折唸る声と、髪を掻き毟る音。
やがて、とっかかりを乗り越えた暁には、ヴィヴァーチェ。
てんでばらばらな三人のリズムが、図書館の静寂の中で三つ重なりあっていく。
そうして、生まれる図書館の即興曲。
演奏者はそのすばらしい調べを知ることはできないのだけれど。
少し離れたところで本の整理をしていた小悪魔は、それに耳を澄ます。
耳に心地よいその音楽に、そっと目を細めた。
〈ぽかぽか〉
きらきらと柔らかな日差しが命連寺の縁側に降り注いでいる。
暖かな風に乗って運ばれてくる甘い花々の香りに、縁側に腰を下ろしたアリスは眩しげに目を細めた。
「今日は晴れてよかったですね」
「そうね」
そんなアリスの横に同じように座っていた白蓮が微笑みかける。それに笑顔で応えて、アリスは深呼吸をする。ぽかぽかと春らしい陽気は気持ちが良い。
同じように感じているのか、白蓮も日向ぼっこをする猫のように目を細めている。
実際ずっと年上で、見た目も性格も大人びている白蓮であるにも関わらず、その表情は大分幼く見えて、意外に感じてしまう。
今日、パチュリー、魔理沙と共にアリスは命連寺を訪問した。
倉庫にしまってあったという古い大量の巻物が大掃除の際に発見されたらしい。そこで、三人の力になれば、と白蓮に招かれたためだ。
普段は外に出ることを厭うパチュリーも本が絡めば話は別。アリスとて興味しんしんだ。
そうして、二人はしょっちゅう入り浸っている魔理沙の案内の元、命連寺を訪ねたのだった。
「む、読みづらいわね」
「ああ、縦書きは慣れませんか?」
そんな白蓮の膝に頭をのせて、大きな巻物を読んでいるのはパチュリーだ。
命連寺までやってきて疲れただのなんだの言って、白蓮の膝を枕にして横になっている。
理由はおそらくでっち上げ。パチュリーは最近やたらと白蓮の膝枕がお気に召したらしく、事あるごとにそちらへ話をつなげていくようになったから。
「パチュリー、日向で本を読むと目に悪いわよ」
「明るいところで読めと言ったり、読むなと言ったり。アリスは一体どうしたいの?」
「頼むから目を大切にしてほしい」
読み慣れない巻物状の書籍に眉を顰めるパチュリーに、アリスは声をかける。
けれども、芳しくない返事に少しいらっときて、むにーっとそのほっぺたを引っ張った。
「なにひゅるのひょ、ありひゅ」
「うっさい。ぷにぷになのね」
「むふー」
「あらあら」
膝の上で行われるパチュリーとアリスとの攻防を見て、頬に手を当てた白蓮は楽しそうに微笑む。
この人は生粋のおばあちゃん属性なのか、魔理沙をはじめとしてアリス、パチュリーのことも実の孫を見るように微笑ましげな視線を向けてくる。
一人、なかなかに大人らしいこともあって、アリスはついつい甘えてしまう。
「楽しそうだな、私も混ぜてくれよ」
そんな明るい声とともに。
がばっと、白蓮の背中に覆いかぶさるようにして抱きついた魔理沙。
一瞬前のめりになった白蓮のふわふわとした髪がアリスの首にふれてくすぐったい。
どれを読むべきかと部屋の真ん中に積まれた巻物がなかなか選べなかったらしく、随分遅れて縁側にやってきた。
「ちょっと魔理沙、巻物振り回さないでよ、危ないじゃない」
「しょの前にありひゅは手をはなひて」
「ぽかぽかして気持ちいーなー」
「あらあら」
ぽかぽかした縁側で、四人で過ごすこと。
心も身体もぽかぽかしていた。
おジャ魔女の呪文が卑猥なモノにしか見えなく……w
>キスは平気で舌入れてくる
ここんとこのパチュリーさんの行動をkwsk
三魔女詰め合わせ凄く良かったです!
ぱっつん良いよ!
いやもうニヤニヤがとまりませんでしたよ。
<ぷいっ>が可愛すぎる…!
>一度半分に折った髪
紙の誤変換かな?
アリスさんのさりげない大胆発言に衝撃を受けた
ほのぼのした話の流れだが、少し人間関係を掘り下げると色々面白いものがありそうだ
それはさて置き、とりあえずパチュリーさんのキスについて説明してもらおうか
言いたいことはわかるな……?
そういえばふと思ったのですが
魔法使い組でも「三魔女」と「白蓮」という風にタグは分ける感じなんですかね。
どうせならこの作品でも白蓮さんのタグはつけて欲しいかなと。
ところでパチュリーのキスについてkwsk
もうちょっと具体的に!!