「パチュリー様!パチュリー様!」
血相を変えた小悪魔が、時々つんのめって転びそうになりながら駆けてくる。
とても掃除が行き届いているとは言えない図書館では、そんな風に暴れるだけで、細かい埃が無数に舞い上がってしまう。
それはパチュリーにとってはたまらなく不快で、むっきゅりと僅かに頬を膨らませる。
「小悪魔、図書館では暴れない」
「す、すいません、パチュリー様」
いつもよりも少し低い、明らかに不機嫌であることをうかがわせる声音で言えば、安楽椅子に座ったパチュリーの前で立ち止まった小悪魔は小さく身を竦める。
ただでさえ、気弱そうなたれ目が、眉が下がったせいで、いっそ泣きそうなほどに見えた。消え入りそうな細い声で謝られれば、パチュリーとて、不機嫌を露わにしたままではいられず、ため息をひとつだけついて、怒りをとく。
「これからは気をつけなさい」
「はっ、はい!」
「で、何があったの?」
あれほど慌てていたのだ。とんでもない事態が起こっていても不思議ではない。
たとえば、門外不出の禁書を魔理沙が持ち出してしまったとか、フランドールが大暴れしているとか。どこかの薬師が矢を持って襲撃してきた、とか。
とりあえず、パチュリーの周囲で起こりそうな緊急事態と言うと、そのあたりが思い浮かぶ。
今日は体調も悪くない、いくらでも戦えそうだ、と考えながら、椅子にもたれかかっていた身体を起こす。小悪魔の話次第では、すぐにでも動けるようにするために。
「ぱちゅこあ分が、足りないんです!」
パードゥン?
熱っぽい視線で小悪魔は、夢見るように語り出す。その頬がピンク色に色づいているのは、気のせいだろうか。
パチュリーはごしごしと目をこする。ああ、そろそろ眼鏡が必要かしら。
それとも耳が悪くなったのかしら。別に本を読むのに聴力は必要ないから別にいいけれど。
そんなどこか現実逃避的な思考に陥るパチュリーの手を、小悪魔は両手で包み込むように握り、胸元で抱きしめる。
「最近のパチュリー様はずいぶん明るくなられました」
無駄に抑揚をつけた、はっきりした声音で小悪魔は語り始める。
「魔理沙さんやアリスさんと一緒にいる時のパチュリー様は、とても楽しそうです。小悪魔はとっても嬉しいです。人見知りのパチュリー様がよその人とあんなに打ち解けているのをはじめて見ました。感激です」
まるで、母親かなにかのように、慈愛に充ち溢れた視線を向けてくる小悪魔。
きらきらと差し込む日差しのように神々しいその頬笑みはとても悪魔の一種とは思えない。それこそ聖母のような、優しい笑顔。
なんとなく、居心地の悪さを感じたパチュリーは瞳を反らす。
その表情は小悪魔がどれほど、パチュリーのことを思っているかを物語っているようだったから。
「だけど、だけどですね。それだけじゃ、小悪魔は寂しいのです」
「寂しい?」
「なんだか、パチュリー様が取られてしまったような気がするんですよ」
そう言った小悪魔は、切なげに目を細める。
言われてみれば、ここのところ小悪魔にかまっていなかったような。だけど、そうは言っても、普段の生活は共にしているし……、そんなことが頭をよぎるけれど、パチュリーは得体のしれない罪悪感に苛まれる。
「小悪魔……」
「いえ、使い魔の分際で、こんなことを考えてしまう私がいけないのです。だから、パチュリー様はそんな顔、なさらないでください」
「でも……」
申し訳なさそうなパチュリーに気付いた小悪魔はゆっくりと、パチュリーを安心させるように微笑みを浮かべる。それは、諦めたような笑顔。
パチュリーは主で、小悪魔は従者。その力関係は一生覆されることはない。
だから、小悪魔は分かっているのだ。
パチュリーが誰と仲良くしようと、小悪魔に口出しする権限などないことぐらい。
だけれど、構ってほしいから。小悪魔のことを見てほしいから。
だから、小悪魔は語るのだ。それぐらい受け止めてくれる器量のある主人であると信じているから。
「普段はしっかりしているように見せかけて、実はとってもダメっ子なパチュリー様を知っているのが私だけというだけで十分ですから」
「は?」
「一人でお風呂に入れないパチュリー様、ご飯にピーマンが入っているとどんなに巧妙に隠しても避けてしまうパチュリー様、苦いお薬を飲むのを嫌がって屁理屈をこねて逃げ回った挙句、発作を起こされて涙目になるパチュリー様」
「ちょ、何を言って……」
「小さいころから使っていた毛布じゃないと眠れないパチュリー様、お菓子は食べたいけれど本を読みたいからって、私に食べさせてもらうパチュリー様。怖い本を読んだ夜には適当な理由をつけて私をそばから離さないパチュリー様!」
「小悪魔!」
「小悪魔がいないと日常生活もまともに送れないパチュリー様が、そんなダメっ子なあなたが大好きです」
「ダメっ子って言うな。っていうか……」
どれも事実なのが腹立たしい。先ほどまでの慈愛はどこに行ったのか、今は明らかに楽しんでいる。羅列するごとに赤くなっていくパチュリーを眺めて小悪魔はにやにやとSっ気のある笑顔を浮かべている。
その表情は、まさしく悪魔。少なくともパチュリーにはそう見えた。
「……そこまで言うってことは。何が言いたいの?」
「さーすが、パチュリー様。ご理解が早くて助かりますよ」
とてつもない徒労を覚えて、別に声をあげたわけでもなく、身体を動かしているわけでもないのに、パチュリーは息を切らせて小悪魔を睨みつける。
それを見て、満足そうににやりと笑った小悪魔は歌うような調子で喋る。
「パチュリー様、キスをしましょう」
「は?」
「もし、してくれないんなら……」
「……まさか!」
「今の話、みーんなアリスさんと魔理沙さんにお話ししちゃおうかなー、なんて」
その言葉にパチュリーは平静ではいられない。
パチュリーは先輩なのだ。三人の中では一番お姉さん役なのだ。
そんなことをばらされては、すべてが台無しになってしまう。
「小悪魔……っ」
「えへへ」
「一体、何が望みなの?」
「ええ、だから言ったじゃないですか。パチュリー様とキスがしたいんです」
「それだけのことで、こんな恐ろしい脅しを使うはずがないわ」
自らの身体を抱きしめるようにして戦慄するパチュリー。そろそろ、小悪魔の真意も見えてきて、どちらかと言えばノリは悪ふざけだ。
「だから、言ってるじゃないですか。ぱちゅこあ分が足りないって」
「……結構、拗ねてる?」
「わりと」
安楽椅子に腰かけたままのパチュリーの前にしゃがみ込んで、覗き込むように見上げてくる小悪魔。いたずらっぽい笑顔のままだが、その瞳は期待に輝いている。
パチュリーが要求を飲むことを分かっているのだ、この性悪悪魔は。
小悪魔とて、脅しなどしなくてもパチュリーに素直な思いを伝えれば、きちんと構ってくれることを分かっている。
だけど、あえてこんな脅しを入れたのはちょっとした意地悪。それから、反応を楽しみたいなあという、悪魔らしい欲求だ。
「もう、仕方のない子ね」
「えへへ。じゃあ、早速……」
嬉しそうに微笑んで立ちあがり、パチュリーの方へ手を伸ばしてくる小悪魔。
司書の仕事をしているせいか、何箇所か紙で切れた傷やインクの染みのある指先が頬に触れるか触れないか、と言うところで、パチュリーはその手を払う。
「はい、ストップ。今は駄目」
じと目で睨みつけつつ言ってやれば、不満そうに唇を尖らせる。
もともと目鼻立ちがはっきりしているため、そんな顔をすると中身はともかく、とても可愛らしく見えた。
「えーっ、なんでですかぁ?」
「ここは図書館。本を読むところ」
「へ? いいじゃないですか、お堅いですねぇ」
「節度があると言ってちょうだい。こんな誰が来るかも分からないところでキスなんかできないわ」
というより、大体、アリス、魔理沙が来るのはこれくらいの時間帯なのである。
別にキスの一つや二つ、百年近く生きていれば拘泥するようなものではないことも分かっている。キスをすること自体には何の問題もないのだが。
だが、最低限の人目を気にするのは、マナーである。訪ねてくるのが、自分よりもずっと幼い場合にはなおさら。
子どもにはまだ早い。
だが、小悪魔はますますぶすくれる。しかし、やはり一方で面白がっているのか、長い尻尾も耳元の羽根もぱたぱたと揺れている。
その動きが楽しくて仕方のない時の動きだということを、パチュリーは知っている。
「えー。見せつけてやればいいじゃないですか」
「それが狙いか」
「そんなことないですよ。パチュリー様の可愛らしいところを余すところなく皆さんにお伝えしたいという従者の愛です、愛」
「……本音は?」
「いいじゃないですか、キスのひとつやふたつぐらい。別に超ディープなべろちゅーしようって言うんじゃないんですから」
「そう言って、ソフトですんだ試しがないじゃないの」
そう。問題はそこだ。唇を啄ばむような軽いキスならば、お子様に見せても問題ない。
しかし、小悪魔の言うキスはいわゆる大人のキスなのだ。
もう何度、軽くですよーという言葉に騙されたか、分からない。
流石に学習したパチュリーは半眼で小悪魔を睨みつける。
何が嬉しいのか、満面の笑みを浮かべた小悪魔はえっへんと胸を張る。ただでさえ、突き出たそれが余計にアピールされた。
「悪魔ですから」
「……やっぱりやる気まんまんじゃない」
「ええ、まあ。パチュリー様が可愛すぎるのがいけないんですよ」
「ちゃんと後でしてあげるから、夜、部屋に行ってからね」
それはそれで、危険なのだが。
幼い魔法使い二人組を健全とその対義語の境界から守るためには仕方がない。
それに、小悪魔も寂しがっていたこと自体は嘘ではないようなので、たまには甘やかしてもいいだろう。むしろパチュリーとしてはサービスのつもりで言ったのだが。
小悪魔はつまらなさそうに唇をとがらせる。
「えー」
「不満なの?」
「不満ですよー! とってもぱちゅこあ分が足りてないんですから」
「そう言われても、ねえ」
夜になれば、否、魔法使いコンビが帰れば、十分に供給させてあげるというのに。
そのことも計算に入れているのか、渋い顔で考えに更ける小悪魔は、不意に顔をあげて笑う。いいことを思いついたというように手を叩く。
「あ、じゃあじゃあ、今はおでこに一回、とかどうですか?」
「…………だめよ」
別に構わないのだが。だが、あんまり簡単に許してしまえば、調子に乗ってしまうのは確実なので、とりあえず一度断る。
悪魔とつき合うコツだ。
「今、ちょっと考えましたよね」
「別に」
「じゃあ、首筋とか、どうですか?」
「レミィじゃあるまいし、却下」
吸血鬼のおやすみなさいのキスは、首筋だ。
噛まれないように注意することが大切だけれど、たまに甘噛みされるくらいなら悪くはない。手加減の下手なフランドールあたりがやると大惨事になったりもするのだが。
パチュリーや美鈴はともかく、咲夜は少し大変そうだ。
「耳」
「ダメ。絶対ダメ」
「パチュリー様、耳弱いですもんねー」
「うっさい」
「図星ですよね、顔赤いですよ」
「……」
使い魔とは言え、急所を知られているというのはどうなのだろうと思いながら、パチュリーは顔を伏せる。楽しそうな小悪魔はそんなパチュリーの耳元で囁くから手に負えない。
時折かかる吐息がくすぐったくて、なんとも言えない気持ちになる。ある意味、触れられる以上にもどかしい。
「じゃあ、足の爪先とか、どうですか? 個人的にはちょっと燃えますけど」
「どこのお姫さまよ、私は」
「私にとってはパチュリー様はお姫さまですよ」
「さりげなく恥ずかしいこと言わない」
確かに、パチュリーが小悪魔のご主人さまではあるのだけれど。
だが、生憎パチュリーにはその手の趣味はない。
「ぶー。じゃあ、どこならいいんですか。もう後はよりマニアックなところしか残ってませんよ?」
「今までのも十分マニアックだと思うけど」
「そうですか?」
しれっとして言う小悪魔はにやにやして、パチュリーを見つめている。
最高に無難な個所をあえて口に出さなかったのは、パチュリー自身に言わせたかったからなのかもしれない。ほっぺにキスして、なんて、恥じらいと共に言わせたがっている。
だから、パチュリーは、あえて何でもないことのように、呆れたように言う。
「そうよ。普通に頬とか、あるでしょうに」
「ほっぺですか?」
「一回だけよ? なめまわしたりはしないこと」
「ケチ」
「当然でしょ。で、するの? しないの?」
「当然します!」
嬉しそうに、甘えるように顔を近づけてくる小悪魔を一瞥して、パチュリーはそっと瞳を閉じる。
貧血で体温の低いパチュリーよりも体温の高い小悪魔の唇は熱い。
少しも荒れていないやわらかなそれが頬に触れると、気持ちがよかった。
一応、きちんと言うことを聞いたのか、少しばかり長かったけれど触れていただけの唇が離れると、外気が少しだけ冷たく感じる。
パチュリーが瞳を開けるより前に、今度は小悪魔の長い髪が頬に当たるのを感じて違和感。
「パチュリー様、大好きですよ」
耳元でそうっと、囁かれた。
それ以上何をするでもなく、離れていく小悪魔。
ふと思い立って、その手をとって、パチュリーはその甲にそっと口づける。
「ぱっ、ぱちゅりー、様っ?」
思いがけない反応に驚いたのか、先ほどまでの余裕たっぷりの笑顔はどこへやら。
声を上ずらせ、真っ赤になった。羽根もばたばた暴れているし、尻尾も思いっきり上にあがっている。
先ほどまで、押されていたパチュリーにとってはその反応は楽しい。
ちょっと、やり返せたような気持ちだ。
「私も、好きよ」
それだけ、囁いてみる。恥ずかしいから、目を合わせることはできなかったけれど。
たまらない、というように抱きついてきた小悪魔の胸の中、火照った頬が冷めるのには、まだまだ時間がかかりそうだった。
嘘だッ!
ところで夜の部はどこで見れますか?
マリアリはいつから見てたんだ? ダメっ子振りを全部聞いてたのか?
恋愛感情が無いって、エイプリルフールはもう過ぎてますよ?
小悪魔召還してぇwww
もう降りたからにやけてもいいよね
三魔女もいいけど、ぱちゅこあもいいなぁ。
Pekoさんの作品は全部大好きです!
反眼は、もしかしたら半眼かな?
反眼ってなんか魔眼の仲間みたいですねw
あと、パードン→パードゥンのほうがそれっぽい気がします。
まぁ、これはどうでもいいですね。
部活で疲れた身体に染み込むお話でした…
ぱちゅこあはやっぱり良いものです。いや、最高です(゚∀゚)!!
ぱちゅこあは不動の核心!
あぁ、ニヤニヤが止まらないどうしようどうしよう
こあくまー!お前とぱっちぇさんがそこに居ればぱちゅこあ分不足なんてありえないんだーッ!
>べろちゅー仕様
もしかして: べろちゅーしよう