麗らかな昼下がり。
庭の花壇にて、十六夜咲夜と紅美鈴は少しばかりの休憩を取ろうとしていた。
咲夜の腕には厨房から持ってきたバスケットが下げられている。
一方の美鈴は、一つの茶碗と急須を乗せたお盆を片手に掲げていた。
ベンチに座り、各々持ちよったティータイムセットを真ん中に置く。
急須から香る緑茶の爽やかな匂いに、咲夜は一瞬、動きを止めた。
「……犬じゃあるまいし」
「あー、咲夜さん」
「な、なに!?」
唐突に手を握られ、驚きの声を上げる咲夜。
美鈴の口ぶりは、さも咎めるようだった。
そのまま、互いの目線にまであげられる。
手は段々とすぼめられ、人差し指の先端のみを掴んだ。
とん、と爪に軽く触れる指。
「……何?」
「欠けています」
「あー……そう言えば」
そうだった、と咲夜が続ける。
「さっきね」
「お掃除中に?」
「ええ」
「駄目じゃないですか」
「茶飯事よ」
指が強く握られた。
「駄目じゃないですか」
念を押す美鈴に、咲夜は渋面を返す。
「爪切り、持っていますよね?」
「貴女が持てと言ったんでしょう」
「こういう時のためです」
「……時間、かかるじゃない」
「それでもです」
爪切り。
普通にすれば一分とかからない作業だ。
しかし、入念に行えば、それこそ休憩時間を全て使っても終わらない。
因みに、咲夜は衝撃に強いラウンド、美鈴は最も一般的なオーバルと呼ばれる‘型‘だった。
「別に、痛くないわ」
唇を尖らせる咲夜に、美鈴が微苦笑して、言う。
「痛い痛くないという問題じゃないですよ。
下手をするとひびになってしまいますし、割れてしまうかも、です。
それに、咲夜さんの手はお嬢様に触れる手――傷をおつけする訳にはいかないでしょう?」
んぐ、と出かかっていた反論を飲み込む咲夜。
お嬢様――レミリア・スカーレットの名を出されては、仕方がない。
ぶっきらぼうにポケットから爪切りを取り出した。
最後の抵抗か、むくれながら、返す。
「ずるい言い方」
「じゃあ、私も困りますし?」
「……そーゆーこと、言わない!」
含み笑いを浮かべる美鈴に、咲夜は片腕を振り上げた――。
ぱち、
ぱち、
ぱち。
「――なんてことを、秘密でもなんでもない花園でされていました。ひ・わ・い」
「……卑猥かどうかはともかく、貴女はどうして知っているのよ」
「ともかくだなんてそんな! 爪を気にするイコール!」
拳を強く握る小悪魔を、パチュリー・ノーレッジは半眼で睨みつけた。
「……いえ、あの、単に私も休憩をとっていただけなんですけどね」
「それは許可したから知っているんだけど、よくあのフタリに気づかれなかったなって」
「木の下でうたた寝していると、何時の間にか鳥さんが巣を作る勢いで群がっていました」
暫く動けなかったらしい。
――場所を移して、大図書館。
睦まじいフタリの様子を、それはもう大変嬉しそうに語る小悪魔。
卑猥云々抜きにしても、彼女はそう言った話を好んでいた。
例えば、喧嘩は嫌いだが痴話喧嘩なら大好物だ。
閑話休題。
(身振り手振りまで加えそうね……)――朗らかに語り続ける小悪魔に嘆息し、ふと、パチュリーは首を捻る。
「ねぇ、小悪魔」
話の内容――紡がれるフタリの様子に、不可思議な点を見出した。
「わ、動かないでください、パチュリー様」
「あ……ごめんなさい」
「いえ。えーと?」
促す小悪魔に、再度口を開く。
「爪切りなんだけど」
「致しましょうか?」
「自分でする」
そう、と続けた。
「爪切りって、普通、自分でするものじゃないの?」
つまり、咲夜は美鈴に任せていたようだ。
一拍の後、小悪魔が、先ほどのパチュリーのように首を捻り、応える。
「んー、それぞれなんじゃないでしょうか」
「貴女は?」
「一人ですよこんちくしょう!」
なにがどう‘ちくしょう‘なのか――思うパチュリーに、小悪魔が続けた。
強い子だ。
「お嬢様だってされているじゃないですか」
「えぇと、妹様のを?」
「ええ」
「珍しく妹様も素直に従うのね」
「ふふ、‘フォーオブアカインド‘までお使いになられるんですよ」
想像してみた。
足を差し出すフランドール。
手に取るレミリア。
控えるサンニン。
――前後左右、逃げ場なし。
「……軽く苛め入ってない?」
「私にはご褒美です」
「レミィは貴女じゃないでしょう」
「嬉しそうでしたよ」
「世話を焼けたから、かしら」
小悪魔の返答は聞き取れなかったが、頷く動作で、パチュリーは肯定の意と取った。
そして、嘆息をつく。
「誰も彼も過保護よね」
「それぞれですよ」
「そういうもの?」
見上げると、小悪魔はただ、柔らかい微笑を浮かべていた。
「それぞれ、ねぇ……」
言葉を繰り返し、それでも、パチュリーは呆れたように呟くのだった――。
「――と、パチュリー様、右耳、終わりました。反対になってください」
「ん」
<了>
庭の花壇にて、十六夜咲夜と紅美鈴は少しばかりの休憩を取ろうとしていた。
咲夜の腕には厨房から持ってきたバスケットが下げられている。
一方の美鈴は、一つの茶碗と急須を乗せたお盆を片手に掲げていた。
ベンチに座り、各々持ちよったティータイムセットを真ん中に置く。
急須から香る緑茶の爽やかな匂いに、咲夜は一瞬、動きを止めた。
「……犬じゃあるまいし」
「あー、咲夜さん」
「な、なに!?」
唐突に手を握られ、驚きの声を上げる咲夜。
美鈴の口ぶりは、さも咎めるようだった。
そのまま、互いの目線にまであげられる。
手は段々とすぼめられ、人差し指の先端のみを掴んだ。
とん、と爪に軽く触れる指。
「……何?」
「欠けています」
「あー……そう言えば」
そうだった、と咲夜が続ける。
「さっきね」
「お掃除中に?」
「ええ」
「駄目じゃないですか」
「茶飯事よ」
指が強く握られた。
「駄目じゃないですか」
念を押す美鈴に、咲夜は渋面を返す。
「爪切り、持っていますよね?」
「貴女が持てと言ったんでしょう」
「こういう時のためです」
「……時間、かかるじゃない」
「それでもです」
爪切り。
普通にすれば一分とかからない作業だ。
しかし、入念に行えば、それこそ休憩時間を全て使っても終わらない。
因みに、咲夜は衝撃に強いラウンド、美鈴は最も一般的なオーバルと呼ばれる‘型‘だった。
「別に、痛くないわ」
唇を尖らせる咲夜に、美鈴が微苦笑して、言う。
「痛い痛くないという問題じゃないですよ。
下手をするとひびになってしまいますし、割れてしまうかも、です。
それに、咲夜さんの手はお嬢様に触れる手――傷をおつけする訳にはいかないでしょう?」
んぐ、と出かかっていた反論を飲み込む咲夜。
お嬢様――レミリア・スカーレットの名を出されては、仕方がない。
ぶっきらぼうにポケットから爪切りを取り出した。
最後の抵抗か、むくれながら、返す。
「ずるい言い方」
「じゃあ、私も困りますし?」
「……そーゆーこと、言わない!」
含み笑いを浮かべる美鈴に、咲夜は片腕を振り上げた――。
ぱち、
ぱち、
ぱち。
「――なんてことを、秘密でもなんでもない花園でされていました。ひ・わ・い」
「……卑猥かどうかはともかく、貴女はどうして知っているのよ」
「ともかくだなんてそんな! 爪を気にするイコール!」
拳を強く握る小悪魔を、パチュリー・ノーレッジは半眼で睨みつけた。
「……いえ、あの、単に私も休憩をとっていただけなんですけどね」
「それは許可したから知っているんだけど、よくあのフタリに気づかれなかったなって」
「木の下でうたた寝していると、何時の間にか鳥さんが巣を作る勢いで群がっていました」
暫く動けなかったらしい。
――場所を移して、大図書館。
睦まじいフタリの様子を、それはもう大変嬉しそうに語る小悪魔。
卑猥云々抜きにしても、彼女はそう言った話を好んでいた。
例えば、喧嘩は嫌いだが痴話喧嘩なら大好物だ。
閑話休題。
(身振り手振りまで加えそうね……)――朗らかに語り続ける小悪魔に嘆息し、ふと、パチュリーは首を捻る。
「ねぇ、小悪魔」
話の内容――紡がれるフタリの様子に、不可思議な点を見出した。
「わ、動かないでください、パチュリー様」
「あ……ごめんなさい」
「いえ。えーと?」
促す小悪魔に、再度口を開く。
「爪切りなんだけど」
「致しましょうか?」
「自分でする」
そう、と続けた。
「爪切りって、普通、自分でするものじゃないの?」
つまり、咲夜は美鈴に任せていたようだ。
一拍の後、小悪魔が、先ほどのパチュリーのように首を捻り、応える。
「んー、それぞれなんじゃないでしょうか」
「貴女は?」
「一人ですよこんちくしょう!」
なにがどう‘ちくしょう‘なのか――思うパチュリーに、小悪魔が続けた。
強い子だ。
「お嬢様だってされているじゃないですか」
「えぇと、妹様のを?」
「ええ」
「珍しく妹様も素直に従うのね」
「ふふ、‘フォーオブアカインド‘までお使いになられるんですよ」
想像してみた。
足を差し出すフランドール。
手に取るレミリア。
控えるサンニン。
――前後左右、逃げ場なし。
「……軽く苛め入ってない?」
「私にはご褒美です」
「レミィは貴女じゃないでしょう」
「嬉しそうでしたよ」
「世話を焼けたから、かしら」
小悪魔の返答は聞き取れなかったが、頷く動作で、パチュリーは肯定の意と取った。
そして、嘆息をつく。
「誰も彼も過保護よね」
「それぞれですよ」
「そういうもの?」
見上げると、小悪魔はただ、柔らかい微笑を浮かべていた。
「それぞれ、ねぇ……」
言葉を繰り返し、それでも、パチュリーは呆れたように呟くのだった――。
「――と、パチュリー様、右耳、終わりました。反対になってください」
「ん」
<了>
馬に蹴られるところだった
誰も小悪魔を止めることは出来ない
耳かきって時々色っぽい声が聴こえるよね
そんな声を出させないほど、小悪魔は耳かきが上手なのかw
諭す時の小悪魔は従者というよりお姉さんにしか見えないこの頃
爪が痛んでてお嬢様を傷つけてしまう……ごめんちょっと深読みしすぎた。
かつては小鳥が数羽寄ってくる程度だったのにw