Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

約八十年前の日記

2010/04/12 11:23:03
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●月×日

「今度、うちで客分を迎えることになったから」

 いつものように私の部屋へやってきて、お姉さまは言った。
 心なしか、うきうきした様子で、私の変な羽根とは違って立派な吸血鬼らしい大きな羽根がぱたぱた動いていた。まだ私がサンタさんを信じていた頃、クリスマスイブにしていたのと同じ、いたずらっぽい目をして笑う。
 きっとなにかすてきなことを企んでいるに違いない。

「誰?」
「私の親友よ」

 ちょっと澄ましたお姉さまは、きっとフランとも仲良くなれるわ、と微笑む。
 だけど、私はちょっと自信がない。地下室暮らしが長い分、人見知りが激しいんだ。知らない誰かとうまくやれるかな。
 私はすぐにそういうのが顔に出ちゃうから、お姉さまは優しく髪を撫でてくれた。

「大丈夫。怖がらなくて大丈夫よ」
「でも……」
「まだ、二十年ちょっとしか生きていない魔女の子なの。きっとフランもいい友達になれるわ」
「ともだち……?」

 私には友達なんていたことがない。
 だって、このおうちの地下から出たことないんだもん。
 私のまわりにはお姉さまと妖精メイド。それから、たまに遊んでくれる美鈴だけ。
 お姉さまはお姉さまだし、メイドはメイド。美鈴は友達っていうか……ちょっと違う。大好きだけど、友達っていうよりはもっとお姉ちゃんな感じ。

 友達、友達かあ。
 いろいろな本を読んだり、美鈴やお姉さまの話を聞いて、ずっと憧れていた。

 私に友達ができるの?

 一週間後に越してくる予定よ、楽しみにしていなさい。なんて言って、お姉さまはお部屋へ帰って行った。

 私は、久しぶりにわくわくしている。この日記がその証拠だ。
 いっつもお姉さまとお茶会をしたことと読んだ本のタイトルを書き込むくらいだったのに、今日はちゃんと出来事を書いてるもん。

 友達、かあ。
 なんだかむずむずする。だけど、やな感じじゃない。
 どんな子かなあ。
 ちゃんと、できるかなあ。

 ちょっとだけ、楽しみ。

今日読んだ本
 秘密の花園を半分くらい。いつもなら一冊ぐらい読めちゃうけど、今日はどきどきして集中できなかった。
 ひとりぼっちでわがままなメアリーがぼろぼろで鍵の掛けられたお庭を見つける話。
 メアリーは友達のディコンと一緒にお庭を蘇らせようと頑張っていた。
 私はお庭なんて見たことがなくて、お花が地面から咲いてるところなんて、絵と想像でしか知らない。だけど、きっとすごくきれいなんだろうな。

 うちにも、ぼろぼろで鍵のかけられた部屋がある。地下にある私の部屋の反対の場所にある大図書館。
 お姉さまは本を読まないから、私がこんな風に物語の本を探すときぐらいにしか使わない。だから、気づいたら増えている本は山のように積まれたまんまで、埃を被っている。
 私が読む本は、秘密の花園だとか、赤毛のアンだとか、小公女だとか、そういう物語だけ。
 でも、図書館に埋まってるたくさんの本は何が書いてあるのかよく分からない魔導書とか、専門書のほうがずっと多い。
 もったいないな、と思う。これじゃあ、せっかくの本も意味がない。枯れ果てた木々と同じだ。
 メアリーが頑張っているみたいに、どうにかしてこの図書館を蘇らせられたらいいのにな。








●月△日

 今日もお姉さまにせがんで、明日、来る女の子の話を聞かせてもらった。

 紫色の長い髪をしていることや、お姉さまよりちょっとだけ身長が高いこと。
 あんまり表情豊かじゃないけど、笑うとすっごく可愛いこと。
 しっかりしていて、頭もいいけど、天然ボケなところがあること。
 それから、それから。他にもたくさん教えてもらった。

 まだ、会ったことはないけど、なんだかもう良く知ってるお友達になった気分。
 今日教えてもらったことで、一番嬉しかったのは、その子が本が大好きだ、っていうことだ。
 私も本が好き。だけど、お姉さまも美鈴も本は読まないから、ずっと誰かと本についてお話してみたいと思っていたんだ。

 どんな本が好きなのかな。
 若草物語は読んだことあるのかな。誰が一番好きなのかな。
 私はジョーが好き。でも、ベスみたいないい子になりたいとも思う。
 それとも、長靴下のピッピみたいなのとか、三銃士みたいなのが好きなのかもしれない。トム・ソーヤかな。点子ちゃんとアントンも悪くない。
 もし、読んだことがないって言うなら、面白いよって教えてあげよう。
 それで、その子が読んだ本で面白かったのを教えてもらえたら、すてき。
 
 うん、明日が楽しみ!
 ちょっと緊張するけど、はやく会いたいなあ。

今日読んだ本。
 秘密の花園の続きを読んだ。
 最後まで読み終わった。すごく優しくて素敵なお話だったと思う。
 この間読んだところにはまだ出てこなかったけれど、コリンという男の子が出てきた。
 私は最初、コリンが好きになれなかった。
 だって、私にそっくりなんだもの。偏屈でひねくれていて、お屋敷から出たことがなくって。わがままばっかりで、癇癪起こすところ。自分なんかいなくなればいいって思っているところ。
 私も、癇癪をおこすと色々なものを壊しちゃう。自分では止められない。
 だから、この地下室から出ることができなくて、お姉さまにも迷惑をかけてばっかり。
 私なんかいなければ、お姉さまはもっと楽なんじゃないか。私を壊してしまえればよかったのに。なんてことをよく考える。

 だけど、コリンは、メアリーと出会って、秘密の花園で変わっていった。メアリーがちゃんとしなさいよ、って言ってくれたおかげで。こっちにおいでよって連れ出してくれたおかげで。
もうコリンは寂しくない。いい子になれたんだ。
 それは、すごく奇跡みたいで、羨ましい。
 
 だから、ちょっとだけ、私も期待してる。明日来るお友達が、私にとってのメアリーになってくれたらいいなって。
 図書館の鍵は私が持っている。秘密の花園の鍵は私が持ってるから。








●月□日

 ついに、お友達がやってきた。
 名前はパチュリー・ノーレッジ。紫色の髪と、白に近い薄紫のローブの女の子。
 やせっぽちで、吸血鬼のお姉さまとならんでも遜色ないぐらいに白い肌。
 きれいな紫水晶みたいな瞳が私をじっと見つめていた。

 すごく、すごく緊張した。フランドール・スカーレットだよ、よろしくねって言うのが精いっぱいで、それもちょっと噛んじゃった。
 お友達になろう、とか、会えて嬉しいとか、仲良くしようねとか、言いたいことはいっぱいあったはずなのに、なんにも言えなかった。
 本当に頭の中がまっしろ。
 癇癪をおこした時も、なにも考えられなくなるけど、それとはちょっと違うかんじ。
 もっとわけわかんないぐらい、ぐるぐるしちゃった。
 
 そんな私を見かねて、早々とお姉さまとパチュリーは引き上げていった。
 正直な話、助かったけど。うん。

 むう、悔しい。悔しいなー。
 変な子だと思われたら、どうしよう。
 こんな友達いらないとか、思われてたらどうしよう。
 恥ずかしい。恥ずかしい。

 そんなことを、あとから様子を見にきた美鈴に相談した。
 美鈴にぎゅってしてもらうと安心する。

「大丈夫ですよ。フラン様はいい子ですから」

 これから、一緒に暮らすんだから、焦らなくても大丈夫ですって言ってくれた。
 
 そうだよね。
 明日も明後日もずっと、時間はある。

 頑張ろう。
 とりあえず、明日、もう一度話しかけてみよう。
 それで、図書館に案内してあげるんだ。一緒に秘密の花園を作るんだ。

 今日は、本は読めなかった。いろいろあったしね。








●月○日

 あいつ、嫌い。
 だいっきらい。
 期待した私が馬鹿だった。








●月▽日

 ちょっと落ち着いた。美鈴がぎゅってしてくれて、いっぱい遊んでくれたおかげだ。
 頭の中を整理するために、昨日の出来事を書いてみようと思う。
 思い出すと、ちょっと泣きたくなっちゃうけど。

 昨日、私はあらためてあいつ、パチュリーに話しかけてみたんだ。
 お姉さまの提案で、私の部屋でお茶会を開いてくれた時。

 手に汗をかいちゃうぐらい、勇気を出した。
 あんなにどきどきしたのは、もしかしたら初めてかもしれない。

「パチュリー、何の本を読んでいるの?」
「…………」

 お茶会の最中だっていうのに、椅子に腰かけてずっと本を読んでいるパチュリー。
 話しかけたけれど、随分集中しているみたいで、まるで気付かないみたいに読み続けている。
 私が同じことをしたら、きっと怒るくせに、お姉さまはなんだか楽しそうに笑っていた。
 
「お姉さま」
「こうなると止まらないからねえ、パチェは」
「……」
「フラン?」
「……うー」
「ほっとけば、そのうち帰ってくるさ。ほら、紅茶が冷めちゃうわ」

 私はしぶしぶ紅茶を飲んだ。はじめてのお姉さま以外とのお茶会だからって、リクエストしたお菓子は干し葡萄の入ったスコーン。生クリームをいっぱいつけて食べると美味しい。

 そうは言っても、私はパチュリーとお話ししてみたくて、お姉さまの忠告も聞かないで、いっぱいいっぱい話しかけた。
 
「パチュリーはどんなお菓子が好き?」
「私はスコーンが一番好き。今日みたいなのも好きだけど、普通のにジャムをたっぷり付けるのも好きなの」
「パチュリーは魔女なんだよね? 私にも魔法って使えるかな」

 精一杯元気な声で話しかけた。

「ねえ、パチュリーってば」

 ちょっとだけ、パチュリーの肩を掴んで、揺らした。ねえねえ、話を聞いてよって。
 
 正直、私なんかが話しかけてるから、無視されてるんじゃないかって不安だったんだ。
 でも、だからって話しかけないままでいたら、このままずっと話せないような気がして。
 本当に無視されてるかもしれないって思った。
 
 だから、返事をしてくれないのを分かってても、話しかけずにはいられなかった。
 流石に、ぐらぐらさせたら、本を読んではいられない。
 パチュリーは顔をあげて、じっとこっちを見つめてきた。

「私は、若草物語とか、少女パレアナとか好き。パチュリーはどんな本が好き?」

 一番、聞いてみたかったことを聞いてみた。
やっと、私のことを見てくれたって思ったから。
 だけど、パチュリーははあ、ってひとつため息をつく。
 そうして、嫌そうに顔をしかめて、鬱陶しそうに私に言ったんだ。

「そんな本は読まないわ」
「え?」
「邪魔しないで」

 それだけ呟いて、膝の上の本をぱたんと閉じて、立ちあがる。
 
「レミィ、私はもう戻るから」
「パチェ。そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
「怒ってなんかいないわ。ただ、ここは空気が悪いから」

 ちょっとだけ楽しそうなお姉さまがからかうように言えば、パチュリーはけほけほ、と口元を押さえて咳をしてみせる。
 怒っていないなんて、嘘だ。
 全然、嘘だ。
 私が邪魔、なんだよね?

 だけど、私はなにも言うことができなくて、去っていくその背中を見送ることしかできなかった。

「やれやれ。あいつらしいというかなんというか。フラン、私たちは私たちでお茶会を楽しみましょう?」

 何事もなかったかのように、お姉さまは優雅に紅茶を飲む。
 それから、あとのことはよく覚えていない。
 お姉さまがなにかいろいろ言っていた気がするけど。

 気がついたら、お茶会は終わっていて、私はお部屋に一人きり。

 拒絶された。
 そのことが悲しくて怖くて、いらだちに任せて、お部屋の中のものを壊しちゃった。
 さんざん暴れて、日記をあれだけ書いて寝た。

 うん。大体そんな感じ。落ち込んでる私をいっぱい慰めてくれた美鈴には感謝してる。

 ……私もちょっと良くなかったかもしれない。しつこかったかもしれない。
 だけど、やっぱり仲良くなれそうにない。

 これから、どうしよう。
 私なんかのところにメアリーはやってきてくれなかった。
 おととい、あんなにわくわくして握りしめた図書館の鍵が今はがらくたみたいに見える。

 秘密の花園を読み返していたら、涙がこぼれた。







●月◇日

 パチュリーがうちに来てから、一週間。
 部屋で本ばかり読んでいるパチュリーと地下室から出られない私が出会うことは、普通に生活していればあり得ない。

 私の微妙な気持ちを察してくれたのか、お姉さまがお茶会をすることもなかった。
 私がパチュリーのことを嫌いだって、いなくなっちゃえばいいのにっていうと、お姉さまはちょっと困った顔をする。
 本当にしかたのない子ねって感じというか、やれやれ、というか。
 でも、ちょっと面白がっている気がする。

 ただ、お姉さまは一言、珍しく神妙な顔をして言う。

「フラン、パチェは私や美鈴よりもずっと弱い。喧嘩をしてもいいけど壊したらだめよ」

 そんなの、知らないもん。

 本を読む気にもなれなくて、最近では壊してばかりいる気がする。
 どうも調子が悪い。
 こんなの、もうやだ。








●月☆日

 あいつと喧嘩した。
 いや、喧嘩というのは違うかもしれない。
 結局、私の一人相撲だっただけだもの。勝手に癇癪起して、勝手に暴れただけ。

 その時はそれしか考えられなかったけれど、今は反省している。
 泣きたいぐらい、罪悪感。
 癇癪を起こした後はいつもこうだ。

 今日はお姉さまがお出かけの日で、お茶会が出来ないのは分かっていた。
 だから、美鈴がパチュリーを連れて、私の部屋にやってきたのには驚いた。
 
 九日ぶりにあったパチュリーは、相変わらず不健康そうな顔と、あのいやなじと目でこっちを見つめていた。
 美鈴が言うには、お姉さまの命令だという。
 私がひとりぼっちでのお茶会にならないようにって。
 気遣ってくれるのは嬉しいけれど、パチュリーなんかと一緒にいたくない。顔も見たくない。

 私はいらいら。美鈴はおろおろ。でも、パチュリーはそんなことお構いなしで、マイペースに本を読んでいる。何しにきたのさ。
 それがやけに気に障った。

 でも、美鈴が困るから。ちゃんと我慢して、お利口さんで、お茶を飲んだ。
 誰もなんにもしゃべらなくて、空気が重かった。
 静かな中で、澄ました顔で本を読んでいるパチュリーの乾いた咳だけがやたら耳についた。

「その耳障りな咳、止めてくれない?」
「したくてしているわけじゃないわ」

 私の嫌な言い方にも全然動じないで、顔を上げようともしない。
 それがますます癇にさわった。

 ぱりん、私の紅茶のカップが割れた。
 あーあ、お気に入りだったのに。
 何かが、はじけるような音がして、ベッドの上の枕がはじけ飛んだ。
 中に詰まっていた羽毛がひらひらと舞う。
 ぐしゃり、と音を立てて、いろいろなものが壊れていく。
 きゅっとして、どかーん。
 
 部屋中ぼろぼろになっていく。でも、構うもんか。
 今は後悔しているけれど、あの時の私は本気でそう思っていた。
 
 美鈴が困った顔をする。
 ごめんね、と心の中で思う反面、悪いフランドールが、助けてくれない美鈴が悪いんだよ、と囁いた。
 パチュリーは、咳きこみながら眉を寄せていた。
 ざまあみろ、と思った。仏頂面を崩せたのが嬉しかった。
 いやな奴だ、私。最低だ。と今なら思うけど。
 
 流石に耐えかねたのか、咳のしすぎで涙目になっているパチュリーがはじめて私に話しかけてきた。
 か細い、消え入りそうな声だった。

「レミィの妹さん、止めてもらえる?」

 レミィの妹さん。その呼び方にも腹が立った。
 それじゃあ、私はお姉さまのおまけみたいじゃない。ああ、パチュリーにとっては、私なんてその程度の存在なのか。
 そのことが悲しくて、思い至った瞬間頭の中で何かがはじけた。
 目の前が真っ白になって、かっと頭に血が上った。

 そうして気がついたら、私はパチュリーの上に馬乗りになっていた。
 私のちっちゃな両手でも一回り出来ちゃうぐらい、細い首に手をかけていた。

「パチュリーなんか、嫌い」

 ああ、こんなことをしたら、壊れちゃう。
 お姉さまは悲しむかしら。

パチュリーが、苦しそうなわりに、どこか冷静な瞳で私を見上げてくる。初めて会った時から変わらない無関心そうなアメジスト。
なぜか、不意にお姉さまの哀しい顔が頭をよぎる。

やっちゃだめだ。
心の真ん中、どこか冷めた目で私を見守っていたいい子のフランドールが叫ぶ。

でも、もうどうしたらいいか分からないよ。このまま、壊しちゃうことしかできないよ。
だめ、だめ。お姉さまが悲しむよ。お友達を壊すなんてダメ。
パチュリーなんか友達じゃない。友達だと思ってくれてないもん。
それでも、だめだよ。友達になれないのは私が悪い子だからだよ。
知らない、知らない!

 葛藤している間に、少しだけ身体の力が抜けていたのか。慌てて美鈴が私をはがいじめにしてパチュリーから引きはがす。

「美鈴っ」
「すいません、フラン様。お許しください」

 力いっぱい私をつかまえる美鈴に抗議する。
 だけど、当たり前ながら美鈴は離してくれない。目線で、パチュリーに逃げるように訴えていた。パチュリーはよろよろと立ちあがり、ふらふらと飛びながら部屋を出ていく。

 いつもなら、こんなのいやでしかたがない筈なのに、私はどこかほっとしていた。

 私を抱きしめるようにして、止めてくれる美鈴の体温が温かかったからかもしれない。
 どくん、どくんという美鈴の鼓動を聞いていると安心した。
 やっぱり、まだ、お友達に期待しているのかもしれない。

 だけど、こんなことしちゃったら、もう、仲良くなんかなれっこないよね。
 ぷしゅぷしゅと、悪いフランドールは姿を消して、怖い衝動は治まった。
 あとに残されたのは、なんにもできない、弱い私だけ。
 自分のしてしまったことが恐ろしくて、悲しくて。
 震える私が落ち着くまで、美鈴はずっと頭を撫でてくれていた。

 今日はもう、寝よう。
 なんだか疲れちゃった。
 




追記。日付が変わる前だから、今日の日記でいいよね。

 私がパジャマに着替えて、寝ようとしたところに、ノックの音がした。
 今日の話を聞いたお姉さまが私を叱りにきたのかもしれない。
 そう思うとちょっと怖かったけれど、どこか、誰かに叱ってほしいという気持ちも無きにしもあらず。
 私は素直にはいっていいよ、と返事をした。そもそも、断ったところで、お姉さまは入ってくるんだけどね。

「こんばんは」

 だけど、入ってきたのはお姉さまじゃない。もちろん美鈴でもない。
 パチュリーだった。

 その姿を視界に捉えたとたん、私の体は強張った。
 どきどきして、うまく息が出来なくなる。
 パチュリーは私の姿を見ると、ちょっと困った顔をした。

「寝るところだったの? 悪いことをしたかしら」
「別に、いいけど」

 思っていた以上に、ぶっきらぼうな声で私は言う。
 頭の中は大混乱で、だけど、今日はもういっぱい暴れたから、悪いフランは出てこない。
 ただただ、どうしていいか分からなくて、途方にくれた。

 パチュリーは、そんな私を知ってか知らずか、相変わらずのつまらなさそうな顔でベッドの上に座り込む私の近くまで歩いてくる。
 そうすると、ちょうど視線の高さが同じになった。猫みたいな紫色の瞳がじっと私を見つめていた。

「ごめんなさい、嫌な思いをさせてしまったみたいね」

 ぽそり、と。パチュリーはそんな風に呟いて、小さく頭を下げた。

「レミィと美鈴に叱られちゃった」
「え?」
「どうも、私は本を読んでいるとまわりが見えなくなるのよ。レミィにも気を付けるよう言われていたんだけど」
「パチュリー……?」
「ああ、自分で言うのもなんだけど悪気はないの。許してもらえる?」

 淡々とした口調だけれど、まっすぐ私を見つめてくる瞳は誠実だった。

 私は、混乱する。だって、パチュリーは、悪くない。悪くないこともないかもしれないけど。
 でも、私は、ひどいことをした。謝ってもらえるような存在じゃない。
 だけど、私の口からこぼれた言葉はもっともっと情けないものだった。

「パチュリーは……」
「……」
「パチュリーは私のこと、嫌いなんじゃないの……?」
「どうして?」

 意外そうに首を傾げるパチュリー。本気で分からないのか、ちょっと困った顔をしている。
 だって、はじめてのお茶会の時、出ていったのは私が鬱陶しかったからじゃないの?

「だって、この部屋、ほこりっぽいんだもの」
「え……」
「喘息持ちでね。埃が多いとどうしても苦しくって」

 苦笑して見せるパチュリー。あ、笑ったの、初めて見たかも。
 ちなみに、今は私の部屋はとってもきれいだ。暴れて壊したものを片づけた時に大掃除をしたばかりだから。
 あれ?

「で、でも! 今日、ちょっと間違えたら、私、パチュリーのこと、壊しちゃったかもしれないんだよ」
「それは自業自得。嫌な思いをさせた分でお互いさまよ」
「でも……」
「実際、怪我ひとつしてないしね。そんなに気にすることじゃないわ」

右手をあげて、ぐーとぱーを繰り返すパチュリー。本当にまるっきり気にしていないようだった。
 それを見ていると、なんだか身体の力が抜けていくのを感じた。

「本当に、ごめんなさい。これからは気を付けるわ」
「……私も、ごめんね」

 思っていたよりも簡単に、ごめんね、が言えた。
 ちゃんと、伝えることができた。

「ね、ねえ、パチュリー」
「何かしら?」

 今なら、言える気がする。
 また、拒絶されたらどうしようって、本当に怖かったけど。勇気を振り絞った。

「私のお友達になってくれる?」

「とっくにそのつもりでいたんだけど……。ええ、喜んで」

 ちょっと意外そうに目を見張ったあと、パチュリーはふんわりと微笑んだ。
 お姉さまが言っていたとおり、とっても可愛い笑顔。
 私も、ほっとして嬉しくなって笑った。

 すごく、すごくしあわせだった。

 そのあと、色々な話をした。たとえばお姉さまの話とか、どんなお菓子が好きかとか。
 それから、本の話もした。
 パチュリーは今まで魔女になるために魔導書ばっかり読んでいたらしい。だから、私の好きなような物語は読んだことがないんだって。
 私が絶対読んだ方がいいよ、おもしろいよって言ったら、読んでみるわって笑ってくれた。反対に、今まで難しくて手が出なかった本について色々教えてもらう約束もした。
 
 嬉しいな、嬉しいな。
 ちょっと前の絶望感が嘘みたいにしあわせな気持ち。
 帰りがけのパチュリーに、秘密の花園を貸してあげた。明日会いにくる時までに読んでおくわねって言ってくれた。
 明日、会えたら、私の秘密の花園に招待しよう。
 きっと今度はうまくやれるはずだから。

 パチュリーが、私にとってのメアリーになってくれるかは分からない。
 だけど、コリンみたいな私は、パチュリーと友達になることが出来た。
 もしかしたら、パチュリーもコリンなのかもしれない。
 だったら、私もメアリーになれるかもしれない。

 まだまだ、わからないことだらけ。

 だけど、きっと、一緒に秘密の花園を作っていくことができる。
 パチュリーと一緒なら、あの図書館で楽しくすごせるようになれる。
 今は、それだけ夢を見る。

 じゃあ、今度こそ、おやすみなさい。
「本当に大丈夫ですかね?」
「不安そうね、美鈴」
「そりゃあ、そうですよ。お嬢様は不安ではないんですか?」
「まあ、心配ではあるけど」
「だったら……」
「フランもパチェも社会性ゼロだから、ああなるのも仕方がない」
「仕方がない、ですか?」
「ちょっと喧嘩でもして、人付き合いのいろはを学ぶべきなんだよ、二人とも」
「危なくないですかぁ?」
「ガチで友達と喧嘩する。成長のためには必要なことさ。美鈴にも覚えがあるだろう?」
「そりゃ、そうですけど……」
「それに、取り返しのつかないことにはならないって分かってるからね」
「……運命を見たんですか?」
「いや。勘」
「勘ですか」
「ていうか、そんなことにならないと確信できるぐらいには、私は親友と妹を信頼してる」
「お嬢様」
「まったく、一番年上というのは気苦労が絶えなくて困る」
「……お疲れ様です」
「というわけで、美鈴」
「わっ」
「ちょっと、私を甘やかしなさい」
「……仰せのままに。我が主、レミリア様」







お読みいただきありがとうございます。ほんの少しでも楽しんでいただければ幸いです。
フランちゃんが文学少女だといいな、と思いつつ。
秘密の花園は名作です。



前作等へのコメント、ありがとうございます。
心から感謝しています。
Peko
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
凄く良かったです!!
童話の物語を読んでる感じがしました。
フラパチェ最高!!!
2.名前が無い程度の能力削除
イイハナシダナー
3.名前が無い程度の能力削除
ジーンと来ました…
文学少女なフランちゃんいいですねぇ

是非後日談を!
できれば小悪魔も一緒に…
4.名前が無い程度の能力削除
いいねぇ
5.名前が無い程度の能力削除
pekoさん復活してくれー!