妖夢は宴会が苦手だ。
見た目は十代の初めと言った外見故に酒が弱い、と言った理由ではない。
むしろ本人は実は意外と強いし、嫌いでも無い。
博麗神社での宴会は皆が持ち寄る為にさまざまな酒が飲める。
本来であれば歓迎すべき事態のはずである、だが……
「よぉむぅ~」
甘ったるい声が腰掛ける妖夢の耳朶をかすめる。
声の主は自身の主である幽々子だ。
顔を耳まで赤く染めて、にへらにへらと笑いながら妖夢にしな垂れかかっている。
「よぉむぅぅぅぅぅ」
えらく上機嫌で、酒精の混じった吐息を吐きながら従者の名前を連呼する。
かと思えば立ち上がろうとしてバランスを崩しそのまま崩れるように倒れこむ。
「ああほら、幽々子様、しっかりしてください!」
慌てて支える妖夢。
幽々子はそのまま身を任せ、その頭を妖夢の膝へと落とす。
「えへへ~」
膝枕のまま無邪気な笑みを浮かべ続けている。
宴会が苦手な原因がこれだ。
毎度ではないが、この様な状態に陥る事があるのだ。
幽々子とて酒が弱いわけではない。
だが強くもない。
白玉楼で晩酌に付き合う時は、分をわきまえて飲むのでこの様な憮様は晒さない。
だが、宴会となると話は別だ。周囲の雰囲気に流されるのか浴びるように飲む。
飲んで飲んで飲んで飲みまくる。
結果がこれだ。普段のしたたかさはなりを潜め、ただの酔っ払いと化している。
こうなると性質が悪い。絡み酒の上に寂しがりだ。
少しでも妖夢が他に関心を示すとすぐに絡んでくる。
今の様に体を寄せて、最終的には膝枕に落ち着くのだ。
幽々子の視線はどこかぼんやりしていて、完全に酒に飲まれている。
酒の席の時くらい良いではないかと言う者もいるが、妖夢にしてみればとんでもない。
白玉楼の主として堂々としていて欲しいのだ。これでは威厳も何もあったものでは無い。
こんな様子を晒していたら他の者たちに軽く見られてしまうのではないかと。
「よぅむは本当にノリが悪いのねぇ~」
妖夢のそんな心配をよそに、幽々子がへらへら笑う。
「未熟者め~こんな時ぐらい羽目を外しなさいよぉ~」
貴方の所為で外せないのですよと内心溜息をつく。
「もう、そんな未熟な妖夢には私の枕になる罰を言いつけます!」
言うが早いか瞳を閉じた。
すぐにすぅすぅと寝息が聞こえてくる。
眠ってしまった、と妖夢は思う。
本当に眠ってしまうのだ、この困った主人は。
無邪気な寝顔、こうして見ると本当に幼く見える。
せいぜいが十代の終わりにさしかかるかどうかと言った所だろう。
千年程、亡霊をやっているという話だがとてもそんな風には見えない。
「全く、困ったお方だ」
「本当にね」
不意に割り込んだ声に妖夢が視線を向けるとそこには胡散臭い笑みがあった。
見方によっては幼い少女にも、また妙齢の美女にも見える不思議な容姿。
艶やかな紫のドレスを纏った女性が何時の間にやら隣に座っていた。
「幽々子ったら、もう酔いつぶれてしまったのね」
「ええ、まだ始まって三時間ほどなのですが」
宴会は夜通し行われる。
夜闇が満ちると共にはじまり夜明けとともに終わる。
まだ半分も経っていないのだ。
「もう少し、控えていただきたいものです」
憮然とした妖夢に紫がくすくすと笑みを漏らす。
「いいではないの、こう見えて幽々子も色々心労が溜っているのよ」
「本当ですか~?」
紫の言葉に疑わしそうに妖夢がジト目を送る。
その視線を受け流して、紫は夜空を見上げる。
「幽々子も昔はね、宴会では全然飲まなかったのよ」
「はぁ……」
妖夢は溜息を吐く。どうにも信じられないと。
「歴代の巫女達もこうして宴会を開いていてね……。
その時は酒をあまり飲まずに、私や妖忌と共に皆の様子を眺めているだけであったの」
言葉に己の膝の無邪気な寝顔を晒す主を見る。
「そうね、酒を飲むようになったのは……妖夢、貴方と来るようになってからよ」
「私とですか?」
「ええ、何故だと思う?」
眼を閉じて妖夢はしばし思考を働かせる。
「私が、御しやすいという事ですか?」
共に居るのが祖父である妖忌であったならこの様な結果にはならなかっただろう。
あの武骨で厳しい祖父であれば、必ずや幽々子を諫め、この様な事態にはさせなかったに違いない。
未熟であるのは自覚している。
おそらく妖夢が相手であれば咎めもないのだろうと幽々子は思っているに違いない。
「違うわ」
返ってきたのは否定。
他に理由が思い浮かばずに妖夢は眉をひそめた。
「分からない?」
「はい」
胡散臭い笑みの紫に妖夢は戸惑いを浮かべる。
「見なさい、この間抜け面を」
紫の指が伸びて、幽々子の額を数度突っつく。
幽々子が反応しむぅぅっと声を漏らした。
「ここまで安心しきっているのはどうしてかしら?」
眼を細めて紫が笑う。
「きっと誰かなら、少しぐらい羽目を外して素の自分を晒しても大丈夫だと。
それでもなんだかんだ言って必ず守ってくれると信じているからなのでしょうね」
言葉に妖夢が視線を向けると既にそこには誰もいなかった。
名残の様にふぁさっと風が撒いて、すぐに夜闇に消えていく。
残された妖夢はただ言葉の意味を考え、それから幽々子へと視線を落とす。
「まったく……」
先ほどの困惑や呆れの表情とは違う、優しい笑みが浮かんでいた。
「困ったお方だ、ますます目が離せないじゃないか」
そう呟いて、一人溜息。
次からはもう、宴会は苦手ではならなそうだとそんな事を考えながら。
-終-
幽々子様可愛いよ!
全てを安心して任せられる主従関係は理想ですね。
実は私ゆゆよむはあんまり好きじゃなかったんですが少し好きになりました。
「憮然」の使い方が気になります