「あれ? 寝てる……」
昼過ぎ、いつものようにアリスは図書館を訪れた。
相も変わらず、重厚な沈黙、古い髪と埃の匂いに満ちているその場所の奥の奥。
いつものように紫色の魔女が安楽椅子に腰かけている。
しかし、普段、文字を追う瞳とページをめくる指先以外、ほとんど置物のように静止している彼女であるが、今日はその様子が異なっている。
かくんかくんと不安定に揺れる頭。いわゆる船を漕いでいる状態だった。
本を読んでいる最中の居眠りらしく、膝の上に置かれた本は広げられたままだ。
ずいぶん長いことそうしているのか、いつもふわりと頭の上に乗っている帽子は、足元に落ちている。
「珍しいわね、パチュリーが寝てるなんて」
魔女であるパチュリーは眠りを必要としない。だから、パチュリーは眠るのを無駄だと言い切る。体調が優れないだとかそういう時以外は、基本的に常に起きているのだけれど。
アリスの意見としては、ぶっ続けで起き続けるよりも、眠って頭の中をある程度整理した方が効率化につながると思う。その点について、パチュリーと意見が一致したことはない。
眠りを妨げないように注意しながら、帽子を拾ってやる。柔らかな布製のそれを再び頭に乗せようか迷って、止める。
このぐらぐら具合では、どうせ再び落ちてしまう。そばにあるテーブルの上に、持参したクッキーの入ったバスケットと共に置く。
今日作ってきたのはチョコチップクッキー。かねてからの魔理沙のリクエストだ。焼き加減はばっちり。しっとりしたものと、さくさくしたものとの二種類。いつもより、バニラエッセンスを多めに入れたせいか、香りが強い。
パチュリーはどちらかと言えば、ゼリーやババロアやらそういう系統のものを好むので、拗ねるかもしれない。次はパチュリー好みのものを作らなくちゃ、なんてことを頭の中で考える。
テーブルの上には紅茶の入ったポットとティーカップが三つ。そのうちの一つは今ではアリスのカップで、もう一つは魔理沙のものだ。ひとつだけすでに紅茶が注がれたカップはパチュリーが愛用しているもので、安楽椅子から手の届く場所に置いてある。
別に来る約束をしていたわけでもないのに、用意されているあたり、どれだけ入り浸っているのかを示しているようで、苦笑する。
「寝顔は可愛いのに……」
初めて見た安らかな寝顔は存外に幼い。見た目相応と言えばその通りなのだけれど。
いつものシニカルな笑顔も、偏屈そうなじと目もこうして寝息を立てている今はすっかり影を潜めている。普段の物言いや知識量が、どれほど印象に差を与えるのかということを実感させられた。
こうして今、知識と言う武装を解いた寝姿は、ただ可愛らしいだけの女の子のように見える。
そのギャップにアリスはなんとなくおかしくなって笑ってしまう。
「ん……」
すると、その気配に気づいたのか、パチュリーは眉を寄せる。
しまった、起こしてしまったか、と慌てるアリス。せっかく眠っているのを起こしてしまうのは可哀想だ。
だが、眠りは予想以上に深いのか、若干不快そうな表情のままではあるが、パチュリーはふたたびぐらぐらと頭を揺らし始めた。
「……」
アリスはほっと胸を撫で下ろす。
下手に起こしてしまう前に本を選んでこよう。読んでいるうちに起きるはずだ。そう考えて、立ち去ろうとした時、ふといたずらを思いつく。
悪い夢を見ないおまじない。
立ち上がると足首に届きそうなほど長い紫色の髪をそっとひと房掬いあげる。
古い本の香りとどこか心落ち着かせるハーブの香りの入り混じったパチュリーの髪をアリスは口元へと運ぶ。
そうして、軽く触れるだけのキスをする。
「おやすみなさい、よい夢を」
「来たぜー」
いつものように門番やメイド長との弾幕ごっこの果てに、図書館へとたどり着いた魔理沙は、元気よく挨拶をする。
しかし、返ってくるのは沈黙ばかりで、なんの返事もない。
いつもならば、「あんた、またやったの?」というアリスの呆れた声や、パチュリーの嫌そうなため息が聞こえてくるものなのだけれど。
きょろきょろと不思議そうにあたりを見回す魔理沙。
やがて、いつもお茶会をしているテーブルの傍、紫色と濃い青色を見つけることに成功した。
「いるなら返事しろよなー」
安堵のため息をついた魔理沙はやや早足になって、二人の傍へと近づいていく。
テーブルの上には既にティータイムを楽しんでいたのか、飲みかけの紅茶のカップが二つ。空っぽで伏せられたままのカップは魔理沙専用。まだ、食べた様子はないけれど、アリス愛用のバスケットの中からはバニラエッセンスの甘い香りがする。それに紛れているけれど、チョコの香りも混じっていた。
おそらく、中身はクッキーだろうとあたりをつける。
「って、寝てるのか……」
安楽椅子に腰かけて、船を漕いでいるパチュリー。その左隣の椅子に座るアリスも、読みかけの本に突っ伏すようにして、ぐっすり寝入っている。
魔理沙があれだけ大きな声で呼びかけても、起きなかったあたり、相当深い眠りについているようだった。
「珍しいこともあるもんだ」
とんがり帽子を脱いで、箒を壁に立てかけて。
物珍しそうにアリスやパチュリーの様子を眺める。やたらぐらぐらしているパチュリーを見て、起きたとき首が痛くなりそうだと思う。
アリスが眠っていれば、いつも傍を飛んでいる上海人形も動きを止める。アリスの頭の上に、妙なバランス感覚で寝そべっている姿は親子亀のようで少し面白い。アリスのそばに椅子を寄せて、じっくりと眺める。
アリス自身も西洋人形のような容姿をしているだけあって、こうして身じろぎもせずに眠っていると、本気で等身大の人形ではないか、と思ってしまう。
にわかに湧いた好奇心に任せて、つんつん、つんつん、と人差し指でアリスの頬をつついてみる。
その白い頬は思っていた以上に柔らかくて、ぷにぷにとしている。
すべすべとしたきめの細かい肌は触れていて心地がよい。
「いいなぁ」
ニキビひとつない肌が素直に羨ましい。魔理沙とて、同年代の少女に比べて特に肌荒れがひどいということはない。だが、魔法の研究やら何やらで不規則な生活を送っているせいで、油断することはできないのである。
「起きないなぁ」
やや、待ってみても、二人が起きる気配はない。分厚い本を読みながら、自分でカップに紅茶を注いで、くいっと煽る魔理沙は呟く。
理論解釈が難しいところに差し掛かり、二人の意見も聞いてみたいところなのだ。ここをどうにかしなければ、先へは進めない。
そもそも、周りで二人がこう気持ちよさそうに眠っていると、どうにも集中力を削がれてしまう。
おいしそうなクッキーの匂いがしているのに、食べられないのもつまらない。
「食べちゃうぞー」
そう呟いてみても、返事はない。頬を膨らませた魔理沙は宣言通り、バスケットの中から、一枚だけクッキーを取り出して、口へ運ぶ。
サクサクとした食感はまさに、好みのもので、自然、魔理沙の頬は綻んだ。
「ふわぁ……」
不意に、あくびをひとつ。二人につられたのか、魔理沙まで眠くなってきた。
このまま、寝ちゃおうかな。それでも、いいか。
どうせ二人も寝てるしな。
そんなことを考えているうちに魔理沙はふわふわとまどろんでいった。
「ん……」
不意に身じろぎをして、パチュリーは瞼をこする。
どうやら、眠ってしまっていたらしい。
座ったまま眠っていたせいでこわばった身体をぐいっと伸びをすることで緩めていく。寝違えたのか、首がやたらと凝っていて、鈍い痛みを訴えている。
あとで、美鈴にでもマッサージしてもらおう、なんて考えながら、あくびを一つ。
目の端に浮かんだ涙を指で拭いながら、あたりを見回す。
いつもの図書館、いつものテーブル。そのテーブルに突っ伏し、寄りそうようにして寝入っている二人の金髪の少女達。
頭に上海人形を乗せたアリスにもたれかかるようにして、魔理沙が眠っている。気持ちよさそうな寝顔で、ぽかっと開いた口からは僅かによだれが垂れている。重いのか、アリスはやや寝苦しそうに唸っている。
「来てたのね」
消え入りそうな声で呟いて、眠っていたおかげで乾いた口の中を潤そうと紅茶のカップに手を伸ばす。それを口に含んで、ひと心地。乾燥は大敵だ。
それにしても、どうして眠ってしまったのだろう。
まだ、どこかぼんやりとしている頭で、考える。眠りを必要としないパチュリーは、それこそ自発的に眠ろうとしない限りは、睡眠に陥ることはない。
例外は攻撃や体調不良で意識を失った時か、薬の副作用とかそれぐらいで。
それはアリスも同様のはずだ。睡眠だの食事だの、そういう習慣を捨てることができていなかったとしても、それは変わらないはず。
だが、現にアリスは寝息を立てている。わざわざここで昼寝をするということもないだろうに。
「……小悪魔の仕業ね」
最近、小悪魔は咲夜の真似をして、紅茶に何かしらネタを仕込んでくるようになった。
性質が悪いのは、本気でいたずらを仕掛けてくることだ。今回はおそらく睡眠薬が仕込まれていたから、まだよかったものの。
出身地から仕入れてきたという珍妙な物体を仕込む。カエル型のチョコレートが飛び出してきた時は本気でどうしようかと思った。媚薬の時は、第六感で回避することに成功した。
一応、身体に害のあるものは仕込んでこないのは、最後の良心か。一応、信頼はしている。
「ちょっと、お仕置きが必要かしらね」
それはそれで喜ばれそうで嫌だなあ、と考えながら、もう一度あくびをする。そう言えば、起きてからも飲んでしまった。
パチュリーは膝の上の本に栞を挟み込む。それをテーブルの上に置いて立ちあがる。
「こうしていると、本当に姉妹みたいね」
すやすやと眠る二人の魔法使いを眺める。揃って金髪なこともあり、仲良く身を寄せ合って眠る姿は子犬の兄弟のようだった。
「んにゃぁ……」
むにゃむにゃと魔理沙がなにか呟く。しかし、起きたというわけではない。ただの寝言のようだった。聞きとりづらいけれど、なにを言っているのかには興味がある。
図書館で夜明かしすることも多いため、常備してある大きな毛布を広げながら、パチュリーは耳をすます。
「……もっと、ぱちゅ……、あり……」
「……ここ」
「……ああ、…だから……そうなるのか」
二人に毛布をかけ終えたパチュリーは小さく微笑む。
どうも、魔理沙は夢の中でさえ三人で何かをしているらしいのだ。少し楽しい。
やたらと幸せそうに、楽しそうに笑うものだから。夢の中のアリスとパチュリーが少し羨ましいほどだった。
きっと、客観的に見れば、普段の魔理沙も今と同じような表情をしているのだろうけれど。
二人の寝顔を眺めていると、また薬が効いてきたのか、少し眠くなってきた。
もう夕方に近いのか、図書館の中は少し冷える。だが、毛布は一枚きり。今、魔理沙とアリスにかけたものだけだ。
ベッドに移動してもいいけれど。一瞬逡巡して、パチュリーはいいことを思いついたというように唇の端をあげる。
少しだけ離れた所にあった安楽椅子を引きずって、アリスの隣へと移動させる。
そうして、毛布の下にもぐりこみ、アリスの肩に寄りかかる。
アリスの華奢な肩から伝わるぬくもりやわらかな毛布は心地よい。花の匂いとお菓子の匂いはほわり、と柔らかい。
迫りくるやさしい睡魔にそのまま逆らうことなく、パチュリーは夢の世界へと沈んでいく。
きっと、いい夢が見られるに違いない。
なぜだか、パチュリーは確信していた。
全然自重する必要無いですよ!!!もう、ガンガン行っちゃいましょう!!!
これからもどんどんお願いします。
そう、ずっと浸っていたくなるような。
なので、自重反対に一票を。
この状態だとアリスは起きられないなw
あなたの三魔女はほんとに最高です!
だからお願い自重なんてしないで~!
あと、たまには魔法少女と魔法おばあちゃんの参加も見てみたい気もする