ごほごほと漏れる咳は止まらない。
体は熱っぽく、頭はぼんやりして思考が纏まらない。
季節の移り目における寒暖の差にやられて妖夢は風邪を引いた。
多少なら大丈夫と無理をしたのがいけなかったのか、たちどころに悪化した。
半霊と言う特性かはたまた別の要因か、調達した薬は効かずに今は布団にくるまってただ療養して過ごすのみ。
そんなこんなで既に寝込んでから丸二日が経っていた。
「妖夢、お粥よ」
「申し訳ありません」
正午きっかりに茶碗を手に幽々子が現れた。
妖夢は半身を起してそれを受け取ろうとする。
だが、其れを拒むかのように幽々子は茶碗を遠ざけてしまう。
「幽々子さま…またですか?」
妖夢の言葉に意地悪な笑みが返ってくる。
「一人で食べれますので……」
「駄目よ~」
掠れた声で催促するも幽々子は耳を貸さぬ。
普段通りの笑みを浮かべて彼女は木製の匙にお粥を一掬い。
「はい、妖夢。あ~ん」
それを口元へと差し出す。
対する妖夢の顔が真っ赤なのは熱のためだけではないだろう。
「ああ、そうね」
口を開こうとしない従者に幽々子は思いついたかのように言葉を漏らす。
自ら匙に口を近付けて冷ますかのように息を吹きかけた。
ふぅふぅ、ふぅふぅ、と。
すぼめた唇が妙になめまかしく見えて、その光景を見る妖夢の顔がさらに朱に染まっていく。
「さあ、妖夢?」
十分に冷めた事を確認して幽々子は再度、妖夢の口元に匙を差し出した。
ううう、と唸ってから観念したように妖夢がそれをはむりっと口に入れた。
それからはもう順調に、幽々子が運んで妖夢が食べて、食事は終わる。
「はい、おしまい」
「……ごちそうさまでした」
「では、ゆっくりしていなさいな。夕食はまた食べさせてあげるから」
「……ううう」
茶碗を手に立ち上がる幽々子に妖夢はうめき声をあげる。
自分が病に倒れたことで色々と幽々子には迷惑をかけている。
庭師としても従者としてもその務めを果たせてなどいない。
「どうして、自分で食べさせてくれぬのですか」
「……妖夢?」
それが情けなくて、さらに主人の手を煩わせてしまって、自己嫌悪が広がっていく。
「出来る事は自分でやりたいのです。
幽々子様の手を煩わせたくないのです……ですから……」
懇願するような妖夢の眼差しに返ってきたのはしかし、呆れた様な溜息であった。
「これは罰なのよ、妖夢」
「罰、ですか?」
「そう、勝手に無理をして倒れてしまった貴方への罰。
生真面目な貴方は私の手を煩わせてしまう事を嫌がるようだから、あえてこのような方法をとるのです」
妖夢を覗きこんだ幽々子の瞳は深く、そこが知れぬ深さを秘めている。
言葉を聞いて妖夢は泣きそうな顔で俯いて、体を僅かに震わせる。
そんな様子を見て、幽々子は再び溜息。
今度は自虐の混じった、溜息。
それから僅かに表情に迷いが浮かんで、其れを押し殺して口を開く。
でもそれだけではないのよ、と。
「どうして気が付かないかしら……本当に妖夢は未熟者なのね」
俯いたままの妖夢に幽々子が続ける。
「大事な従者が倒れた時くらい、世話を焼かせなさい。
妖夢が倒れるほどに無理を急いたのは恐らく、私の普段の態度からなのでしょうね」
少し未熟未熟と急かし過ぎていたかと。
ふぅっと幽々子が深く息を吐く。
「それに、こんな時ぐらい頼って欲しいのよ。
普段妖夢は何でも一人でやろうとするのだから、無理にでも世話を焼かないと手を煩わさせてもくれないでしょう」
「……幽々子様」
驚きを含んだ声。恐る恐るといった様子で顔をあげた妖夢の眼には僅かに涙が滲んでいた。
幽々子は少しだけ其れを眺めて、誤魔化す様に取り出した扇子で口元を隠す。
「申し訳ありません、そのように気を使っていただいて……」
「いいのよ、それで……他には何か……」
「はい?」
きょとんとした様子の従者に幽々子は少しだけ言い淀んでから告げる。
「……その、他に何かして欲しい事とかはないかしら?」
言葉に妖夢はしばし考えて。
咄嗟に何もないと言いかけて、呑みこんで。
「……その……出来れば……」
俯いて、消え入りそうな声で……
「今日は……傍に居て……ほしいのです……」
そう呟いた。
対して幽々子は仕方ないわねと再び妖夢の傍に腰を下ろす。
俯いたまま顔をあげられぬ妖夢の手を取って、己の手で包み込む。
その顔は少しだけ緩んでいて、嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
-終-
本当にみたらしい。
レンゲかスプーンでないと
な展開になるのですね!
今更だけど、スプーンって言うと普通金属製のが思い浮かぶけど、匙(さじ)は昔からあるから別に不自然でもないかも。
…お粥でスプーンか
れんげか匙でお願いしたい。木製のやつ。